諏訪大社の御射山社祭(はらやまさまのやしろまつり)
さて本日は諏訪大社の祭事である御射山祭の行われる日です。
この祭りは3日連続でおこなわれます。
御射山は守屋山とも呼ばれ守屋神のご神体でもあるのです。
御射山社の所在地が原山地籍にあるため、通称ハラヤマ様といわれ、腹が病まないにかけて、数え年で二歳の幼児の厄除け神事が行われます。
私は天神の生徒に告げました。
「本日より御射山祭の開催期間の三日間は訓練は休止とします」
「やったぜー」
「皆祭りに参加して英気を養って下さい」
「やっほー」
「あ、巻狩の際には皆勢子や射手として参加してもらいますので宜しくおねがいしますよ」
「あ、やっぱりそうですか」
「その他の競技への参加は自由とします。
腕に自信のある人は参加してみてください」
「因みに巴様も参加する予定で?」
「当然ですよ」
「あーやはりそうですか……」
私の言葉に皆の顔が一様に暗くなったのは何なのでしょう?。
「参加する前から諦めないで下さい。
挑戦することだって大事ですよ」
「まあ、そうですけどね」
私は生徒たちに小遣い銭を渡すと山本義経一行の屋敷に向かい彼らに声をかけました。
「本日より諏訪大社で御射山祭が行われますが一緒に行きませんか」
義経は少し不思議そうに首を傾げました
「祭りですか?」
その後ろから伊勢三郎が割り込んできます
「祭りなら酒が飲めるな!
行こうぜ、大将」
弁慶がうなずいて言葉を続けました
「うむ、たまにはそう言いったことに加わるのもよかろう」
二人の言葉に義経はうなずきました。
「では、我々も参加させていただきましょう」
更に義仲様の屋敷にも向かい義仲様も誘います。
「義仲様、御射山祭に行きませんか?」
「おお、当然行くぜ心光寺の連中も皆参加するしな」
「では参りましょう」
「おう」
さて祭りですが、山上で忌籠もりをし、贄として鹿や猪などの動物を捧げることで祟りやすい山の神を鎮めて風や大雨に祟られることなく農作物の無事を祈願するお祭りです。
まずは初日は宮司が青茅や芒で作られた穂屋と呼ばれる小屋を設け、神主などがこの中で忌籠もりをこない、それが終わると、2歳児の厄除けの儀式である放生会が執り行われます。
具体的には、ドジョウを水に流し厄を流してもらい、穂屋から取ったススキの穂を手渡すのです。
そして本宮から神輿を担ぎ、前宮・溝上の両社へ詣でて後、神官行粧騎馬の行列が、御札十三所、酒室の社(酒室神社)でお祓いと玉串奉奠を行います。
御射山祭では鯛ではなく鯉が捧げ物として用いられ、一同供宴に与ります。
最後に御射山社にたどり着けば、神職が直ちに御霊代を神輿から国常立命社に遷します。
ねぎらいの宴(直会)神事にて饗膳みなで酒宴を開いてワイワイと飲み食いを行います。
「いやー、ただ酒がうまいぜー」
伊勢義盛はすでに上機嫌ですね。
「うむ、良い水と米を用いておるな、まこと美味である」
鎌田兄弟の4名と義経の妹の紅葉は談笑しながら酒の席を楽しんでいるようですね。
「うむ、旨い酒とうまい飯が食えるのは幸せであるな」
武蔵坊弁慶はそう言いながらちびちび酒を飲んでいます。
「それにしても私はいつになれば父の仇を打てるのでしょう……」
義經の言葉に義仲様が言葉を返します。
「あんまり考えこむとハゲるぜ、そのうち機会はやってくるさ。
今はその時にために力をつけるしかねえんじゃないか?」
「そういうものでしょうか?」
「さあな、俺は少なくともそう思ってるぜ」
同じ父を2歳でなくした境遇の源氏の御曹司ですが考え方はだいぶ違うようですね。
やがて路上いっぱいにシカの頭部を模した鹿頭とそれより垂らした布により上半身を隠し、ささらを背負った踊り手が、シカの動きを表現するように上体を大きく前後に揺らし、激しく跳びはねて踊る鹿踊が夜を徹して行なわれます。鹿踊りは獅子舞の原型になったとも言われますね。
「踊る阿呆に見る阿呆同じ阿呆なら踊らにゃ損損ってな、いこうぜ!」
義仲様が義経の手を引っ張って鹿踊りの中に入って行きました。
「まあ、鬱々考えてるよりは体を動かしていたほうが精神衛生にも良さそうですし、義仲様もなんだかんだで面倒見がいいんですよね」
日暮時にもなると、見物の僧、引退した貴族や役人、諸国からの参詣者、白拍子、流れ巫女、傀儡師などの技芸をなりわいとするものなどが集まり、みなで掌を合わせ五穀豊穣を祈願しました。
更には巫女による神楽舞や占い、口寄せなどが行われる中、傀儡女や白拍子が歌踊りや傀儡舞を始めとする遊芸を行いながら金目の男に春をひさいでいるようですね。
「まあ、お祭りですし……いいですか」
更に参詣者への施行(炊き出し)目当てに、諸国より流れてきた乞食や山窩、河原者などの非人も集って来ては炊き出しに群がっています。
私は白拍子、流れ巫女、傀儡師の女に声をかけてみました。
「もしよければ松本の遊び郭で腰を落ち着けて働きませんか?」
怪訝な目で見てくるものもいましたが幾人かは私の話を聞いてくれました。
「遊び郭って何をすればいいのさ?」
「今やってることとほぼ同じです。あとは湯屋で体を洗ったり、あんまを行ったり宴席で酒をついだりもしますが、衣食住の方は私の方で保証致しますよ」
「ふうん、悪くないじゃないか、話が違ったらその時はすぐに出て行くがいいかい?」
「無論です」
「じゃあ、このまつりのあとから世話になるよ」
「ええ、よろしくお願いします」
私は遊び郭への紹介状をしたため、彼女たちに手渡しました。
全国各地の都と田舎の区別なく財のあるものは物品や食品を並べては露天市をなして、盛んに呼びこみ行っていました。
無論盗賊対策の為に武装した武士が社家を巡回し警護を昼夜おこたらず行っています。
2日目は神に捧げる供物をとる巻狩などの御狩神事、弓の武芸を競う流鏑馬、笠懸、犬追い、牛追いなど走る馬上からの騎射射撃を競ったりや奉納の白拍子の舞などの芸能が行なわれます。
巻狩では鷹や猟犬をなど用いるものもいましたが基本勢子は人間が努めます。
私達が参加するのは巻狩です。
「よし、皆さん行きますよ。
歩兵は勢子として、三方より鹿や猪などをきっちり追い出してください」
「分かりました」
「弓兵、騎馬弓兵は追い出された鹿や猪をきっちり弓で仕留めてください」
「わかりました」
「日頃訓練してきたことを思い出して、焦らずに行えば大丈夫です」
「はい!」
私たちは狩場へ向かいました。
歩兵を率いるのは蒲田兄弟の3名朝顔、鎌田盛政、鎌田光政。
弓部隊を率いるのは私です。
「よしでは追い出してください!」
私が弓を掲げ合図をすると勢子が三方から追い立てて、鹿や猪がとび出してきます。
「よし弓兵、構え!」
私は指示を出しながら弓を引き絞ります。
「よし、放て!」
私は鹿に狙いをつけて矢を放ちました。
矢は狙い違わず鹿の喉に刺さり鹿はどうっと音を立てて倒れました。
指揮下の弓兵も鹿や猪を次々に射止めます。
「よし、いい感じですね」
巻狩は軍事的訓練にも役に立ちますし、鹿や猪は一度神前に捧げた後、振る舞われますからタンパク質の補給にもありがたいです。
そして3日目は建御雷神と建御名方神の神代の時代のちから比べを模して行われる巨大な土壇中で行われる信濃の豪族の子弟が剣技・馬術・組討や相撲などで技を競うのを、広く三方を囲むなだらかな丘の中腹を数段に削って桟敷(観覧用客席)から見て楽しむのです。
「さて、私はなにに参加しますかね……。」
相撲は裸褌姿なのでなしですね。
剣技や馬術でもいいのですが……。
「ここは一つ組討に参加してみましょうか」
私は組討に参加希望する旨を伝えました。
組討は総参加者12名の勝ち抜き戦ですね。
最初の相手は……楯六郎親忠殿のようです。
私たち中原の兄弟とともに組討や相撲をとっていた仲間でも有りました。
「親忠殿、おひさしいですね、今日はよろしくお願い致します」
「ええ、巴殿が相手と有れば油断できませぬな」
私たちは土壇の上に登り向かい合いました。
組討は打撃、投げ、関節技のすべての使用が可能です。
先に参ったをしたほうが負け判定ですが
『両者見合って……はじめ!』
「……」
「……」
お互いに間を開けながら挙動を探ります。
「こうしていてもらちがあきませんし、行きますよ、はっ!」
私はすっと蹴りの届く範囲に間合いを詰めると上段回し蹴りと見せかけて膝狙いの下段蹴りを放ちます。
「甘いですぞ」
しかし、親忠殿はすっと下がると私が放った蹴りをあっさりかわしました。
「むむ、あっさり避けられるとは」
「はは、だてに幼き頃から一緒に鍛錬しておりませんよ」
そして親忠殿がすっと踏み込んで私の顔に拳を放ってきました。
「くっ!」
私は体捌きで拳をかわしました。
「さすが巴殿」
「そちらこそ、かくなる上は組んで勝敗を決しましょうぞ」
「あい、わかった」
私たちは距離を詰めると柔道のようにお互いの袖口をつかみ合いました。
「ぬぐぐ」
「うむむ」
お互いに相手の重心を崩そうと、時には押し、時には引きの駆け引きが続きますが、私は一瞬の重心のブレを見つけ、脚を払って親忠殿を地面に打倒しました。
「うむ、おみごと、こちらの負けじゃな」
「よし、私の勝ちですね」
私は一回戦を無事かちぬきました。
「さて、次の私の相手は……」
「うむ巴殿、次の相手は拙僧であるよ」
そこに立っていたのは山伏姿の巨漢でした。
「げ、弁慶殿ですか」
「うむ、正々堂々と勝負いたそうぞ」
「そうですね」
うむむ、弁慶も参加していたとは……、正直勝ち目が薄い相手です。
なにせ相手の身長は六尺(約180cm)私は五尺三寸(約159cm)
体格の差は組内にははっきり出ます。
「とりあえず速度でなんとか補うしか無いですか」
やがて順調に試合は進み私と弁慶は土壇の上に登り向かい合いました。
『両者見合って……はじめ!』
私は先手必勝とばかりに地を蹴って、飛び蹴りで弁慶の頭部を狙いました。
「ちぇいさ!」
しかし、弁慶は左の腕て私のけりを受け止めました。
「ぐう!」
「なんと?」
私に全体重を載せたけりを受け止めても倒れぬとは、何という強い足腰と力でしょうか。
私は後方に飛びさすると、体を回転させて肩口に浴びせ蹴りを放ちます。
「甘いですぞ」
なんと弁慶は私が放った蹴りを手のひらで受け止め、私の足首を掴むと私を空中へとぶら下げたのです。
「勝負ありですな」
「ぐぐ、そうですね、私の負けです」
私が負けを認めると、ゆっくり地上へと降ろされました。
「うむ、巴殿は女子としては十分に強い、だかいかんせん、拙僧から見れば軽すぎですな」
まあ、身長に差があれば体重にも差がでますからね。
「うむむ、あと3年で私はもっと強くなって弁慶殿に再戦を申し込みます」
「うむ、その時が楽しみですな」
かんらかんらと笑って弁慶は土壇から降りてゆきました。
結局組討部での優勝者は弁慶でした。
そして、相撲部門では義仲様が、剣技部門では義經が優勝だったのです。
「うっしゃ、優勝だぜ、優勝」
ガハハと笑っていう義仲様
「まあ、私の敵となるものはおりませんでしたな」
すまし顔で言う義經
「おめでとうございます義仲様、義經殿」
うむむ、私は途中敗退ですから悔しいですね。
でも、私が武力でかなわない人間は今後も出てくるでしょうから、そういった相手にどうやって勝つかも考えないといけないでしょう。
なかなかに有意義な三日間でございました。