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一日経っていませんが投稿します。

「快斗にとって、大切なことは何だい?」


 読書に熱中していた僕に、父は語りかけてきた。小学生に成り立ての僕には、難易度の高い質問だ。咄嗟に手元にある物を掲げる。


「ほん」

「本か、なるほど。さすが僕の息子だ」


 そう言い、父は僕の頭をなでる。


「父さんは?」

「ん?」

「父さんにとって大切なことって、なに?」

「そうだなぁ……たくさんあるな。家族、友人、仕事。どれも、父さんにとって掛け替えのないものばかりだ。だけど……」


 無精髭をさすりながら、険しい表情で窓の外を見つめる。


「自分にとって真に価値のあるもの。僕はそれを、未だに見つけられないでいる。僕は人生をかけて探し続けているんだ。自分を体現する、本当に大切なものを」


 僕は何の話かまったく理解できず、ただ首を傾げるしかなかった。


「快斗には難しかったな」


 その父の笑顔がどこか寂しそうで、僕はただ悲しかった。




「お父さんはね。幸せだったのよ」


 母は父の眠る墓の前でそう呟いた。


「満足そうな顔で眠ってたわ。死んでるなんて思えないくらい……」


 中学生の僕は、どう返事を返せばいいかわからず、ただ沈黙していた。未だに実感できない父の死を噛みしめるために、僕自身必死だったのかもしれない。


「快斗と同い年だってね。お父さんに助けられたのは」

 

父は少女をかばった事で、車に跳ねられたらしい。少女は無傷。父が身を呈して守ってくれたおかげだという。


「親戚の人たちは無責任だって言うの。お父さんのこと。他人を助けて死んじゃったら、お母さんや快斗はどうするんだって。でも、お母さんは誇りに思うの。お父さんの行為は、誰だってできる事じゃないもの」


 じっと墓を見つめる母。僕はそんな母が、自分の母であってくれた事にひたすら感謝した。

 





 切なさと優しさが混在した、あたたかな感情を抱いたまま、僕は現実へと舞い戻る。

 ひんやりとした冷たい感触を肌に感じ、ふと目が覚めた。見渡せば自分を覆うように土壁が、そり立っていた。


 がむしゃらに逃げまどった結果、足を踏み外しこの窪地に落下したのだろう。この天然の落とし穴のおかげで、僕は魔物に襲われずに済んだようだ。メインウィンドウに表示されている時計のアイコンを見れば、今が朝の十時だと分かる。


 思考が鮮明になってくると、風景の違和感や環境音に混じって聞こえるBGMに気付く。

 見たこともない黒木に、うっすらと赤みがかった空。BGMに時折加わる尺八の音が、周囲の雰囲気を一層不気味なものに感じさせる。

 僕の服装は学生服だったはずだが、それすら灰色の袴に変わってしまっていた。


 今、目の前に広がる情景は、僕が三年間生活していた場所とは似ても似つかない。

 昨夜の出来事が現実に起こった事だと実感するのには、十分な変化だった。


 そう、僕は……母を置いて逃げ出した。大切な母を見捨ててきた。僕は母を助けずに走り出して、ここにいる。 

 しかも、助けを求めていたのは母だけではない。ここにたどり着くまでに、襲われている人を大勢目撃したが、僕は誰にも声をかけず、一人で逃げ続けた。


 恐怖にかられ、大事なことを見失った。母が思い父が信じた生き方とはまるで違う。

 僕は父のように生きると決めたはずだ。なのに、自分の信じた正義を貫くことが、一切できなかった。


 鬼へしがみつきながら必死に叫んでいた母の声が、いまだ脳裏に残響となって残っている。

 後悔が急速に押し寄せてくる。今、ここに座っていることが、どうしようもなく苦痛で仕方ない。

 昨夜、唐突に訪れた鬼の襲撃。記憶を辿れば、あれがゲームの始まりであったに違いない。


 ゲームにしては明らかにリアルな痛み。その記憶が、ゲームであれば母は生きている、という安直な考えを破棄させる。

 僕は震える手を見つめ、強く握りしめる。

 危険だとは分かっている。母が本当に生きているかも分からない。それでも僕は、母を救いに行く。それ以外に道は無い。


 そう決意した直後、強ばっていた身体は少しばかり解れ、止まっていた思考はゆっくりと動き始めた。


 母を助けるためには、まずこの森を抜ける必要がある。

 僕は慎重に窪地から顔を出し、周囲の状況を確認する。遠くに動く陰が見える。だが、近くに魔物のいる気配はない。


「今から行くよ……母さん」


 そう決意の言葉を発して、僕は窪地から飛び出した。

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