第38章 内に知恵をしぼり、外に勇気をふるう
それは、よく晴れた日の午後。サクヤとリーシャが宿舎のテラス席に腰かけ、南方特産の香しい紅茶を楽しんでいるときのことだった。
リーシャは思わず目を丸くし、テーブルに立てかけられていたフソウは呆気にとられてしまう。
いきなりサクヤが「自殺する」と言い出したのだ。
「自殺ではないぞ。自決だ」
サクヤはにこやかにまちがいを指摘するが、どちらでも同じだろう。
「わたしが潔く自決すれば、まちがいなく君主国と君主国の戦争を止めることができる」
共和国は、君主国に皇族がいるから、君主国に戦いをしかけてくる。
君主国はというと、皇族のためを大義名分にかかげ、共和国を討伐しようと考えている。
「つまり、皇族が――わたしがいるから、戦争になるのだ。ならば、わたしが自決していなくなれば、戦争の原因もなくなる。戦争も起きない。どうだ? 名案だろ?」
リーシャは思わずドンとテーブルに手をついて立ちあがり、
「ぜっんぜん、名案じゃありませんから!」
全力で否定した。
<おまえってやつは、どこまでバカなんだ?>
フソウは呆れはてている。
「はぁ」
サクヤは残念そうにため息をつき、「おまえらもわかってないな」と言いながら椅子の背もたれに軽くもたれかかると、自信たっぷりに、
「いいか、よく考えてみろ。わたし1人の命で、君主国の多くの命が救われるのだぞ。これぞまさしく“最善の策”ではないか?」
<は? どこが最善なんだ?>
「そうですよ。自殺なんて最悪です! やめてください」
サクヤはやれやれといった感じで首を左右にふると、
「おまえらもわからず屋だな。人生にはときとして命をかけねばならないときがある」
――武士道とは死ぬことと見つけたり。
「わたしも武人のはしくれだ。わが遺臣たちの命を救えるのなら、わたしの命など惜しくない」
サクヤの言葉には少しの迷いも感じられない。
サクヤにとって「命は鴻毛よりも軽い」ものだった。信念のために死ねるのなら、これほどうれしいことはない。
それは、これまでフソウの教えてきたことでもあった。だが、
<名誉の戦死と自殺を一緒にすんな>
フソウはバッサリと切り捨てるように否定した。
「それにサクヤ様が死んだって、戦争はなくなりません」
リーシャは背筋をのばし、腰に手をあてながら断言する。
「そんなことはないだろう?」
「そんなことはあります。だいたい戦争の原因はサクヤ様じゃないんですから、サクヤ様が死んでも戦争はなくなりません」
「そう言うが、現実を見てみろ。実際に今、わたしが戦争の原因になっているではないか?」
「それはサクヤ様の思いすごしです。自意識過剰ってやつです。そもそも共和国の議長が野心家だから、戦争が起きているだけです」
たしかにサクヤが世に出る前から、議長の命令で共和国は各方面で戦争をくりかえしていた。
「サクヤ様がいようといまいが戦争になります。とりわけイガレムス君主国は旧スメラギ皇国の遺臣のみなさんが建国している以上、これほど共和国にとって目ざわりな国はありませんから、必ず狙われます。違いますか?」
<そうだせ。おまえも少しは考えろ>
「うっ」
サクヤは思わず唸った。
言われてみれば、そのとおりだ。サクヤがいてもいなくても、ワンパ共和国は戦争をくりかえすだろう。
だが、それにしても頭ごなしに名案を全否定され、しかも一方的に「考えなし」と決めつけられたのは悔しい。
「わたしだって考えたんだぞ」
<たとえ考えたとしても、考えが足りてねぇな>
「ですよね。いきなり自殺だなんて、考えが飛躍しすぎですよね」
リーシャは呆れたような口ぶりで言いながら椅子に腰をおろした。サクヤが自殺をあきらめたとわかって安心したのだろう。
「おまえたちときたら、よってたかってダメ出しばかりしおって……」
サクヤは忌々しそうに言うが、反論はできない。リーシャたちの言うことが正論だとわかっているからだ。
たしかにサクヤが生きていれば、君主国はサクヤを戦争に利用しようとするだろう。しかし、サクヤが死んだところで、おそらく共和国は戦争をやめない。
(やはりアキたちの言うとおり、共和国を――議長を討伐するしか戦争を終わらせる手だてはないか?)
だがワンパ共和国は「超」がつくほどの軍事大国だ。正面から戦いを挑めば、まちがいなく多くの犠牲が出る。
(わたしは皇族として、旧スメラギ皇国の臣下たちが犠牲になるのを黙って見すごすわけにはいかない)
だったら、どうしたらいい?
あれこれ考えたものの、結局のところスタート地点に戻ってしまった。また最初から考えなおすしかない。
「まったく堂々めぐりか。実にもどかしいかぎりだ」
サクヤは思わずつぶやいた。
だが、あきらめたりはしない。人間には知恵がある。知恵があるのだから、がんばって考えれば、きっと打開策が見つかるはずだ。
フソウに教えられたことだが、サクヤは正しいと思う。だから改めて考える。それなのにフソウときたら、
<まあ“下手な考え、休むに似たり”ってな>
サクヤの出鼻をくじくようなことをさらりと言った。
<オレとしては、おまえが余計なことを考えないで、おとなしくファラムに帰れば、おまえもムダに悩まないですむと思うがな>
たしかにサクヤがファラム侯国に帰ってしまえば、イガレムス君主国もサクヤを利用できなくなる。
「でも、あたしたちは軟禁されていますからね。帰りたくても、アキさんたちは帰してくれないんじゃないでしょうか?」
たしかにリーシャの言うとおりだ。アキたちが利用価値のあるサクヤをおとなしく帰国させるとは思えない。
事実、イガレムス君主国は火廣金の供与を約束してくれたが、それきり話が進んでいない。サクヤたち遠征隊は宿舎に待機させられたままだ。
話が進んだと言えば、ただ「友情の証」として、火廣金で作られた刀剣と盾が遠征隊員たちにプレゼントされたくらいか。
いつになったらファラム侯国に帰還できるのか、まったく見当もつかない。
<そうなると、これはまさに“前門の虎、後門の狼”といった形勢だな。にっちもさっちもいかねぇか。まいったな>
「いや、まいることはない。ヨシアキのように知恵をしぼれば、きっと形勢を逆転できる」
サクヤはドヤ顔で、力強く言った。
<知略と勇戦のヨシアキか>
フソウはぽつりとつぶやく。
「ヨシアキさん? だれですか、それ?」
「あ、リーシャは知らなかったか。ならば説明するが、これはフソウから教えてもらったことなのだが――」
サクヤの話によると、ヨシアキはフルネームをカトウ・ヨシアキといって、ニホンという国の戦国武将だそうだ。
ニホンがチョウセン半島に出兵したとき、ニホンの艦隊が敵の艦隊と出くわした。敵の軍艦は大きくて多い。それを見たニホンの武将たちは、
「勝ち目がないから、逃げたほうが得策だ」
しかし、ヨシアキは違っていた。これは勝機だと思う。だから、戦いたい。だけど、だれもが反対しているので無理か?
だが、ヨシアキはあきらめなかった。知恵をしぼって一計を案じる。
しばらくすると、ヨシアキ麾下の艦隊のうち、その一部が突如として敵艦隊に突撃していった。
「部下が功をあせって、勝手に突撃していった。急いで連れ戻してくる」
ヨシアキは言うがはやいか、すぐさま麾下の艦隊をひきいて突進していった。そして、戦いはじめる。
これがキカッケとなり、形勢は逆転する。ニホンの武将たちは戦わないつもりだったのに、なしくずし的にヨシアキたちの戦いにまきこまれて戦うしかなくなったのだ。
流れで戦いはじめたニホンの艦隊は勇戦し、最後には勝利した。すべてヨシアキの思わくどおりになったわけだ。
「つまり、よく考えて知恵をしぼれば、必ず形勢を逆転できる」
サクヤは笑顔で、自信たっぷりだった。
<おまえってやつは楽天的っていうか、あいかわらず能天気だな>
「でも、そんなサクヤ様の前向きさって、スゴイですよね。実際に問題を解決しちゃいますし。あたしはそんなサクヤ様のことを尊敬します」
リーシャは両手を胸の前で祈るようにあわせながら、目をキラキラとさせていた。
「うれしいことを言ってくれるな。ありがとう。おまえのためにもガンバるからな」
「はい。あたしもサクヤ様のことを応援しています」
そんな2人に対してフソウは、ふんと鼻で笑いながら、他人事のようにそっけなく言った。
<うるわしい主従関係ってやつか。――ともあれ、まあ、せいぜいガンバってあがいてみろ。いい修行にはなるだろう>
フソウはあくまでも手出しせず、サクヤたちに事上磨練させるつもりだ。
◇ ◇ ◇
ワンパ共和国は大艦隊を派遣して、エポール連合国が東方に進出するために築いた牙城――難攻不落の要塞都市のパニンエラを攻略した。
「これは共和国はじまって以来の快挙である」
議長が満面の笑みで言うように、今回の勝利によってワンパ共和国の制海権は広く南海に及ぶようになるだろう。
それは版図の拡大につながる。野心家の議長が喜ぶはずだ。
「もちろん、ぼくの計画は、これからがスタートですがね」
そう語るアクル少佐は今、占領したばかりのパニンエラの総督府にいた。青い空の下、広いテラスに立ち、遠くを眺めている。
「いよいよイガレムス君主国の攻略か」
中年太りの将校が隣で葉巻をくゆらせながら言った。南洋艦隊を指揮するヘイロン提督だ。
「はい。ここからなら輸送機で飛んでいけますからね。いよいよイガレムス君主国の攻略も現実味をおびてきました」
パニンエラの目と鼻の先にそそぐ大河をさかのぼっていけば、イガレムス君主国の首都――ナントがある。おおよその位置は特定できている。
今のところイガレムス君主国の地理について詳しくわかっていない。だが、とにかく大河にそって飛んでいけば道に迷わずにすむだろう。必ずナントにたどりつけるはずだ。
ナントを急襲し、敵の大将――アキ・シュレイの首をとれば、イガレムス君主国もおしまいだ。統制力を失って、おのずと瓦解するだろう。
「それにしても片道燃料で飛んでいき、敵の首都を急襲するなど、貴様も無茶な作戦を考えたものだな」
ヘイロン提督は、なかば呆れたような感じで言った。
パニンエラからイガレムス君主国までの距離は、他と比べて近いほうだ。しかし、それでもかなりの距離がある。
輸送機は大量の人員や物資を空輸できるが、航続距離が短い。いくら燃料を満載していても、イガレムス君主国まで飛ぶとなれば、片道で燃料を使いきってしまうだろう。
帰りの燃料がなければ、もちろん帰れない。
「ふふ。これもまた兵法ですよ。“背水の陣”と言いまして、退路を断ったほうが兵士も必死になりますからね。戦闘力も倍増します」
そう自信たっぷりに語るアクル少佐は、こんな作戦を立案していた。
夜間飛行でイガレムス君主国に侵入し、空挺降下によって首都を急襲する。不意をつかれた敵は混乱し、まともに応戦できないだろう。
「混乱に乗じ、敵将を討ちとったら、あとは適当なところにたてこもり、のんびりと友軍の到着をまちますよ。なにしろぼくには力がありますからね。なにがあっても大丈夫です」
「あの魔具とやらか?」
「はい。なにものをも貫く最強の矛――ブルナクと、なにものにも貫けない最硬の盾――イージスがあれば、攻守は万全です。恐れるものなどありません」
たしかに今回、南洋艦隊が難攻不落の要塞都市――パニンエラを攻略できたのも、魔具――最強の矛と最硬の盾のおかげだと言っても言いすぎではない。
「ぼくが魔具で無双して、共和国を勝利に導いてさしあげますよ。ですから提督は、安心して陸戦隊を前進させてください」
「おれも共和国の人間だからな、迷信などは信じないほうだ。念のために改めて問うが、魔具の兵器としての信頼性は問題ないのだな?」
「もちろんですよ。なにを心配することがあるのです」
アクル少佐は、まるで演劇のように両手を左右に広げて見せながら、自信たっぷりに言った。
「そう言えば、旧スメラギ皇国の皇族どもに伝わる教えに、こうあったそうですよ。“知略と勇戦によって勝利がもたらされる”と」
ぼくの知略はパーフェクトです。あとは勇ましく戦えばいいのです。
「提督や陸戦隊の方々の勇戦に期待していますよ」
「その点は問題ないが――」
そのとき突然、声がした。はもって<<ただいま>>と言う、かわいらしい声だ。
みると幼児と幼女がいた。2人とも顔だちがよいので、おそらく将来は美少年と美少女に育つのだろう。そんな端正な顔つきで笑顔をふりまいているが、口のまわりは血だらけだ。
「満足したか?」
アクル少佐がにこやかに言うと、幼児は笑顔で「うん」と応えるが、幼女はぶすっとして言った。
<聞いてよ。ブルナクったら、ずるいんだよ。自分ばっかり吸って、あたいには少ししかわけてくれないの>
<だって、おいらが狩ったんだから、おいらのもんだろ。ちゃんとわけてやったんだから、文句を言うなよ>
幼児は不愉快そうに言った。まるでイタズラを先生に告げ口されたときの児童の反応と似ている。
<ふんっ! ケチ!>
<ケチって、文句があるなら、イージスが自分で狩ればいいだろ?>
<どうしてそんなイジワル言うの? ブルナクは“攻め”られるかもしれないけど、あたいは“守り”専門なんだよ。狩れるわけないじゃん>
<だったら、つべこべ言うなよ>
まるで幼稚園児のようにケンカする2人の子どものことを、ヘイロン提督は不安そうな目で見ていた。
(この子たちは魔具が擬人化した姿だと少佐は教えてくれたが、知能のレベルはあいかわらず低そうではないか? 本当に兵器として信頼できるのか?)
そんなヘイロン提督の心配を知ってか知らずか、アクル少佐は幼稚園の先生のように厳しい顔つきでピシャリと言った。
「いい加減にしなさい! 提督がおられるのだぞ! ぼくに恥をかかせるつもりですか?」
<<ご、ごめんなさい>>
幼児と幼女はビクッとし、一瞬にしてシュンとおとなしくなった。
「まあ、おまえたちも兵器だから、元気なのはいい。だが、時と場所とをわきまえなさい」
<<はい>>
「わかったのならいいですよ」
一転してアクル少佐は笑顔になる。
「で、残党狩りをしてきて、敵兵どもの血はおいしかったかい?」
<う~ん、びみょ~>と、首をかしげる幼女。
<なんか、薄っぺらな味がする>と、残念そうな幼児。
やっぱり皇族の血がいい。高貴な血ほど、コクがあって、おいしい。
<<いつになったら、皇族の血を吸えるの?>>
幼女と幼児はせがむように言った。
「もうすぐだよ。提督たちが今、ぼくたちの破壊した飛行場を修復してくれているらね。終わったらすぐ輸送機が飛んできてくれる。それがきたら皇族のいるところまでいけるよ。もう少しガマンできるね?」
<<はい>>
幼女と幼児は、すなおだった。アクル少佐がしっかりと調教したからだろう。
それにしても、どうしてアクル少佐は、サクヤがイガレムス君主国にいることを知っているだろうか?
それはサクヤの情報セキュリティーが穴だらけということもあるが、サクヤの身近にスパイがいるからでもあった。
リーシャという名のスパイが定期的に知らせてくれるので、アクル少佐はサクヤの動向をよく把握していた。
イガレムス君主国を攻略すれば、サクヤというおまけもついてくる。
「皇族を生け捕りにしたら、おまえたちには毎日のように皇族の血を吸わせてあげるよ。だから、しっかり戦うんだよ」
魔具たちに美少年の血を吸わせる。そうやって弱らせ、生かさず殺さずの状態で美少年を苦しみ悶えさせる。
サクヤの美しい顔がみじめに歪んでいく。絶望一色に染まる。想像しただけでも、ぞくぞくしてくるじゃないか。
アクル少佐は、いやらしい顔つきで、ニヤニヤしていた。
それを見たヘイロン提督は、さらに不安になる。
(なにがそんなにおかしいのか? 魔具の知能レベルが低いうえ、この若い少佐は変態ときている。今回の作戦は本当に大丈夫なのか?)
ただアクル少佐の作戦どおり、パニンエラは攻略できた。ならば、
(議長の肝いりの作戦でもあるし、とりあえず少佐を信じてやっていくほかないか……)
◇ ◇ ◇
サクヤは、一生懸命に考えて知恵をしぼろうとするが、なかなか名案が思いつかない。
その日も朝からリビングのソファーに腰かけ、瞑想するように目をとじて考えていた。が、いくら考えても名案は思いうかんでこない。
サクヤが考えあぐねて悩んでいると、洗濯をすませて戻ってきたリーシャが言った。
「1人で考えてダメでしたら、みんなで考えたらよくないですか?」
フソウの故郷にも、「3人寄れば文殊の知恵」という教えがある。みんなで考えるとよい知恵が出るという意味だ。
「隊員のみんなに相談して一緒に考えたら、名案が思いつくかもしれないですよ」
「なるほど。たしかにそれは名案だな。――だが、迷惑でないか? あいつらは今日も街にくりだすのを楽しみにしている。へたに相談して楽しみを奪うのはかわいそうだ」
「サクヤ様って、あいかわらずやさしいですよね」
リーシャはほほ笑みながら言った。
「ん?」
「そんなふうに部下のことを思いやる上官なんて、ほとんどいませんよ」
「そうか? 部下のことを思うのは上官の義務ではないか?」
「はい。たしかに義務かもしれませんが、その義務を果たしている上官は少数です。部下にいばりちらす上官のほうが圧倒的に多いですよ」
「立場が上なのをいいことにいばる者はいるだろうが、それが圧倒的に多いとなると問題だな」
「問題ですが、改善されないのが今の世の中です。ですから、これまで“移住者”として差別され続けてきた隊員のみなさんにとって、サクヤ様は神様みたいな上官だと思いますよ」
「それは言いすぎだろう」
サクヤは苦笑いした。
「そういう謙虚なところも得点が高いですよね。そんなサクヤ様ですから、みんなもサクヤ様のことが好きになるんだと思います。そして、サクヤ様のことが好きだからこそ、みんなも相談されるとうれしいと思いますよ」
自分の好きな相手から必要とされる。これほどうれしいことはない。
「たぶん外出するよりも、サクヤ様に相談されて、サクヤ様のために一緒になって考えることのほうが、みんなも喜ぶと思いますよ」
「そういうもの、なのか?」
サクヤが半信半疑で言うと、リーシャは自信たっぷりに「そういうものです」と応えた。
「ですから、ぜひ相談してみたら、どうですか?」
「リーシャがそこまで言ってくれるなら、試しに相談してみるか」
サクヤはさっそく第3班長のところに行った。
部下をよびつけず、自分から出向いていくのがサクヤらしい。すぐれた指揮官は「有事には武人らしく、平時には紳士らしく」ふるまうものだが、サクヤの行動はそのとおりだった。
サクヤは第3班長に事情を話し、
「というわけで、みんなに相談にのってほしいのだが、可能だろうか?」
「もちろんっすよ」
第3班長は笑顔で言った。その声は弾んでいる。
「こうして隊長から気がねなく相談されたら、あいつらも喜ぶっすよ。さっそく招集をかけるっすね」
実際そうだった。招集がかかり、宿舎の広間に集まった隊員たちは、だれもが誇らしそうな顔つきをしている。
隊長が厄介ごとを自分らに相談してくるというのは、隊長が自分らのことを気のおけない家族みたいに思ってくれているからだ。
隊長は武功もあるし、人柄もいいし、家柄だって抜群だ。
そんなリッパな隊長から家族のように思われるなんて、これほど名誉なことはない。ここは1つガンバって、ぜひとも隊長の役に立ちたいものだ
そんなふうに隊員たちは思っていた。
<サクヤといい、こいつらといい、バカがつくほどお人よしだな>
フソウは思うが、悪いとは思わない。
たとえバカでも、みんなで協力すれば、それなりの成果を出すだろう。「アリも集まれば木をゆるがす」という言葉だってある。
<まあ、せいぜい気張れ>
かくしてサクヤたちは、定期的に集まって話しあうようになった。もちろんリーシャも参加する。
話しあいは朝に行われることもあれば、夕方に行われることもあった。ときとして昼の場合もあれば、夜の場合もあった。
たいていは1日に1回だけ話しあい、問題点は次回までの宿題としていた。が、ときには1日に2回ほど話しあったりもした。
そんなこんなで1週間がすぎ、2週間がすぎたところで、ようやくサクヤが出した結論とは、
「わたしがひとつ共和国まで行って、議長と直談判してくる」
サクヤは自信たっぷりにドヤ顔で言うが、フソウにしてみれば、
<すっとんきょうなことを言いやがって。てめえらは“3人寄れば文殊の知恵”どころか、“3人寄っても下種は下種”になってるじゃねぇか>
まったく頭が痛い。
「フソウさん、大丈夫っすよ。隊長なら議長にガツンと言って、力ずくでもわからせてくれるっす」
<はぁ? なんだよ、その根拠ない確信は?>
「根拠ならあるっす。隊長のこれまでの実績っす」
「は? てかな、そもそも議長は皇族の命をねらってんだぞ。それなのに皇族のサクヤがのこのこと議長に会いにいって、無事ですむと思ってんのか? それこそ“飛んで火にいる夏の虫”じゃねぇか>
「その点なら心配いらないですよ」
リーシャが口をはさんだ。
「あたしがサクヤ様を無事に生還させてみせます」
<は? おまえまで身のほど知らずなことを言うのかよ。おまえなら少しは常識があると思っていたのによ。がっかりだぜ>
「あたしだって、ちゃんとできること、できないことくらいわきまえていますよ。そのうえで言っているんです」
<どうだかな。おまえみたいなヒヨッコがいくらぴーちくぱーちく言ったところで、少しも説得力がねぇよ>
「な!? ヒヨッコだなんて、バカにしないでください」
<バカになんかしてねぇよ。オレはあくまでも事実を言っているだけだ。おまえは自分が青二才だって自覚をもて>
「そこまで言うんですか!? ……ひどいです」
リーシャの目はうるんでいた。
<は? ひどくなんてねぇだろう。自分が無力だと自覚することから成長がはじまる――>
「そのへんでやめておけ」
サクヤはたしなめるように言った。
「それに、わたしもいつかは議長と会って話してみる必要があると思っていた。だから今回は、ちょうどいい機会だ」
<いや、ちょうどよくねぇから>
「あとはどうやってイガレムス君主国を出るかだが――」
<おい、サクヤ、オレの話を聞けって――>
「今日も長いこと話しあったことだし、今日はこれくらいにして続きはまた明日にしよう」
サクヤは一方的に閉会した。
◇ ◇ ◇
深夜、首都に大きな爆発音がとどろきわたり、衝撃波で窓ガラスが音をたて、地面が振動した。
爆発音は1つだけはなく、立て続けにいくつもとどろきわたる。
びっくりして目をさましたサクヤは、いそいでカーテンをあけて外を見た。空が赤い。火災でも起きているのか。
そうこうしているうちに警戒警報が鳴りわたった。
緊急事態だ。
サクヤと同じように目覚めていた第3班長以下12名の隊員たちは、ただちに行動を起こす。
急いで軍服に着替え、武装をととのえにかかった。鉄帽をかぶり、背嚢を背負い、肩に小銃をかつぐ。
腰には火廣金の刀剣をさし、リュックには火廣金の盾がひっかけてあった。いずれもイガレムス君主国から「友情の証」として隊員たちに贈られたものだ。とても軽いので身につけても負担感がない。
隊員たちは用意が終わった順に部屋から飛び出していき、緊急時の集合場所として定められているロビーに走った。
ロビーにはすでにサクヤがいて、隊員たちを待っていた。
隊員たちはサクヤの前に整列し、
「ジョイル他12名、異状ありません!」
第3班長は直立不動で敬礼し、サクヤに報告した。
サクヤは「ご苦労」と答礼してから、
「状況は現在、確認中である。しばらく待機する」
そうこうしているうちに、リーシャが青い顔をして走ってきた。軍服を身に着け、軍帽をかぶっている。が、武装はピストルだけだった。
「共和国の航空艦隊が夜襲をしかけてきたそうです! なお、戦力規模、被害状況などは不明みたいです!」
リーシャは状況を確認するため、支配人室にいる当直の係官に問い合わせに行っていたのだった。ただ電話回線が混線しているらしく、なかなか政庁につながらず、そのせいで報告に時間がかかったらしい。
「隊長、どうしますか?」
「敵襲なら、もちろん勇ましく戦うまでだ」
サクヤがニコリとして言うと、隊員たちもニコリとしてうなずいた。
◇ ◇ ◇
アクル少佐たちは、輸送機で首都に近づいたところで、空挺降下していた。多くの輸送機から、たくさんの兵士たちが飛び降り、空に落下傘の花を咲かせる。
乗員全員が飛び降りて無人となった輸送機は、爆弾をかかえたまま滑空し、そのまま首都に墜落していった。そのせいで首都の各所で大爆発が起こり、建物が破壊され、住民が死傷し、火災が発生する。
アキたちイガレムス君主国の要人たちは、ただちに政庁にかけつけ、情報収集と対応にとりかかった。とにかく軍隊に招集をかけ、消防と警察を総動員して消火と住民の避難にあたる。
「南東より攻めよせる一団あり」
アキたち政府要人の集まる作戦室に急報が入った。
「一団は大隊規模のもよう」
まもなく続報も入る。
「共和国でしょうか?」
筆頭家老が言うと、アキは涼しい顔で「この国を攻めてくるといったら、共和国しかないだろう」と応えてから、
「消火と避難は消防と警察に任せ、軍隊のほうは応戦に行かせろ!」
「はっ!」
伝令はさっと敬礼すると、すばやく作戦室を出ていった。
偵察部隊の報告によると、敵の主たる武装は小銃くらいで、大砲などは装備していないらしい。
「われらもなめられたものだな」
背の高い中年の軍人が南西に広がる闇をにらみながら、忌々しそうにつぶやいた。ナント師団を指揮するビセン師団長だ。
ナント師団は首都を守る部隊で、アキの命令をうけて主力を南西方面に緊急展開していた。その行動はすばやく、手際もいい。
「砲撃の準備が整いました」
伝令の報告を受け、ビセン師団長は「攻撃開始」を命じた。
多数の照明弾が南西に向かって遠く放たれ、戦場を照らしだす。多くの人影らしきものが見えた。敵の大隊だ。
敵の位置が確認できたところで、いくつもの大砲が一斉に火をふいた。特殊砲弾を使っているので、その射線は光線のように見える。
まもなく弾着。多数の爆炎が夜空を照らし、爆煙が視界をさえぎった。それでもナント師団の砲撃は第2斉射、第3斉射と続く。
ある程度のところで、いったん砲撃を中止。照明弾を打ちこんで、戦果を確認する。
「まったく無傷だと!?」
ビセン師団長は驚いた。信じられない。
照明弾に照らされて見える光景は、砲撃前と少しも変わっていない。砲弾はどこにも着弾していないし、敵の大隊も整然と前進を続けている。
その先頭に立って悠然と歩いているアクル少佐は右手に最強の矛をもち、左手に最硬の盾をかまえていた。
「ぼくたちには魔具がありますからね。どんな攻撃も無力ですよ」
そう。最硬の盾が見えない障壁を形成し、ナント師団の砲弾をすべて弾いていたのだった。
「それにしても今回は血の減り方がいつもより早いよね?」
アクル少佐が最硬の盾につながる輸血チューブをチラ見して言った。輸血チューブの一方は、アクル少佐が上半身にたくさん吊るしている輸血パックの1つにつながっている。
<なんか変な砲弾を使っているみたい。もちろん防げるけど、なんか疲れる>
イージスがイヤそうに言った。
「変な砲弾? わが軍をさんざん苦しめてきた火廣金というやつかな?」
<わかんないけど、とにかく大変>
「だったら、少し懲らしめてやろうか」
<おいらの出番だね>
最強の矛はうれしそうだ。
アクル少佐は最強の矛をかまえ、矛先をナント師団の展開しているほうに向けた。そのままピストン運動のように最強の矛を激しく前後させる。
すると、いくつもの残像が生まれ、それらが衝撃波となってナント師団に向かって飛んでいった。その衝撃波の威力はすさまじく、衝突したところにいた兵士は粉みじんになり、大砲は吹き飛ばされてしまう。
あとには大きなクレーターが、ぽっかりと口をあけていた。
もちろん大技をくりだせば、それだけ多くの血を消耗してしまう。しかし、アクル少佐は多くの輸血パックを携帯し、そこから魔具に血を供給しているので、どれだけ大技をくりだしても平気だ。
このアクル少佐の大技を目のあたりにして、ナント師団の将兵は思わずひるんでしまった。
いくら攻撃しても通用しないし、逆に攻撃されると想定外の被害が出る。
「なんなんだ、これは?」
ビセン師団長は焦っていた。
敵の大隊は、さらに近づいている。すでに小銃の射程圏内に入り、互いに小銃を撃ちあっていた。
敵の銃弾はこちらに届くが、こちらの銃弾は敵の見えない障壁に阻まれて敵まで届かない。ワンサイドゲームだ。せっかくの特殊銃弾もムダに消費されていく。
このままではまちがいなく防衛線を突破されてしまう。首都を守れない。
「いったい何が起きている?」
「どうやら皇族の魔具を使っているみたいだ」
不意に声がした。ふりむくとサクヤが立っている。第3班長たち隊員もいた。
「で、殿下!? ――こんなところで、なにをなされておられるのですか?」
「もちろん助太刀にきた」
「助太刀ですと……? 若君の命令ですか? それとも許可を得たうえでの行動ですか?」
「どちらでもない。そもそもわたしにはアキの命令に従う義務などない」
「ならば、お下がりください。敵の強さはまともではありません。まもなく防衛線も突破されます。ここは危険です」
「それがどうかしたのか? 危険に身をさらすのが軍人の務めではないか。それよりも、この状況で貴殿には勝算があるのか?」
「それは……」
ビセン師団長は言葉につまった。勝算がないのは目に見えている。しかし、それを口にするわけにはいかない。
「ないのであろう? ならば、わたしたちに任せろ。わたしたちには勝算がある」
「勝算、ですと? なにかよい作戦でもあるのですか?」
「もちろんだ。目には目を、歯には歯を、魔具には魔具を、だ」
フソウによると、敵陣には魔具がいるらしい。その存在を気で感じとれるそうだ。そして、
<通常の兵器では、魔具には勝てねぇ。魔具とガチで勝負できるのは、魔具だけだ>
だから、魔具の使い手――サクヤは助太刀に出ることにしたらしい。
これにはフソウも反対しなかった。敵に攻められて反撃しなければ、やられるだけだ。それくらい考えなくてもわかる。
座して死をまつなど、武門の恥だ。とにかく勇ましく戦って勝つ。それしか生き残る道は残されていない。
そう。知略と勇戦が勝利をもたらす。フソウの教えだ。
「というわけだから、わたしたちも戦わせてもらう。――行くぞ」
「「「はいっ」」」
第3班長たち隊員は、威勢よく応え、火廣金の盾を手にして気合いをこめた。まもなく盾が黄金色に輝きだす。
「準備完了!」
第3班長がサクヤに報告すると、サクヤはおもむろに腰の刀――フソウを鞘から抜き、かまえた。
「突貫!」
サクヤたちは、ビセン師団長が制止するのもきかず、敵の大隊――アクル少佐のひきいる襲撃部隊に向かって勢いよく突進していった。
もちろん、襲撃部隊からは激しく銃撃される。闇夜で光る火廣金の盾は、かっこうの標的だ。
しかし、火廣金の盾は、気合いをこめることで、強度を増していた。通常の銃弾では、傷つけることすらできないだろう。
第3班長たちは、そんな強固な盾を傾斜させてかまえることによって、敵の銃弾をいとも簡単に弾いていった。いわゆる避弾経始というやつだ。
まもなく銃撃がピタリとやんだ。敵もあきらめたのか。
と思いきや、サクヤたちは見えない障壁にぶつかり、そのまま弾かれて尻もちをついてしまう。
どうやら敵は、サクヤたちの接近を防ぐため、見えない障壁を展開したらしい。
これまで敵――アクル少佐の襲撃部隊は、銃撃するときには見えない障壁を解除し、ナント師団に銃撃されたら見えない障壁を展開する。そういうことをくりかえしていたようだ。
<イージスの壁ってやつは、なにものでも貫けない>
「だが、斬ることはできるのだったな?」
<そうだ。突くと斬るとは大ちがいだなからな>
というわけで、サクヤはフソウを上段にかまえ、勢いよく見えない障壁に斬りつけた。
第3班長たち隊員も、全員が火廣金の刀剣を片手にかまえると気合いをこめ、刀剣が光り輝きだしたところで、ヤギュウ流の一刀岩の要領で見えない障壁に斬りつける。
さすがに見えない障壁は強固で、一回では一刀両断にはできなかった。しかし、何度も斬りつけているうちに切れ目が入っていき、ついには割れ目ができる。
その割れ目から、サクヤたちは見えない障壁のなかに突入した。
「敵将も近い! その首級をあげ、戦いを終わらせるぞ!」
サクヤは威勢よく声をかけ、第3班長たち隊員は「応っ!」と喊声をあげた。
襲撃部隊の兵士たちは、驚きのあまり唖然としてしまう。が、
「急いで攻撃しなさい!」
アクル少佐の怒声で、ハッとわれに返り、銃撃を再開した。多数の銃弾がサクヤたちに横殴りの雨のように襲いかかる。
もちろんサクヤたちは、火廣金の盾で弾くので無傷だ。フソウにナビゲートされながら、敵の魔具のいる方向――おそらく敵将がいるであろう方向に向かって走っていく。
そして、ついにサクヤとアクル少佐との一騎打ちの局面をむかえた。
現代の戦争でもそうだが、接近戦となれば、主な武器はナイフか、格闘技になる。仲間を誤射する恐れがあるので、おいそれとは銃器を使えない。
というわけで、敵と味方がいりまじっている状況となれば、刀剣を使いこなしている第3班長たち隊員のほうが有利だった。群がる敵を次から次へと一刀両断にしていく。
サクヤはというと、アクル少佐と剣をまじえていた。
アクル少佐は剣術のわきまえがないので、どちらかと言えば押され気味だ。サクヤが斬りこんでくるのを最強の矛で弾いたり、最高の盾でうけとめたりして、なんとかしのいでいるといった感じだ。
しかし、その表情には余裕があった。
「魔具の力の源は血ですからね。ぼくにはたくさんの血があります。ですが、サクヤくん、きみにはそれがない。その小さな体で、どこまで血がもちますかね」
戦いが長引けば長引くほど、サクヤの血は失われていく。
サクヤの血は、もちろん有限だ。いつまでも魔具を使い続けることはできない。
そうこうしているうちに、サクヤの体がふらつきはじめた。目まいもする。息切れもしてきて苦しい。
「そろそろですね」
アクル少佐は勝利を確信した。
ぼくの計算どおりなら、僅差とはいえ、最終的にはぼくのほうに必要なだけの血が残ります。サクヤくんは貧血で、先に倒れてくれるでしょう。ふふふ。
こうなれば、サクヤとしては、とにかく気合いを入れてガンバるしかない。それ以外に手だてはなかった。
『闘戦経』第38章
○原文・書き下し文
玉珠の湿潤なるは知か。影は中に在り。故に智者は顧るべし。炎火の光明なるは勇か。影は外に在り。故に勇者は進むべし。是れ陰陽の自然か。自然を以って至道と為さずんば、至道も亦た何をか謂はんや。
○現代語訳
なまめかしい宝石のようすは、知恵に例えられる。透けているので内に影が見える。だから、知恵のある人は内に目を向け顧みる。
まばゆい火炎のようすは、勇気に例えられる。光っているので外に影をつくる。だから、勇気のある人は外に目を向け進んでいく。
こういったことは、陰陽の働きからして当然そうなるものであろうと思う。当然そうなるものを最高に正しいやり方としないなら、最高に正しいやり方も無意味なものになる。




