大盗賊熊坂長範退治
さて商人から武器やらなにやらを買って硝石を作り、黒色火薬を作りしばらくした後の事です。
血相を変えた侍が我が屋敷に駆け込んできました。
「何かあったのですか?」
侍は息を切らせながら私に報告します。
「申し上げます、美濃方面より野盗が侵入し、国境付近の村が野盗に襲われ、占拠されたとのことです!」
私は驚きつつも侍に問いました。
「なんと野盗が?!、賊の規模はどのくらいですか?」
「詳細は不明ながら50名以上の集団と」
「50以上ですか、わかりました、すぐに討伐の手配をします。
あなたは休んでください」
「巴御前、ありがとうございます」
彼はそう行って私の前から下がりました。
しかしかなり大規模な野盗のようですね。
まずは情報を集めるべきでしょう。
私は戸隠大輔様をお呼びしました。
「大輔様、美濃の方より賊徒が侵入し村を占拠したと聞きました。
物見をお願いできますか?」
物見というのは偵察のことです。
大輔様はウムとうなずいて答えました
「分かりました、すぐさま弟子とともに物見に向かうと致します。」
そう言うと大輔様は風のようにこの場から立ち去ってしまいました。
とはいえ、この時代の美濃の国あたりで大きな勢力を持っていた野盗集団といえば金売吉次を襲ったというあれだとは思いますが。
私は下人に声をかけました。
「野盗の討伐の準備をします。
まずは義仲様と我が家の客人に状況を伝え戦の準備を整えたあと集まるように伝えて下さい。
それから村々に兵を選出しここに集まるように伝えて下さい。
残りのものの男は竹林で十尺(3m)の長さに握りやすい太さで竹を40本切って持ってきてください。
女は米蔵を開けて60人分飯を炊けるたくようにしてください」
「承知いたしました」
下人たちがそれぞれ役目を果たすべく散ってゆきました。
「私も準備をいたしますか」
蔵より大鎧を引っ張りだし、下女に手伝ってもらいながら鎧を身に着けていきます。
さて、現在の私の権限ですぐさま集められる兵はおおよそ50名という所。
時間をかければ200~300くらいまではなんとか集められるでしょうが、今は時間がありません。
賊の規模によっては兵を持って正面から討伐するのは厳しいかもしれません。
やがて、太刀鎧を身につけた義仲様が馬で屋敷へやってきました。
馬より降りると義仲様は私に聞いてきました。
「巴、状況はどうなってる?」
「はっ、賊についての物見は現在大輔様とそのお弟子様に行ってもらっています。
我が屋敷の客員にも討伐を手伝っていただくように伝えております。
村々への使いの方も出してありますのでしばらくの後に兵も集うかと。」
「分かった、すまんが飯を用意してくれるか」
「心得ております、これをどうぞ」
私は笹の葉で包んだ握り飯と白湯の入った椀を差し出しました。
「腹が減っては戦はできぬってな、ありがとよ」
義仲様はがぶりと握り飯にかぶりつくとあっという間に平らげてしまいました。
そんなことをやっているうちに客人の義経、弁慶、義盛、蒲田兄弟たちもやって来ました。
皆この前に商人から買った武器と自前らしい鎧を身に着けています。
そして義経が私に話しかけてきました
「巴殿、武器を頂いたうえで厚かましいとは思うが我らに軍馬を貸していただきたい」
なるほど、鎧をつけて歩くのはきついでしょうね。
「分かりました、厩舎より馬を取り寄せます、そちらをお使いください」
私は下人に支持して軍馬を引かせました。
「ありがたい、この恩は戦働きにて返します」
そう行って義経一行が私に頭を下げ、各々が乗る馬を選んでいます。
「ええ、よろしくお願いします、皆さん頼りにしていますので」
彼らの力を見る良い機会でもありますね。
やがて三々五々と村より送り出された兵が屋敷に集まってきました。
彼らは鎧を身に着けておらず、ナタや太刀、弓といったバラバラの装備です。
「弓を扱えるものはこちらへ、そうでないものはこちらへ、それぞれ分かれよ」
私の指示にゾロソロと移動します、当然ではありますが弓を仕える物の数は少なく10名程度でした。
まあ、普通の農民は弓なんて使いませんから仕方ないですけどね。
「皆、飯を振る舞うのでしばしここにて待つように」
私は下女たちに握り飯をもってこさせるとそれぞれに与えるように指示しました。
そんなことしているうちに大輔様が戻ってきました。
「巴殿、今戻った」
疲れも見せず飄々とした雰囲気を崩さぬのはさすが忍者というべきでしょうか。
「どのような感じでしたか?」
「野盗共は襲った村を根城として今も休んでおります。
野盗の数はおおよそ100。
野盗の頭は熊坂長範とその息子5名。その下に藤沢入道と由利太郎。
傘下の信濃・遠江・駿河・上野の盗賊大将が10名ほどその下の小盗人が80ほどでありました。
村の様子はこのような感じで」
と土の上に樹の枝で大雑把な村の地図を書いてくれました。
「なるほど、ありがとうございます。」
ヘタすれば300名という可能性もあったのですが100名で済んだのはまだよかったといえましょう。
やがて下人に切らせた竹が届きましたので、それの先を斜めに切らせ竹槍を作り、弓を使えない者達にそれぞそれ渡します。
「今回はこれを使ってください」
兵たちはうなずいて竹槍を受け取っていきました。
「んで、どうする?」
義仲様の問に
「夜襲をかけましょう。
昼に馬鹿正直に戦う必要はありません」
「おう、村の男をいたずらに死なせることはないからな」
「はい」
私は皆に仮眠をとるように伝えると、屋敷へと戻りました。
そしてこの前買ったものをしまっている蔵へやって来ました。
「野盗相手に使うのももったいない気もしますが、使わねばわからぬこともありますしね」
そして買ったものの幾つかを手にとってから私も仮眠をとったのです。
夕刻、皆が起きたあと軽く体を動かかせてから、私たちは屋敷をでたのです。
私は方天画戟と弓矢を背負って馬で村に向かいました。
・・・
日が落ちた後私たちは月明かりの下馬を歩かせ村へとやって来ました。
村の周りは用水路で囲まれ東と西に夫々橋がかかっています。
「先生物見をお願いしてもよいですか?」
「うむ、承知した。」
しばらくして大輔様が戻られました。
「賊の半ば酒を飲みを飲み寝ております。
残りの半分ほどは起きておりますな。
男女の嬌声が聞こえておりました。」
村の女もしくは男を犯しているものがいるということですか……。
「頭と思しきものは村長の家にいるようです。」
私は頷くと義仲様に向き直りました。
「義仲様はこちらにて兵を率い賊を迎え撃ってください。
槍を持っているものは10名でひとまとまりとなり横へ並んで近づいてくるものを槍でつきなさい。
弓を持つものは槍を持つものの間に賊の弓を持つものを優先してねらいなさい。
そして移動などの指示は義仲様に従いなさい」
兵たちは無言でうなずいて義仲様のもとに集まりました。
「伊勢三郎殿と鎌田兄弟は村の東より突入し、賊に奇襲攻撃をかけたあと東側に逃げてきてください」
「了解、奴らを槍の穂先におびき出せばいいんだな」
伊勢義盛がニヤリと笑って答えました。
「ええ、理解が早くて助かります」
そして私は伊勢三郎に震天雷と一本マッチに火をつけてみせたあと、マッチを渡しました。
「人が多そうな場所に、これ(マッチ)で火をつけて投げ込んでください」
「お、おう、了解だ。」
そして私は義経の方に向き直りました
「義経殿と弁慶殿は私とともに西から侵入し村長の家にいるであろう頭を倒します」
「分かりました、頑張りましょう」
「承知つかまつった」
義経は軽くほほえみ、弁慶は神妙な顔でうなずきました。
「では、義仲様ご武運を」
「巴も気をつけてな」
私は義仲様の言葉に頷くと馬を走らせました。
・・・
私達が村の西側にたどり着いた頃には東側での戦闘が始まっていたようでした。
爆発音、悲鳴、怒号、人の走る音などが響いてきます。
”何事だ””村の東だ””何だ貴様は””逃げるぞ逃がすな”
そんな声が聞こえてきました。
私たちはしばらくタイミングを見計らって人が減ったところで目配せをします。
「行きましょう」
「ええ」
「うむ」
私たちは馬を降りて木につなぐと、村に突入しました。
「なんだおまえラァっ!」
私は残っていた見張りを方天画戟で一刺しで突き殺し、村の中央に走ります。
時々酔っぱらい寝ぼけた野盗がふらふらと立ちふさがりますが私たちの敵ではありません。
当たるを幸いと次々に賊をなぎ倒し村の中心を目指します。
私達が村長の屋敷にたどり着いた時、乱れた衣装の男が屋敷から出てきました。
大柄な薙刀を持った男、背の高い大太刀を持った男、細身の太刀を持った男です。
「なんだ貴様らは?」
「私は木曾中三兼遠が娘、巴、あなた達の悪行もここまでです」
「ああん、女が俺たちを倒すだと?」
男たちがガハハと下品に笑いました。
「おい、お前らは後ろの男を始末しろ。
この女は俺がやる、散々なぶって親のところに届けてやるよ」
「女だからなんだというのですか?」
「はっ、女が男に勝てるわきゃないんだよ!」
そういって長刀を振るって激しく打ちかかってきますが……
「遅い!」
私のつきだした方天画戟の槍先が心臓を貫きます。
「ば……かな……」
男は信じられないという表情で倒れました。
そして後ろに目をやると弁慶が青龍堰月刀で男を縦に真っ二つにし、義経は男の首をはね飛ばしていました。
多少名のある盗賊といえども武を磨いた私たちの敵では無いということでしょう。
そして村の東に向かうとこちらも片付いていました。
「よお、おつかれ」
「お疲れ様でした、どうでしたかこちらは」
「ああ長い竹槍を密集してつきだした戦法のおかげで被害は殆どないぜ。
これ使えるな」
「まあ、場所によっては難しい時もありますけどね」
そして義仲様は義経の方に駆け寄っていいました。
「なあ、俺たち義兄弟にならないか?
ほら巴俺達が俺の元服の時にやったやつ」
「義兄弟……ですか?」
義経が小首をかしげています。
まあ突然過ぎですよね。
一応フォローしておきましょう。
「あ、ええ、あれですね。
やるなら賊の死体を埋めて弔ってからあした八幡神社で行うのはいかがでしょうか?」
「おう、そうしよう、これからもよろしくな!」
「はい、こちらこそ」
そういって二人はガシっと手を握り合いました。
そしてその後私たちは村の裏山に穴を掘ると野盗の死体を土に埋め手を合わせたあと、村長に後を託して屋敷に帰りました。
・・・
そしてその翌日
「八幡大菩薩よ、どうか俺に平家にも他の誰にも負けぬ加護を」
「我ら木曽の皆にに加護を」
義仲様、私、義経、弁慶、鎌田兄弟は八幡神にお祈りをします。
「(神様どうか私たちをお守りください。)」
そして義仲様が
「そしてわれら皆が共に生きともに死す事を願わん」
その言葉に私はよく読んでいた三国志演義の桃園の誓いを思い出します。
「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同じ館にて育ったわれらは、同年、同月、同日に死せん事を願わん。八幡大菩薩よ、実にこの心を鑑みよ」
私がそういうと皆が声を重ねるのでした。
「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん」
うん、みんなのりがいいですね。
兄上や五郎が聞いたら複雑な表情をすることとは思いますが。
そして屋敷に戻ると父と妹の千早が来ていました。
「巴、義経様は居らっしゃるか?」
「え、ええ、西の部屋に居ますが?どうなされたのですか」
「うむ、義経殿の嫁に千早はどうかと思ってな。」
「は、はあ、どうでしょう?」
「うむ、きっと気に入ってくれるはずだ」
そう言うと父は千早とともに西の部屋へと向かったのでした。
そして後日義経と千早の婚姻を知らされることとなるのです。