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 僕は焦燥に駆られ、何度も彼女に問う。


「――いない?」

「いいえ、いません!」


 僕は森の中にいた。結菜ちゃんが剣を拾った近辺で、僕らは悠の姿を探していた。

 悠は定期注射を敬遠していた。だから、彼の体内に流れる『v-gel』の量は、他人に比べ極めて少ないはずだ。

 昏睡状態を保つため、『v-gel』がある程度稼働していると仮定すれば、機能停止して塊となる量はかなり少なくなるはず。

 死に至るまでに、他人より時間が掛かるのは確実だ。だが、もう悠と別れてから二十四時間が経っていた。生きているかどうかは賭けだ。

 そもそも、僕たちの推測が正しいかも分からない。そして、『復魂の水』が透過しているプレイヤーに使えるかどうかも。


 あまりにも淡い可能性。積み重ねてきた仮定の内、一つでも違えていれば、悠を救うことはできない。

 僕らが紡いだ希望は、あまりに脆く危うい。運命が少しでも気まぐれを起こせば、僕らに待っているのは虚無だ。救いのない世界だ。だが、それでも進むしかない。その先に幸せがあると信じて。

 悠を見つけれるのは彼女だけ。何もできない自分に歯がゆさを感じる。


「あの木の下! 腕みたな物が見えます」


 必死の形相で指さす。僕には何も見えない。


「悠かもしれない!」


 僕は指した先の木の葉をかき分ける。


「人です! 悠さんだ!」


 結菜ちゃんはその場に座り、僕には何も見えない空間を凝視する。 


「悠は! 悠は生きてる!?」


 僕は叫ぶ。心臓の鼓動が高まる。

 悠、生きててくれ。





「悠さん……胸が動いてる! 生きてます!  まだ死んでません!」

「生きてた! 生きてたんだ!」


 僕は嬉しさのあまり、涙が溢れる。悠は生きてた。生きていてくれた。

 僕達は彼の命を掴みかけている。あと少し。あと少しで彼を救える。


「『復魂の水』を使えるか試して!」

「分かりました!」


 結菜ちゃんは即座に、『復魂の水』を取り出す。


「問題ないです! 悠をプレイヤーとして認識できています!」


 掴んだ。僕らは彼の命を掴んだ。


「すぐに使用して!」

「でも、生け贄する対象は……」

「もちろん、僕だ!」

「魂の一部を取られるって、もしかして快斗さん!」


 彼女は鬼気迫る表情で、僕を見た。それに僕は答える。


「大丈夫、死なない! 死が代償なら魂の全てを奪うと明記するはずだ! 死ななければどんなコストだろうと、僕は支払う覚悟でここにいる!」

「でも……」

「いいんだ! 僕が犠牲になって彼を救えるなら、本望だ!」

「分かりました」


 僕の覚悟が伝わったのか、彼女は『復魂の水』使用する。

 その瞬間、僕の周囲から青白い靄が噴出した。それは僕を取り巻き、僕の右目に殺到した。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 今まで味わった事のない苦痛が、僕の眼球を焼いた。まるで、灼熱に燃える棒で眼窩を撫でられているような、あらがいようのない痛みが走る。

 神経が悲鳴を上げ、思考が飛び、のたうち回る。しかし、そんな悪夢のような痛みも、数分で収まり始めた。


「快斗さん! 快斗さん!」


 痛みが引いてから、彼女が叫んでいる事に気づく。先ほどからずっと呼び続けていたようだ。瞼が再び涙で濡れている。僕は何とか彼女に思考を送る。


『もう、痛みは引いてきたから。大丈夫だと思う』

「大丈夫そうに、全く見えません!」


 そんな不安でいっぱいの彼女を見た瞬間、僕は自分の身体の不調に気づいた。右目がまるで見えていない。全く、見えていない。

 これが人を生き返させる対価。奪われたのは、右目の視力。

 だが、今はそんな事はどうだっていい。確認すべきことがある。


『悠は? 悠はどうなった?』


 そこで結菜ちゃんは振り向いた。そして僕も悠を見た。見ることができた。そして、彼はむくりと起きあがった。


「あれ、俺。何でこんなとこで寝てんだ」


 悠のいつも通りのとぼけた声と、あまりにも場違いな表情に僕は感極まる。


『良かった。良かったよぉ』

「どうしたんだよ。気持ちわりなぁ」


 こうして、悠は生還した。

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