婚約破棄フラグなど、叩き潰して見せましょう
「リーリア、きさまとのこんやくははきさせてもらう!」
「そんな!? なぜです、ヒースでんか!!」
「きさまがわがなをよぶな、このめぎつね!
マルレーンへかずかずのひどうをおこない、それをくちにするか!
しっているのだぞ! きさまがわたしのいないところでマルレーンにいやがらせをおこなっていたことを! しょうにんならびにぶっしょうもそろっている!
このようなぼうぎゃくぶじんなふるまい、おうけのものとしてみすごすわけにはいかん!」
それは突然始まった寸劇。
フォーサイス王国のとある式典で起きた悲劇。
式典に参加していた聴衆は、ただ、見守る事しかできなかった。
「では、でんかはどなたとけっこんするおつもりですか?」
「むろん、このマルレーンとだ。はくしゃくけではかくがたりぬが、そのていどなんとでもしてみせましょう」
事の起こりは王太子である第一王子、ヒース殿下の宣言である。
殿下は公爵令嬢リーリアと婚約をしていたのだが、突然、何の前触れも無しに婚約破棄を宣言。その理由として伯爵令嬢マルレーンへの非道な行いを指摘、数々の証言と物証を盾に正当性を主張。件のマルレーン嬢はヒース殿下の後ろに隠れるように付き添っている。
一見すると殿下の言い分は正当であるかのように見える。
だが、しかし。
「でんかのおっしゃりたいことはわかりました」
「おお、つみをみとめたか」
「しかし、マルレーンさまのなさりようもまた、せめられるべきであるはずです!!」
いくら非道な振る舞いをしようとも、婚約破棄とは簡単な事ではない。
そして、マルレーンにもまた、非はあるのだ。
「マルレーンさまはこんやくしゃのおらぬみですが、でんかはちがいます。わたしというこんやくしゃをもち、それはへいかによってきめられたおかた。
よって、みこんのマルレーンさまがちかづき、ことばをかわすのはふていにあたります。これはひなんすべきぶさほうでしょう。このわたしに、しょうめんからけんかをうっているのです。
そして、でんか。あなたもひとつかんちがいをなさっています」
「な、なんだと?」
「わたしたちのこんやくは、さきほどのべたとおりへいかがおきめになったこと。でんかにこんやくはきのけっていけんなどありません。
また、わたしとのこんやくはきがなったとしても、マルレーンさまが『わたしよりゆういである』こんやくしゃとならねば、おふたかたのなかはみとめられないでしょう」
攻守が入れ替わり、殿下はリーリアの言葉に翻弄され始める。殿下は打たれ弱いようだ。
「そしてなにより」
「な、なんだ?」
「このようなこうきょうのばで、それをせんげんしたのはおおきなしっさくです」
リーリアは自身の優位を示し、ゆっくりと、諭すように殿下に声をかけた。そして大きく腕を振り、殿下が周囲に目を向けるようにする。
「いま、このばででんかがおっしゃったことは、しゅういのものたちよりほうぼうへとかたられることでしょう。そうなればでんかのおんみもぶじではありません。さいあく、はいちゃくもありえます。マルレーンさまも、でんかをたぶらかしたつみをとわれるでしょう」
「そんな!!」
「でんかがしんにマルレーンさまをほっしたなら、このわたしとのこんやくをはきしたかったなら、まずはへいかに、ないみつにごいしをつたえるべきでした」
ここでリーリアは悲しそうに俯く。
ここに来てようやく自分の失策を理解したヒース殿下は、血の気が引いて蒼白になった顔を両手で覆った。マルレーン嬢がそんな殿下を慰めようとするが、その声は殿下に届かないようだった。小さく何か言っているが、マルレーン嬢に反応しているようには見えない。
最終的に、お付の騎士が殿下たちを会場の外へと連れ出した。
最後に、リーリアは去って行った殿下へ向けて手を伸ばす。
「さようなら、わたしのいとしいひと」
その言葉は、心からの悲しみを表していた。
パチパチ
パチパチパチパチ
オォォォーーーー!!
「素晴らしい、さすが殿下」
「いや、リーリア様の演技こそ讃えるべきでしょう」
「ここはもう、御二方どちらも素晴らしかった、でよろしいのではないでしょうか?」
「ええ、そうですね」
リーリアの最後の台詞を聞いた観客が拍手し、素晴らしい演技に対し惜しみない賛辞を送りだした。
今さっきまで行われていたのは、俺が監修した「悪役令嬢と婚約破棄」という少人数向けの演劇だ。陛下に「教育を目的とした娯楽を何か考えよ」と依頼されたので、無い知恵を絞って必死に考えたものである。いや、本当に苦労した。
ヒース殿下とリーリアは実際に婚約しているが、それを軽々しく破棄するとどうなる、というのを簡単にまとめてみたのだ。
ちなみに殿下とリーリアはともに六歳。よくもまあ、こんな悲劇を上手く演じてくれたものだ。二人の役者ぶりには脱帽だ。
台詞をとちったりしないようにカンペ要員を用意していたのだが、全く出番が無かった。実に将来が楽しみな二人である。
その二人はやり切った満足感からか、輝くような笑顔で周囲からの賛辞を受け取っている。
二人がこの劇の意味を正しく理解するのはもう何年か先の事だろう。今は言葉の意味をどこまで正しく理解できているのか怪しいといった所か。
けど、まあ。
これで2人が乙女ゲー悪役令嬢婚約破棄ネタを実演することも無いだろう?