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第35章 あらゆるものに「天のご加護」がある

 政庁の定例会議は、いつも早朝に行われる。朝は頭が冴えているので、効率的に話しあえる。そういうことらしい。


 会議室にはナンゴクたち数名の重臣が集まり、アキの問いに答える形で話し合いが進んでいた。


「――以上のとおり、ワンパ共和国の国力はわが国の100倍、戦力に限れば50倍となります」


 とある重臣が報告すると、筆頭家老のナンゴクが深刻そうに、


「これでも若君(わかぎみ)は、わが国に勝ち目があるとおっしゃりますか?」


「もちろんだ」


 アキは涼しい顔で応えた。


曾祖父(ひいじいさん)の遺訓にもあるだろ。“積善余慶(せきぜんよけい)積悪余殃(せきあくよおう)”ってな。よいことをしていれば、よい結果につながる。悪いことをしていれば、悪い結果につながる。そして、俺たちはよいことをしてきた」


 今から60年ほど昔の話だ。


 革命でスメラギ皇国が滅び、ワンパ共和国が誕生したとき、スメラギ皇国の臣下たちは革命政府から迫害された。容赦なく逮捕され、処刑されていく。


 旧スメラギ皇国の名門シュレイ家は、スメラギの遺臣たちを救うために決起した。戦いには負けたが、ほとんどの遺臣を逃がすことに成功する。


 その後、シュレイ家と遺臣たちは姿をくらました。どうなったのかと言えば、ひそかに南下して険しい山岳地帯を越え、そこにイガレムス君主国を建国したのだった。


 イガレムス君主国では、統治者となったシュレイ家が善政をしく。おかげで遺臣たちも安心して暮らせるようになった。結果として人口も増えたし、国力も高まっていく。


「それに引きかえ、共和国はどうだ? 悪政をしいている」


 ワンパ共和国では、政府高官などの特権階級がいばり、人民に高い税金を課している。文句を言う者がいれば容赦なく殺す。


 ――すべての人民が平等に暮らせる社会を実現する。


 これがワンパ共和国の国是(ポリシー)だ。


 そのためには政府高官(エリート)が愚かな人民どもを教え導いてやる必要がある。


 こんな上から目線で政治を行っているので、人民に対する思いやりをもてないのだろう。人民を平気で(しいた)げるのもうなずける。


 今では貧富の格差も拡大し、人民も政府に失望しているようだ。


「こんな国は、歴史の例を見るまでもなく、滅んで当然だ。だから俺たちは負けない。きっと勝てる」


 ナンゴクたち重臣も、そのとおりだと思う。だから、だれもアキに反論しない。うなずきながら黙って話を聞いていた。


 アキは、ひと通り語り終えたところで、ニヤリとして、


「それにしても“積善余慶(せきぜんよけい)”とは、よく言ったもんだよな。天は俺たちに切り札を与えてくれた」


 サクヤだ。


 ◇ ◇ ◇


 まるで本物のお姫様(プリンセス)みたい。


 リーシャは、うっとりとサクヤに見とれていた。こんなにカワイイ方にお仕えできるなんて、あたしは幸せ、なんて思う。


 サクヤは今、宿舎(ホテル)の一室で、政庁から派遣されてきた着付師(スタイリスト)たちに囲まれて、おめかしをしているところだ。


 南国っぽい麦わら帽子、涼しげなワンピース、かわいらしいサンダルに小物類といったオーソドックスなファッションだが、プロがコーディネートすると一段とひきたって見える。


 しかし、リーシャに言わせるなら、


「サクヤ様は素材がいいですからね。なにを着ても似あいますよ」


「……そうか、ありがとう」


 サクヤは顔が赤い。こういう女の子っぽい装いは得意ではないし、なにより気恥ずかしい。それに、


「どうもしっくりこない。――おちつかないものだな」


「え、どうしてですか? すごくカワイイじゃないですか。ふだんもおしゃれしたらいいと思うんですけど、どうしてしないんですか?」


「その必要がないからな」


「はい? あいかわらずサクヤ様は、おかしなことを言いますね。おしゃれは乙女(おとめ)のたしなみですよ」


「それはそうかもしれないが、それでは乱世を生き残れない」


「乱世、ですねぇ……」


 リーシャは「はぁ」と大きくため息をついた。


「まったくサクヤ様ったら、いつも現実的ですよね。少しは夢くらいみればいいのに――」


 言いかけて口をつぐんだ。


 サクヤはリーシャや多くの隊員たちの面倒をみないといけない。のほほんと夢を思い描いている暇なんてない。おしゃれのことを考えている余裕なんてない。それなのに、


「無理なことを言って、ごめんなさい」


 リーシャがしゅんとしていると、サクヤはやさしく言った。


「なにもリーシャが謝ることはないぞ。わたしが性格的におしゃれが無理というだけの話なのだからな。原因はわたしにある」


 ――あ、いえ、「性格的に」とか、そういう話じゃなくて……。


 リーシャは言おうとしたが、先にサクヤが口を開く。


「わたしの育ての親はストイックな軍人でな。自分の身は自分で守れるようになれと厳しく言われ、そのためにはエゴを捨てろと口うるさかった」


「えご? なんですか、それ?」


「エゴというのは、おしゃれしたいとか、ぜいたくしたいとか、もうかりたいとか、えらくなりたいとか、そういったワガママな気もちのことだ」


「つまり、欲ですか?」


「まあ、それと似ているかもな」


「でも、サクヤ様、人間って欲を捨てようと思っても、なかなか捨てられないと思いますよ。サクヤ様の育ての親って、無茶なことを言いますね」


「無茶か……。まあ、ある意味、無茶をする(おとこ)ではあったな」


 そう言うサクヤの目には、どことなく郷愁がただよっていた。


「あ、ただ、みずからの良心にしたがって自然に生きるなら、べつにエゴがあっても問題ないとも教えられた。そうすることが身を守ることにつながるそうだ」


 すべてに加護がある。


 造物主(かみさま)は、すべてを守り、助ける働きをしている。


 だから、あくせくせず、あたふたせず、自然のままに生きたらいい。そうすれば結果的にうまくいく。


 不自然なことをしていたら守ってもらえないし、助けてもらえない。


「だから、今回もそうだが、へたに策をろうしたりせず、運を天に任せたほうがいいわけだ」


「そうなんですか……。それにしても運を天に任せるって、つまりはなりゆき任せってことですよね。それって大丈夫なんですか? 今回もなりゆき任せでデートを受けちゃうし。それもよりによって、あんな軽薄男と……」


 リーシャは言いながら渋面になる。


 サクヤは苦笑いしながら、


「わたしが正しくしていれば問題ない。よい結果につながる」


 サクヤがフソウから聞いた話だが、こんな例があるそうだ。


 かつて小国のニホンが大国のロシアと戦争して勝つということがあったらしい。その奇跡に世界が驚いたという。


 この戦いで活躍した提督のトウゴウ・ヘイハチロウは、こう言ったそうだ。


 ――天は正義にくみし、神は至誠に感ず。


 正義をつらぬいていれば天が助けてくれるし、真心をつくしていれば神様を動かせる。そんな意味になる。


 正しいことをしていれば「天のご加護」を得られるというわけだ。


「だから、安心しろ」


 サクヤはにこりと笑って見せた。


 ただリーシャは、今日のデートについては心配していなかった。サクヤに同行できるからだ。


(あの薄っぺらなイケメンがサクヤ様に手を出そうとしても、そうはさせない。あたしが全力で阻止する!)


 リーシャは闘志にあふれていた。


 ◇ ◇ ◇


「デートとは、こんなにも疲れるものなのか?」


 その夜、デートを終えて宿舎(ホテル)に戻ったサクヤは、ぐったりとしていた。気疲れというものだろう。そのままベッドに倒れこむ。


「あれって、デートって感じじゃないですよね」


 リーシャが怪訝(けげん)そうに言った。


「あの軽薄男は、いったい何がしたかったんでしょう?」


 リーシャは今日のデートをふりかえってみる。


 街を連れ立って歩くアキとサクヤは、美男と美女だ。非常に絵になる。


 2人とも要人だから、たとえデートとはいえ、多くのボディーガードがついてまわるのも当然だろう。


 でも、どうして多くの写真家(アーティスト)もついてまわったのか?


 写真家(アーティスト)たちは、各所でアキとサクヤにポーズをとらせ、撮影しまくっていた。


 慣れないサクヤは、何度もやりなおしとなる。


「顔がひきつっていますよ。笑顔をつくってください」


「ちょっと右を向いてください。――あ、右すぎます。戻して」


「そこでちょっと足を組んでもらえますか?」


「はい。そこで笑って。――いいですよ。そのままジッとしてください」


「ちょっとアキ様に近づいてください。体をアキ様に向けてですね――」


 とにかく注文が多くて、サクヤは辟易(へきえき)する。


 今日のデートは、デートと言うよりも撮影会だった。


 途中、リーシャが不審に思い、随行員に「どうして撮影するんですか?」と尋ねると、随行員は「広報に使うんですよ」と答えた。


 アキも公人なので、たとえデートといえども国民に公開する必要があるらしい。


 本当に?


 リーシャは、にわかには信じられなかったのを覚えている。元スパイの勘が「おかしい」と告げたのだ。


 ◇ ◇ ◇


 いつもの政庁での定例会議。


 出席者は写真を回覧していた。先日のデートのときに撮影されたものだ。


 アキはニヤニヤしながら写真をながめていた。


「よく撮れている。かわいいな。俺の嫁にしたいくらいだ。ふふ」


「ひとこと多いですぞ」


 ナンゴクはアキをたしなめてから、


「それにしても第4皇女殿下と本当にそっくりですな」


 と感心した。


 ヘアスタイルがロングからショートに変わったくらいで、あとは第4皇女と瓜二(うりふた)つに見える。


「これなら第4皇女の血筋だと信じて疑わないでしょう」


 他の重臣たちも「たしかに」とうなずく。


「それでは計画どおり、共和国に写真をばらまけ。皇族の健在ぶりをアピールして、議長をびびらせてやれ」


 アキは痛快そうだった。


「俺と――名門シュレイ家の当主と、皇族の生き残りが蜜月関係(なかよし)だと知れば、議長もふるえあがるだろうな。笑えるぜ」


「そして、共和国内の反体制派も勇気づけられることでしょう」とナンゴク。


「なにしろ反抗の旗頭(はたがしら)にうってつけの人材があらわれたのですからな」


『闘戦経』第35章


○原文・書き下し文


 (たい)()(ほう)(ゆう)するを()って、(ぞう)()()(まも)るを()るなり。


○現代語訳


 胎児が母体に守られていることから、あらゆるものを生み育てる働きには守る力が備わっていると分かる。


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