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「快斗!無事?」


 続けて聞こえてくる女子の声。

 それに合わせて、僕の頭上を銀の軌跡が過ぎる。同時に、子鬼の叫び声が何十にも重なって消えた。

 流れるような長髪に、すらっと伸びる長身。巫女姿に身を包んでいるものの、彼女はもう一人の親友、秋に他なら無かった。


 僕は二人に思考して伝える。


『大丈夫』


 彼らは僕を守るように、紅鬼の前に立ちふさがった。それぞれ、煌びやかな剣と槍を所持しており、それを構え、紅鬼と対峙する。


「快斗! スタンが解けたら走り出せ! そこで倒れてる子も、俺たちに構わず走れ!」


 そう叫んだのも束の間、重く響く金属音が聞こえ始めた。

 紅鬼と打ち合っているのだろう。僕は起きあがることもできないため、親友の勇姿を見ることすらままならない。


 自分の無力さを噛みしめながら、スタンが解けるのを待つ。

 じっと耐える事数秒、スタンの文字が点滅し、消え去る。僕はすぐさま飛び起き、走る。だが、そばに横たわる彼女は、未だ動き出すそぶりがない。

 少女に駆け寄り、身体をゆさぶる。だが、返答はない。


「何してるの快斗! そこでもたもたされると、こっちも危険なの!」

「この子、意識がない!」

「なんだって?」


 紅鬼の猛攻を受けつつ、悠が一瞬こちらをみる。


「担いでいけ!」

「ダメよ!」


 秋が叫ぶ。


「担ぎながらじゃ、逃げきれない。子鬼に囲まれる!」


 今、周囲に子鬼の陰が無いのは、悠たちに殲滅されたからだ。逃げた先に子鬼がいないとも限らない。

 彼女を担いだまま、子鬼に捕まれば逃げ場を失い、そこで終わりだ。紅鬼に殺される前に、子鬼に殺される。

 悠たちの援助無しで、ここから離脱できるだろうか。紅鬼がいる以上、悠たちは奴を止めるのに手一杯だ。逃げるのに彼らの手は借りられない。


「あの子が眼を覚ますまで……持ちこたえられる?」


 苦しい表情で、秋が叫ぶ。紅鬼の攻撃は時間を経るごとに苛烈さを増している。


「それは、ちと、厳しいな」


 悠は顔を歪めながらも、紅鬼の一際重い一撃を受ける。

 すると、鮮血の巨人は攻撃を唐突に打ち切り、両手で持った鉄塊を頭上高く掲げた。腕の筋肉が隆起し、高熱を放射する。

 危険きわまりないスキル【鬼岩槌】の予備動作だ。僕は素早く二人に思考を送信する。言葉で発するより早く、彼らの脳内に情報として直接届く。


『二人ともその攻撃は危険だ! 何とか避けて!』


 悠と秋は各々スキルを発動。彼らの頭上にスキル名が表示された後、光を伴った敏速の刃が放たれる。彼らはその一撃をもって紅鬼の身体を切りつけ、スキルの停止を狙う。


 だが、紅鬼は意にも返していない。そのまま、構えを解く様子はない。


『早く避けて!』


 僕は二人に思考を飛ばしてから、紅鬼に炎を放つ。灼熱の炎球は鬼の額へ一直線に飛んでいき、奴の顔面もろとも焼きつくした。しかし、紅鬼に揺るぐ様子はない。 


 だがその状況の中で、僕はもう一度確かに見た。たった一秒にも満たない間に、上部のHPゲージとは異なるゲージが現れた事を。それは全体の三分の一までメモリが減っていた。

 僕は彼女の襟を掴んで引きずり、正面に紅鬼を見据え後退する。右手は紅鬼に向けて掲げたままだ。


 僕の考えが正しければ、あの小さいゲージが今の状況を打破するはず。


 そこで悠が呼びかけてくる。


『快斗、逃げろ!』


 悠と秋はスキルの停止を諦め、紅鬼の死角ぎりぎりに退避している。

 一人で逃げる訳にはいかない。彼女はまだ意識を失っている。


 唐突に、紅鬼が身体を捻った。構えを解かず、そのまま悠の方へ向きを変える。奴は悠を狙っている!


 紅鬼の予想外の動作と同時に、僕のスキル待機状態が解ける。すぐさま、【炎球】を発射。

 巨人の頭部側面に拳大の炎が衝突し、火の粉が周囲に飛び散る。


『break!!』


 炎の衝突と同時に、脳内に音声が再生される。紅鬼は呻きながら、体制を崩した。そのまま【鬼岩槌】は不安定な体制のまま放たれる。宙を仰ぐように振るわれた攻撃は、殺傷力を持たず空振りに終わった。


『快斗、援護助かった!』


 悠と秋は僕と紅鬼の間に割って入る。


『もう十分よ! 逃げて!』


 二人は僕に背を向けると、紅鬼と対峙した。


『いや……僕はここに残る。ここで、紅鬼を倒す』


 言葉が伝わった直後。二人は動きを止め、僕を見た。

 紅鬼は未だ立ち直れないのか、反撃する様子がない。

 僕は彼らを一瞥してから、微動だにしない少女に、手持ちの回復薬を全てそそぎ込む。


『何言ってんだ? こいつがどれだけ危険か分かってるか?』

『理解してる、つもりだよ。でも、そうするしかないんだ。この子――彼女は衰弱してる。意識を取り戻しても、歩ける保証がない。彼女を助けるには、紅鬼をどうにかするしかないよ』

『分かってないわ。これは遊びじゃないの。命がかかっているかもしれないのよ?』


 秋が眉を寄せ、険しい視線を向ける。


『ごめん……でも、彼女を見捨てたくない』

『そんなにそいつは、お前にとって大切なのか?』

 冷ややかな視線で、悠は僕に問いかけてくる。

『……』


 秋もまた、沈黙をもって僕に問いかける。

 彼女は命をかけるほどの人間なのかと。

 僕は親友たちが彼女を見捨てる事を選択肢に入れている事に、少しばかりショックを受ける。


 彼らはこんなにも厳しい人間だったろうか。このゲームが始まって、彼らは変わってしまったのか。

 始まってたった一日。されどその一日で、実際に僕は母を失いかけている。悠たちの身に人生観を変える何かがあっても、不思議ではない。

 それとも、今の悠たちが本当の姿で、僕は今まで彼らの事を理解していなかっただけ、なのだろうか。


 彼らの視線を正面から受ける。それでも……僕は強い意志を持って応える。


『彼女が誰だか僕は知らない。全く知らない子だ。……だけど、僕はこれ以上、誰かを置いて逃げたくない。絶対に』


 二人を見据え強く伝える。

 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


「こんな状況でも、快斗は変わらないな。なんだか少し安心した」

「こうなった快斗は、もう何を言っても無駄だから。しょうがないわね」


 悠たちはそれだけ言うと、すぐ向き直り、紅鬼へ武器を構えた。

 紅鬼は長いひるみ状態から復帰したようで、迫る悠たちに向け、無骨な武器を振るう。


『ごめん……二人とも』 

『謝らなくていい。お前と何年友達やってると思ってるんだ? そのぐらい覚悟の上さ』

『まあ、私はあとで甘いもの奢ってくれたら、許してあげる!』


 二人は普段と変わらない調子で、そう告げる。

 彼らの言葉に僕は少なからずほっとした。


『……それより、こいつを倒す勝算はあるのか?』


 悠が僕に問いかける。


『決め手になるか分からないけど……あるよ』


 思考を通じ合わせている間も二人は慣れた手つきで、リズムよく紅鬼にダメージを与えていく。悠が打撃を受ければ、秋が攻撃に徹する。秋が守りに入れば、悠が攻勢に転じる。お互い、息のあったコンビネーションで確実にダメージを蓄積していく。ARゲームを何度もプレイしていただけある。ある程度勝手が分かっているのだろう。


 だが、残念ながら奴の上部に表示されたHPは、まだ八割ほども残ったままだ。


『……多分、このゲームの魔物には部位ごとにそれぞれHPが設定されてる。さっきの『Break!!』って音声は、部位破壊に成功した時に再生されるんだと思う。だがら、一つの部位を集中狙いして、HPを削りきれば、こいつの動きを鈍らせることができるかもしれない』

『なるほどな。鈍ってるところを攻撃すればいいってことだな』

『確かに、それは一理あるわね』


 二人は納得したように思考する。


『快斗、作戦は分かった。だが、短期でこいつを落とせなかったら……その時は……分かってるな?』


 悠は僕に釘をさす。時間をかければ、それだけ子鬼が湧く可能性が出てくる。それは、紅鬼だけに集中していられなくなる事を意味する。

 つまり、短期で倒し切れなければ彼女は見捨てる。そう悠は言っているのだ。


『分かった。その時は悠に従う』


 そう思考して間もなく、紅鬼の荒々しい咆哮が周囲に響き渡った。遠方に子鬼が複数匹出現する。

 紅鬼は二人がかりでないと押さえきれない。子鬼は僕が相手をするしかない。


『子鬼は僕が対処する!』

『頼む。これは、骨が折れるな』

『骨が折れる前に、心が折れそう』


 二人が紅鬼に果敢に挑んでいく姿を視界の端に捉えつつ、僕は子鬼に向かい合う。

 数は五匹。森で何度も戦闘を繰り返した相手だ。行動パターンは読めている。


 子鬼は僕を視界に入れると、牙をむきだし威嚇してきた。すると、弾丸の如き早さで突進してくる。

 僕は子鬼が間近に迫るまで待ってから、スキルを発動する。

 彼らには遠距離から攻撃を当てらない。できるだけ、引きつけてから炎をぶつける必要がある。


 左に一発、時間を空けて正面に一発。

 炎が破裂し、二匹の子鬼が爆散する。しかし、残った子鬼が怯まず押し寄せてくる。

 それを紙一重で避け、振り向き様に【炎球】を発動。もう一匹を消し炭にする。


 幾度かの攻防を繰り返し、子鬼を片づける。

 紅鬼に視線を戻すと、懲りずにスキルの予備動作にはいったところだった。

 だがそのスキルは『Break!!』という音声と共に消え去る。

 鉄塊は地面を緩やかに撫でるだけで終わり、そのまま紅鬼の手から放れ地面に落下した。


「ガァァァァァァァァァァ」


 何度も技を遮られ、紅鬼は怒りの咆哮を上げる。

 すると、それに呼応するように、十匹以上の子鬼が一斉に出現した。


 冷や汗がにじむ。五匹でぎりぎりなのだ。それ以上となると防ぎきれる自身がない。

 しかし、そんな憂いは子鬼達には関係ない。子鬼は容赦なく、僕に向かってくる。

 いや、数匹は気を失っている彼女の方へ向かっていった。


 そこで、とっさに【喚き】のスキルを発動。耳を聾する高音が放たれる。一斉に赤い眼孔が僕を見る。


「くそっ!」


 僕はそう声を荒げながら、半分やけくそに子鬼の群に突っ込んだ。

 

 がむしゃらに戦闘を繰り返すこと、数分。自身のHPを二割までに減らしながら、いまだ子鬼を殲滅しきれずにいた。


 横たわる彼女を、子鬼達から隠すように立つ。

 体中が痛み、集中していなければ倒れそうになる。やはり、子鬼といえど侮れない。噛みつかれ殴られれば、予想を超える痛みが襲ってくる。

 立っていられるのは、彼女を守らなくてはならない、その思いあってのことだ。今、僕は気力だけで立ち続けている。


 子鬼はそんな僕を待ってくれるはずもなく、プログラムされたパターンを繰り返す。

 目の前にいる獲物に飛びつき、食らいつく。それのみが、彼らの存在理由なのだ。


 四方から僕に飛びかかってくる。僕は何度となく繰り返した方法で、彼らに攻撃を加える。もはや、思考することは無く、身体の動くままに彼らと死闘を繰り広げる。


 ぼやけた視界越しに、牙が迫り来ってくる。

 ほんの数秒意識が飛ぶ。すると、僕の視界はいつのまにか一面の土色になっていた。どうやら、僕は倒れ地面に伏しているらしい。



 悠と秋……ごめん。せっかく、助けにきてくれたのに、どうも僕はここで終わりみたいだ。

 名も知らない彼女。君を守りたかったけど守れなかった。無力で僕を許してほしい。

 そして、母さん。結局、助けにいけなくてごめんなさい。


 そんな懺悔を最後に、僕の意識は暗転していく。意識を失う直前、複数の足音が近づいてくるのが聞こえてきた。


 悠と秋が生きてたのか。良かった。

 最後に僕はそう安心して眠りについた。


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