堀川鬼一法眼和尚中原師直と義経軍
ある日のことです。
小百合が部屋にいた私のもとにやってきて来訪者があることを告げました。
「山本義経殿が人を伴ってやって参りました、いかがいたしますか?」
義経が新たに連れてきたとすると……
「お会いしましょう、寝殿へお通しして下さい」
「承知いたしました」
私は身なりを整えると、寝殿へ向かいました。
寝殿で待っていたのは義経と山伏姿の男性でした。
私の姿を認めると義経が山伏姿の男性を紹介します。
「巴殿、我が剣の師匠である、堀川鬼一法眼和尚でございます」
「紹介にあずかりました鬼一法眼、俗名を中原師直にございます」
「中原と申されますと我が父の縁戚の方でいらっしゃいますな」
「ええ、その縁もありまして此方へ参った時代です。
平安京の都では平家が幅を利かせ動きずらくなったというのもありますがな」
そういってガハハと彼は笑ったのでした
実のところ武士よりも寺社の僧兵や神人(武装した神官)は古くから武芸を重んじた武装集団でありました。
堀川鬼一法眼は鞍馬山にて八名にその剣を伝えたという京八流と呼ばれる剣術の開祖であり、常陸の鹿島神宮の神官の家からは鹿島新当流の塚原卜伝が生まれ、上総香取神宮からは新陰流の祖、上泉伊勢守信綱が出ているのです。
また西の剣の名門、柳生一族や、槍で名高い宝蔵院流は奈良興福寺より出ています。
こういった武術の発祥の元は大陸であり中国河南省嵩山の禅宗、少林寺は拳法の発祥地として名高いですね。
「信濃は過ごしやす処ゆえゆっくりしていってくださいませ。
事の起こった時には力添えいただければ幸いでございます」
「うむ、その時まではゆっくり過ごさせていただくとしよう」
これで凄腕の剣の使い手であり六韜三略という兵法書をもち兵法にも詳しい人物を木曽に迎えることができたようです。
「堀川鬼一法眼殿もしよろしければ大江広元殿にも信濃に来ていただけるよう、仲立ちとなっていただけぬでしょうか?」
「ふむ?なぜですかな?」
「私は今木曽松本の司法の長も兼ねているのですが、私一人では手が回りませぬもので。
どうかお願い致します」
「うむ、承知いたした」
それから私はポンと手をたたき
「そういえばちょうどよい機会です。
今より義経殿の屋敷へ向かい義経殿郎党の皆様と一緒に私の手習い天神へと来ていただけますか?」
「手習い天神ですか?」
「ええ、よろしくお願いします」
「承知いたしました」
こうして私は堀川鬼一法眼、山本義経とともに山本の義経屋敷へ一度向かい彼の郎党を伴って手習い天神へとやってきました。
兵はみな鍛錬の最中のようです。
「全員、整列!」
私が兵に声をかけると彼らは走って整然と隊を組んで整列しました。
「うむ、良き兵でありますな」
堀川鬼一法眼が目を細め兵を眺めながら言いました。
「有難うございます」
そして私は義経とその郎党に向かっていったのです。
「義経殿、弁慶殿、義盛殿、朝顔殿、盛政殿、光政殿、正門坊殿。
皆様にはこの者たちの隊の長となり率いていただきたいのですがいかがでしょうか?」
義経が私に問い返します
「我々に兵を与えて下さると?」
「ええ、正確には私の指揮下において兵を率いていただきたいということではありますが
いかがでしょう?」
「そういう仔細であればありがたく、承ります」
「残りの方々も異存はございませんでしょうか」
「もちろんでございます」
朝顔がうなずくと残りのものもうなずきました。
「では義経殿には軽騎兵を、弁慶殿には重騎兵を、義盛殿は弓兵を、朝顔殿、盛政殿、光政殿には歩兵を正門坊殿には衛生兵を率いていただきたいと思います」
私はそれぞれの兵の火の長に彼らを紹介し、以降私の代わりに指揮を執ることを告げました。
軽騎兵の火の長は不満であったようです
「巴様いったいこの者はだれでございましょう?」
「この方は山本義経殿、源氏の血を引き鞍馬流剣術を修めた方でもありますよ」
「しかし、ながら巴様この者が私よりうまく馬を操れるとはかぎりますまい」
私はふうと息を吐き義経に聞きます
「義経殿、馬術および馬上剣術でこの者と勝負していただけませんか?
そうすればわかりましょう」
「ふむ、承知いたしました」
まあ、騎兵の皆は今の天神中でも最優秀のものの集まりですから仕方ないかもしれません。
馬術勝負はお互いに馬を駆り馬場内の定められた経路を正確かつ早くたどれたものの勝ちとします。
「では、始めますよ、用意はいいですか?」
「ええ、いつでもどうぞ」
「そのすました面がいつまでもつかぎゃふんといわせてやる!」
「でははじめ!」
各々が駆る馬が馬場を勢いよくかけてゆきます。
しかし、義経の馬がほぼまっすぐかけていくのに足しして火の長の馬は少しブレが大きいようで少しずつ差が開いてゆきます、そして先に終着点にたどり着いたのは義経でした。
「これでわかりましたか?」
「ま、まだ、馬を早く走らせるだけじゃ戦場では役に立ちません」
私はまたため息をつくと義経に聞きました。
「もう少し付き合っていただいてよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
今度は馬上での剣術勝負です。
むろん使うのは木刀です。
互いに向き合って馬に乗り義経は短めの木刀を2本、火の長は普通の木刀を手に持っています。
「でははじめ!」
「いつでもどうぞ」
「このやろうそのすました面がいつまでもつかぎゃふんといわせてやる!」
しかし勝負は一瞬でつきました、義経が二刀で剣をさばきその剣をあっさり打ち落としたのです。
「くそ、見かけによらず強いなあんた、俺の負けだ」
どうやらようやっとわかってもらえたようです。
そして義経以外の火の長はあっさり私の言葉を受け入れました。
まあ、弁慶と武器を持って戦って勝てそうな兵はいませんし、その他の者もきたえ方が違いますからね
。
武士は幼いころから体を鍛えているのですから。
こうして各兵科の長兼教官として義経一行をあてることで私の負担は少し軽くなったのです。