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第40章 基本と実力を優先する

 イガレムス君主国の首都(ナント)は、アクル少佐の奇襲攻撃によって、市街地の半分近くを焼失してしまった。


 どこそこに焼け落ちた建物の瓦礫がちらばっている。


 火災も収束したように見えるが、火がまだくすぶっているのだろう。あたり一帯に焦げ臭さがただよっていた。


 時おりただよってくる肉の焼け焦げたような匂いは、火災の犠牲者たちのものだろう。街のあちこちには焼けただれた死体が転がっていた。


 だが、すでに首都(ナント)は再建に向け動き出している。そうした死体もじきに回収され、埋葬されるだろう。


 焼け出された住民は、とりあえず政府の用意した避難所に入った。それ以外の住民は、軍隊や警察と一緒になって瓦礫の処理や、遺体の回収にあたっている。


 街の被害は大きく、片づけには猫の手も借りたいくらいだ。とにかく人手が足りない。


 だから、サクヤたちも片づけを手伝っていた。


 昼の休憩時間。


 サクヤはひとり(フソウ)を振っていた。


 第3班長(ジョイル)たちは「おれらも隊長と一緒に鍛錬するっす」みたいなことを言っていたが、


「これはわたしの日課であり、おまえたちの任務ではない。休み時間に休むのが、おまえたちの任務だ。今は非常時だ。休めるときには休んでおけ」


 サクヤはそう「命令」して、第3班長(ジョイル)たちを休ませていた。


「休まなくてもよろしいのですか?」


 うしろから声がした。


 サクヤが刀を振る手を止め、ふりむくと、中肉中背のスラリとした軍人が立っていた。ビセン師団長だ。


 ビセン師団長は、首都(ナント)の防衛をつかさどるナント師団を指揮している。


 サクヤは(フソウ)を腰の(さや)に戻しながら、


「おお、これは師団長殿ではないか。どうされた?」


「はい。遅くなりましたが、ナント師団を代表して殿下にお礼を申し上げにまいりました」


「お礼?」


「さようであります。このたびは殿下の助太刀(すけだち)により、われらナント師団はからくも侵略者を撃滅することができました。心より深く感謝いたします」


 ビセン師団長は脱帽、姿勢を正して深々と頭を下げた。


「おい、やめてくれ。そんなことをされては困るぞ。頭をあげてくれ。そもそも今回の勝利は師団長殿ら将兵の善戦健闘の結果であり、わたしの助太刀によるものではない」


 サクヤはビセン師団長の手をとり、頭をあげるように促した。


「いえ、あのとき殿下があの“見えない壁”のなかに突入し、敵の首魁(リーダー)を討ち取ってくだされなければ、われらに勝機はございませんでした。われらには“見えない壁”を突破できる(すべ)はございませんでしたから」


「そんなことはないぞ。たしか“撃ちてしやまん”だったか、とにかく師団長殿らの決してあとには引かないという覚悟があれば、いずれは敵も血を失い、力を失っただろう。わたしがいなくても勝てたのだから、やはり今回の手柄は師団長殿らの奮闘によるものだ」


「ですが、殿下がおられなければ、おそらく戦闘は長引き、街の被害もさらに大きなものになったでしょう。それだけ多くの臣民も死傷したはず。それを考えますと、手柄はやはり――」


「師団長殿、もうこの話はやめようではないか」


 サクヤが少し困ったような顔つきでビセン師団長の言葉をさえぎるように言った。そして、ニコリとして、


「このままでは、きりがないとは思わんか?」


「あ、まあ、たしかに……」


 ビセン師団長は苦笑いして同意した。


 だが、それでもサクヤの活躍あってこその勝利であることはまちがいない。そのことは街のだれもが知っている。噂が広まるのは速いものだ。


(それなのに、この殿下ときたら手柄を誇らず、あくまでも臣下の奮闘による勝利だと言い張る)


 普通の高貴な方々(ノーブル)なら、みずからの武功を誇るだろう。臣下に手柄をゆずるなど、まずありえない。


 ところが殿下(サクヤ)は平気で手柄を人に譲ってしまう。


 それもただの手柄ではない。わざわざ死地におもむき、みずからの命を危険にさらしてまでして得た手柄だ。


 それなのに惜しげもなく人に譲るなんて、器量が大きいというか、お人よしというか。ともあれ殿下(サクヤ)に仕えられる者は幸せであろう。


(やはり殿下は、われらの殿下にふさわしい!)


 ふんっ!


 ビセン師団長は大きく鼻を鳴らし、満面の笑みをたたえ、


「いやはや殿下には、かないませんな。――このビセン、どこまで殿下に付き従う所存であります」


 サクヤは笑って、


「そうか。ならば短い休憩時間だが、一緒に鍛錬でもしていくか?」


 サクヤが腰の(フソウ)をぬいて見せると、ビセン師団長も腰のサーベルをぬきながら、


「喜んで、お供いたします」


 こうして2人は並んで素振りをすることになったが、


「やはり殿下の強みは、こうして休む間も惜しんで鍛錬に励むことにあるのでしょうな」


 サクヤの素振りはピッチが速い。ふだんから体を鍛えているはずのビセン師団長ですら、ついていくのがやっとだ。


「それは師団長殿らも同じではないか。“月月火水木金金”の精神とやらで、休む間も惜しんで訓練に励んでいるのであろう?」


 サクヤが(フソウ)を勢いよく振りながら笑うと、ビセン師団長も笑顔でサーベルを勢いよく振りながら、


「はい。寸暇を惜しんで努力することこそ、わが皇国(スメラギ)の麗しき伝統であります」


「そうか。まあ、そうかもしれんな。――あ、だが、すぐれた武人になるためには、時と所に関係なく必要なことかもしれんぞ」


「と、申しますと?」


「フソウから聞いた話なのだが――」


 こことは違う世界。センゴクジダイという時代に、ヤマガタ・マサカゲという勇将がいたらしい。


 マサカゲは、タケダ・シンゲンという名将に仕え、戦いでは数多くの敵を討ち取っていたのだが、あるとき若武者たちに言った。


「遊ぶ暇があったら、武芸を訓練して体を鍛えろ。あき時間には勉強しろ。武芸をバカにする者も多いが、だれだって戦うことになれば、武芸を習うしかなくなる」


 ちなみにタケダ家の兵法を記した『甲陽軍鑑』には、武士が身につけるべき「武芸四門」として、乗馬・刀槍・弓矢・鉄砲の4つをあげているらしい。


 それらは、当時の武士のたしなみでもあったのだろう。


「なるほどですなぁ。やはりふだんから訓練しているからこそ、いざというときに活躍できる。これはどこの世界にも共通したことなのですな」


「そうだな。――ときに師団長殿は、わたしに付き従うと言ったな?」


「はい、申しましたが……」


 ビセン師団長は怪訝(けげん)そうにサクヤをチラ見した。サクヤは正面を向いたまま、いつになく真剣な表情で(フソウ)をふっている。


「それは、わたしに臣下として仕えるという意味か?」

 

「自分はシュレイ家の家臣でありますが、シュレイ家は皇族(スメラギ)の臣下であります。従いまして、自分はもとより皇族(スメラギ)の臣下であり、殿下の臣下であります」


「そうか」


 サクヤは素振りをピタリとやめると、(フソウ)を鞘に戻しながらビセン師団長に顔を向けた。


 ビセン師団長もサーベルを腰の鞘におさめ、サクヤに正対する。


「ならば、わたしは主君として、なんじビセンに命じる」


 ◇ ◇ ◇


 どんよりと雲がたれこめている。


 ワンパ共和国の首都は、今日も朝から憂鬱な空模様だ。革命宮殿のきらびやかな大会議室、大きな円卓についていた6人の委員たちも憂鬱だった。


 アクル少佐がイガレムス君主国の攻略に失敗したのだ。きっと議長は不機嫌だろう。


 と思いきや、


「アクル少佐は弱かったと思うか?」


 議長は6人の委員たちを見やりながら言ったが、その表情は明るかった。


「畏れながら、決して弱くなかったと思います」


「アクル少佐の魔具とやらで、われらは念願の要塞都市(パニンエラ)攻略を成し遂げることができました」


「アクル少佐の力は最強であったと思料します」


 そんな委員たちの声を聞き、議長はニヤリとして、


「そうだ。あの少佐は強い力をもっていた」


 6人の委員が一様にうなずくと、議長は口元を皮肉にゆがませ、


「だが、あの少佐は強かったのに負けた。これがどういう意味をもつのか、わかるか?」


 議長は委員たち一人ひとりの顔を見ながら問いかけた。


 あいかわらず顔がニヤケている。なんらかの意図があるのか?


 6人の委員たちは答えに窮した。下手なことを言えば逆鱗(げきりん)に触れ、どんな処罰を受けるかわからない。


 うつむいたり、視線をそらしたり。だれもがだんまりを決めこんだ。


 もっとも議長も答えを求めていないようだった。委員たちに回答を強いることなく、


「ときにおまえたちは、――いや、わが国の役人や軍人どもは“鬼神隊長”とやらを恐れ、西方進出をためらっていると聞くが、まことか?」


 これまでワンパ共和国は、その圧倒的な軍事力によって、西に向かって順調に勢力を拡大していた。


 ところが、ひとりの武人――鬼神隊長(サクヤ)の出現によって、あっけなく形勢が逆転してしまう。


 ワンパ共和国は2度も討伐軍を、それも大軍をさしむけたが、鬼神隊長(サクヤ)の前にあっけなく敗北してしまった。


「鬼神隊長には勝てっこない。へたに西を攻めて敗北したとなれば、厳罰に処せられてしまう。それなら西に手を出さないほうがいい」


 ワンパ共和国の役人や軍人に共通した思いだ。


 それは6人の委員だって同じだ。だが、面と向かって議長にそんなことは言えない。


 だから黙っている。


 まるでヘビに(にら)まれたカエルのようだ。


 議長はふっと鼻で笑うと、


「聞くところによれば、鬼神隊長も魔具を使うという。その強さは魔具に由来するのであろう」


 一呼吸おいてから語気を強め、


「だが、魔具にも弱点がある。そのことをあの少佐が身をもって示してくれた」


 スパイ情報によると、アクル少佐たち襲撃部隊の戦った相手――ナント師団は、アクル少佐たちの10倍に近い兵力だった。


 しかも、アクル少佐の魔具が驚異的な強さを見せてもひるむことなく勇猛果敢に立ち向かい、砲弾を雨のように降らせ、銃弾を嵐のように放ったという。


 そのためにアクル少佐も血が尽き、その魔具は力を失い、敗北した。


「今回の敗北は残念であったが、われらに貴重な戦訓を教えてくれた。わかるか?」


 もちろん委員たちは、だれ一人として答えない。


「イガレムスの連中は、わが襲撃部隊を上回る大軍を動員し、武器弾薬を湯水のごとく投入して、犠牲を恐れずに攻め続け、ついに勝利した。これは、われらの伝統的な戦法――人海戦術、物量作戦、飽和攻撃そのものではないか?」


 もちろんだれも答えないが、議長は答えを期待していない。


「つまり、われらはわれらの戦法を使えば、たとえ相手が“鬼神隊長”でも必ず勝てるということだ」


 委員たちは、ハッとして思わず議長に目を向けた。


「もしかして議長は、わが軍の鬼神隊長に対する恐怖心を消し去るために、あの少佐の無謀な作戦を認可されたのですか?」


 とある委員が恐る恐る問いかけると、議長は満足そうにニンマリして、


「われらが要塞都市(パニンエラ)を攻略できたのは、あの少佐の力ではない。わが海軍の力による戦果だ」


 ワンパ共和国は革命以来、数十年の時をかけて軍事力を増強してきた。そこには海軍力も含まれている。


 おかげで今回の要塞都市(パニンエラ)攻略戦には、充実した海軍力を大量に動員できた。


「おまえたちは、あの少佐の力のおかげで要塞都市(パニンエラ)を攻略できたと誤解しているようだが、エポール連合国とイガレムス君主国とでは、どちらが強いか?」


 愚問だ。強いのはエポール連合国だとわかっている。エポール連合国とイガレムス君主国の戦力差は、ゾウとアリくらいに違っている。


「あの少佐も海軍がいたときはエポール連合国に勝てたが、海軍がいないとイガレムス君主国に負けた。いくら魔具があろうとも、単独では弱小国にすら勝てなかったわけだ」


「「「おおっ!」」」


 委員たちは思わず驚嘆し、口々に議長の遠謀深慮を称賛した。


 議長は笑顔で聞いていたが、おべっかなどもとより信じていない。


「ともあれ――」


 議長が口を開くと、場が再び静まりかえった。


「――われらの実力をもってすれば必ず勝てる。勝てないのは、本気でやっていないからだ。本気を出せ。本気でやれ」


 言いながら議長は、


(われながら皇国(スメラギ)の連中みたいなことを言う)


 ふと思ったが、すぐさま頭から消し去った。


 あの忌まわしい皇国(スメラギ)は全否定すべき対象だ。似ているわけがない。


 とにかく、そんなことはどうでもいい。


「あの少佐の例でもわかるように、個人の武勇など最終的には役立たん。戦争とは集団で行うものだ。ふだんから兵力を増員し、戦力を強化することによって実力を高めているからこそ、ここぞというときに成果を出せるのだ」


 議長はあえて言いなおすと、


「われらには十分な実力がある。これまでどおり大軍をつぎこみ、圧倒的な戦力で攻め立てろ。よいな」


「「「はっ。お言葉に従い、全力を尽くします」」」


 委員たちは笑顔で即答した。


 調子のいいやつらだと議長は思う。


(だが、まあ、それでも手足として役立っているのでよしとしよう)


 議長も年をとりすぎた。長年の夢を実現するために残された時間は少ない。ささいなことにこだわっている暇などない。


『闘戦経』第40章


〇原文・書き下し文

 (たい)()(よう)()るは()る。(よう)()(たい)()るは(へん)ず。

 まず(ごう)にして(へい)(まな)(もの)(しょう)(しゅ)()る。(へい)(まな)んで(ごう)(こころざ)(もの)(はい)(しょう)()る。


〇現代語訳

 基本を身につけてから応用を身につけるなら成功するが、応用を身につけてから基本を身につけようとするなら変化する。

 まず強くなってから兵法を学ぼうとするなら勝者となれるが、まず兵法を学んでから強くなろうとするなら敗者となる。


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