Ⅲ
祭りの準備は滞り無く終わった。いや、終わってしまったと言ったほうがいいだろう。これでもう、後に引けなくなった。
僕は神主のじいさんにいたく気に入られたせいか長時間拘束され、結局帰路に付けたのは夜の21時過ぎだった。
疲労困憊とはこのことだろう。体が重く全身に力が入らない。肉体労働はさしてしていないが、長期の精神的苦痛が響いたようだ。
デジタル化の流れの中でなお、祭りなどのイベントはデジタル化しない。風情を感じさせる物はいつだってアナログだ。
そう、この疲労もまた、アナログさ故の事だろう。
そう思うと少しだけ気が楽になる。明日の祭りは頑張ろう……とは到底思えないが。
夜風を受けながら、街灯がほとんどない田園道をひたすら歩く。空を見上げれば東京とは比べものにならない星空が見える。
ここ、群馬県に越してきたのは三年前。父が他界したため、母の実家があるここ清市へ越してきたのだ。
全てが効率的で忙しなく動く東京と違って、群馬県は時間の流れが緩慢だった。豊かな自然に囲まれ、穏やかな時間を過ごせる。
僕はここをかなり気に入っていた。もともと競争には向かない性格である。ゆっくりしている方が、性に合っていたのだろう。
友達に恵まれたのも大きい。越してきてすぐ、悠と秋に出会った。転校してきて間もない頃は、なかなか周囲と馴染めず、苦戦していた。そんなところを、秋と悠が声をかけてきてくれたのだ。
後になって分かった事だが、悠も秋も転校生で、あまり周囲と馴染めていなかったらしい。それもあってか、孤立気味の僕に声をかけたのだという。今では二人とも無二の親友だ。
空を見上げながら歩くこと数十分。気付けば田園を抜け、家に到着していた。
「ただいま」
「お帰り。今日は随分と遅かったわね」
「祭りの準備を手伝っててね」
「あら、天犬祭ね。もう、今年もそんな時期なのね。また、秋ちゃんの可愛い姿が見れるのかしら」
「そうだといいね」
僕はできるだけその話題を広げないよう、素っ気なく返す。
「去年、あそこの神主さん。秋ちゃんの巫女姿を見るために生きてるって、豪語してたわよ。なんだか、孫の晴れ姿見るために、お祭り開いてるみたいね」
母は楽しそうに話し続ける。
「二階に上がってるね」
僕はそそくさと、その場から退散する。変に話題をふられて、ぼろが出たらまずい。
「もうご飯できてるからねー」
「分かったー」
そう言って自分の部屋を開けた。
古本の香りが鼻を通る。荷物を置き、ベットに横になる。
やはり自分の部屋は落ち着く。本棚には、父から貰ったものを含め数百冊の本が敷き詰められている。この部屋には本棚以外にはベットがあるだけ。このデジタルな時代に……いや、時代は関係ないかもしれない。そもそも、若者にしては珍しい部屋だ。
「んーーっ」
伸びをすると、一気に眠気が襲ってきた。
視界がぼやけ思考が混濁し始める。ご飯はまた後で食べよう。そう、最後の意志が砕けたところで、脳内に着信音が響いた。
「ぐっ」
頭が強制的に覚醒する。神主さんからメールが送られてきた。
『明日は期待しておるぞい』
可愛い巫女の絵文字と共に、ポップな文面が表示された。神主さんの濃い顔に笑顔が張り付いていることが、この文章から容易に想像できる。
『お手柔らかに』
そう簡素にメールを返し、僕はまたベットにつっぷした。