信濃への帰還ときのこの栽培
さて、八条院様や源頼政といった八条院の関係者、平重盛と平頼盛という平家の要人や讃岐院や西行法事とのつながりは無事持てましたので、このあたりで信濃に戻りましょう。
あまり、離れているのも良くはないでしょうからね。
「私は信濃に戻ろうと思いますが、西行様はこれからどうされるのですか?」
西行法師は少し考えたようですが……
「拙僧も一度山に戻ろうと思う」
なるほど高野山ですね。
「分かりました、色々とありがとうございました」
「うむ、そなたの行いに感謝するぞ」
私は西行法師と別れ、山城国から、近江、美濃を東山道を下って 信濃国(長野県)へ戻りました。
「なんだか、懐かしい気分ですね」
「ええ、やはり信州はいい所です」
私の言葉に小百合がうなずきました。
そしてまずは松本の屋敷へ戻り農地の状況や収穫に関しての報告を受けました。
「田畑の作物に関しては今年は天候にも恵まれて順調でしただ」
そして、手習天神の様子を見に参ります。
「おお、巴、戻ったのか」
「はい、ただ今もどりました義仲様」
私は義仲様に頭を下げ挨拶をいたしました。
「京は面倒くさい所だったろう」
「はい、まさしくそのとおりでした。
ですが色々と勉強となりました」
「うん、なら良かったんじゃないか、でだ、巴」
「はい、何でしょうか?」
「ここを心光寺の連中にも使わせたい」
「それはかまいませぬが、そうなると手狭でございませんか?」
義仲様は少し考えたあと
「では西信濃のここを手本として、南信濃の伊那諏訪地方の伊那屋敷、東信濃の佐久上田地方の上田屋敷、北信濃の長野善光寺地方の善光寺屋敷の近くにも一つずつ同じものを作ろう。
管理運営はそれぞれ、金刺盛澄、滋野行親、栗田寺別当大法師範覚が行えば財源も問題はなくなると思うのだが」
「はい、それでありましたら問題はないかと」
「うむ、ではそのように取り図らせてもらうぞ」
「はっ」
こうして信濃には4つの手習天神を置くこととなりました。
さて、私は信濃の施薬院を京の都にて作った薬院に近い状態に改修します。
ただし、湯殿は温泉を使えるのでそのままとしました、ただの風呂より温泉のほうが効果が高いですからね。
寄生虫に対してはセンダンの樹皮を煎じたものを、念のためマラリアにはクソニンジンを用意し、殺菌用の海藻を燃やした灰汁と脂をもちいた石鹸を生産させます。
手技や針灸、蛭食(ひるがい蛭による悪血の吸出し)、吸玉などの治療が可能なような治療用寝台もつくって設置します。
それが済んだら、私はきのこ類の人工栽培に取り掛かります。
実のところ霊芝やアガリスクといった薬効が高いと思われている茸としシメジなどの茸の成分はほぼ同じです。
きのこは昔から、食べる薬と言われ、驚くほどの薬効がある優れた食物なのですね。
気をつけないと毒キノコも多いのが欠点ですが。
お釈迦さまの死因も毒キノコによるものですしね。
それはともかく種類も多く、秋の味覚として香りや味を楽しめるきのこには、素晴らしい健康効果があり、免疫力を高めるのに役に立ちますし、山の中で出汁を取るための食物としてはきのこがほぼ全てであるというのもありますね。
また椎茸を干した干し椎茸はこの時代貴重で宋への輸出品としても重宝されました。
椎茸の人工栽培の始まりは江戸時代の頃に炭焼き用のナラの原木に多数の「しいたけ」が発生しているのを見て人工栽培をかんがえたそうですね。
まあその頃はナラやクヌギの原木に鉈で切れ目を入れ、野外に放置し、自然に椎茸菌が 付着して繁殖するのを待つというものだったようです。
茸には大きく分けてに種類あって、生きている木に生える菌根菌系の茸、マツタケやホンシメジなどがそうでこれらは人工的な栽培は難しいですが、生命力が強いため見つけるのはそんなに難しくありません。
枯れた木や落ち葉を分解する腐生菌系の茸、シイタケやナメコ、マイタケなどのキノコがそうで、倒木や切り株、落ち葉などに生える菌類で、腐生菌系はは、人工栽培ができますね。
まずは山に入り茸が生えている木をを探しましょう。
「さて、今日は茸と原木を山に取りに行きましょう」
小百合や下人に籠を持たせて、私たちは山に入ります。
「秋はきのこがよく取れる季節ですしね、少し楽しみです」
私の言葉に小百合がこたえます。
「はい、木耳、栗茸、平茸、舞茸、占地茸、滑子に榎茸、それに松茸、椎茸と、少し数えただけでも食べられる茸はいっぱいありますからね」
「ええ、たくさん取って帰ってきましょう」
そして私は周りの準備ができたことを確認して言いました、
「では皆さん行きましょう」
「はい、準備はできてますだよ」
私の号令にしたがって皆で山に入ります。
まずは松茸を摘み取っていきます。
「うん、いい香りですね」
「はい、風情を感じますね」
そういえば貴族も松茸狩りをするそうですね。
あまり山の奥に入らすにすみ、割りと簡単に見つけることができるからなのでしょう。
あまり育っていない小さいものは残し、野生の猪や猿、鹿などが食べてしまい腐ったものは取り除きます。
松茸がある程度採れたら更に山の奥に入っていきます。
様々なきのこを取ってはかごに入れていきます。
椎茸、榎茸、樗占地、平茸、舞茸、滑子茸は茸の生えている枝ごと持って行きます。
「枝ごと持っていくのですか?」
小百合が不思議そうに聞いてきました。
「ええ、これをもとに栽培をしてみようと思っていますので。
ある程度皆がきのこを採り終わったところで山を降りました。
「さてさてうまく行きますか……」
屋敷に帰ってきた、私は早速茸の人工栽培に取り掛かります。
まずは原木を使った方法ですね。
私は、乾燥された炭焼き用のナラの原木に原木に円形一寸の穴を開け、そこに「しいたけ」が発生している榾木を円形に削って穴にはまり込むように細かく調整し入れ込みます。
椎茸が生えている木の半分を榾木として使います。
同じように榎茸、樗占地、平茸、舞茸、滑子茸なども燥された炭焼き用のナラの原木に原木に円形一寸の穴を開け、そこに茸が発生している榾木を円形に削って穴にはまり込むように細かく調整し入れ込みます。
そしてそれぞれの植え込んだ茸が何なのかわかるようにきのこの名前を削って書き込み、しれぞれが生えていた場所へそれら持っていってを並べ、鹿や猪に食われないように、その周りを柵でおおいました。
「まあそれぞれが生えていた場所が一番いい環境のはずですからね」
もう一つ、オガ粉と糠を用いてのつぼでの栽培にも挑戦してみます。
「培地」を使った「菌床栽培」ですね。
酒を作ることができる環境であれば、菌床栽培も可能なはずです。
用意するのはオガ粉や糠を入れるつぼ。
水とキノコの生えていた木を鋸で切って出たオガ粉、糠、殺菌のための大きな鍋、石鹸といった所。
まずは、おが粉と米ぬかを盃で量って3:1の割合で煮沸消毒したつぼに入れて、水を少しずつ加えながら殺菌したヘラでよく混ぜて培地を作ります。
水の量は、培地を手で強く握った時に指の間からわずかにしみ出るくらい。
つぼの口いっぱいまで押し込んで詰め、上面を押し込み平らにします。
細い棒で種菌を入れるための孔を底まで開けて、口をはきれいに拭き取って紙で蓋をします。
次に鍋に中敷きと水を入れ、培地の入ったビンを入れます、30分以上加熱します。
加熱が終わったら火を止め、素手で触れることができる温度になったら、つぼを鍋から取り出して涼しい場所に翌日まで置き,培地を20℃位に冷まします。
そして菌を植え込む接種を行います。
囲炉裏の近くで作業を行い、火の熱による上昇気流を利用して、培地の入ったつぼに空気中の菌が落ち内容にしながら雑菌が入らないように手早く行うことが重要です。
種菌の入っているつぼを上を向かないように斜めに持って、種菌の上部を削り取って捨て、匙で種菌を培地に開けた孔に落とした後、表面にもまいて、素早く蓋をしめます。
あとは蔵の中で直射日光の当たらない清潔な場所で、白い菌糸が培地全体に広がるまで置いておきます。
菌糸が広がりきったら、表面を消毒したヘラで書き取り、水を入れ、30分ほど菌床に吸水させた後、余っている余分な水を捨てます。
水を張った容器を一緒に並べ、湿度を保ちます。
一月、二月も経てばきのこが生えてくるはずです…多分。
「成功すれば一年中茸が食べられるようになりますね」
私の言葉に小百合は半信半疑です。
「そううまくいくものでしょうか?」
私もあまり自信なさげに答えます。
「うまくいってくれれば儲けもの、ですね」
それより二ヶ月が経って、それなりに茸が無事生えてきたことで私は安堵したのでした。
「いやいや、無事茸が生えてよかったです」




