第九話
ファンさんと共に役場を後にして、スミス家に向かう。
夕焼けの色は異世界でも心を寂しくさせる。
かおりさんが亡くなっていた。
それは俺をかなり落胆させた。
俺の責任ではないけれど彼女に何もしてあげられなかった。声すらかけることもできなかった。
スミス家の館は城ではなく洒落た洋館といった趣だった。鉄の門扉を開けてファンさんが馬車を敷地内にすべらせる。
敷地の中はよく手入れされ、いろいろな花が咲いていた。こんなに咲いているのは、今は春なのだろうか。
馬車が玄関前についた。数人のメイドと、下働きだろうか作業着のようなものを着た男の人もいる。
「ただいま帰りました。」
ファンさんが馬車から降り、英語で回りのメイドたちに言った。
「田中様どうぞ。」
これは厳しい!
どうぞと言われて出てみればメイドたちが綺麗に並んで一斉にお辞儀をしてくる。日本の普通の大学生にこの状況に対処できるスキルはない。
「田中です。宜しくお願いします。」
礼儀教室でもこのような状況でどうすればいいのか教えてくれなかった。オドオドしないようになるべく堂々とした態度で頭を下げたつもりだ。
「田中様、これから夕食になりますが、しばらく時間がありますので、お部屋で着替えていただきます。」
「服はこれしかありませんがいいですか?」
「田中様は貴族ですので本来なら相応しい身なりが求められますが、この館の中ではご自分の家と思ってお寛ぎ下さい。明日早速出入りの業者に衣装を注文させますが、それまでは当家の物をお使い下さい。」
どうやら用意してくれるようだ。
少し年配のメイドが前に出てくる。彼女も俺より身長が高い。
「田中様、ようこそお出で下さいました。私メイド長をしておりますジュリアンと申します。どうぞこちらへ。」
俺が手に持つ大きなリュックを持とうと手を出してきたので、
「すいません。重たいですから女性の方には……」
断ろうとした。
「失礼いたしました。ですがお客様の荷物を持つのは当然のことでございますので。」
感情を込めないできっぱり話す彼女の口調は穏やかながら、逆らうことを許さなかった。
「わかりました。お願いします。」
彼女はリュックを受け取るとメイドの一人に持たせて、歩き出した。俺もその後をついていく。
館の中の作りは素晴らしいものだった。柱の細かな細工も、壁にある明かりの器具のガラスの透明度も。天井は高く床は大理石だろうか。壺や絵画やフラスコ画のようなものは飾られてなかったが、建物そのものはしっかりお金をかけて作れられているようだ。、
「こちらでございます。」
ジュリアンさんが扉を開けてくれた。中に入るとそこまで広くはないが、俺が使うには十分な部屋だった。ベッドに天蓋はない。
「田中様にはこの部屋をお使いいただきます。衣装はこちらのクローゼットにあります。何かありましたらこの鐘を鳴らして下さいませ。ご用向きを伺いますので。それではお着替えをお手伝いして下さい。」
そう言うとジュリアンは部屋を出ていった。彼女と入れ違いに入ってきた後ろにいた二人のメイドが扉の横にあるクローゼットからいくつか衣装を持ってきた。
「今日はこの白い衣装をお使いくださいませ。着方がわかないようでしたらお呼び下さい。着ているものは洗いますのでこちらのかごに入れておいて下さい。」
随分事務的だと思ったが、着替えを手伝うと言われるよりは遥かにマシだ。テンプレでは剥かれるからな。
銭湯に入ってきたので一応下着は変えてある。服だけを借りればいいだろう。服は高校生の制服のような形をしていたが、それよりは自衛隊の礼服に近い感じがした。ちなみに自衛隊の礼服など見たことないから自信はない。
襟はそんなに高くないから首も苦しくない。ズボンもきっちり糊がかけてあり、筋がしっかりついている。
姿見に移してみる。
白い礼服の袖には金糸があしらわれている。
馬子にも衣装の言葉が思い出される。
着ていたものと、リュックに入っている汗塗れの服をかごに入れる。まさか自分で洗うわけにもいかず、申し訳ないが一緒に洗ってもらおう。
せっかく糊のきいた服を着ているので、ソファーに座ってシワをつけるのためらって立ったままでいると、扉がノックされる。
「お茶をお持ちしました。」
先程のメイドがお茶を持ってきてくれた。大事なことを聞かないと。
「すいませんトイレはどちらに有りますか?」
「扉を出て左にいくと右側にあります。」
「ありがとうございます。」
そう大きくはないが、それでも貴族の屋敷だけあってそこそこの大きさのある建物だ。行ってはいけないところもあるだろう。トイレの位置だけははっきりさせておかないと。
「お食事の時間にまたまいりますのでしばらくお寛ぎ下さい。」
彼女はお茶の用意をし、そう言って部屋を出ていった。
今度は紅茶だ。
仕方なくソファーに座り込んで、明るい色の紅茶を飲む。
紅茶を飲みながら考える。
この国は二人の地球人が作った。二人は自分や家族、人々のために苦労して国を作ったのだから仕方ないだろう。責めることはできないが、この星の人類の進化の方向を歪めてしまったのは事実だろう。勿論この星の人類はこの国の人だけではないだろうが、それに大きく関与してしまったのだ。多分初代スミス公ではなく国の形を決めたのはチャールズ国王だろうけど。
そう中世欧州風の世界に転移したんじゃない。地球人が中世欧州風の世界にしてしまったんだ。
そう考えると納得言った。
ただ彼らではなく誰が来ても結果は同じだったのかもしれない。早いか遅いかだけで。それでも俺は英国人の傲慢さを思わざるを得なかった。
ある日の部室。
「なあ田中、どうして産業革命は起きたのかわかるか?」
神田先生は西洋現代史の講師だ。俺は文学部だから勉学的には接点はないが。
「うーん、確か家庭内労働から工場生産に移り変わって、鉄道ができたのが大きかった?」
「まあ間違ってはいないが、百点ではないな。まず産業革命が起きたのは植民地があったからだ。」
「植民地ですか?」
「ああ、現在の先進国の顔ぶれを見るとよく分かる。英国、フランス、オランダ、日本、米国など。みな植民地を持っていたからそのまま先進国になれたんだ。中国と日本はちょっと違うがな。」
「それは植民地から搾取した富で繁栄したということですか?」
「そうだ。植民地から安い値段で原料を仕入れ、大量生産をしてそれを運ぶために鉄道を作り、そして売りつけて植民地から富を簒奪したんだ。そしてそれは今も続いている。英国で最初に産業革命が起きたのも、多くの植民地を持っていたからだ。」
「そうだったんですね。」
「ああ。でだ、もし仮に植民地がなかったとしたら産業革命以降これだけの技術の急激な進歩はなかったと思うんだよ。遅かれ早かれ進みはしたろうが、今の科学の発展は植民地の犠牲の上に成り立ってきたから、それがもしなかったらもっとゆっくりだっただろうって。」
「それはそうかもしれませんね。」
「ただ日本はちょっと違うんだ。」
「どう違うんですか?」
「明治維新当時世界は2つに分かれていた、植民地と宗主国に。日本は植民地にならないためには宗主国を目指すしかなかった。」
「他に選択肢はなかったんですか?」
「なかったんだろうなあ。日本は平安時代以降奴隷というものがなかった。身分制度はあったけどもな。当時の列強には奴隷制度があった。侍たちはそれを見て何を思ったんだろうか。」
「だから野蛮な異人と言って攘夷なんかが起きたんですね?」
「そういうこともあるかもしれない。とにかく当時の偉いさんたちは日本人を奴隷にしないために頑張ったんだよ。」
「で、なんの話だったんでしたっけ?」
「何が言いたいかというとだな、日本人と西洋人は考え方が似ているようで違うということだ。」
「それは当たり前でしょう。」
「いやそうでもない。人は殺してはいけないと彼らも俺たちも考える。でも奴隷は彼らにとって人ではないんだよ。」
「いや人でしょう?」
「だから宗教が利用されたんだよ。」
「宗教ですか?」
「ああ。キリスト教もユダヤ教もイスラム教も人殺しは良くないと教えてる。」
「それでいいじゃないですか?」
「どれも同じ神様を信仰しているから根っこの部分は同じなんだけど、同じ宗教以外の者は異端者と言って人扱いされないんだ。」
「……そんな……」
「キリスト教もイスラム教も人は殺してはいけない。でも神に殉じる戦いなら殺しても許されるのさ。」
「……ユダヤ教は?」
「ユダヤ教の法典の一つにはユダヤ人以外は人ではないから奴隷にしても殺しても許されると書いてある物もあるらしい。ちなみにユダヤ人とはユダヤ教を信じる人たちのことだからな。」
「そんなことって今の時代に許されるんですか?」
「許すも許さないも今も世界は戦いに明け暮れてるんだ。変わってないんだよ。それにイスラエルなんてその代表だ。あの国はユダヤ人だけのための国だからな。パレスチナ人とか他の人種を認めてないのさ。」
「ユダヤ人だけの国?」
「他のどこにもそんな国はないんだ。日本は日本人だけの国じゃないだろ?日本人でなくても国籍さえ取れば日本国民になれるんだ。だけどあの国はユダヤ人によるユダヤ人だけの国だ。」
「なんか悲しいですね。」
「今の世界の歪みは西洋人が好き勝手にやってきた結果の世界だ。個人個人は関係ないけどな。」
「で、なんの話でしたっけ?」
「異世界に行ったとき友達としてなら問題ないが、政治や商売が絡んだときは日本人は他とはメンタルが違うから気をつけろって話だ。」
「……覚えておきます。」




