第34章 知恵を養って真理を知る
マッチをこすれば、火がつく。
現代人にとってはあたりまえなこの現象も、古代人の目からすれば魔法に見えることでしょう。なにしろ一瞬にして火がつくのですから。
そうです。科学が進歩すれば、迷信も現実のものとなるのです。
「そして今ここで、科学的な検証の成果として、これまで迷信と思われていたものを現実のものとして披露いたしましょう」
軍服姿のアクル少佐は、どんよりとした曇り空の下、練兵場の真ん中に立っていた。右手には矛、左手には盾をもっている。
その見つめる先――観覧席には、多くの高官、将校たちがいた。その背後には衛兵たちが整列し、有事に備えている。
前列中央に座っている7人は、共和国の政治をつかさどる革命評議会の委員たちだ。老紳士を中心にして、左右に若手が3人ずつ着席していた。
若手と言っても、30代から40代の壮年ばかりだ。働き盛りの年代なので、活力にあふれているはずなのに、老紳士に比べると見劣りしてしまう。それほどの存在感が老紳士にはあった。
なにしろ老紳士は、革命の立役者であり、議長としてワンパ共和国に君臨している。他とは実績も実力も段違いだ。存在感が違うのもうなずける。
「始めろ」
老紳士――議長の声は、スピーカーを通じて練兵場に響きわたった。
アクル少佐は観覧席に向かって一礼し、おもむろに横を向き、矛と盾を構える。まるで古代の重装歩兵のようだ。
そんなアクル少佐に対して、1輌の戦車が戦車砲の照準をあわせた。すぐさまズドンと発砲。
「ふんっ!」
アクル少佐が気合いをこめると盾が輝き、カキンと砲弾を弾いた。
「おお!」
観覧席から驚きの声が聞こえる。
ニヤリとしたアクル少佐は、まるで馬のような速さで駆け、あっというまに戦車の前に着いた。
「はっ!」
アクル少佐が気合いをいれると矛が光った。そのまま戦車を突けば、その分厚い装甲にたやすく突き刺さる。
戦車の搭乗員たちがあわてて車外に飛びだすのと同時に、戦車は爆発、大破した。砲塔は吹き飛んで宙を舞い、弧を描いて地面にドスンと落ちる。
観覧者たちは、驚きのあまり言葉を失っていた。
議長は、ニンマリと満足そうに笑い、
「上出来だ」
アクル少佐は遠くで一礼すると、観覧席の前まで歩いてきた。議長を前にして、まるで見世物小屋の弁士のように口上をたれる。
「これが“魔具”の力です。皇族どもに受け継がれてきた“魔具”も迷信と思われ、これまで博物館の倉庫で眠っていました。しかし、ぼくの研究の結果、こうして“魔具”の力を引き出すことに成功したのです」
「で、その力でイガレムスの厄介な力を封じこめられると言うのだな?」
議長が問いかけると、アクル少佐は自信たっぷりに「そうです」と答えた。
「貴様には敗戦の責任を問わねばならぬが、“魔具”の力を発動せしめたという功績がある。それに免じて、今回は処罰なしとする。その力をもってイガレムスを討ち滅ぼし、第4皇女の息の根をたって、皇族どもを根絶やしにせよ」
「ははっ」
アクル少佐は深々と頭を下げた。
(すべてぼくの思わくどおりになった。ぼくってやっぱりスゴイ)
うぬぼれているが、今回の件はどう考えてもバクチみたいなものだった。
討伐軍が大敗して、アクル少佐の特別任務も失敗。しかも、名誉挽回を狙って捕らえたサクヤも、とり逃がしてしまう。
このまま帰国すれば、アクル少佐は処刑される。だけど、死にたくない。どうしたらいい?
――妖刀は血を吸う。
サクヤの魔具は言っていた。
(魔具は皇族の血で発動するのではないか?)
アクル少佐の手もとには、第4皇女の血をひく(と思われる)サクヤから採取した血がある。
アクル少佐は変態だ。美少年が苦しみ悶える姿を見ると興奮する。その血を見るとさらに興奮する。だから、サクヤを拷問し、痛めつけ、傷つけたとき、したたり落ちる血をニヤニヤしながら採取していた。
そして、共和国には「魔具」がある。皇国の時代には、宝物として歴代の皇帝に受け継がれてきた。今は迷信の産物として博物館の倉庫に収蔵されている。
サクヤの血を使えば、その「魔具」を覚醒させられるのではないか?
(きっと覚醒する。これは昇進ものだ。ぼくの命も助かる)
アクル少佐はさっそく報告書にまとめ、帰国すると「魔具」の検証実験を願い出た。
「こんな迷信にとらわれるとは、あの少佐は気でもふれたのではないか?」
会議の席上、革命評議会の壮年6人は報告書を途中でテーブル上に放り捨てた。まともに取りあわない。
だが、議長は口もとに手をあてながら、熱心に報告書を読んでいた。そして、読後――、
「おもしろそうではないか。検証実験を許可してやろう」
アクル少佐の検証実験は成功。サクヤの血で矛と盾は覚醒した。こうして今回の実演に至り、アクル少佐は殺されずにすんだわけだ。
今回ばかりは変態が幸いした。
◇ ◇ ◇
第3班長は、志願者の中から手練れ12人を選び、「イガレムス遠征隊」のメンバーとした。あとはサクヤとリーシャが同行する。
出発の日、サクヤたち遠征隊は、航空基地に集合した。空は青く晴れ渡り、雲ひとつない。最適な飛行日和だ。
歩いて滑走路に向かう。
「飛行機に乗れるなんて、夢みたいですね!」
リーシャは、にこやかに言った。サクヤたちと同じ軍服姿で、背嚢を背負い、両手で大きなバスケットをかかえている。
「そうだな。空から見える景色とはどのようなものか、楽しみだ」
サクヤも、にこやかに応えた。同じく背嚢を背負っている。
「みんなのお弁当を準備してますから、上で食べましょうね!」
すると傍らにいた完全装備の第3班長が笑いながら、
「なんだリーシャ、おまえはそんなにはしゃいで、まるでピクニックに行くみたいじゃないか」
「はい。これから危険なピクニックに行くんですからね。笑ってないと、やってられませんよ。どなたの企画なんでしょうね?」
リーシャはニコニコしているが、その口調にはトゲがあった。
「おまえも言うなぁ」
第3班長は苦笑いした。
「おはよう、諸君」
滑走路には、ハル侯爵がケイオス将軍を伴い、見送りにきてくれていた。双発の大きな輸送機の前に立っている。
「見事なものだろう?」
ケイオス将軍は、輸送機を指し示しながら自慢げに言った。
輸送機は、ファラム侯国が侯国軍再建の一環として、西の大国――エポール連合国から購入した最新式だ。
「速度も出るし、足も長い。サユース同盟諸国まで、あっという間だぞ」
サクヤたち遠征隊は、輸送機で南東のサユース同盟諸国まで運んでもらう手はずになっている。
サユース同盟諸国から、イガレムス君主国の国境――険しい山岳地帯までは近い。騎馬で2、3日の距離らしい。
「ボクのほうから同盟諸国には協力をお願いしているから、いろいろと便宜をはかってくれるとは思う。それくらいしかできなくてすまない」
「なにを言う? これだけしてもらえれば十分だ。感謝する」
サクヤは笑顔でペコリと頭を下げた。
ハル侯爵は「そっか」とうなずき、隊員たちにキリッとした笑顔を向けた。
「イガレムス君主国までの道のりは険しいと聞く。各員とも奮励せよ」
第3班長以下12名の隊員たちは、さっと直立不動の姿勢をとると、敬礼して応えた。
サクヤたち遠征隊は、さっそく輸送機に乗りこむ。
輸送機はエンジンをうならせ、両翼のプロペラの回転数をあげた。ゆっくりと誘導路を進み、滑走路に出たところで徐々に速度をあげていく。2千メートルほど滑走したところで、ふわりと機体が浮き、そのまま大空に舞いあがっていった。
◇ ◇ ◇
早朝。イガレムス君主国の政庁では、これから臨時会議の予定だ。
君主国の青年元首――アキ・シュレイが会議室に入ったときには、すでに老士官――筆頭家老のヤジロ・ナンゴクをはじめ、側近たちが着席して待っていた。
「おまえら相変わらず早いな」
アキが呆れたように言うと、筆頭家老はもっと呆れて、
「若君が遅すぎるのです。5分前行動は皇軍の伝統でありますが、若君の場合は5分後行動となっておりませんかな?」
「だからって、おまえらの10分前行動もどうかって思うぜ。そんなら最初からスケジュールを10分早めに設定しろって話……」
「若君っ!」
筆頭家老はアキの発言を遮るようにピシャリと言った。
「若君は、ご自分のお立場をお忘れなきよう。上に立つ者は、つねに下に立つ者の手本として、うんぬんかんぬん」
筆頭家老の小言は延々と続く。
アキはうんざりしながらも、とりあえず聞いておく。「耳の痛い話こそ、よく聞いておけ」とは、アキの尊敬する曾祖父――猛将チガヤ・ニシノカミ・シュレイの遺訓だからだ。
もっとも、だからといって、アキにも限界がある。あまり小言が長いと、ガマンの限界をこえてくる。それは他の出席者も同じだろう。
「発言中に悪いが、“火急の用件”があったんじゃなかったのか? このままだと、おまえの長話で日が暮れるぞ」
言われて筆頭家老は、ハッとした。バツが悪そうに頭をかきながら、
「皆の衆には申し訳ないことをしてしもうた」
ということで、改めて本題に入った。
結局のところ、「火急の用件」とは、サクヤたち遠征隊が国境――山岳地帯を越え、入国してこようとしているが、これをどうするかということだった。
「念のため改めて確認しておくが、サクヤって言えば、あの“鬼神隊”のサクヤでまちがいないよな?」
アキは興味津々といった感じで目を輝かせていた。
「間者の報告によると、まちがいないようです」と情報担当者。
イガレムス君主国は、周辺諸国に間者をもぐりこませているので、鎖国していても外部の情報には精通していた。間者は商人を装い、各国で活動しているという。
「たしか男装の麗人だって話だよな?」
「そのような噂もあります」
「美人なら会ってみたいもんだな」
アキがニンマリとしていると、筆頭家老はコワイ顔をして、
「一国の主ともあろう者が、そのようなゲスな話をされるとは、実に嘆かわしい」
「冗談だよ」と口をとがらすアキ。
「ただ、まじめに鬼神隊長には会っておきたいとは思うな」
「ですが、よそ者は追い返すのが祖法です」と法務担当者。
「たしかに祖法を守るのは大事だと俺も思うぜ」
先人たちは、苦労してイガレムス君主国を建国した。その経験は、国家運営にとって貴重な財産となる。だから、先人たちの定めた決まり――祖法を守ることは、国を守ることにつながる。
そんな祖法の1つとして、鎖国があった。他国との関わりを断てば、国家間の余計なトラブルにまきこまれずにすむ。
ただ、これまで無事に鎖国できたのも、イガレムス君主国が「隠れ里」として外部に知られていなかったからだ。
「俺たちの国の存在を外部の連中に知られてしまった以上、これまでどおりにはいかないとは思わないか?」
実際、ワンパ共和国は、イガレムス君主国の存在を知るや、ただちに戦争をしかけてきた。
「これからは外部ともつきあい、俺たちの国を守るために役立ちそうなら、よそ者とも積極的に会うべきだって思うな」
筆頭家老をはじめとして、側近たちに異論はないようだった。うなずきながら、黙って話を聞いている。
「しかも、今回は共和国の大軍を相手に連勝している鬼神隊長だ。会ってみて、味方につけられそうなら味方につけたほうが得策だろ?」
「たしかに」と筆頭家老。
「それでは僭越ながら、決をとりたいと思うが、皆の衆はどう思うか? 若君の意見に賛成なら、挙手されよ」
すると全員が手を挙げた。
「それでは全会一致で、サクヤたちについては入国を許すことにする。――ということで若君、よろしいですな?」
「もちろんだ。ただ領内を勝手に歩き回られても困る。迎えを出して、まっすぐここまで案内してくれ」
「かしこまりました」
筆頭家老は丁寧に頭を下げ、会議は閉会となった。
というわけで、サクヤたち遠征隊は、山あいの道でイガレムス君主国の騎兵隊と出くわし、警戒していると、
「歓迎する」
と騎兵隊に言われたのだった。
◇ ◇ ◇
サクヤたち遠征隊は、騎兵隊に案内され、険しい山道を越えた。そのまま港町に入り、官用船に乗せられて大河をさかのぼっていく。
リーシャはサクヤを引っぱって、最上甲板に出た。
「いい景色でしょ?」
リーシャが喜んで言うように、テラスからは青空に映える美しい沃野を一望できた。遠くには冠雪した大きな山も見える。雄大な光景だ。
「この河を下っていくと、国外に出られるそうですよ」
「そうか。――ならば、この河も国の内外をつなぐ大動脈となるわけだな」
実際、多くの船が大河を行き交っている。
「あ、それは難しいみたいです。途中に激流とか、急流とかあって、どうにか下ることはできても、そう簡単には上れないみたいそうですよ」
ただ国内に限定して言うなら、まちがいなく交通の大動脈として機能しているとの話だった。いくつもの水路ともつながっているという。
聞くところでは、イガレムス君主国の中心部――中央盆地は、広大な水郷だそうだ。縦横に水路が走り、肥沃な大地を潤しているらしい。
水路は、用水路としてだけではなく、運河としても利用されているという。陸路もあるが、水路のほうが便利らしい。船で大量の物資をまとめて運べるからだ。
「この水路は、首都のナントにもつながっているそうです」
「そうか」
このときサクヤは遠い目をしていた。
(あの名門シュレイ家の者たちが、どのような国づくりをしているのか?)
楽しみでもあり、不安でもあり――。
サクヤは複雑な心情だった。フソウには<気にすんな>と言われているので、気にしないように努めているが、それでも気にしてしまうのは、まだまだ修行が足りないからか?
サクヤは思わず「ふっ」と自嘲気味に笑ってしまった。
「どうしたんですか? 急に思い出し笑いなんかして……」
リーシャは怪訝そうにサクヤの顔をのぞきこんだ。
「いや、どんな国なのか、楽しみだと思ってな」
サクヤはニッコリとして見せた。
「そうですよね。危ないとか言われてましたけど、意外に歓迎されて。なんか新天地を旅するみたいで、ワクワクしますよね」
リーシャは心底から楽しんでいるようだった。見るもの、聞くもの、すべて珍しい。旺盛な好奇心で、どんどん知識を増やしていた。
そんなこんなで、ほのぼのとした船旅をすること数日。
官用船は無事に首都――ナントに入った。船着き場の目の前にある木造3階建ての大きな建物が、イガレムス君主国の政庁だそうだ。
「ようこそ、イガレムス君主国へ」
笑顔の爽やかな青年が出迎えてくれた。軍服姿で、1人の老士官を伴っている。
「俺の名はアキ・シュレイ。名門シュレイ家の当主にして、イガレムス君主国の元首だ。よろしくな」
気さくに語り、サクヤに握手を求めた。
「わたしはサクヤ・サファル。ファラム侯国の軍人で、階級は大佐だ。今回の遠征隊で隊長の任にある。今回は領主殿みずから歓迎していただき、感謝する」
サクヤはアキと握手した。「シュレイ」の名を聞くと、懐かしさと寂しさ、そして申し訳なさがこみあげてくる。しかし、そのような感情はおくびにも出さない。アキには笑顔を見せた。
「この柔らかさ――女だな」
アキはニヤリとする。
「は?」
サクヤは呆気にとられた。
「実を言えば、おまえが男か女か情報が定かではなかった。だけど手を握ってみれば、すぐにわかる」
サクヤはさっと手を引き、イヤそうな顔でアキを見た。
しかし、アキは気にしていない。へらへら笑いながら、
「今宵の会食には、女子らしく正装で出席しろ。正装はこちらで用意する」
イガレムス君主国は、サクヤたち遠征隊を正式に国賓として迎え、もてなしてくれるらしい。
サクヤは思う。それはありがたいことだ。すなおに感謝しよう。
だが、どうしてドレスなんだ?
そもそも軍人の正装は軍服だ。わたしは軍人なのだから、軍服で十分ではないか。
サクヤが疑問をぶつけると、アキはへらっと笑って、
「俺はかわいい女子には、かわいい格好をしてほしい。だからだ」
「そんな理由で、か……」
サクヤは呆れはてた。もしこれがチガヤだったら、そんなふうなことは口がさけても言わない。アキは本当にチガヤの曽孫なのか?
「そのような理由なら、断る。わたしも軍人だ。軍人らしく軍服で出席させてもらう」
「だったら俺も交渉のテーブルにつかないけど、いいのか?」
「は?」
「おまえはここまで観光に来たわたけではないんだろ? 俺たちに何か用事があってきたんじゃないのか?」
サクヤは真顔でアキを正視し、黙ってうなずく。
「でも、おまえが言うことを聞いてくれないなら、俺も言うことを聞かない。それでもいいのか?」
アキはニンマリと笑った。
「交渉はギブ・アンド・テイクだ。おまえがドレスを着てくれるなら、俺も交渉のテーブルについてやる。せっかく来たんだ。ウィン・ウィンの関係を目ざそうぜ」
サクヤは「くっ」とうなり、顔をそむけながら「わかった」と吐き捨てるように言った。
この駆け引きのうまさ。有無を言わさず相手に「うん」と言わせる力は、チガヤそっくりだ。やはりアキはチガヤの血筋でまちがいないか?
なんてサクヤが考えていると、アキは爽やかな笑顔で、
「ものわかりのいい隊長さんでよかったぜ。――あとはこの筆頭家老の言うとおりにしてくれ」
それだけ言って、立ち去っていった。
入れ替わりに老士官が進み出る。
「私は筆頭家老のヤジロ・ナンゴクと申す。若君が破天荒ゆえ、面食らわれたかもしれぬが、悪気はないので許されたい」
そう前置きしたうえで、今後の予定や宿舎のことなどをサクヤたちに丁寧にレクチャーしてくれた。
◇ ◇ ◇
会食会場は、アキの御館だった。木造一階建ての平屋で、飾り気がない。
ただエントランスだけは華やかだった。さまざまな絵画や彫刻、珍品などが、さりげなく飾られている。
そのうちの1つ――淡く輝く石に第3班長は興味をひかれた。手に取ってみると軽い。ほんのりと温かい気もする。
この感触には覚えがある……。
「それは青生生魂だ」
うしろから声がした。
ふりむくと爽やかな顔つきの青年がいて、ほほ笑んでいた。煌びやかな軍服を身にまとっている。イガレムス君主国の元首――アキだ。
「領主様!?」
第3班長は石を手にしたまま、すばやく直立不動の姿勢をとり、さっと敬礼した。周囲にいた隊員たちも同じようにする。
「おいおい、これからパーティーだってときに、そういう堅苦しいことはやめてくれよ。楽しもうぜ」
アキはハハハと笑った。
気さくな領主様だ。
第3班長は親しみを感じた。これなら話やすいし、聞きやすい。試しに質問してみようと思う。
「その“あぽいたから”とは、何でありますか?」
「おまえたちが欲しがっている火廣金の原料だ」
アキはにこやかに説明してくれた。
「これが火廣金の原料!? ――どこで手に入るのでありますか?」
第3班長は興奮していた。
「わが国の鉱山で採れる。他国にはないようだな」
「はい。“あぽいたから”なんて鉱物、自分はこれまで見たこともなければ、聞いたこともありません。――ところで、これからどのようにして火廣金を作るのでありますか?」
「それは秘密だ。製法は門外不出なので、教えられない」
アキは笑顔で、さらっと言った。
第3班長は肩透かしを食らって気落ちする。が、すぐに気を取りなおして食い下がった。
「そこをなんとか教えてほしいであります」
「残念ながら無理だな。――それに教えたところで、そう簡単に作れないだろう」
アキが言うには、青生生魂を精錬して火廣金が生産される。
精錬するときには、職人が最高度の気合いをこめる必要がある。そうしなければ、せっかく作った火廣金も本来の力が出ない。
そして、それのできる職人も少ない。少ない職人で手作りするため、大量生産にも適さない。
「俺たちのご先祖様も、はじめて青生生魂を見つけたときは伝説も本当だったと喜んだみたいだが、そこから先は苦労したそうだ。あらゆる伝説を洗いなおして、ようやく製法を復元できたと聞いている」
たとえ伝説でも、知識が増えることで、伝説ではなくなる。現実のものとなる。「知は力なり」とは、よく言ったものだ。
アキは、そんなことを言って話をはぐらかした。
そのとき声がした。
「またせたな」
見ると、ショートヘアの美少女がいた。清楚なイブニングドレスがよく似あっている。顔が赤らんで見えるのは、照れているからか?
「隊長――。あいかわらずカワイイっす!」
第3班長は思わず見とれた。
「馬子にも衣装とはよく言ったものだ。すばらしい」
アキはニンマリと笑う。
「失礼ですよ」
サクヤの傍らで、かわいいドレスの似合う女の子――リーシャがピシャリと言った。
「こんな可愛らしいお姫様に向かって“馬子”だなんて。しかも鼻の下までのばして、イヤラシイ」
リーシャはアキをきつい目で睨んだ。ボディーガードのようにサクヤの前に立ち、アキがサクヤに近づけないようにした。
「これは勇ましい従者殿だ」
アキは愉快そうに笑い、
「それでは行こうか」
サクヤたち遠征隊の面々は、アキに案内されて長い廊下を進んだ。その奥にある大広間に入る。
大広間は白木造りで、やはり飾り気のない部屋だった。飾り気はないが、そのぶんナチュラルな部屋なので落ちつく。
部屋にはすでに重臣たちが集まっており、アキたちの到着を待っていた。アキたちが姿をあらわすと笑顔と拍手で歓迎する。
会食は立食式だった。テーブルの上には肉料理、魚料理、蒸し物、揚げ物、それにフルーツなど、ごちそうが山盛りで並んでいる。
このとき会場のすみには黒服の一団がいて、さりげなくサクヤの様子をうかがっていた。手には写真をもち、そこに写っている人物とサクヤを見比べているようだ。
「同一人物と言ってもいいほど、瓜二つではないか?」
「あの鬼神隊長が第4皇女の血をひいていることは確実だろうな」
そんなことをささやきあっていた。
ただサクヤたちは、だれ一人としてそのことに気づいていない。サクヤはというと、アキと並んで立ち、歓談していた。
その近くにいるリーシャは、ドレス姿のサクヤを見るたびに思う。
(サクヤ様は、可憐な花のように美しい。絵本で見たお姫様みたいだ)
ついうっとりと見とれてしまう。が、隣にいるアキが目に入るたび、
(この薄っぺらなイケメンは危ない。サクヤ様に余計なことをしたら、あたしが許さないんだから)
警戒心を丸出しにして、アキを睨む。
アキはそれに気づいているようだが気にはせず、笑顔でサクヤと話し続けていた。
「つまり、おまえたちは火廣金でサーベルを作りたい。だから、俺たちの国まで来たってわけか?」
「そうだ。火廣金を譲ってもらえるだろうか?」
「いいぜ。ただし条件次第だがな」
「どんな条件だ?」
「そうだな――」
アキはちょっと思案してから、キメ顔をサクヤに向けた。
「俺とデートしろ」
「はあ?」
サクヤは目を丸くして驚いた。顔は真っ赤だ。
『闘戦経』第34章
○原文・書き下し文
変の常たるを知り、怪の物たるを知れば、造化に与すること、夢に合するがごとし。
○現代語訳
世の中に変わったことがあるのはあたりまえだと分かり、オカルトみたいなものも実は自然現象にすぎないと分かれば、あらゆるものを生み育てる働きとまるで正夢のようにピタリと付合するようになる。




