石鹸を作ってみましょうか、いろいろ役に立ちますし
さてさて、この時代には基本石鹸はありません。
洗濯はどうしていたのかというと皇族や上級貴族は何度か着た後、下級貴族に下賜していました。
要するに皇族や上級貴族にとって衣装は献上されるものであり故に服は使い捨てでした、下級貴族はそういう訳にはいかないので、着物をいったんほどいて洗い張りし、再度染めなおしたり縫い直ししました。
無論だんだんと傷んできますので、下級貴族で官位が貰えない人などは悲惨なようですね。
洗顔には糠や米のとぎ汁、うぐいすの糞を垂らした水、豆の煮汁などを使いました。
洗髪にはツバキの油粕を使い、髪の手入れには椿油を使いました。
食器を洗う場合油を使う習慣があまりない時代でしたので、ぬるま湯でさっと流すだけですね。
油を用いた場合灰または灰を水に溶かし上澄みを集めた灰汁を用いて油を溶かしました。
衣服を洗う場合はムクロジやエゴノキ、サイカチの果皮やサヤ、実をお湯に入れて煮詰め使いました。
ムクロジやエゴノキ、サイカチに含まれるサポニンや豆に含まれるレシチンは天然の界面活性剤として使えたのです。また、糠や米のとぎ汁、うぐいすの糞には油脂を分解する酵素や細菌が含まれていました。
日本に石鹸が伝わったのは鉄砲の伝来と同じくらいと言われていますが、一派に普及したのは明治以降です。単純に生産に手間とカネがかかるからなのですが、西洋では古くから作られていました。
というわけで今の時代に石鹸はないのですが、一応作り方自体はしっているので作ってみましょう。
石鹸は動物もしくは植物の油とアルカリを混ぜて作ります。
天然ソーダがある場所では天然ソーダが使えますが、日本には天然ソーダはないので灰を水に溶かし上澄みを集めた灰汁を使います。
この時通常の木灰だと主成分が炭酸カリウムであるため液状になってしまうので、今回は海藻を燃やして炭酸ナトリウムを主成分として灰汁を作ります。
私は下人に命じて石鹸を固めるときに使う木枠の型や獣脂を精製時に使う竹筒などを用意させ、その間に海藻を燃やして灰にその灰を桶に入れて水を加え、それを布でこして灰汁を作ります。
「海藻は結構貴重なんでもったいないなぁ……」
そんなことをぼやきながら食用や武具用の革を取るために解体した牛の牛脂を包丁で適当な大きさにカットし、鍋に入れ少々水を加えて、鍋を火にかけました。
「っと、やっぱり臭いますね……」
牛脂が融け始めたら、漢方として使おうと考えていた蜜柑の皮を3個分と刻んだよもぎを加え、
沸騰した水が吹きこぼれないように長い菜ばしなどでかき混ぜ、牛脂の塊が完全になくなるまで加熱します。
「よし、臭み消しは成功ですね」
十分に加熱できたところで鍋を火からおろし、布で蜜柑の皮とよもぎとそれに絡まった夾雑物を濾して融けた牛脂を容器に竹筒に詰めます。
「よいしょっと、じゃあ固めましょうかね」
竹筒を外の雪に埋めて冷やし、牛脂が十分に固まった頃合いを見て竹筒を割って牛脂を取り出し下の方にできている茶褐色のコラーゲンや血液で出来た、煮こごりを捨てます。
「こんなものかな?」
だいたい最初の6割から7割位になった牛脂を見て私は満足しました。
生成して固まった牛脂をふたたび鍋にいれ湯煎して融かします。
「あんまり熱いとアルカリと反応して、飛び散るかも知れないから溶けるか溶けないかぎりぎりくらいにしないとね」
海藻を焼いて作った灰汁をゆっくり溶かした牛脂に流し込み、均一になるようにかき混ぜます。
「少し冷めてきたかな?」
ときどき湯煎用のお湯に少量熱湯を加えて温度を上げて、全体が白濁するまでかき混ぜます。
「そろそろグリセリンを分離しないとね」
そして塩水を入れてグリセリンを分離させ石鹸の部分を固化しやすいようにし、そして 全体が白濁しカスタードクリームのようにとろとろになった状態で成形用の型に注ぎ込みました、しばらくして粗熱が取れた頃を見計らって型の上に木で蓋をし埃が入らないようにします。
あとは型に入れたまま1週間ほど放置し乾燥させ、一度ひっくり返してもう1週間ほど乾燥させれば石鹸の完成です。
型から石鹸を外し眺めます。
「うん、白くていい匂いですね。」
僅かに香る蜜柑とよもぎの匂いがいい感じです。
これで入浴の際に体を洗うのが楽になりますし、洗濯や敷物の手入れ、食器洗いなども楽になるはずです。
問題はコスト的にペイするのかどう買ってことなんですがね……主に手間と海藻の灰を作るということに於いてですが。
ついでに洗濯しやすいように洗濯たらいと洗濯板を作る事にしました。