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第29章 衣食足りて礼節を知る

 隊長(サクヤ)が帰ってくる。


 情報によると、隊長(サクヤ)はケガをしてしまったが命に別状はなく、帰順することを決めた馬賊が送ってきてくれるらしい。


 一報(しらせ)を聞いたリーシャは、営門にかけつけた。騎馬軍団に護衛されるようにして走ってくる、6頭立ての大きな馬車にサクヤが乗っている。


 馬車は営門の前で停車した。扉が開き、のそりと巨漢が姿をあらわす。悠然と降り立ち、


「オレ様は統領のハンジル! サクヤ殿をお連れした!」


 ドスのきいた声でハンジルが前口上を述べていると、馬車からショートヘアの女の子がおりてきた。隊員たちは思わず息をのむ。


 かわいい!


 背は高いほうではないが、体つきはスラリとしていた。さりげない花柄のワンピースに、春色のハーフコートをはおっているが、端正な顔つきに()える。すっとのびる長い脚はタイツで覆われ、やわらかなブーツをはいていた。


 女の子は隊員たちにマジマジと見つめられ、ちょっと照れくさそうにはにかんだ。その可憐さに、隊員たちは思わず「おお」と嘆声をもらす。


 まさに地上に舞い降りた天使。老兵たちはまるで神様をおがむような顔つきで、ありがたそうに女の子のことを観ていた。


 新兵たちはというと、「はぁ」とため息をついたり、「ひゅう」と口笛を吹いたり。美少女に目を奪われ、心を奪われていた。デレッとして、鼻の下をのばす者もいる。


 そのとき、


「サクヤ様っ!」


 リーシャが隊員たちをかきわけながら走ってきた。勢いよく女の子に跳びつく。


「ケガをしたって聞いたから、すごく心配したんですよ!」


 リーシャは涙目だが、満面の笑みだ。女の子(サクヤ)に抱きついたまま「ほんと元気でよかったです!」と大喜びする。


 いつもは汗くさいけど、今日は花のようにかぐわしい。


「それにしても――」


 リーシャは言いながら、サクヤから一歩だけ離れる。目を輝かせながら、サクヤのことを頭の上から足の先まで観察し、


「イメチェンですか? すてきですね」


 リーシャはニコリとして、すなおにほめた。


 サクヤは顔を赤らめ、恥ずかしそうに「いや、違うのだ」という。


女医(ドクター)がな、とにかく豪腕な女医(ドクター)なのだが、帰るなら少しはオシャレしろとかなんとか言って、有無を言わさず着せたのだ。どうもしっくりこない」


 言い訳がましいサクヤだったが、最後に一言、照れくさそうにポツリと「おかしくないか?」とつぶやいた。


「全然おかしくないですよ! やっぱりサクヤ様は素材がいいですからね、何を着ても似あいます。あたし(あこが)れちゃいます」


 リーシャは嬉々としていた。


 サクヤは照れながらも「そうか。ありがとう」と応え、改めて隊員たちのほう見て、申し訳なさそうに「おまえたちにも心配をかけたな」と語りかけたのだが、


「隊長が女になって帰ってきたっ!」


 隊員たちは老いも、若きも目をパチクリさせながら唖然としていた。あんぐりと口をあけたままだったり、びっくり仰天していたり。


 なんと言えばよいのか?


 しばらく戸惑っていたが、いきなり(せき)を切ったように質問攻めにする。


「その格好(かっこう)って、なにがあったのですか!?」


「どうして女装なんかしてるんですか!?」


「趣味っすか!?」


 隊員たちは、だれ一人としてサクヤのケガのことにはふれない。


 サクヤが女の子みたいな服装で帰ってきたことが、よほど奇異に見えるらしい。だれもが格好のことばかりを口にする。


 そんな隊員たちに対して、サクヤは笑顔を引きつらせ、眉間(みけん)にしわを寄せていた。


「もしかしてだが、おまえたち――」


 サクヤの額には青筋がたち、口もとがひくひくしている。ちょっとコワイ。


「わたしのことを男子だと思っていたのか?」


「はい?」


 隊員たちは、キョトンとしている。


「念のために言っておくが、わたしは女子だぞ!」


「はい!?」


 隊員たちは一瞬、意味がわからなかった。


 隊長が女!?


 たしかに隊長は見た目が女の子みたいだったけど……。


 つまりは「女の子みたい」じゃなくて、本物の「女の子」だったってこと?


「ええーっ!」


 隊員たちは、びっくり仰天。思わず後ずさった。


 隊員たちは、戸惑う。いったい、どうリアクションしたらいい?


 この件に関して隊長に何か言われても応えようがない。なんか隊長も怒ってるぽいし、こんなときは逃げるが勝ち。とにかく無視(スルー)するに限る。


 とにかくバツが悪そうに目をそらしたり、顔をそむけたり。だれ一人としてサクヤを直視しようとしない。まるで先生が難しい質問をしたとき、指名されたくない生徒たちがうつむく感じに似ている。 


 サクヤはと言うと、思わず絶句していた。笑顔もすっかり消えている。


 とにかく気を取りなおし、


「たしかにだな、わたしは物心ついたときから、おてんばだとか、男勝りだとか言われていた。今でも男子とまちがえられることがある。それにしても――」


 サクヤはイラッとした目つきで、隊員たちを睨みまわした。


「全員が全員して、わたしを男子だと思うなんて、どういうことだっ!?」


 キッとした顔つきで腕を組み、仁王立ちとなる。


 サクヤがあまりにもプンスカと憤慨するので、さすがの隊員たちもシュンとしてしまっていた。まるで葬式のように場の雰囲気が重苦しくなる。


「仕方ありませんよ」


 不意にリーシャが、とりなすように言った。


「あたしは同性ですし、サクヤ様と一緒に暮らしていたからわかりますけど、ふだんのサクヤ様の生活ぶりだったら、普通はだれもサクヤ様が女子だって思いません」


 ずかずか歩くし、大股を開いて座る。いつも男物ばかり着ているし、ケンカは強い。そして、なにより(おとこ)らしい。


「これでサクヤ様のことを女子だと思う人がいたら、そのほうがおかしいですよ」


「な……」


 サクヤは唖然として言葉を失った。


 ――なんということだ。


 ◇ ◇ ◇


 サクヤは軍服に着替えると、班長たちを集め、臨時に会議を開いた。馬賊を代表してハンジルも同席する。


 ハンジルは挨拶(あいさつ)もそこそこ、とにかく警備隊の全員に謝罪したいと言う。


「オレ様の手下が貴様らの隊長に迷惑をかけ、あろうことかその命を危険にさらした。統領として管理がゆきとどいていなかった。どうか許してほしい」


 ハンジルによると、手下の中に共和国のシンパがいることは知っていた。とりあえず監視はしていたのだが、サクヤが城塞(アジト)を出てしばらくすると姿が見えなくなる。


 ハンジルは「まさか?」と思い、すぐさま手下たちに捜索を命じた。


 城塞(アジト)にはいない。城外に出て行ったことは確実だ。


 手下たちは急いで騎馬にまたがり、捜索のために四方八方を駆けまわる。それこそ東奔西走して共和国シンパたちを探してまわった。


 その一部が偶然にも傷だらけ、血まみれで意識を失っているサクヤを見つけ、城塞(アジト)まで救急搬送。女医(ドクター)が「あたいに任せな」と男たちを追い払い、それこそ不眠不休で治療にあたってくれたらしい。


 それにしてもハンジルたち馬賊は、どうしてサクヤを助けたのか?


 サクヤが弱っているうちに殺してしまえば、ハンジルたち馬賊の勝ちではないか。降伏する必要なんてなくなる。これまでどおりに生活できる。


 それなのに、なぜ?


 班長たちは、だれもが不思議でたまらない。


(おとこ)の約束だからな」


 ハンジルは力強く答えた。


「オレ様は投降する。サクヤは子供たちの面倒をみる。そう約束したのだから、サクヤに死なれては困るし、オレ様は投降するだけだ」


 班長たちは、だれもが怪訝(けげん)そうにしていた。


 第2班長(カトラス)などは、まるで探りを入れるかのように「だからと言って、みすみす勝機を捨てるなんて不合理じゃないっすか?」といぶかる。


「オレ様は子供たちがかわいい。だから、子供たちには普通(まっとう)に生きてほしい。お天道(てんと)様に堂々と顔向けできる人生を送ってほしい」


 この思いは、子をもつ馬賊たちに共通しているとも言う。


「サクヤが面倒を見てくれるのなら、少なくとも子供たちは馬賊生活から足を洗える。こんなチャンスは二度とないのではないか?」


「ならば貴様は、子らのために自分が犠牲になると……」


 第4班長(バジャル)は思わず目頭(めがしら)が熱くなってきた。第4班長(バジャル)も子育てをしてきたし、今では孫もいる。


 子供の幸せを願う。そのためなら苦労もいとわない。その気持ちは痛いほどよくわかる。


 それは他の老兵(としより)たち――第5班長(ギリヤス)第6班長(イグニス)も同じだった。


 この馬賊の統領は、もちろん悪党だ。


 だが、それ以上に親バカだ。子供なら「目に入れても痛くない」のだろう。


 まったく、


 ――いいやつじゃないか!


 第4班長(バジャル)が涙目で「自分は貴様(ハンジル)を信じる」と言うと、第5班長(ギリヤス)第6班長(イグニス)もうなずいて同意する。


 だれもが(おとこ)泣きし、感動がその場を覆う。


 ――かと思いきや、


「でも、どうやって子供たちの、つうか馬賊たちの面倒を見るんですか?」


 第2班長(カトラス)が水を差した。


 第3班長(ジョイル)は「おまえも少しは空気くらい読めよ」となじるが、第2班長(カトラス)は気にしない。


「馬賊たちは帰順するとはいえ、全部で1万人近くもいるんでしょう?」


 サクヤが穏やかな顔つきで「実際は5千人くらいだ」と言うと、


「5千人でも同じです」


 第2班長(カトラス)はキッパリと言った。


「そもそも警備隊には5千人もの人間を養う力がありません。政府を頼ろうにも、政府は馬賊を討伐しろとしか言わないでしょう。馬賊を養う予算なんて出してくれると思いますか?」


 だれも思わない。


 話は暗礁に乗りあげてしまった。沈黙がその場を支配する。


 万策尽きた? 万事休す?


 ここで第5班長(ギリヤス)が発言した。


「自分のことは、自分で面倒を見てもらうしかありますまい」


 全員が第5班長(ギリヤス)に注目した。


「それが最善ですよね」と納得する第2班長(カトラス)


「見捨てるんすか!?」と驚く第3班長(ジョイル)


「もちろん見捨てるわけではないぞ」


 第5班長(ギリヤス)は自信たっぷりに言い切った。


「辺境は沃野千里、耕地に適した広大な土地が荒れたままになっておる。そこを馬賊(ハンジル)たちに提供し、耕作してもらえばええとは思わんか?」


「オレ様たちに馬賊をやめて、農奴になれと言うのか?」


「そうではない。屯田兵になるのだ。平時には農業に精を出し、有事には武器を手にして戦う。武器をもっておるので、政府や貴族たちもおいそれとは横暴なことができんだろう。どうだろうか?」


「そういうことなら、喜んで提案を受け入れたい」


 ハンジルが笑顔で同意すると、第5班長(ギリヤス)はうなずいてから隊長(サクヤ)のほうを向いた。


「いかがですか?」


 サクヤは笑顔で「名案だと思うぞ」と応えてから、他の班長たちを見渡しながら「皆はどう思うか?」と問いかけた。


 反対する者はいない。


「馬賊たちが堅気(カタギ)の仕事に就き、その生活が安定すれば、辺境の治安もよくなるでしょう」と第4班長(バジャル)


「いわゆる“衣食が足りて礼節を知るようになる”ってやつですね」と第2班長(カトラス)


「それに広大な荒れ地が農地に変われば、ワグファイ大公国の収入も増えるじゃろう」と第6班長(イグニス)


「治安もよくなり、収入も増えるって、まさに一石二鳥じゃないっすか!」と第3班長(ジョイル)


「話は決まったな。この方向でまずは地方長官を説得しよう」


 サクヤはにこやかに言いながら、ふとフソウから聞いた話を思いだしていた。


 かつてヒゴという地域には頑固者が多く、すぐに反乱を起こすなどしてヒゴの領主を困らせていたそうだ。


 武将のカトウ・キヨマサは、ヒゴの領主を任されたとき、治水工事、新田開発、商業振興などを積極的に行った。領地を豊かにして、領民が安心して満足して暮らせるようにしようとしたのだ。


 その結果、ヒゴの領民も生活が豊かになり、キヨマサに心服するようになった。「衣食足りて礼節を知る」というが、だれだって安心して暮らせるのであれば、争いたくはないものなのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、サクヤは架設風呂で湯あみをした。


 シャワーを浴びようとすると、背後に人の気配がする。ふりむくとリーシャがいた。にこにこして言う。


「背中をお流ししますね」


「久しぶりだな。よろしく頼む」


 サクヤは笑顔で応えると、小さなイスに腰をおろし、リーシャに背中を向けた。大きな傷跡がある。刀傷のようだが、背後からバッサリと斬りつけられたのだろうか?


 リーシャは以前「どうしたんですか?」と尋ねたことがある。


 するとサクヤは苦笑いするばかりで、「いろいろあってな」しか言わない。笑顔だけど、すごく悲しそうな目をしていた。


 それ以来リーシャは、背中の傷についてはふれないようにしている。


「いきますよ」


 リーシャは明るく一声かけてから、サクヤの背中にお湯をかけ、タオルでごしごし洗った。泡で背中の傷も見えなくなる。


 こんなふうに背中の傷が消えちゃえばいいのに。汚れと一緒に流れちゃえばいいのに。


 もちろん無理な話だ。


 それにしてもサクヤ様は傷だらけになって帰ってきた。ぷにぷにと柔らかで、雪のように白いサクヤ様の肌。すごくキレイだったのに、どこもかしこもケガだらけだ。


 切り傷もあれば、あざもある。とても痛々しくて、リーシャは見ているだけでつらくなる。


 フソウさんの「ちのけいやく」のおかげで治り方も早いみたい。ほとんど治りかけている。そのうち今回の傷跡も消えてなくなるだろうとサクヤ様は言う。


 それでも、こんなにたくさんケガして、どんなに痛かっただろう。


 リーシャは思わず泣けてきた。でも泣き顔を見せると、きっとサクヤ様が心配する。サクヤ様が背を向けてくれていてよかった。


 今回は「武運があって」助かったけど、今度は死んじゃうかもしれない。


 そんなのはイヤだ。


「絶対に死なないでくださいね」


 思わず言ってしまった。ハッとして口をふさぐが、手遅れだ。


「リーシャには心配をかけたな。申し訳なく思っている。だが生還したのだから許してくれ」


 サクヤは前を向いたまま、やさしい声で言った。


「そんな。許すもなにもありませんよ。あたしはサクヤ様のことを信じていますからね、心配なんてしていません」


 リーシャは努めて明るく言うが、その声はうわずっていた。目からは涙がボロボロと出て止まらない。


 それを知ってか知らずか、サクヤは前を向いたまま「そうか」とだけ応えた。


「これからも負けないでくださいね。なにがなんでも勝ってください」


「もちろんだ。負けてしまっては、元も子もないからな」


 それこそ「勝てば天国、負ければ地獄」だ。正義なき力は暴力だが、力なき正義は無力だとも言う。


 勝ってこそ正義を実現できるようになる。


 強きをくじき、弱きを助けるためには、どうしても力がいる。悪をこらしめ、善をすすめるためには、勝たないといけない。


「だから、わたしは勝ち続ける」


 サクヤはかわいらしく笑っているが、その言葉は力強かった。


『闘戦経』第29章


○原文・書き下し文


(しょく)して(ばん)()()る。()って(じん)()(おこな)わる。


〇現代語訳


 食べられるからこそ、あらゆることが満足できる。勝つからこそ、良心と正義が実行されるようになる。


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