第39章 戦争とは非道なものである
深夜、イガレムス君主国の首都に飛行機が墜落してきた。
それも1機だけではない。おそらく10機をこえる飛行機が市街地に突っこんできて爆発、炎上した。
首都の各所で火災が起き、街は大混乱だ。
消防隊が消火にあたり、警察隊は住民を誘導して避難させている。救急隊は負傷者の救助に奔走しているが、多くの死傷者が出ているらしい。
「尾翼に見える紋章からして、おそらく共和国のものだろうと--」
政庁の指揮室で、筆頭家老がアキに報告した。
アキたちイガレムス君主国の要人は、緊急事態に対処するため、政庁の指揮室に集まっているところだった。
「ならば今回の件は、共和国の奇襲攻撃ということだな?」
アキは目の前のテーブルに広げられた地図をにらんでいる。
地図のまわりには何人もの係官がいて、次から次に寄せられる報告にもとづき、被害状況を書きこんでいた。
「そう考えるのが妥当でしょう」
筆頭家老が言うと、要人たちがざわめいた。
「共和国はここまで飛べる航空機をもっているのか!?」
指揮室に動揺が走る。が、アキはあきれたように、
「まあ、共和国には長駆できる双発の輸送機があるってことは知っていただろう? 今さら驚くなよ」
その一言で、要人たちも「たしかに」ということで落ち着いた。
「で、やつらは襲撃部隊を落下傘降下させ、その輸送機を街に突っこませたってことでいいな?」
「状況からして、そうでしょう」
筆頭家老は、これまでの報告をまとめたメモをめくりながら冷静に言った。
「それにしてもよ、俺らの攻撃が効かないってのは、どういうことだよ?」
「現場からの報告では“見えない壁”に阻まれて、いくら撃っても敵に攻撃が届かないようです。砲弾は中空で爆発し、銃弾は途中ではじかれると--」
「は? 見えない壁って、なんだよ、そりゃ?」
「そのように報告されております。見えない壁は敵の周囲にあるらしく、敵の前進にあわせて前進してきているようです」
「で?」
「見えない壁は、まるでブルドーザーのように草木や建物を押し倒しながら進んでおり、そのせいで少なからぬ陣地が更地にされたと。水路も土砂で埋められているようです」
「ナント師団には火廣金を使わせているんだよな?」
「はい。火廣金の銃弾・砲弾は貴重ですが、自由使用許可を師団長には与えております」
「火廣金を使っても、効き目なしなのかよ?」
「そのように報告されております」
「師団長は、たしかビセンだったか?」
「はい」
「あいつは勇猛果敢だからな、手を抜いたりはしないだろうから、それなのに苦戦しているってことは、そんだけ敵は強敵ってことか……」
アキが考えこむようにつぶやくと、筆頭家老はコクリとうなずき、
「ついでに申し上げますと、敵の攻撃力もすさまじく、一撃で砲座や銃座が沈黙させられているそうです」
「は? どういうことだよ?」
「現場からの報告では、なにか強風みたいなものが襲ってきて、砲座や銃座を吹き飛ばしているそうです。それはトーチカのコンクリート壁ですら貫通するほどだと--」
「コンクリート壁を貫く風って、なんだよ?」
「ブルナクの力です」
かわいらしい声がした。見るとリーシャが立っている。
アキは少し驚いた感じで、
「おまえはサクヤんとこの……」
「はい、サクヤ様の従者をしておりますリーシャです――」
そのときだった。
「なにをしておるかっ!」
突如として筆頭家老が、まるで鬼のような表情でがなった。リーシャの傍らに立つ警備兵をにらんでいる。
「今は緊急事態であるぞ。にもかかわらず部外者をよりによって指揮室にまねきいれるとはなにごとかっ! たるんどるぞっ!」
「はっ、も、申し訳ありません」
警備兵は恐縮し、しどろもどろに、
「従者殿が殿下の親書をお持ちだということで、若君にじかに手渡すように言われたということで、悩んだのでありますが、取り急ぎお取り次ぎしたほうがよろしいのかと――」
「この方は悪くありません。あたしが無理に押し入ったんです」
リーシャがしゃしゃり出てくると、筆頭家老は口調をやわらげ、
「リーシャ殿には申し訳ないが、いかに殿下の従者とはいえ、特別扱いはできませんぞ。ただちに退去――」
「まあ、まて」
アキはおもむろに筆頭家老とリーシャの間に割って入ると、リーシャに向かって、
「で、サクヤがなんだって?」
「はい。親書を預かりました」
リーシャは上着の内ポケットから手紙を取り出し、うやうやしく両手でアキのほうに差し出した。
アキは受け取り一読すると、
「は、なんだよ、これ?」
大笑いした。
「いかがいたしましたか?」
筆頭家老がいぶかしそうに言うと、アキは「読んでみろ」と手紙を筆頭家老に手渡した。
手紙には、
『わたしは皇族として臣民たちを守る。ゆえに加勢せよ』
サクヤの自筆で書いてある。意外に達筆だ。
「で、あいつのことだから、もう戦場に出たんだよな?」
「はい。つきましてはアキ様にお願いなのですが、サクヤ様が敵を足止めするので、その間にとにかく敵にダメージを与えてください」
「ダメージを与えるって?」
アキはニヒルに笑った。
「おまえも聞いていたかもしれないが、敵の守りは鉄壁だし、その攻撃力はすさまじい。残念だが、そう簡単にはダメージを与えられないと思うぞ」
「それでも攻撃を続けてください」
「どうしてだ? ――つーか、そういえばさっき、おまえなんか言っていなよな。ぶるなくがどうたらって? ちょっと事情を教えろ」
「はい。敵は魔具を使っていますから、守りは堅いですし、攻める力もハンパありません」
「まぐ? ――魔具? サクヤのフソウみたいなもんか?」
「そうです。フソウさんが言うには、魔具の雰囲気を感じるそうで、それはブルナクとイージスみたいだって言ってました」
リーシャはブルナクとイージスについて簡単に説明した。
ブルナクは最強の矛で、なんでも貫く。砲座や陣地を一撃でつぶした風みたいなものは、たぶんブルナクの放った衝撃波だろう。
イージスは最硬の盾で、なにものでも貫けない。こちらの銃弾や砲弾をさえぎっている見えない壁は、おそらくイージスが生み出しているのだろう。
「なるほどな」
アキはあごをさすりながら納得していた。筆頭家老や要人たちは黙って様子を見ている。
「敵の魔具については、わかった。で、どうやってダメージを与えればいい? 今のままでは、どうにも歯がたたないぞ」
「いえ、とにかく今のまま攻撃を続けてください」
「だからよぉ」
アキはあきれたように言った。
「さっきも言ったけどな、いくら俺らが攻撃したって、弾が敵に届かないんだって。これでどうやって敵にダメージを与える?」
「それでいいんです」
「は?」
アキも、筆頭家老や要人たちも、呆気にとられた。
しかし、リーシャは意に介さず、
「魔具は血を吸って力を出します。あの見えない壁だって、使い手の血を吸って作られているはずです」
「……」
アキたちは黙っている。
「どんどん攻撃すれば、敵の魔具は見えない壁を維持するため、どんどん血を吸うはずです。そして、人間の血は無限ではありません――」
アキはハッとして、リーシャの言葉をさえぎるように、
「なるほど! つまり、このまま攻撃を続けていれば、それだけ魔具の使い手は血を消費する。そうこうしているうちに使い手の血も尽き、魔具も力を失うと、つまりはそういうことか?」
「はい。そして、フソウさんが言うには、火廣金の武器は思いのほか強いので、相手にするのは大変だそうです。つまり、今のまま攻撃を続ければ、まちがいなく敵の魔具にダメージを与えらえます」
「だが、敵の血が尽きる前に、わがほうの武器弾薬が尽きたら、いかんとする?」
筆頭家老が冷ややかに言うと、リーシャは思わずうなった。
「そ、それは……」
「おいおいナンゴク、無粋なことを言って、かわいい娘を困らせんなよ」
アキが笑いながら言うと、筆頭家老はまじめに、
「この辺は大事なことですから、確認しておきませんと、現場の将兵の生死に関わりますぞ」
「まあ、それはそうだが、どのみちビセンのやつは徹底抗戦するんじゃないのか?」
アキがニヤリとすると、
「まあ、それはそうですな」
ビセンもニヤリとした。
「撃ちてしやまん!」
野戦司令部で、ビセン師団長が決然として言った。
どんなに敵が強敵でも、たとえ勝ち目が見えなくても、祖国を守るために最後の最後まで戦い抜く。それが皇国魂というものだ。
ナント師団の将兵たちも指揮官と同じように思っている。だれもが祖国のために死ぬ覚悟だ。
幸いにして敵の見えない壁も、どんな攻撃をよせつけないにしても、それだけにすぎない。
どの砲座でも、銃座でも、目の前に見えない壁が迫るまで攻撃を続けていた。
ついに見えない壁が砲座や陣地を押しつぶしはじめたら、急いで後退し、後方の陣地に入って戦い続ける。
決してあきらめない。
そして、
「殿下が突入してくださったおかげで、敵の前進も止まった。攻撃もやんでいる。この機に全力で攻撃せよ!」
ビセン師団長は、力強く号令した。
政庁から届いた指令によって、敵の弱点もわかっている。
あきらめずに戦い続けることが勝利につながるのだ。
敵の弱点については今、伝令たちが走りまわって現場で戦う将兵たちに伝えてくれている。現場の士気も一気に高まることだろう。
砲座では、砲兵たちが砲撃を続けた。発砲の連続で熱くなる砲身を冷やすため、ぬれタオルが幾重にも大砲の上にのせられている。
銃座でも、機関銃をぶっぱなし続けていた。小銃で射撃する兵士もいる。まるで横殴りの雨のように無数の銃弾が放たれていた。
深夜だが、惜しみなく照明弾を打ち上げているので、戦場は明るい。遠くまで見渡せそうな勢いだが、激しい砲撃による爆煙で視界不良だ。
そんな爆煙の先――見えない壁の向こう側では、サクヤがアクル少佐と一騎打ちしていた。
まわりに群がる敵兵は、第3班長たち遠征隊員が防いでいる。幸いにして火廣金の盾があるので、
「気合いがあれば、こわいものなし!」
第3班長が隊員たちに活を入れるように叫ぶと、
「応っ!」
隊員たちも呼応した。
光り輝く盾が、四方八方から飛んでくる敵の銃弾をはじく。敵兵が突進してくれば、片手で小銃を撃って応戦する。
中には小銃ではなく、火廣金の刀剣を片手に構え、近づく敵兵を一刀両断のもとに切り捨てる強者もいた。
「とにかく隊長の一騎打ちは、だれにも邪魔させねぇ!」
その思いで、だれもが奮戦していた。
とうのサクヤは血の使いすぎで、顔色も青くなり、息づかいも荒くなっている。足どりもふらつきそうだ。
「サクヤくんの小さな体では、使える血もわずかですからね。そろそろゲームオーバーじゃないですか?」
アクル少佐はサクヤが刀をかまえて斬りこんでくるたび、間一髪のところでサクヤの剣劇をかわしながら、ニヤニヤしていた。
剣術のたしなみのないアクル少佐でも、魔具のおかげで身体能力が高まっている。しかも、右手に最強の矛、左手に最硬の盾と2つの魔具をもっている。
サクヤの2倍だから、サクヤの激しい剣劇にさらされても、どうにかこうにかよけることができていた。
「よけるだけでは、わたしは倒せんぞ」
サクヤがキッとした顔つきで力強く言うと、アクル少佐はニヤケたまま、
「倒せますよ。サクヤくんと違って、ぼくには血がたっぷりありますからね」
「言ってろ」
サクヤは刀を構えなおし、アクル少佐に斬りかかる。
アクル少佐は「うわっ」と驚きながらも、ひらりとかわす。
さっきから、この繰り返しだ。
アクル少佐の思わくどおり、サクヤは今にも倒れそうな顔色をしている。
このままいけば、アクル少佐の勝利も確実だろう。
サクヤを痛めつける。勝ち気なサクヤが苦しみもだえる姿を想像するだけで、ゾクソクする。
もうすぐ、お楽しみの時間がくる。
そう思うだけで、アクル少佐はワクワクしてきた。顔のニヤケがとまらない。
刹那、周辺ですさまじい爆発が起きた。
第3班長たち遠征隊員は、とっさに火廣金の盾を構え、身を守ったから無事にすんだ。
だが、そうではない敵兵は、多くが吹き飛ばされ、あっけなく粉微塵にされた。
「なんだ!? どうした? イージス!」
アクル少佐は、青ざめていた。
<だって、血がないから>
イージスがアクル少佐の左手で力なく言った。
「血ならいくらでもあるではないか……」
それはアクル少佐の勘違いだった。
どの輸血パックもカラッポになっている。
「なにが起きた!?」
「策士が策におぼれるとは、おまえのためにある言葉だな」
サクヤはニヤリと笑った。
そう。リーシャの作戦どおり、ナント師団の絶え間のない激しい攻撃で、アクル少佐の魔具はすさまじい勢いで血を消費してしまったのだった。
◇ ◇ ◇
戦いはイガレムス君主国の勝利に終わった。
「こうして見ると、戦争とは非道なものだと改めて思い知らされるな」
サクヤの言うように、戦場には凄惨な光景が広がっていた。
あちこちに共和国軍兵士の死体がことがっている。激しい砲撃にさらされたせいで、原形をとどめていない遺体が多い。
手足がちぎれたり、頭がつぶれたり、内臓がとびだしてたりしているのはいいほうだ。ただの肉塊になっているものが多い。
もちろん首都の市街地でも、多くの死傷者が出ている。家族を喪った者もいれば、家を失った者もいる。両方をなくした者もざらではない。
そうした住民の憎しみたるや、敵兵を殺してもあきたらないほどだろう。
「それなのにスメラギ人って、サクヤ様と同じで敵味方の別なく死者を弔うんですね」
リーシャがサクヤと並んで歩きながら言った。
戦場ではイガレムス君主国軍の兵士たちが、敵兵の遺体を丁寧に回収し、丁重に埋葬している。
「戦争は破壊と殺戮をもたらす。言わば悪魔みたいなものだ。悪魔の前ではすべてが犠牲者だからな。弔ってやらねば、かわいそうだ」
「だけど、加害者でもありますよね。サクヤ様といい、やっぱりスメラギ人って、お人よしなんだと思いますよ」
「お人よし、か……。だがフソウの故郷でも同じようだぞ」
「どういうことですか?」
「フソウから聞いた話だが――」
フソウの国が「バクマツ」という時代に内乱で乱れたときのことだ。
シミズという町にジロチョーという親分がいたらしい。
あるとき賊軍が、シミズの町に軍艦を停泊させたとき、官軍がやってきた。
賊軍は官軍に抵抗するつもりもなく、軍艦をあけわたしたのだが、官軍は、
「賊軍のくせにナマイキだ。むかつく」
そんな理由にもならない理由で、無抵抗の賊軍を虐殺してしまった。
シミズの港には賊軍の死体がころがり、だれも葬ろうとしない。
――賊軍に味方する者は処罰する!
そのような指令が官軍から出ていたので、へたに賊軍を葬れば「賊軍に味方した」と決めつけられ、殺されかねないからだ。
だから、だれもが死体を見ても忸怩たる思いで見ないふりを決めこむ。
ところが、ジロチョー親分は違っていた。子分たちと一緒に遺体を丁寧に回収し、丁重に葬ったのだ。
その件について事情を問われると、
「死んだら、みんな仏だ。敵も味方もない」
そう言い切った。
結果としてジロチョー親分は処分されないですんだらしい。
「いい話ですね」
リーシャが言うと、
「ああ、いい話だ」
サクヤはなぜか遠い目で応えた。
<こいつはまた余計なことを考えてやがるな>
フソウは思うが、余計なことは言わない。
「それにしても、あのイヤな軍人はどうなったんでしょうね?」
リーシャはサクヤがいつもと違うと感づき、話題を変えるように言った。
「サクヤ様は消え失せたって言ってましたけど、その魔具もまだ見つかっていないみたいですし、気になりますよね?」
「そうだな」
アクル少佐は、輸血パックがなくなったとき、
「また会おう」
そう言って笑い、矛で盾を突いた。
なんでも貫ける矛で、なにものでも貫けない盾を突くと、どうなるのか?
この世では矛盾は成立しえない。あり得ないなら消えるしかない。
だからアクル少佐は消えたのだろう。
そういった話をフソウはしていた。
「なにはともあれ、これでアキも少しは共和国との全面戦争を考え直してくれるかもしれないな」
「そうですね。これだけ戦争の惨禍をまのあたりにしたんですからね、少しは考え直してくれると思いますよ。サクヤ様の民を守りたいっていう思いも伝わるはずです」
『闘戦経』第39章
〇原文・書き下し文
鼓頭に仁義なく、刃先に常理なし。
〇現代語訳
開戦に道徳はないし、戦闘に道理はない。




