第32章 虎の威を借りる
第3班長が執務室に来て、骨董屋で手に入れた銃弾をサクヤに見せたときのことだ。
<それは火廣金だな>
フソウがさらりと言った。
「ひひいろかね?」 キョトンとするサクヤ。
「何か知ってるんすか!?」 目を輝かす第3班長。
<なんだ? おまえら知らねぇのかよ>
フソウがあきれたように言うと、サクヤと第3班長はコクリとうなずいた。
<仕方のねぇやつらだな。――おい、ジョイル、その銃弾をにぎって、おまえが石を斬るときにみたいに気合いをこめてみろ>
第3班長が言われたようにすると、なぜか銃弾が熱をもってきような気がする。だんだん熱くなっていく?
<そろそろいいだろう。手を開いてみろ>
フソウに言われるまま、第3班長は手を開いた。刹那、まばゆい光があたりをつつむ。
まぶしい!
が、すぐに光り方もおだやかになった。第3班長の手のひらでは、銃弾が電灯のように輝いている。
「すげぇ!」
第3班長は驚嘆し、銃弾に目を奪われていた。さすがは給料3か月分!
サクヤがもの珍しそうにのぞきこむと、銃弾の表面が波のようにゆらいでいるのが見てとれる。
<これが火廣金だ>
フソウはドヤとばかりに言うが、それだけではよくわからない。
「もっと詳しく教えてください」
第3班長は目を輝かせながら懇願した。
<火廣金は軽くて硬い。おそらく金剛石よりも硬いだろうな。おまえが欲しがっていた素材に近いんじゃねえか?>
「はい、近いっす!」
<でもって、人の精神に感応して光り輝き、強さを増す。今みたいにな>
「そうなんすね!」
<……>
「……」
<……>
「あのぅ、それから、どうなんすか?」
<以上だ>
フソウがキッパリ言うと、第3班長は「え?」と驚いた。
「作り方とか、どうすればいいんですか?」
<オレは職人じゃねぇからな。わからねぇ>
「だったら、どこで手に入るかとか、そのへんはどうですか?」
<それもわからねぇな>
「そう、なんすか……」
第3班長は落胆した。だが、火廣金を手に入れるあてがないわけではない。だから、気を取りなおして、
「隊長にお願いがあります」
「ん? なんだ?」
「自分をイガレムス君主国に行かせてくださいっ!」
第3班長はピンと背筋を伸ばしたかと思うと、軍人らしく横45度でピシッとお辞儀した。
「いいぞ」
サクヤは笑顔で即答した。
「わたしも行こう」
<おまえも行くのかよ!>
フソウは思わずツッコミを入れた。
「もちろんだ。見聞を広めるチャンスだからな。わたしは知らないことが多いし、ちょうどいいだろ?」
<ちょうどよくねぇよ。いいか、おまえら、イガレムス君主国って言えば、危ない国だって聞くぜ。それなのに、おまえらときたら簡単に行くとか言いやがって。少しはためらえ>
イガレムス君主国は、国をとざし、よそ者をうけつけない。よそ者は容赦なく殺されるという噂もある。
それなのにサクヤときたら、まったく危機感のない笑顔で、
「どうしてためらう必要がある? ためらうものは失敗する。これはフソウ、おまえに教わったことだぞ。違うか?」
<たしかに言ったが、それとこれとは話が違う>
「どう違うんだ?」
<それはだな……>
フソウは思わずに言葉につまった。
どう違うかって言われても、どう違うんだろうな?
悔しいが、うまく反論できない。
「違わないだろ?」
<ったく、へらず口ばかりたたきやがって>
「隊長が同行してくれるなら、心強いっす!」
<な!? おまえも余計なことを言うんじゃねぇ!>
フソウは不機嫌だった。
でも、わかっている。サクヤは言い出したら聞かない。こうなったら、どうしようもない。
<はぁ>
大きく嘆息してから、<無茶だけはすんなよ>と、しぶしぶ同意した。
「もちろんだ」
サクヤは自信たっぷりに言うが、あてにはならない。
◇ ◇ ◇
ファラム侯国は、今日も平和だった。首都――リンデルは多くの商人でごった返し、にぎわっている。
「ファラムで商売すれば、戦争のリスクも少ないので安心だ」
なにしろファラム侯国には、「泣く子も黙る鬼神隊」がいる。どの国も鬼神隊を恐れて、ファラム侯国に戦争をしかけようとはしない。
安心して商売できるので、多くの商人がファラム侯国に集まってきた。隊商もファラム侯国を拠点にして各国と貿易している。おかげでファラム侯国は潤うばかりだ。
<こう考えると名前ってのは大事だな>
ファラム侯国に向かう道すがら、フソウがつぶやく。
ハル侯爵は、かつてサクヤ救援のため、名ばかりの「鬼神隊」を編成した。「鬼神隊」の勇名は四方にとどろいている。
味方につければ心強いが、敵にまわすと厄介だ。
だから、西方諸国の多くがファラム侯国との同盟を望んだ。おかげでファラム侯国は、平和を満喫できるようになった。
フソウによると、こうしたやり方はミナモト・ヨリトモみたいなのだそうだ。
ヨリトモは武将だが、みずからを権威づけるため、「征夷大将軍=最高司令官」の地位を手に入れ、武家の頂点に君臨したという。
名目上は武家も「軍人」なので、「最高司令官」の命令を大っぴらに無視できない。正当な理由がない限り、ヨリトモの命令に従うしかなくなる。
それこそ「虎の威を借る狐」みたいなものだが、こうしてヨリトモは武家の総力を結集して政治権力を奪ったそうだ。
凡人でも、「先生」と呼ばれるようになれば、えらい人のように思われる。「大臣」と呼ばれるようになれば、すごい人のように思われる。
そして、名ばかりの部隊でも、「鬼神隊」と呼ばれるようになれば、強そうに思われる。
まさにバカと名前は使いようだ。
<そう考えると、あの侯爵もなかなかの知恵者だな>
「わたしもそう思う。きっとよい領主になるだろう」
そう他人事のように言うサクヤも、今では鬼神隊の隊長だ。
サクヤが鬼神隊の隊長になったのは、ファラム侯国に戻ったとき、ケイオス将軍にスカウトされたからだ。
「今度こそ侯国軍に入隊しろ。そうすれば貴様も、貴様の仲間たちも路頭に迷わずにすむ。悪い話ではなかろう?」
サクヤは、宮仕えが嫌いだが、隊員たちのことを思うと好き嫌いを言っている場合ではない。
それにリーシャも「どうやって隊員みんなの世話をするんですか?」と口うるさい。
とにかく仕事を見つけないといけない。だから、
「ケイオス将軍の好意には感謝する。ありがたく話をうけたい」
サクヤは笑顔で即答した。
こうして侯国軍の大佐となったサクヤは、名ばかりの「鬼神隊」の隊長を任される。かつての「警備隊」の隊員たちが、そのまま「鬼神隊」の隊員となった。
名ばかりだった「鬼神隊」も、これで名実ともに天下無双の精鋭部隊だ。
そんな話をしながら宮殿に出向いたサクヤの用件は、「暇乞い」だった。
執務室に案内されたサクヤが「ちょっとイガレムス君主国まで行ってくる」といった話をすると、ハル侯爵も、スピオン宰相も、ケイオス将軍も驚いていた。
「危なくないか?」
ハル侯爵は心配するが、サクヤは笑顔で「問題ない」と言う。
「サクヤが行きたいのなら、ボクも反対はしないけど……。ともあれ役立つかどうかわからないが、イガレムス君主国に宛て親書を書き、サクヤに託そう」
「心遣い感謝する」
サクヤは一礼して、
「ときにイガレムス君主国とは、どのような国か知っているか? 知っていたら、教えてほしい」
「え?」と目を丸くするハル侯爵。
「サクヤ大佐はそれも知らずに行こうとしていたと!?」
スピオン宰相は呆れた。
その隣でケイオス将軍は、真顔で言う。
「イガレムス君主国は、今から60年くらい前にスメラギの遺臣たちが多く移り住み、建国したと言われている」
聞いて驚くサクヤを見て、
――スメラギの流れをくむ国と知って、行きたくなったわけでもないのか。
――単純に刀剣の材料を探しに行くだけだったか。
と覚る。
サクヤは驚いたものの、表面上は「スメラギ」に関心を示さなかった。わかるなら地勢とか、国柄とかを教えてほしいと言う。
そういう態度をとるなら、こちらも「スメラギ」にこだわるのは無粋というもの。サクヤに問われたことのみ答えよう。
「イガレムス君主国は、急峻な山々に囲まれた国だ。崖は切り立ち、谷は深く、曲がりくねっている河の流れは激しい。ゆえに近づくのは用意ではない。まさに天然の要害だ」
だが、中心部は広大な沃野になっていて農業に適しているし、鉱物資源にも恵まれているらしい。と聞いている。
「その存在が知られたのは、つい最近のことだ。とある冒険家がようやく発明された長距離を飛べる飛行機で南の空を飛んでいて発見したのだが、もし飛行機がなかったら今でも知られていなかっただろうな」
そして今、イガレムス君主国はワンパ共和国と戦争状態にあるという。共和国は圧倒的な兵力をさしむけているらしい。が、
「さしもの共和国も攻めあぐね、かなり手こずっているようだがな。ざまあカンカンだ」
ケイオス将軍は「かかか」と高笑いした。
スメラギの遺臣としても、共和国の理不尽な攻撃を受けたファラム侯国の臣下としても、痛快なことだ。
サクヤは「そうか」と思案気につぶやき、
「それにしても共和国は、どうしてイガレムス君主国を攻める?」
「スメラギの皇族が生き残っているからだそうだ。――ウソか本当かはわからんが、第4皇女殿下がご存命であられるらしい」
「!?」
サクヤは驚いた。表情はこわばっている。
「第4皇女が存命……? いったい何が起きている……?」
サクヤがいつになく真剣な顔つきで問いかけた。
ケイオス将軍が忌々しそうに「とにかくスメラギの遺臣が目障りで仕方ないのだろう」と言うと、スピオン宰相がたんたんとした口調で、
「第4皇女は生死も行方も不明と言われていますが、共和国はイガレムス共和国にいると思っているようですね」
さりげなく補足してくれた。
「皇女が生きていると、なぜ戦争をする? すでに革命も成功し、皇国を簒奪できたのだから、もうよいではないか?」
「おそらく共和国としては、反体制派が第4皇女をみこしにかついで反革命を起こすことを恐れているのでしょう。共和国も貧富の格差が拡大していますからね。いつ暴動が起きてもおかしくありません」
話を聞きながらサクヤは、なぜか深刻そうな顔つきになっていた。
「サクヤ、顔色が悪いみたいだけど、大丈夫か?」
ハル侯爵が心配そうに声をかけると、サクヤはハッとして笑顔をつくり、「大丈夫だ」と答えた。
「つい長居してしまい、すまない。いろいろと教えもらい、感謝する」
サクヤはにこやかにお辞儀して、そのまま退出していった。
『闘戦経』第32章
○原文・書き下し文
戦国の主は疑を捨て、権を益すに在り。
○現代語訳
乱世で主導権をとるには、ためらいを捨てることだ。権威を増すことにある。




