第30章 必殺技をもつ
ワグファイ大公国の辺境都市は、城門を固く閉ざし、厳戒態勢をとっていた。役人は震撼し、軍人は緊張し、住民は恐怖している。馬賊の騎馬軍団がやってきたのだ。
――馬賊が帰順を申し出て、隊長に同行してくる。
事前に警備隊から、地方長官のもとに連絡はきていた。勇名とどろく「鬼神隊長」のすることだから、へたは打たないだろうとは思う。
だが、相手は馬賊だ。極悪非道の悪党だ。警戒するにこしたことはない。地方長官は戒厳令をしく。
「実に厄介なことをしてくれる」
地方長官は忌々しそうに独り言ちた。
「トラブルでも起きたら、どうするんだ? 私の経歴にもキズがつき、栄転できなくなるではないか」
とりあえず側近を伴って政庁の尖塔に登り、双眼鏡をのぞいて警備隊の野営地のほうをうかがう。
遠望すると、野営地の近くには馬賊たちがいくつも天幕を張っていた。ちらほらと炊事の煙もたちのぼっている。騎馬はというと、のん気に秣を食んでいた。
のどかな風景だが、油断ならない。
それにしても隊長は何をしている?
どうして報告に来ない?
報告・連絡・相談は社会人の基本だろ?
「どんなに勇名をはせようと、しょせん17歳の子供ということか」
地方長官は残念そうに嘆息し、「隊長を呼び出せ」と側近に命じた。
しかし、隊長は多忙を理由にして、なかなか呼び出しに応じない。政庁に姿をあらわしたのは1週間後、何回も呼び出しをかけてからのことだった。
◇ ◇ ◇
地方長官から最初の呼び出しを受けたとき、サクヤは野戦司令部の大きな天幕にいて、班長たちと会議中だった。
「ちょっと行ってくる」
サクヤが即座に出かけようとすると、第4班長が待ったをかけた。
「すぐに応じたら、軽んじられますぞ」
第4班長が言うには、少し焦らしたほうが、相手もイライラして冷静さを欠くようになるので、手玉にとりやすくなるとのことだった。
さすがは最高齢だけあって老練だ。
計算高い第2班長は共感を覚えた。
「それに馬賊の屯田計画も完成しとりません」と第6班長。
「計画が不十分なら、地方長官を十分に説得できんのではありますまいか」
「その点は心配するな」
サクヤがドヤ顔で言った。
「わたしが力ずくで説き伏せてみせよう」
すると第4班長が口をはさんできた。
「それでは力ずくでいくとして、どのように説得しますか?」
「それは、だな……」
サクヤは言葉につまった。とりあえず苦笑いしてみる。
<なにも考えていなかったのかよ!>
フソウは思わずツッコミをいれたくなった。
第4班長は「老婆心ながら一言」と前置きして、
「隊長には無双できる力があります。ですが、隊長の本当の力は、カリスマにあるのでありますまいか」
「かりすま?」
「カリスマというのは、人を惹きつけてやまない魅力のことです」
「魅力? ――それは、つまり、わたしが魅力的ということか?」
サクヤの顔が思わず赤らむ。
「なるほど!」と第3班長は手を打った。
「隊長の魅力で長官を丸めこんでしまおうというわけっすね!」
「籠絡っすか?」と目を丸くする第2班長。
「バジャルさんにしては珍しく、きわどい策を使いますね」
「す、すまないが、わたしは“女を使う”のは得意ではないぞ」
サクヤは思わずモジモジしてしまう。
なにを考えているのか、サクヤの顔はまっかっかだ。
ふと見ると、第4班長がちょっと困ったような顔をしていた。
「あ、いえ、そういうことではなく……」
「違う、のか……?」
かんちがい?
あろうことか自分で自分のことをカワイイとか言ってしまったぞ。
自意識過剰もいいところではないか。
だんだん恥ずかしくなってきた。顔から火が出そうだ。
「あ、ですが、もちろん隊長がかわいくないということではありませんよ」
第4班長は、やさしくフォローした。
だが、そういう気づかいはやめてくれ。もっと恥ずかしくなる。
とにかく話題を変えよう。それしかない。
「それで第4班長が言いたいことは?」
第4班長は唐突な展開に戸惑いながらも、おほんと咳払いしたうえで「それでは改めまして」と前置きすると、
「くりかえしになりますが、隊長には魅力があります」
だから、ハル侯爵も、リーシャも、警備隊の面々も、そして馬賊たちも、サクヤに魅かれて味方してくれるようになった。
「だれもが隊長のためなら力をおしまないでしょう。そんな味方がいるのですから隊長も、なんでも自分だけで解決しようとするのではなく、ときには味方を利用することも考えてください」
そうすれば、この前のような危険な目にあわなくてすむ。自分らも心配しないですむし、リーシャだって悲しまずにすむだろう。
他の班長たちも第4班長と同感らしい。うなずきながら話を聞いている。
「ありがとう。――おまえたちは、いいやつだな」
サクヤはいつもの笑顔ながらも、その目はうるんでいた。
「隊長の人のよさに比べたら、おれたちなんか屁みたいなもんすよ」と第3班長。
「で、バジャルさんとしては、どんな策でいくんすか?」
「とりあえずハンジルに協力してもらう」
ハンジルたち馬賊は極悪非道と恐れられ、その騎馬軍団は精強だと思われている。
そこでハンジルに騎馬軍団を多く出してもらい、辺境都市の前に布陣してもらう。地方長官にとしては困るだろう。
その馬賊が隊長と連携しているとなれば、はたして地方長官も隊長の願いを無下にできるだろうか?
「ここの地方長官は、事なかれ主義じゃからのう」と第6班長。
「余計なトラブルを恐れて、極悪非道で精強な騎馬軍団とあえて戦おうとはしないであろうな」と第5班長。
「となると、隊長の言いなりになるしかない!」と第3班長。
サクヤが「なるほど、“虎の威を借りる”わけだな」と納得していると、
第2班長が「バジャルさんの策は、必ずしもムチばかりじゃなくて、アメもあるっすよね」と言った。
どういうことか?
「馬賊の帰順を受け入れたなら、治安も改善するし、沃野も開墾されるわけですから、今回の屯田計画は地方長官にとってもメリットがあるんじゃないすか?」
第4班長は黙ってうなずいてから、
「こうした作戦ですが、隊長としてはどうでしょうか?」
「名案だと思うぞ。――さっそく実行しよう」
サクヤがハンジルに協力を打診すると、ハンジルはすんなりOKしてくれた。
「とりあえず2千騎なら、すぐに用意できる」
ハンジルはすぐに伝書鳩を飛ばして、馬賊たちに集合をかけた。
1週間もあれば、野営地の近くに集結できるだろう。
◇ ◇ ◇
早朝、サクヤがいつものように刀――フソウを振り、朝練に励んでいると第3班長がやってきた。
第3班長は、はにかみながら「訓練の成果を見てほしい」と言う。
サクヤは笑顔で「いいぞ」と応え、刀――フソウを鞘におさめた。
さっそく第3班長は片手にサーベルをもち、もういっぽうの手で足もとの小石を拾って放り投げた。
「でやっ!」
気合い一発。野球でノックするようにサーベルで小石を打つ。小石はスパッと見事にまっぷたつとなった。刃こぼれもしていない。
「おお! スゴイではないか!」
サクヤはすなおに驚き、感心した。
「隊長のいない間に必死になってガンバった成果っす。これって“必殺技”になるっすよね?」
「おまえの使い方によるだろうが、なると思うぞ」
「よっしゃ!」
第3班長は思わずガッツポーズをとった。
「おれは第3班の班長として、この技を隊員たちにも教えこんでいくつもりっす。おれたち警備隊はジジイとヒヨッコばかりで、そんなに強いとは言えない……。けど、この技でスズメバチになって隊長を守ってみせるっす!」
「そうか。それは頼もしいな。ありがとう」
サクヤはニコッと笑った。実にかわいらしい。若い第3班長は、思わずドキンとしてしまった。
つか、そう言えば隊長って女子だったよな。女子に対して「守ってみせる」って、告ってるみたいじゃね?
なに恥ずかしいことを言ってんだよ、おれ!
第3班長は思わず赤面してしまった。
マズイ。実にマズイ。変な誤解をされたら、居づらくなるし。
「ありがとうございましたっ!」
第3班長は直立不動、軍人らしくサクヤに挨拶してから、足早に立ち去っていった。
それにしても第3班長の言った「スズメバチ」とは、どいうことだろうか?
ちょっと前の話だが、天幕の1つにスズメバチが飛びこんできた。天幕にいた隊員たちは恐れおののき、あわてて逃げだす。
それを聞いてサクヤは「スズメバチは戦い方のヒントになるな」とつぶやいた。
近くにいた第3班長が「どういうことっすか?」と尋ねると、
「小さな虫は基本、人よりも弱い」
「ですね」
「スズメバチも小さな虫だが、それなのに人はこわがる。どうしてだと思うか?」
「それは毒があるから、っすかね?」
「そうだ。たとえ小さくても、敵に大きなダメージを与えられる力をもっていれば、大きな相手をもひるませることができる。そんな力は必殺技として使える」
かつてシマズ・ヨシヒサという武将がいた。もとは小領主だったが、急速に領土の拡大に成功している。やり手の武将だ。
そんなヨシヒサには、必殺技があった。この技を使えば、大軍を相手にしても勝てるというスゴ技だ。その名を「釣り野伏せ」と言う。
この戦法では、まず味方を3つに分け、そのうち2つを戦場の両側に伏兵として隠れさせる。それから残り1つが敵に戦いを挑み、負けたふりをして伏兵のほうに向かって逃げる。
それに釣られて敵が追撃してきたら、両側から伏兵が奇襲。敵が混乱したところで撃滅する。そんな戦法だ。
ヨシヒサは、この戦法を使って多くの強敵に勝ち、のしあがっていったのだった。サクヤが師匠から聞いた話らしい。
「だからこそ、わたしは必殺技をもちたいと思い、これまで鍛錬してきた。隊員たちにも必殺技をもってもらいたいと思っている」
サクヤはなにげに語ったにすぎないが、このとき第3班長は真剣に受け止めていた。
第3班は、隊員の装備と訓練を任されている。その班長として第3班長は、自分の責任が重大だと感じたのだった。
◇ ◇ ◇
馬賊の騎馬軍団は、数日としないうちに続々と集まってきた。
先にきていた騎馬軍団と合流し、すぐさま臨戦態勢をとる。喊声をあげ、気炎をはいた。実に威勢がいい。
その天をつかんばかりの勢いを目のあたりにして、地方長官はすっかり気圧されてしまった。
騎馬軍団は警備隊の野営地に近いところで布陣している。警備隊と連携しているように見えるが、いったい何が起きているのか?
地方長官がいくら隊長に出頭して報告せよと伝えても、なしのつぶてだ。多忙を理由にして、もう少し待ってくれとしか言ってこない。
私のことをバカにしているのか!?
イライラがつのるばかりだ。
だからサクヤがようやく政庁に出向いたとき、執務室で待っていた地方長官は不快感をあらわにした。
「再三にわたる出頭命令を無視したあげく、あの騎馬軍団の大軍は何か?」
怒り心頭らしく、地方長官はいつになく早口だった。
「聞くところによると、隊長が馬賊に要請したそうではないか。これほどの大軍を集めて、クーデターでも起こすつもりか?」
「頼もしいだろう?」
サクヤは悪びれることなく、笑顔で言った。
「は? 頼もしいだと?」
地方長官は苦虫をかみつぶしたような顔つきで、
「私を愚弄する気か!」
サクヤを睨みつけた。
もちろんサクヤは気にしない。平然として笑顔で語る。
「それより、あれほどの頼もしい軍勢が長官のものとなるのだぞ。もっと喜んでくれてもいいだろう?」
「ん? ――私のものになる?」
地方長官は怪訝そうな顔をした。
「そうだ」
「どういうことか?」
「それはだな――」
そう前置きしたうえで、サクヤは馬賊の事情を伝え、屯田計画について説明した。
「――こうすれば治安もよくなるし、税収も増える。しかも、馬賊の騎馬軍団は、これまで官軍が手こずってきたほどに強力だ。実に頼もしい戦力になるのではないか?」
地方長官は逡巡していた。だが悪い顔はしていない。あと一押しだ。
「この手柄は、もちろん帰順を許してくれた長官のものだ。みごとに治安が回復し、辺境が活気を取り戻したときには、長官も念願かなって栄転できるのではないか?」
これが必殺技になった。
地方長官は満足げにほほえみ、
「つまり隊長は、罪のない子供たちを救うためにも、馬賊の帰順を許したほうがよいというわけだな?」
ん? 話がすりかわった?
しかし、サクヤは気にしない。
「そうだ。それが統領の願いでもある」
「そういうことなら、人道的な観点からして仕方あるまい。無辜の民を救うのが政道というもの。馬賊が悔い改め、その償いとして辺境の振興のために尽くすというのなら、喜んで帰順を許そう」
「長官の寛大さに感謝する」
サクヤはにこやかに頭を下げた。
◇ ◇ ◇
ワート大公は、執務室のイスにふんぞりかえるように座り、満足そうに葉巻をくゆらせていた。
地方長官から「馬賊が帰順した」との報せをうけたからだ。報告書には、サクヤたち警備隊の活躍に関する記述はない。
だが、余の目も節穴ではないぞ。
成功の裏にサクヤたち警備隊の奮闘があることくらい、お見通しだ。
「すべては余の思わくどおりだ。やはりサクヤは優秀な人材だった。余には見る目がある」
ワート大公は、改めて自分の「先見の明」に感心し、惚れ惚れとしていた。自分がサクヤを左遷したという事実をすっかり忘れているのだろう。満面の笑みで、ご満悦だ。
まわりに侍る側近たちも、ワート大公の「先見の明」を讃え、ほめそやしていた。
側近のだれもかれもが愛想笑いをうかべ、おべっかを並べたてている中、ただ1人だけ浮かない顔をしている人物がいた。第3宰相だ。
「しかしながら、あまり優秀すぎるのも考えものです」
「ん?」
ワート大公は、あからさまにイヤな顔をした。
「どういうことか?」
「大公閣下は、街の噂を耳にしておられないのですか?」
巷では平民の間に「サクヤ待望論」がもちあがっているらしい。
――サクヤ様は、首都の警備を任されるや、ただちに治安を正し、自分ら平民が暮らしやすくしてくれた。さらに外地に左遷されても、あっという間に馬賊を討伐している。
――本当に頼りになるリーダーだ。いっそのことサクヤ様が大公国の領主になってくれたらいいのに。
「だが、そんなサクヤに活躍の場を与えたのは、他でもない余だぞ。領民どもも余に感謝して然るべきではないか?」
これだから愚民どもは困る。どこまで愚かなのだ。
だが第3宰相は、残念そうに首を横にふる。
「お言葉ながら、領民の多くは大公閣下に感謝するどころか、失望しております。貴族たちの目を気にして、優秀な人材を左遷した暗君だと」
「はぁ? 暗君だとぉ!?」
ワート大公は激怒した。
平民のぶんざいで、なんとナマイキな!
そんなことを言う連中は、片っぱしから逮捕しろ!
不敬罪だ!
反逆罪だ!
とにかく重罪に処すのだ!
興奮して手がつけられない。
だれもが黙って、ワート大公が落ち着くのをまつ。
しばらくして、
「ともあれ、第3宰相がこうした話を持ち出すということは、何かあるのだな?」
ようやくにして落ち着いたワート大公が、おもむろに言った。
「はい。このままではサクヤ殿に大公国を乗っ取られる恐れがあります」
「は?」
ワート大公は意味がわからない。第3宰相は、どうして世迷い事を言うのか?
いぶかしげな目をするワート大公に対して、第3宰相はたんたんと、
「サクヤ殿には治績もあり、武功もあります。そのうえ領民たちに人気を博しており、人望もあります。この状況で、あの天下無双の強さを誇るサクヤ殿が謀反すれば、だれも阻止できないでしょう。わが大公国は、たやすく乗っ取られて終わりです」
ワート大公の顔が一気に青ざめる。先ほどの威勢はどこへやら、オロオロしながら、
「ど、どうしたらいい?」
「雑草は芽のうちに摘み取っておけば、あとで困らずにすみます」
「あいつは今でも十分に強いぞ。手はあるのか?」
「あります」
第3宰相はニヤリとした。
『闘戦経』第30章
〇原文・書き下し文
小虫の毒あるは天性か。小勢を以って大敵を討つも亦た然るか。
〇現代語訳
小さな虫に毒があるのは、天から与えられた性質だろうか。少ない兵力で多くの敵兵をやっつけるときも、このようであればよいのだろうか。




