Ⅳ
僕は焦燥に駆られ、何度も彼女に問う。
「――いない?」
「いいえ、いません!」
僕は森の中にいた。結菜ちゃんが剣を拾った近辺で、僕らは悠の姿を探していた。
悠は定期注射を敬遠していた。だから、彼の体内に流れる『v-gel』の量は、他人に比べ極めて少ないはずだ。
昏睡状態を保つため、『v-gel』がある程度稼働していると仮定すれば、機能停止して塊となる量はかなり少なくなるはず。
死に至るまでに、他人より時間が掛かるのは確実だ。だが、もう悠と別れてから二十四時間が経っていた。生きているかどうかは賭けだ。
そもそも、僕たちの推測が正しいかも分からない。そして、『復魂の水』が透過しているプレイヤーに使えるかどうかも。
あまりにも淡い可能性。積み重ねてきた仮定の内、一つでも違えていれば、悠を救うことはできない。
僕らが紡いだ希望は、あまりに脆く危うい。運命が少しでも気まぐれを起こせば、僕らに待っているのは虚無だ。救いのない世界だ。だが、それでも進むしかない。その先に幸せがあると信じて。
悠を見つけれるのは彼女だけ。何もできない自分に歯がゆさを感じる。
「あの木の下! 腕みたな物が見えます」
必死の形相で指さす。僕には何も見えない。
「悠かもしれない!」
僕は指した先の木の葉をかき分ける。
「人です! 悠さんだ!」
結菜ちゃんはその場に座り、僕には何も見えない空間を凝視する。
「悠は! 悠は生きてる!?」
僕は叫ぶ。心臓の鼓動が高まる。
悠、生きててくれ。
「悠さん……胸が動いてる! 生きてます! まだ死んでません!」
「生きてた! 生きてたんだ!」
僕は嬉しさのあまり、涙が溢れる。悠は生きてた。生きていてくれた。
僕達は彼の命を掴みかけている。あと少し。あと少しで彼を救える。
「『復魂の水』を使えるか試して!」
「分かりました!」
結菜ちゃんは即座に、『復魂の水』を取り出す。
「問題ないです! 悠をプレイヤーとして認識できています!」
掴んだ。僕らは彼の命を掴んだ。
「すぐに使用して!」
「でも、生け贄する対象は……」
「もちろん、僕だ!」
「魂の一部を取られるって、もしかして快斗さん!」
彼女は鬼気迫る表情で、僕を見た。それに僕は答える。
「大丈夫、死なない! 死が代償なら魂の全てを奪うと明記するはずだ! 死ななければどんなコストだろうと、僕は支払う覚悟でここにいる!」
「でも……」
「いいんだ! 僕が犠牲になって彼を救えるなら、本望だ!」
「分かりました」
僕の覚悟が伝わったのか、彼女は『復魂の水』使用する。
その瞬間、僕の周囲から青白い靄が噴出した。それは僕を取り巻き、僕の右目に殺到した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
今まで味わった事のない苦痛が、僕の眼球を焼いた。まるで、灼熱に燃える棒で眼窩を撫でられているような、あらがいようのない痛みが走る。
神経が悲鳴を上げ、思考が飛び、のたうち回る。しかし、そんな悪夢のような痛みも、数分で収まり始めた。
「快斗さん! 快斗さん!」
痛みが引いてから、彼女が叫んでいる事に気づく。先ほどからずっと呼び続けていたようだ。瞼が再び涙で濡れている。僕は何とか彼女に思考を送る。
『もう、痛みは引いてきたから。大丈夫だと思う』
「大丈夫そうに、全く見えません!」
そんな不安でいっぱいの彼女を見た瞬間、僕は自分の身体の不調に気づいた。右目がまるで見えていない。全く、見えていない。
これが人を生き返させる対価。奪われたのは、右目の視力。
だが、今はそんな事はどうだっていい。確認すべきことがある。
『悠は? 悠はどうなった?』
そこで結菜ちゃんは振り向いた。そして僕も悠を見た。見ることができた。そして、彼はむくりと起きあがった。
「あれ、俺。何でこんなとこで寝てんだ」
悠のいつも通りのとぼけた声と、あまりにも場違いな表情に僕は感極まる。
『良かった。良かったよぉ』
「どうしたんだよ。気持ちわりなぁ」
こうして、悠は生還した。




