歩法と発剄
さて私達が本格的に体系的な武器を習い始めて1年ほどたちました。
肉体鍛錬の成果は1年でかなり出てきていますが、うりを粉々にすることはできておりません。
しかしながら未来的な鍛錬法や栄養管理、休息管理によって十分に筋力がついた結果、太刀や相撲のような力で負けることが多くなっていた男性陣との稽古に勝てるようになっているのが大きな収穫です。
武術というのは一見派手ですが地道な基本をひたすら積み重ねていくことしか強くなることは出来ません。
銃器というのはその概念を壊してしまうのが怖いのでありますが……ね。
「よし、まだまだ伸びしろはあるにせよ基礎的な筋肉の増強には成功していますね」
先生曰く"1年や2年で出来るようになるものではありませんから焦らずに鍛錬しなさい”だそうです。
今は浮身歩行の鍛錬中です。
河原のグラグラな石の上を下駄を履いて歩き、慣れてきたら駆ける、更に跳躍も行っていきます。
こうやって人体の重心の取り方を実践的に会得するのです。
転びやすい状況で転ばずに移動できるようになり、身体を浮かすように扱うことがこの歩法の極意です。
さらに歩くだけではなく突きや蹴りなどの体術を行えるように訓練し、更には太刀や長刀などの武器をもっての訓練にいたります。
これは自分の体が倒れこむ力を利用し着地足に体重を載せながら移動するのです、ちなみにナンバと呼ばれる右手と右足、左手と左足を揃ろえて動かす方です。
バランスを崩しながらバランスを取り続け不安定な状態でいることで、重みの傾きを身体動作の原動力にできるのです。
中国武術では沈墜勁、十字勁と呼ばれる技術ですね。
縮地歩法の「落歩」「井桁」「雀足」「大雀」「倒雀」「落蛙」「跳蛙」「縮地」もこれに含まれるわけです。
筋肉を動かすのではないので攻撃を悟られづらくなるというメリットも有ります。
更に蓄勁と発勁の技術を教わります。
人間の体の筋肉というのは骨格や靭帯、内蔵などを保護するためにごく通常は2割、通常時から重いものを持ち上げる訓練を常にしていて7割程度の力しか出せないようになっています。
医学的には人間が持ちあげられる重量限界は500kgと言われていますが、いくら筋力を鍛えようとも、骨や靭帯、内蔵の方が耐えられない為、自重の3倍の重量を持てれば、十分怪力と言えるのです。
ちなみに筋力トレーニングというのは筋肉を肥大させること自体よりも重いものを持ち上げることで脳にここまでの重さのものを持っても大丈夫だけど、ちょっと厳しいからすこしリミットを緩めようと認識させるためのものでもあるのです。
しかし人間は自分自身もしくは自分にとって大切な人間の命に危機が迫った時そのリミッターを外すことができます。
いわゆる火事場の馬鹿力というものですね。
このリミッターを外す方法の一つが「雷声」などと呼ばれる呼吸法です。
そしてもう一つが蓄勁と発勁によるものです。
具体的には脳に生命の危機を感じさせてリミッターを外すというものです。
生命の危機を感じさせる方法は高所からの落下をイメージし本当に一瞬落下を身体に感じる状態にするというものです。
足は肩幅くらいに自然に開き、楽な姿勢をとりつつ上から降りている何かにつかまっているようなイメージを浮かべます。
腹式呼吸で「丹田」に気を集めます。
ここまでが蓄勁。
捕まっているものをなくすイメージを思い浮かべます。
イメージの中では身体が落下するので、足を身体に引きつけます。
すると一瞬だけ「落ちる」という感覚になるので、両足を体に引き付けると実際に重心が10cm下に沈む感じになります。
ここで実際に力を使う動作を行うと、とんでもない威力になるわけです。
それを発勁といいます。
この訓練を繰り返していると「落ちる」という動きを実際に取らずにイメージをすることで、リミッターを外すことが可能になります。
その他にも腕を鞭のようにしならせ、打つ鞭打や攻撃的受けである交差法、投げられた時の衝撃を和らげる受け身獲物を持っている指を打つ指砕き、関節技や投げ技と打撃技のコンビネーション攻撃など。
更には相手の勁力や筋力を逸らして自らの力として用いる化勁なども教わったのです。
しかしこれ、覚えるのにどれくらいかかるのでしょうね。
先生曰く、才能がなければ一生、才能があれば10年、天才であれば5年だそうですが。