第28章 心に火をつける
サクヤは気がつくと、薄暗い部屋の中にいた。両手を上にして吊り下げられている。もがいてみるが、手枷、足枷のせいで自由がきかない。
手枷には太い鎖がつながれ、その鎖は天井のウインチとつながっていた。足枷にも太い鎖がつながれ、その鎖は床に固定されている。
首が重いのは、首枷にも太い鎖がつながれ、そのままぶら下がっているからだろう。
「薬が効くのも時間どおり、切れるのも時間どおりか。ぼくの計算は実に正確だ」
アクル少佐は、サクヤのことをニヤニヤと眺めながらポツリと言った。イスに足を組んで腰かけ、くつろいでいる。その両脇には、数人の馬賊が控えていた。共和国軍の軍服を身につけ、小銃を肩にかけている。
サクヤは何も言わない。険しい顔つきでアクル少佐を睨みつける。
「議長はソックリだと言っていたが、たしかに第4皇女と似てなくもない」
アクル少佐は手にした写真とサクヤを見比べながら言った。
「あ、そう言えば、自己紹介をしていなかったね。――はじめまして、サクヤくん。ぼくはピット・アクル、共和国軍の少佐だ。――それで、サクヤくんは、スメラギ皇国の第4皇女の血筋の者かい?」
サクヤはアクル少佐を睨みつけたまま黙っていた。
アクル少佐は「ふぅ」とため息をつく。
「今から60年ほど前の革命で、議長はスメラギの皇族どもを皆殺しにするつもりが、第4皇女だけ殺しそこなったそうだ。その行方をいまだに探していてね。皇国を再興するための旗印にされては困ると。――これについてサクヤくんは、何か知らないかな?」
やはりサクヤは何も言わない。
アクル少佐は「黙秘権の行使かね?」と言いながら、おもむろに立ち上がると、サクヤに近づいた。キモイ笑顔をサクヤの顔に肉薄させる。息が臭い。
サクヤが思わず顔をそむけると、アクル少佐は片手でサクヤの顎をつかみ、その顔を無理やり自分のほうに向けさせる。
「ぼくの質問に答える気はない、ということでよいかな?」
サクヤは顔をしかめたままで黙り、アクル少佐をキッと睨むだけだ。
アクル少佐は馬賊たちのほうをチラ見して、「ぼくは紳士的にふるまったよね?」と同意を求めるように言った。馬賊たちは戸惑いながらも、うなずいて見せる。
「それなのにサクヤくんときたら、まったく応えてくれない。困ったことだ」
と言いながらも、うれしそうだった。嬉々として「おしおきが必要だね」と言い、馬賊の一人から鞭を受け取る。
アクル少佐は満面の笑みで鞭をひゅんと一振りしたかと思うと、力いっぱいサクヤを鞭打った。右に左に、上に下に全力で鞭をふり、一度、二度、三度と、何度も鞭打ち続ける。
「苦しめ!」「悶えろ!」「ひゃはぁぁぁ!」
鞭をふるアクル少佐は楽しくてたまらないといったふうだった。だんだん興奮していくのがわかる。鼻息も荒くなっていく。
鞭打たれるたびにサクヤの体は左に右に、下に上にと大きく揺れた。打たれるたびに身を切るような痛みが走る。打たれれば打たれるほど痛みが増していく。
だが、どんなに鞭打たれても、サクヤはうめき声すら出さない。たとえ服に血がにじんできても、歯を食いしばって耐え続ける。
最初は笑っていたアクル少佐の顔つきも、だんだん曇ってきた。
「どうして苦しまない!?」「どうして悶えない!?」「なぜだぁぁぁ!?」
アクル少佐は狂ったように鞭をふりまわし、むちゃくちゃにサクヤを打ちつける。激しい衝撃が服を破り、皮膚を破り、その傷口から血しぶきが飛ぶこともあった。それでもサクヤは、ただキッとアクル少佐を睨み続けるだけだ。
「どんなに体を傷つけようと、心の火までは消せやしない」
――心に火があるかぎり、タフでいられる。そう簡単には屈しない。たやすく落ちたりしない。
サクヤが「ふふっ」と勝ち気に笑うと、顔面に強い衝撃を受けた。さすがのサクヤも、そのまま気を失ってしまう。
◇ ◇ ◇
どんなに暖かい季節でも、荒野の夜は冷える。
リーシャは天幕を抜け出し、たき火にあたりながら、毛布にくるまっていた。考えごとにふけっているのか、火を眺めながらボンヤリしている。
火は暖かい。まるでサクヤ様みたい。
そう言えばサクヤ様は、隊員を叱咤激励するとき、よく「心に火をつけろ」とか言ってたな。
きっとサクヤ様の心には火がついている。だから心が暖かいのだと思う。暖かい心の持ち主だから、だれにでも親切なのだと思う。
サクヤ様は無事かな? 早く帰ってきてくれたらいいな。
「眠れないのかの?」
不意にうしろから声をかけられた。
リーシャが振り向くと、老兵がランプを手にして立っていた。かつての老齢中隊長――今の第6班長だ。
「あ、第6班長さん、夜回りですか?」
「そうじゃよ。今日の仕事のシメとして老兵仲間たちと“火の用心”をしているところじゃ」
「こんなに遅くまで、ご苦労様です。――それにしても第6班長さんとか、老兵のみなさんは、いつも朝早くから夜遅くまで熱心に働いていますよね」
「まだまだ若い者には負けられんからの。それに老兵には先輩として新兵どもに手本を示す義務もある。まだ老けこむわけにはいかんて」
「ほんと元気ですよね。どうしたらそんなに元気が出るんですか?」
そう言うリーシャは笑顔だが、その瞳には憂いが宿っていた。
あたしはサクヤ様がいなくて寂しくて、それで元気が出なくて……。これではいけないと頭ではわかっているけど、それでもやっぱり心がついてこなくて……。
元気になれる秘訣があるなら知りたい。
「隊長はいつも言うとるじゃろ? “心に火をつけろ”とな」
「はい」と、リーシャはあいづちを打つ。
「隊長は自分らの心に火をつけた。じゃから自分らは元気なんじゃよ」
「心に火がついたら、元気になるんですか?」
「そうじゃよ。もっとも自分の場合は火がついたというより、焚きつけられたといったほうが正しいかもしれんがの」
「――どういうことですか?」
「実は隊長から第6班の班長に就任するように言われたとき、自分は辞退したんじゃよ。自分も老齢ですし、今さら班長だなんて年寄りには荷が重すぎますとな」
「そうだったんですか。知りませんでした。――それで、どうなったんですか?」
「それこそ“心に火をつけろ”じゃ。隊長は“心に火がついていれば年齢なんて関係ない”と言うたんじゃ。で、こんな話をしてくれた」
かつて大領主のホウジョウ家は、弱小領主だったユラ家の当主を捕らえると、ユラ家に対して「当主を返して欲しければ城を明け渡せ」と脅迫したそうだ。
このとき当主の母親であるミョウインニ・テルコは、71歳の老婆だったにもかかわらず、少しもひるまなかった。みずから指揮をとり、徹底抗戦する。
それから6年後、トヨトミ・ヒデヨシという武将が大軍をひきつれてホウジョウ家を攻めにきた。
このときテルコの息子は、ホウジョウ家に味方する。が、それに反対だったテルコは、みずから孫と数百名の兵士をひきつれてヒデヨシの陣営に入り、ホウジョウ家と戦った。
その戦いはヒデヨシの勝利に終わっている。
それにしてもテルコが老婆なのに危機にひるまず、獅子奮迅の活躍ができたのも、心に火がついていたからだろう。
「そんなふうに隊長は話してから、真顔で“おまえはテルコに比べたら若いし、それに漢でもある。だから無理だと言うな”と言うんじゃ」
「この老いぼれを漢だと言ってくれた。その一言で自分の心に火がついた」
火は熱い。心に火がつけば、心が熱くなる。熱い心の持ち主は、情熱的だ。なにをするにしても熱心に取り組むようになる。
「だから自分も熱心に働けるようになったのじゃと思う。これは自分に限らず、どの老兵にも共通しとる」
これまで老兵は、年寄りで役立たずだとバカにされてきた。
しかし、隊長は違う。老兵をバカにせず、一端の漢として接してくれる。
「これで心に火がつかないほうがおかしいじゃろ?」
「たしかに――」
そう言えば、あたしがサクヤ様を裏切ったとき、サクヤ様は「おまえは役立つ」から必要だって赦してくれた。
あのときは、すごくうれしかったのを覚えている。それを思いだすと、なんだか元気になれる。大事なことを忘れていた。へこんでるなんて、おかしい。
第6班長さんの言いたいことって、そういうことかな?
リーシャがそう考える一方で、第6班長は語った。
「自分らもガンバって、これからを担う新兵どもの心に火をつけたいと思うとる。すでについとる者もおるかもしれんが、ついてないなら是非つけたい」
火は暖かく、熱く、そして激しい。その激しさには、あらゆるものを焼きつくすほどのパワーがある。
だから、心に火がつけば、守って堅固、戦って不屈、奮闘して降参しない。これが軍隊なら、きっと強い軍隊だろう。
そしてサクヤは今も心に火を保っていた。どんなに体を痛めつけられようとも、その心は堅固で、不屈で、決して降参しない――はずだ。
◇ ◇ ◇
サクヤは身体の自由を奪われたまま、アクル少佐にくりかえし拷問された。
激しく鞭打たれ、あまりの痛みに気を失っても、水をかけられて起こされる。そして、拷問が続く。
だがサクヤは耐え続けた。決して屈しない。
不意に電極をおしつけられ、あまりの電撃に失神しても、水をかけられて起こされる。そして、拷問が続く。
それでもサクヤは耐え続けた。ときに勝ち気に笑って見せる。
アクル少佐は拷問が楽しくてたまらない。とにかくサクヤを痛めつけ、サクヤがその美しい顔をゆがませて苦しみ悶え、うめく姿を見ることができれば最高だ。
それなのにサクヤときたら、どんなに拷問しても苦しまないし、悶えないし、うめき声すらあげない。実に残念だ。
だけど愉快なこともある。
「いくら痩せガマンをしても、肉体は正直だよね」
アクル少佐は、サクヤが失禁して股間を濡らしているのを見て、満面の笑みで喜んだ。
「おや? 今、ちょっと悔しそうな顔をしたよね? うーん、いいねぇ! そんな顔をもっと見せてよ。――肉体は心を動かす。あと少しで、ぼく好みの男の娘に調教できるかもね。ふふふ」
「……この変態野郎……」
サクヤはだらんとした状態で上目遣いにアクル少佐を睨みつけながら、声をしぼり出すようにつぶやいた。
「は?」
アクル少佐は、一気に不愉快になった。さらに強く激しくサクヤを打ち、叩き、殴り、蹴る。電圧も上げていく。
「少佐、あまりやりすぎますと、命が危なくなります」
電圧盤を操作していた兵士が進言すると、
「そうなの? 議長にも見せていないし、これからも楽しみたいから、死なれると困るな」
アクル少佐は残念そうに言ってから、「今日はこれまでにする」ことにした。気絶しているサクヤは、鎖につながれたまま放置される。
翌日も、朝からアクル少佐はサクヤの拷問を楽しみにやってきた。ただ、この日はいつもと違って、刀――フソウを手にしていた。
「サクヤくんの刀は、なかなかの業物みたいだね」
そして、刀――フソウの束の部分をサクヤに示して見せた。
「それにしても、ぼくも迂闊だったよ。ここにあるスメラギの紋章に気づかないなんてね」
サクヤは何も言わない。
「で、どうなんだい? やはりサクヤくんは、スメラギ縁の人間なんだろう? そろそろ第4皇女との関係も話してくれないかな?」
しかし、サクヤは黙ったままだ。うつろな瞳ながらも、アクル少佐を睨みつけようとする。
「ほんとサクヤくんも頑固だよね?」
言いながらアクル少佐は、刀――フソウを鞘から抜き、その刃先をサクヤの喉元に向けた。
「サクヤくんが無双した刀で、サクヤくんが斬りつけられるなんて、これほどの皮肉はないのよね? 屈辱だよね? 恥辱だよね?」
「……だから、どうした……」
「おっ、応えてくれたね。――動揺しているのかな? やっぱり屈辱だし、恥辱なんだろう? ふふふ」
サクヤは黙って応えない。
「サクヤくんが無双した刀で、今度は自分がやられるんだよ? その感想は、どうかな?」
「……おまえのような変態に……使いこなせる刀などない……」
「は? また変態って言う?」
アクル少佐は、ムッとした。それまでのニヤケ顔から、一転して凶悪な顔つきになる。
「サクヤくんも言うねぇ。――サクヤくんは、知っているかな? 人間が刺されたとき、最も痛いのは太ももなんだってさ」
「……」
「ウソか本当か、試してみよう」
言うが早いかアクル少佐は刀――フソウの刃先をサクヤの太ももにつけ、そのままプスリと突き刺した。じわじわと刺しこんでいく。
すさまじい痛みがサクヤを襲う。が、それでもサクヤは歯を食いしばって耐える。
サクヤを殺したくないアクル少佐は、うまく大きな血管を避けたようだ。だが、それでも大量の血があふれ出す。急いで止血しないと死んでしまう――と思いきや、
<よっしゃーっ!>
フソウが歓声をあげた。
<サクヤっ! あと少しだけガンバれよ!>
刹那、刀――フソウが強烈な光を放つ。あまりの眩さにアクル少佐はひるみ、両手で目を覆った。周囲にいた兵士たちも同じだ。
あまりにも強い光を直視してしまったせいで、視界が真っ暗だ。こうなると、しばらくは視力も回復しないだろう。
アクル少佐も、兵士たちも前後不覚におちいり、両目を覆いながらフラフラしていた。
<妖刀は血を吸うって、聞いたことがなかったか?>
フソウは余裕たっぷりといった感じだ。
「まさか魔具か? 魔具が実在したというのか!?」
アクル少佐は、あたふたしていた。これまでの余裕は少しもない。
<もちろん実在するぜ。――そして、血を吸わせてもらう代わりに力を貸してやる。それが“血の契約”だ>
サクヤは全身の痛みが消え、体じゅうに力がみなぎっていくのを感じた。出血も止まっている。力をふりしぼり、鎖を引きちぎろうともがいた。
少し無理もあるのか、骨がきしんでいる気もする。が、気にしている場合ではない。思いきり力をこめて、鎖を引きちぎった。
サクヤはすばやく刀――フソウを手にすると、扉に向かってまっしぐらに走った。扉を一刀両断し、そのまま廊下に踊り出る。
邪魔する兵士たちを切り倒しながら、出口を目ざした。道すがら兵士を捉まえ、脅して出口の場所を聞き出す。
サクヤが捕らえられていた場所は、森の中にある秘密の地下壕だったらしい。地上に跳びだしたサクヤは、とにかく走った。森の中を、道なき道を全力で走り続けた。そして――、
気を失い、前のめりに倒れた。
<おい! サクヤ、しっかりしろ! あと少しガンバレ!>
フソウが叱咤激励しても、サクヤはピクリとも動かない。
そうこうしているうちに、数人の馬賊たちが姿をあらわした。傷だらけで、血まみれで、意識を失って倒れているサクヤを囲み、険しい顔つきで見下ろす。
<万事休すってやつか>
フソウは独り言ちた。
『闘戦経』第28章
○原文・書き下し文
木は火け、石は火け、水も亦た火く。五賊の倶に火あり。火は太陽の精、元神の鋭なり。故に守って堅からず、戦って屈せられ、困しんで降るは五行の英気にあらざるなり。
〇現代語訳
火によって木は燃え、石は溶け、水も蒸発するというように、あらゆる素材に火はある。火は太陽のエッセンスであり、精神のとぎすまされたものだ。
だから、守っても堅固でなく、戦っても屈服させられ、困って降伏するような者は、あらゆる素材から英気を得ていないのである。




