Ⅰ
気づけば僕は布団の中にいた。
柔らかい毛布の感触。木目状の天井。まるで知らない場所だ。
僕は確か、子鬼との戦闘中だったはずだが、あの後どうなったのだろう。
上半身を上げ、周囲を見渡す。室内には畳が敷かれおり、正面には襖がある。
そこまではよく見る和室のそれだが、部屋に飾ってあるのもが厳かさを醸し出していた。僕の身長ほどある像や乳白色の壷など、高価そうなものが並んでいる。背面の壁には掛け軸が立てかけられ、達筆な文字でびっしり文章が書かれていた。
『あるところ、一人の法師来たりて、復魂神社にて神と相見なさる。法師が神から賜る重宝は二つ。一つは玉、一つは剣。しかと身につけたれば、天上の力を与えられん。されど、法師はどこぞの狗に銘々受け渡し、己はその栄華を破棄せんとす。法師は言う「小生の栄華は力になく、日常にあり」と。
神は狗に命じ、法師を捜索す。されど、法師はまやかしの人形を持て、狗の目をごまかし、果てには逃げおおせた。しかして、法師は去り、狗は神官として、今もここにいたり』
昔の書物の一説のような、そんな文章だ。何を意味しているか分からないが、人生訓や座右の銘のような類だろう。
見る限りこの部屋は、庶民が宿泊するような場所ではない。このまま寝ていて良いのか不安になってくる。
そこで、ふと思い出す。考えればこれはゲームによって装飾された映像だ。実際はただの客室という可能性もある。でなければ、僕がここに通されるはずもない。
そう思ったところで、襖がゆっくりと開いた。
「目を覚ましたようだね」
渋い声で話しかけてきたのは、その声に負けず劣らず渋い容姿の男性だった。年齢は四十過ぎといったところだろうか。彼は僕の隣に腰掛け、あぐらをかく。それが妙に様になっていた。
「あの……ここはどこでしょうか?」
「ここかい? ここは雲雀旅館。聞いたことないかい?」
僕がこの土地に越してきてすぐ、一度だけ泊まったことがある。こんな田舎に需要があるか知らないが、寂れているという事はなく、その時もそれなりに人が泊まっていた。管理も行き届いていた記憶がある。
「知ってます。一度、泊まった事があるので」
「おお! それは嬉しいね」
頬杖を付きながら、本当に嬉しそうに笑っている。
この人は何をしても格好がつくのか、笑ってる姿一つでも、独特の魅力があった。
「あの、それで僕はどうしてここに?」
「君、外のモンスターにやられたんだよ。それでここに運ばれた」
彼は笑顔で僕に語りかける。
「君らは運が良かった。僕の仲間がたまたま君たちを目撃してね。駆けつけてみれば、君の友人たちが必死に戦っていた。僕らが加勢して、その場は凌いだんだ。そして、君たち四人をここまで連れてきた」
「それじゃあ、他の三人は!」
「ああ、無事さ。何ともない。元気なもんさ。悠君はちょっと外へ出てるけど、秋ちゃんともう一人の女の子は旅館にいるから、後で会いに行くといい」
「良かったぁ」
それを聞いて僕は心から安堵する。どうやらみんな無事らしい。
「ありがとうございます。おかげで、命拾いしました」
僕は心底感謝して深く頭を下げた。
彼は、気にするなという感じで手を振る。
「いやいや、僕は何もしてないよ。感謝するなら、悠君と秋ちゃんにするといい。必死に君を守ったのは彼らだからね」
そう言って、ぼさっとした頭をかく。
終始笑顔の彼は物腰が柔らかく、とても接しやすい。
彼の人柄の良さが、短い間だが十分伝わってきた。そもそも僕たち四人を助け、しかも泊めてさえくれている。彼の器の広さを、感じずにはいられない。
「そういえば、こんな豪勢なところに僕は居てもいいのでしょうか?」
「豪勢?」
そこで少し笑ってから返答する。
「豪勢なもんか。ここはただの客間だよ。まあ、俺の祖父さんが私室代わりに使ってたから、置いてあるものは一端だけどね。こんな時だし、気にすることはないよ。自由に使っていいさ」
そう言ってから、その人は立ち上がった。
「まあ、君が元気そうで何よりだ。――ここは外と違って安全だから。ゆっくりするといい」
そう言って襖に手をかける。
「あのーー名前を聞いても、いいですか?」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前は鮫島透。ここの旅館の、一様、館長をしてる」
「僕は快斗――門倉快斗です」
そして鮫島さんは、部屋を出て行った。
その後、僕は鮫島透という名前をどこかで聞いたことがある気がして、ひたすら思いだそうと頭をひねり続けた。