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平重盛の善光寺参りと病気療養

 さて私は鹿ヶ谷事件の少し前から施薬院に隣接する療病院を増築しておりました。


「とある貴人がこちらにやってくるかもしれませんからね。

 最悪来なくてもいざという時に使うようになるかもしれませんし」


 療病院というのは要するにサナトリウムのような、長期的な療養を必要とする人のための療養施設です。


 明治や大正時代に軽井沢などにサナトリウムが建てられたのは、結核治療のためで、日当たりや空気など環境の良い高原であったからと、それなりに交通の便が良いことの理由でしたからですね。


 しかる後に私の松本屋敷に尋ねてくるものがおりました。


「巴様、武家らしき方が訪ねてこられておりますがいかが致しましょう」


 その下人の報告を聞いた私は下人に


「では私が直接対応します」


 そういって私は門へ向かいました。


 門の向こうに居たのは二人の武者でした。


「こちらは我が殿、重盛様がおっしゃられていた日本一の名医の中原中三信濃権守兼遠の娘、巴の屋敷であると聞いたのだが正しかったか?」


「うむ、間違いないはずだ。

 今の重盛様を治せるのは恐らくそのものだけであろう」


 そんな会話をしている二人の元へ私は赴きました。


「はじめまして、私がこの館の主人であります、巴と申しますが、そちら方々はいかがなお人でございましょう?」


 私のその問いに二人が顔を見合わせまず一人が答えました。


「私は重盛様の郎党の藤原忠清(ふじわらただきよ)だ」


 そしてもう一人も答えます。


「私は重盛様にお使えする郎党で平貞能(たいらさだよし)と申す。

 我らの主である重盛様の病状を見て治療していただきたい」


 よく見れば彼らの後ろには人を載せてきたと思われる腰輿が置かれています。


 そしてその中より一人の男性が出てきました。


 その男性はげっそりとやせ細っており目の下にできたクマもひどく誰がどう見ても重病人でありました。


「うむ、久方ぶりだな巴。

 京の都の私の屋敷は大火で燃え、我が妻の兄の助命は通らず、心労が重なり血を吐いて倒れてしまってな、官位も返上し善光寺参りに出ると父に伝えて信濃へやってきたのだ、正直に言えばもう父には疎まれているようだし、白河院と父の間の板挟みの連続でもう私は疲れ果てた……。

 だが、郎党や息子たちを思えば今死ぬわけにはいかぬのでな。

 こちらで療養をさせてもらいたい」


 彼の言葉に私はうなずき


「承知いたしました、信濃の施薬院に併設しております療病院の特別病棟をお使いください。

 重盛様の関係者以外は入れぬようにしてございます」


 彼はふむと少し考えましたが


「よかろう、そちらへ向かうとしよう」


「承知いたしました、それでは御身を療病院の特別病棟へ運ばせていただきましょう」


 付き従っていた郎党二人も何か思うところはあるのでしょうが、まずは主人の体が一番の大事と思ったのか、特に口は挟まず彼に従ったのでした。


「さて念のために確認いたします症状の代わりはありませんかでしょうか?」


 彼の言うことには以前からあったみぞおちから左にかけての鈍い痛み、胸の凭れ(もたれ)る感じ、吐き気や倦怠感・息切れ・ふらつき、めまいなどの貧血症状に加えて、嘔吐、黒い血の吐血や下血が加わっているそうです。


「なるほど、重盛様の胃の腫瘤が大きくなっているかもしれません。

 先ずはしばらくにおいては心労のない状態においてゆっくり休養しつつ、温泉による入浴と以前と同じように食事管理と枇杷の葉や種を治療に用います」


「う、うむ、わかったお前の治療法に従おう」


 さて、私は前と同じように療病院の温泉を用いた湯殿に、びわの葉を袋に詰めて煮出したその煮出し湯を葉と一緒に入れたものに彼を入らせます。


「うむ、やはりコレはとても気持ちが良いな……、しかも水が肌に優しい気がするぞ」


 ぬるいお湯は副交感神経を優位とさせ緊張を緩和させるとともに皮膚の殺菌も行えます。


 また、血行を良くして疲労回復にも役立ちますし、温泉水にはミネラルが多く含まれておますからね。


 また、食事も以前と同じように、水を入れた大豆を細かくすり潰しそれを搾っておからと豆乳に分け、豆乳を煮て、海水を入れ、型箱に流し込んでゲル状に固めて水にさらし豆腐を作り、それと動物の乳と麦と玄米の合わせた水粥に茸を入れたものをを主なものとします。


「ふむ、これはよいな、むねがもたれぬ。

 しかもきのこの旨味があって食べやすい信濃は良い場所だのう。」


 まあ、その茸は人工栽培によるものですから多少風味は落ちているとは思いますけどね。


 また、ビワの葉を直接患部に貼る方法も用います。


 色の濃い古いビワの葉を選んで採取し、表のツルツルした面を表にして寝床にビワの葉を敷き並べ、その上に布を敷いて横になると、体温によりビワの葉が温められて薬効成分が少しずつ皮膚から浸透し、痛みがとれたりします。


「うむ、この上で寝ると痛みが軽くなる、不思議なものだ」


 さらにはビワの葉の茶を作ります。


 ビワの生葉2~3枚を摘み取り表面に生えている毛をヘチマたわしなどでこすって取り除き、きれいに水洗いしたあと、風通しの良いところに干し、生乾きのうちに細かく刻む。


 それをもう一度干してカラカラになるまで乾燥させるそれを水に加え、とろ火で水が3分の2から半分くらいになるまで煮詰め漉してつくります。


「うむむ、やはりコレは苦いな……」


「それは我慢してください、良薬は口に苦しと申します」


「うむ……」


 それを2週間ほど続けた所……


「おお、だいぶ痛みが消えたぞ、やはりそなたは大したものだな」


 どうやら完治とは言わなくても症状は改善したようです。


「とはいえ、完治には程遠いです、しばらくはゆっくり療養し、体力が戻れば山野を歩いて体力を回復させるようにしてください」


「ふむ、焦っても仕方があるまいな、そのようにするとしよう」


 こうして重盛は一月ほどの間松本にて療養生活を続けるようになりました。


 しかし、彼の父である清盛やその使いが訪れることはなく、彼は平家の権力中枢から完全に外されてしまったようです。


「こうなった私を尋ねるのは身内だけか……権力を失うとはこういうものなのだな」


 そうつぶやく彼に私は言いました。


「良いではありませんか、それが心労のもとであったのですから、そういった縁が切れるのは心への負担を軽くするものです。

 それに、あなたを心配する者が居なくなったわけではないでしょう」


「ふむ、そうだな……」


 二ヶ月ほどで体調もだいぶ回復したのを見計らい、私は重盛の知行国である越前への移動を提案しました。


「流石にいつまでも信濃で療養しているのも不自然でございますゆえ、私が同行し越前に施薬院と療病院を作らせていただきたく思いますがいかがでしょうか?」


「うむ、たしかにいつまでもここにいるのも不自然ではあるな。

 その提案を飲もう」


 そして私は重盛の一族郎党に付き従って越前へ向かいその土地に薬院や湯殿を作ったのでした。


「さて、その他のこれだけの働きならば何か褒美を与えなけれなるまいな。

 そなたは何を望むか?」


 重盛のその言葉に私は答えました。


「では越前敦賀湊における船の使用許可と造船の許可。

 また信濃では手に入りづらい塩の確保のため塩田や魚介類や貝、海藻などの海の幸の採取場の開発許可と

 それを信濃まで運ぶための越中宮崎までの海上航路の使用許可をいただければと思います。

 日本国内だけでは手に入れられぬ薬はたくさんございますゆえ私の宋との私的な貿易の許可をいただきたいのです」


「宋との貿易であるか……まあ、よかろう。

 塩についても信濃の内情はわかっておるゆえ私の名で許可を出しておく」


「はは、ありがたき次第にございます」


 私はそう言って頭を下げました。


 これで海のない信濃ではできなかったことが色々できることになりそうです。

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