ヒロインも悪役令嬢も奪われたメインヒーロー様な俺(前世:女)
※注意
これは前世が女で現世が男な主人公が女性と恋愛する話です。
主人公は悪役令嬢とはくっつかず、急に出てきたおつきメイドとくっつきます。
以上が苦手な方は今すぐ引き返すことをおすすめします。
「セカド・カイング第二王子。お前とレイ・ジョアーク公爵令嬢との婚約破棄を、カイング王国第一王子である私、ファスト・カイングが通達する!」
ずびし、と指を突きつけられて俺、セカド・カイングはぽかんと口を開けるのを耐えるのに必死だった。
指を突きつけやがっていらっしゃられるのは、俺の腹違いの兄上、ファスト・カイングだ。全てにおいて俺よりスペック上だと言うのに側室の子という理由だけで王太子になれなかった可哀想な人だ。
いや、可哀想だと思うよ? でもさ、だからってさ……
卒業記念のパーティーで俺の嫁(予定)のレイの腰を抱いてるってどういうこと?
「あの、兄上、いきなりどうなさったのですか?」
激しく聞きたい。
確かにここはとある乙女ゲームの世界とそっくりな世界だ。レイは主人公をいじめる悪役令嬢と同じプロフィールだし、俺はメインヒーローの俺様王太子と瓜二つだよ。
昨今流行の婚約破棄ものだと、俺ポジの奴がこういう場面で婚約破棄して、兄上ポジの人がヒロインざまぁしにくるのが一連の流れだけどさ、でもさ。
俺、婚約破棄してないし。
ヒロインとも恋愛イベントこなしてないし。
ええ、これでもこのゲームを何度かプレイした元女の転生者なもので、イベントは大体把握してるんすよ。
避けたよ。全力で。
取り巻きの宰相の息子とか騎士団長の息子とか天才魔術師とかがどんどん落ちてくのを後目に避けまくりましたよ?
もちろん転生者っぽいヒロインがレイにいじめられたーって言い触らしまくった時は原因究明しましたよ?
ヒロインの悪行は全て封じたし、それでも逆ハーレムってる馬鹿共にはしっかりそれなりの罰を与えましたよ?
全てはレイとこの王国を導いていこうと思ったからなのに。
それがどうして。
俺の隣にレイはいないんだ?
「どうなさった、だと? 自分の招いたこともわからぬか」
兄上の目が冷たい氷のように俺の全身を滑る。
わかんねーから聞いてんだろうが、このクソボケ。
ああ、外面は必死に王太子モードだけど内心がぐっちゃぐっちゃに汚くなってら。
でも仕方ないよね、いきなり婚約破棄しろとか言われたらさぁ。
「ロイン・シャクダン男爵令嬢との不義密通に加え、ジョアーク公爵令嬢へのいじめ、有力貴族子息達への権力を笠に着た不当な処罰。よもや身に覚えがないとは言わせぬぞ」
「は? ……お待ちください、それは」
「言い訳無用!」
いや、言わせろよ。
言いがかりだぞ、それ。
「証人も連れている。ロイン男爵令嬢、ここへ」
兄上に呼ばれ、楚々と現れたのはヒロイン様。
中身はアッパラパーだが顔だけは良いので瞳を潤ませながらの登場だと事情を知らない保護者方(特に父兄)はころりと騙されてしまう。
「あのひどい仕打ちを見て、百年の恋も冷めましたがあの時に想いを交わしたのは事実ですわ」
「は? 何言って」
思わずヒロインへ一歩近付くと彼女を守るように騎士団長の息子やら天才魔術師やらが前へ出る。
俺から怯えたように身を隠すヒロインも、俺から守るようにレイを背にかばう兄上も俺にしかわからない一瞬、にやりと笑う。
……あー、そう、そうか。
そういうことか。
はめられたのか、俺。
「兄上」
「何だ」
そうだそうだ、兄上は隠しキャラって奴だった気がする。
俺、三人落とした所で死んじゃったからよく知らないんだけどさ。
よくあるよな、ヒロインが本当は隠しキャラ狙いで王太子キャラを踏み台にするって奴。
今回はそのパターンを野心溢れる兄上に利用されたってことか。
「レイは……いえ、レイ・ジョアーク公爵令嬢はどうなるので?」
「お前に関係ない、で終わりにするのは可哀想か。
彼女への王妃教育は完璧だからな。
陛下から、私との婚約を勧められたのだよ」
なるほどな。
もう父上は俺を王にする気はないみたいだな。
ってことは、正妃だけど母上が危険だ。
もう王城は側妃の手に落ちていると考えた方がいいだろう。
「わかりました。
もう何を言っても無駄でしょう。
婚約破棄、受けさせて頂きます」
優雅に一礼すると兄上はにんまり顔。ヒロインは嫉妬でレイを射殺さんばかりの目で見ている。
兄上、あれの操縦できんのかね。
レイはと言うとヒロインの視線に気付いたのか真っ青な顔をしていた。
これが俺と婚約破棄するのが嫌でってのならここから無理矢理連れてくんだが……それはないだろうな、うん。
悪役令嬢にならないよう、俺は小さい頃から小姑の如く口を出していた。
うざがられていないわけがない。
「わたくしがいると場の空気が白けましょう。
もう場を辞させて頂きますね」
最後の最後、俺はひきつりそうな顔を必死で笑顔に変えて。
逃げるようにパーティー会場から出て行ったのだった。
* * *
「ぐ、うぅ……れいぃ、なんでだよぉ……」
「セカド様、泣きすぎですよ」
「だっでざぁ……ごんやぐはぎどがざぁ……」
「何喋ってるかわかりませんよ」
「うぅうう……イドちゃんのばがぁ」
王城への馬車なう。
俺はざまぁされた悔しさとレイに捨てられたショックでボロ泣き中。
俺のおつきのメイドであるイドちゃん(転生者)からの冷徹なツッコミからも心折られている最中である。
「あー……でもどうしよ、マジどうしよ……ねぇねぇ、イドちゃん。多分王太子の地位を追われて城も敵だらけだよ、どうしようねぇ」
顔を濡れタオルでふきふきすると少し落ち着いた。まだぐずぐずの鼻声でイドちゃんに話しかけると、彼女は呆れた声で「口調」と短く指摘する。
「その女っぽい話し方で話しかけたりしてるから、レイ様に嫌われたんじゃないですか」
「ぐ……レイにはこんな話し方しないもん。事情知ってるイドちゃんにだけだもん」
ちなみにこの馬車には俺とイドちゃんの二人しか乗ってない。窓を閉めているので御者台に会話は聞こえないはずだ。
「そうですか」
イドちゃんは反応が冷たい。前世からこんな感じで友達も少なかったらしい。
私はこんなだから、いっつも友達にいじられていた。現世では王太子だから舐められないようにデキる王子を作っていたのに。
意味、なくなっちゃったなぁ。
「あーでもマジな話。本当にどうしようか。
このままだと良くてどっかの貴族に婿入りという名の軟禁されるか、悪ければあぼんだしなぁ。
いっそ廃嫡されて母上養いながら冒険者にでもなろうかなぁ」
「あら、簡単に言いますね。冒険者も大変な職業だと言うのに」
「あーうん、でもSランク持ってるから」
ぽいっと俺はミスリルでできたドックタグをイドちゃんに渡す。『キラリ・タナカ Sランク』の表記に「は?」とイドちゃんは固まる。
「これは?」
「あー『レイの性格矯正終了! 異世界ひゃっほー!』の時期にギルドに憧れて色々やらかしたんだ。
この体、本番に強いみたいでダンジョンもぐったら、前世の記憶もあってうちの国のは全部踏破しちゃったんだよねぇ。
確か、イドちゃんが来る二年前だから……十三の時?」
ちなみにイドちゃんが来たのは乙女ゲーム開始時期と重なるので十六の時、三年前だ。
「偽名の由来は?」
「……前世の本名……」
聞いてくれるな。頼むから。
「……セカド様。いいえ、キラリさん」
「何、って前世の名前呼ばないで」
「一つご提案が」
「無視かい」
俺にドッグタグを返し、イドちゃんは滅多に見せない笑顔を見せた。
「私と結婚して、『セカド・テイコック』になりませんか?」
と、俺はオトゲ大陸随一の国力を持つ『テイコック帝国』の名前を出され、「はあぁあ?」と言うしかなかった。
落ち着く為に深呼吸してから聞いた所、突如現れたダンジョンに困っていたテイコック帝国の皇帝がさくさくっとダンジョンを攻略する謎の新人冒険者(つまり俺)を帝国に招く為に、イドちゃん他数名を調査に出していたらしい。
イドちゃんは皇帝の娘だけど、皇帝が実力主義だからばしばし働かされているらしい。
あとイドちゃん本人も潜入捜査とか憧れてたみたいで楽しくやってたんだと。
それで、イドちゃんの調査対象と言うのが、俺含め王国のお偉いさんが『キラリ・タナカ(つまり俺)の有用性をどう見ているか』だったらしい。
まあ、国のお偉いさん達は三年前に急に消えた冒険者に何の感慨もなかったし、無駄骨と思ってたらしいけど。
まさか、イドちゃんが『キラリ・タナカ(再三言うけど俺のこと)』本人のおつきメイドになるなんて、人生ってわからないものだよね。
俺は王国から逃げたい。イドちゃん達帝国はキラリ・タナカに来て欲しい。
両者がウィンウィンな関係を築く為に、イドちゃんは自分と結婚して帝国の庇護下に入れと言いたいらしい。
だが、待って欲しい。
「イドちゃんはそれでいいの?」
だって結婚だよ、結婚。
「はい、構いませんが」
「俺、こんなだよ?」
正直、レイとの婚約破棄もあるから、次は思惑とか絡まない自由恋愛がいいんだけど。
「セカド様は、顔は乙女ゲームのメインを張れるだけの顔面偏差値ですし、体力も知力もダンジョン踏破できるだけの規格外です。
元女性ですから、私達女側の都合もわかってくれますし、性格も実際はこんなふにゃふにゃですがきちんと王太子としての務めも果たせられるくらいしっかりしています。
何より一緒にいて楽です。
はっきり言いましてこれ以上の優良物件を探すのが難しいかと思いますが」
あのイドちゃんがべた褒めだと……。
夢かと思って自分の頬をつねったら、「何してるんですか」といつもの極寒視線がやってくる。
良かった、頬も痛いし夢ではないようだ。
「えーと、イドちゃんあのさ」
「セカド様は私と夫婦になるのはお嫌でしょうか」
「……」
その聞き方、ずるくない?
「……」
そうやって無表情なままだけど、首や耳まで赤くして黙って見つめるのずるくない?
「いやじゃ、ない、です」
これしか言えなくなっちゃうじゃん。
「イドちゃんといると何より素が出せて楽だし、イドちゃんの顔も体も好みだし、優秀だからしっかり支えてくれる未来も見えて幸せな夫婦生活が送れそうです」
「それは良かったです」
つん、と顔を背けてイドちゃんは答えるけどその耳や頬はまだ赤い。
やだ何この子可愛い。
めちゃくちゃ抱き締めたい。
手を伸ばしたら、「少しだけですよ」とふてくされた顔でちょっとだけこちらへ近寄ってくる。
クーデレかと思えば、まさかのツンデレ。イドちゃん流石です。
「失礼します」
「はい」
ぎゅっ、じゃなくて、そっと抱き締める。
男になった俺とは当然違う体にドキドキする。
小さくてやわらかくて、いい匂い。
自分が女の時だって、こんないい匂いもやわらかさもなかった気がする。
気付いたら夢中になっていて、「苦しいですよ」と肩をタップされて慌てて体を離した。
「あ、ごめんね」
「大丈夫です」
イドちゃんの顔が赤い。
そんなに息苦しかっただろうか。
こほん、と一度イドちゃんが咳払いする。
仕切り直しということらしい。
「それでは、私と結婚と言うことでよろしいですね」
「あ、はい」
間抜けな返事をするとじっと睨まれてしまった。
へたれでごめんなさい。
「それではそのように父へ話を持っていきますね」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこんと頭を下げる元王太子とかシマらないなぁ。
「えーと、あのさ」
「何か」
居住まいを正す俺に対して、イドちゃんはもういつもに戻ってしまっている。
「俺、これからがんばるから。一緒に幸せになろうね」
「……っ」
真剣に俺が言うと、イドちゃんの目が少し大きく開かれて、すぐにいつものジト目になる。
「『俺が幸せにする』とか言うと思いましたよ」
「う、へたれですみません」
「いえ、言っていたら張り倒す所でした」
「えぇっ?」
この時、ふわっと笑ったイドちゃんの表情を、俺は一生忘れることはなかった。
それほどに、この時のイドちゃんの笑顔は綺麗だったのだ。
「二人で共に幸せにならなければ、結婚など意味のないものでしょう?
あなたが私を、私があなたを幸せにして、二人で幸せになりましょう」
……本当に、うちの嫁(ほぼ決定)にはこれからも勝てる気がしませんわ。
だけど夫としては負けてばかりもいられないので。
「イド」
「あっ」
名前を呼び捨てて、ぐっと腰を抱き寄せる。
そして頬に手を当てて、囁いた。
「早く『二人』じゃなくて『三人』になろうね」
「セカド様……」
ふふっ、勝っt
「まだまだ甘いですね」
「んんっ!」
ぐいっと両頬を掴まれ、ふにふにした唇が俺の唇に押し当てられる。
やわらかさとファーストキスが盗られたことに脳がキャパオーバーしてる中、唇の接触は終わった。
「これくらい、して頂かないと」
「は、はい……」
結論。
やっぱり嫁には勝てません。
その数年後。
テイコック帝国に初の女性皇帝が生まれた。
先代皇帝の第七子であるイド・テイコックはカイング王国のダンジョンを全て踏破した『ダンジョン喰い』と呼ばれる冒険者キラリ・タナカを夫とし、テイコック帝国に突如現れた数多くのダンジョンを攻略していく。
文のイド、武のキラリと呼ばれテイコック帝国の双璧となった二人はその仲の睦まじさでも広く知られ、子供達や孫からは「死ぬまで新婚の空気だった」と伝えられている。
お読み頂きありがとうございました。
2015/12/27
二作目の感想欄より「メイドではなく侍女ではないか」というご質問が来ましたが、イドの名前の由来がメイドからなのでこのままとさせて頂きます。
作者の知識不足を晒してしまい申し訳ありませんでした。