対決魔王の鎧7
魔王の鎧が完全に停止したのを確認するとカイルは構えを解きダガーを腰に戻し、鞘を支えながら剣を戻す。最後にもう一度確認してマリィ達の元へ戻ってくる。
「エミリアすまない。もう放してやってもいいよ」
「いえ、恐らくあのときはこれ以外に方法はなかったと思います」
「そう言ってくれると助かる」
力なく笑顔を向けるカイルにエミリアも笑顔を返す。よく見るとエミリアが震えているのに気付きすまなそうにしているともう一度「大丈夫です」とエミリアが言う。
エミリアに頷きマリィの正面に膝をつき、マリィの右腕をとる。
「少し痛むが我慢しろ。直ぐに治してやるからな」
「それくらい平気……」
持ち上げた際に僅かに呻いたもののされるがままのマリィに回復魔法で折れた腕を治してやる。顔は俯いたままだが自分の腕を見詰めている。三人の中では折れた腕を治すほどの回復魔法を使えるのはカイルだけだった。少人数編成で任務に当たるからこそカイルも体得していたが、普通に暮らす分には必要のない技である。マリィもそうだがハンターなんて仕事をしていても魔導器で代用できるので必須ではないのだ。
「なんで?」
「ん?」
「なんでって聞いてるの」
未だ俯いたまま治った腕を擦りながらマリィが聞いてくる。最初は何のことかわからなかったが、マリィがポツリポツリと言葉を繋ぐことでときどき行っていたマリィとの修練で本気でやらなかったことを責めていることに気付く。
「強くもないのにいい気になってる馬鹿を笑ってたの?」
「そんなことはない」
「じゃあ、じゃあなんでちゃんとやってくれなかったの?私は皆を守るためにいるの。そのためならどんな辛い修練でも受け入れられるの。なのになんで手を抜いたの?」
カイルが言い淀んでいるとマリィは更に続ける。そのときマリィがスカートの裾を握り締めているのに気付いた。
「どうせ最後は自分が出ればいいものね、さっきみたいに。取り敢えず自由にさせておけば文句言わないし、面倒じゃないものね」
マリィの声が震えている。
「そうじゃない。ただ屋敷を守るためなら今のままで十分だと思った。だから敢えてマリィの自信を傷付ける必要もないだろうと判断した」
「私は屋敷を守るだけじゃだめなの。皆を守れなきゃだめなの。アンタも含めた皆を。バモス様にも、アンタにもそう誓ったの。だから、それが私があそこにいて良い理由なの。そうじゃないなら私はいたら――」
そっとマリィの肩に手を乗せると一瞬跳ね上がったのがわかる。その肩は震えていて小柄なマリィがいつも以上に小さく見える。
「マリィがいたらいけない理由なんてないさ。皆が頼りにしてるし、私も当然頼りにしている。それじゃダメなのか?」
「……それは……でも、それじゃ――」
「獣人だとか亜人だとか混血だとか。そういうのが人の傍にいたらいけないとか言うんじゃないぞ」
マリィの肩に掛けた手に力を入れながら言うと途中で言葉を止めたまま俯いてしまう。
「ジイサンもそうだったし、私もマリィのことは家族だと思ってるんだが、それは迷惑か?」
「……そんなことない」
「ならお前がいていけない理由なんてないんじゃないか?」
マリィは「それは……」となにか言いかけたが黙り込む。
暫く待っていたがそれきり何も話さない。そんなマリィを眺めながらカイルが声を掛ける。
「とはいえ、マリィの覚悟を甘く考えてたのは言い逃れのしようがないよな。どうしたら私は許してもらえるかな?」
いつもならなにか買えとか言って絡んでくるのだがさすがに今回はそういうことはないようだ。
マリィの後ろにいるエミリアに視線で問いかけるがエミリアにもどうしたものかわからないらしく頭を振っている。
日が落ちてそれなりの時間が過ぎていたため辺りは段々と薄暗くなってきていた。取り敢えず車に戻ろうかと二人に声をかけて立ち上がろうとしたときに放しかけた腕を掴まれて驚いていると漸くぼそぼそとマリィが話し出す。
「……私は強くなりたい。皆を守れるくらいに強くなりたい。そのためならなんだってする」
「それはつまり、マリィを鍛えろと?」
俯いたままこくりと小さく頷く。
それを確認してカイルが再びマリィの前にしゃがみ打ち明ける。
「正直に言うと私はエミリアやエイダ、それにマリィも含めてあまり危険なことはさせたくないと思っている。特に警護をしてもらってるマリィには悪いんだけどそれが本音だ。それでも鍛えろと言うならちゃんと目を見て言ってくれるか?」
「私は強くなりたい。そのためならなんだってやる。だから私を強くしてください」
自分を見詰める視線に決意を感じた。暫く睨み合うように見詰め合っていたが今度は逸らすことことはなかった。
ふうと長いため息を漏らすとカイルの腕を掴んでいるマリィの手が一瞬だけ震えた。
「そうか。当然殺すつもりはないが、うっかり腕の1本や2本折ってしまうこともあるかもしれないけどいいのか?」
マリィは真剣な眼差しでこくりと頷き続ける。
「命を掛けてもいいやふぉっ――」
「そんなもん掛けるな」
カイルが手刀で額を軽く打つ。
「腕を折ろうが斬り飛ばそうが直ぐに直してやる。無理はするなとはもう言わんが命は何より大事にしろ。いいか?」
「はい」
よし、と満足したようにカイルが呟く。そして思い出したように付け足す。
「ああ、あとそれから。取り敢えずいつも通りに話さないか?」
「え……でも……」
「今更恥ずかしいなんて言わないよな」
「……ん。わかったにゃ」
マリィは一瞬迷ったあと元気よく応えた。
「よし、それじゃ明日から朝夕の食事前にしっかり鍛えてやる。今日のところはアレの頭を持ってこい。あと他の部位は中にある魔石を取ってこい」
先程打ち倒した魔王の鎧を指差して指示を飛ばすがキョトンとしている。
「頭はギルドに持ち込めば賞金に換金できるし、各部位の核になってる魔石も売っぱらえば結構な金になるんだ」
説明してやるとマリィは半眼をこちらに向けてくる。
「ご主人はケチ臭いにゃ」
「そうだな。その金で旨いもんでもと思ったんだが。あと欲しいものがあればと……いいなら放っておけば他のハン――」
「直ぐにとってくるにゃ!」
慌てて駆け出して回収に行くマリィを微笑みながら見送る。
やはりあれはああでなくてはと満足そうに頷いているとエミリアがおずおずと声を掛けてきた。
「……カイル様――」
「まあ大丈夫だろう。ああは言ったがマリィも弱い訳じゃない。今回の腕だって油断しなければ折られることもなかったさ。違うか?」
「はい、そうですね」
そっと肩に手を掛け笑顔を向けてやるとエミリアからも返ってきたのを確認してマリィを手伝ってやろうと共に歩き出した。
「はい、マイマスター」本編
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