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「やだ! やだよっ!」


 社は悲鳴と慟哭で満ちる。


「こんなことって……」


 あまりの絶望に嘆き苦しむ。


「わしは……わしは認めんぞ」


 彼らは揃って、食い入るように画像を見ていた。それは結菜ちゃんが『心眼』を発動した状態で、社の広場を撮影したもの……



 そこには、複数の死体が写っていた。



 死んだプレイヤーは、透明となりプレイヤーから見えなくなる。僕の予想は完璧に的中した。

 二四時に環境データは更新される。それに伴い、落ち葉が消えて無くなるのを僕は見ていた。死んだプレイヤーも同様に、二十四時を過ぎると見えなくなるのだろう。

 見つからない行方不明者や異様な死体の少なさも、それで全て説明がつく。


 旅館で死体を見たせいか、死体が見えると思っていた。だが、それは間違いだった。僕の推測が正しければ、今現在旅館の離れにある死体は、全て見えなくなっているだろう。

 離れの鍵は、鮫島さんが所持していたはずだ。離れを確認するには鍵を探すか、もしくはドアを壊して入るほかないだろう。


 社の周辺に倒れている死体は、祭りの準備に来ていたと思われる人々や旅館のメンバーなど、合わせて十人以上にも及んだ。

 彼らに対し、『復魂の水』(クエスト報酬)が使える訳もなく、彼らの死は無慈悲に僕らに突きつけられた。


 そしてその死体の中には、鮫島さんの姿もあった。

 秋のおじいさんは、鮫島さんが倒れているだろう場所に向かって嘆く。


「倅よ……死ぬには早すぎる。奥さんは……どうするつもりじゃ」


 こぼれ落ちる涙をそのままに、彼は鮫島さんを触ろうとするが触れることができない。

 視覚情報だけでなく、触覚情報も操作されている。結菜ちゃん無しでは、鮫島さんを感じる事はできない。


「なんでじゃ! なんでじゃぁぁぁぁ!」


 おじいさんは乱暴に地面を何度も殴る。


「おじいさん! やめて下さい!」

「止めんでくれ! 頼む!」


 暴れるおじいさんをおばあさんは必死に止める。その背後では秋が、生気を失ったように立っていた。


「私のせいで……私のせいで……」


 秋はうわごとの様に、その言葉をひたすら繰り返す。

 凄惨な光景を前に、誰もが打ちひしがれている。誰もが心を砕かれている。

 僕らは彼らを蹴飛ばしながら、彼らの安否を案じていた。彼らの眠る横で、幻天狗撃破に高揚していた。それが頭にまとわりつき離れない。僕らがしていたことはあまりに……あまりに滑稽すぎる。


 ゲームの支配者のせせら笑いが聞こえる。死人が目の前にいるのに、君たちは何を喜んでいるんだろうねと、嘲笑している。好きなだけ希望を持てばいい、そうすれば地獄を見ることはないのだからと、蔑んでいる。

 あまりの醜悪さに僕は吐き気を催す。


「こいつを考えた奴は舐めてる。人間を馬鹿にしている」


 僕は拳を強く握りしめ呟いた。


「こんなの認める訳にはいかない。絶対に許さない」


 僕の拳から紅い液体が流れ落ちる。そんなことはかまわず僕の指は、手のひらに深く食い込んでいく。

 喚いても否定しても、事実は変わらない。何も変わりはしない。そんな事は分かっていても、喚かずにはいられなかった。


「快斗さん……」


 涙で腫れあがった目を擦りながら、結菜ちゃんは縋るように僕に聞く。


「何とかならないんですか! 幻天狗の時みたいに、どうにかできないんですか! 助けられないんですか!」


 そんな彼女を前に、僕は激昂する。


「僕だってどうにかしたい! どうにかしたいよ! でも、どうしろって言うんだ……みんな死んでる。死んでるんだ! 死んだ人間を救う事はできないんだ!」


 涙が止まらない。救いたかった人は救えず、助けたかった人は死んだ。もう、僕にできることはない。

 そう諦めかけた時、僕の頭に彼の言葉が蘇った。



『もし、誰かを救いたいと思うなら、常により多くの可能性を考慮しておかなければならない。そうでなければ、僅かな救いすら取りこぼす羽目になる』


 

 救いはあるのだろうか。この状況で。救いなんて呼べるもの、存在するのだろうか。

 そんな疑問に呼応するように僕の中に蠢く、正義が呟いた。


 

 救いの有無は関係あるのか?



 僕は、はっとする。救いがあろうとなかろうと、貫き通すのが正義だ。

 僕はまた大きな過ちを犯す所だった。諦めるのは、死んでからで十分だ。


「ごめん、結菜ちゃん。また、弱気になってたみたいだ」

「快斗、さん……」

「まだ、できることがあるかもしれない。協力してくれるかい?」


 その言葉に彼女は目を丸くし、そして涙をこぼしながら何度も頷いた。


「でも、いったい何をすれば……」

「まだ、僕らはプレイヤーの死や透明化の原理について、明確に理解できていない。だから、そこをまず明らかにする。お互いに情報を共用して、情報に漏れが無いか考えるんだ」

「分かりました」


 そう発してから、彼女の瞳に力が宿る。彼女は芯に強い人だ。だからこそ、この状況下においても、平常でいられるのかもしれない。周囲を見ればみな、一様に取り乱している。僕らだけで考えるしかない。

 そして僕はまず、結菜ちゃんにプレイヤーが死に至る原理の大まかな概念を説明した。


「鮫島さんによれば、機能停止した『v-gel』が大きい塊になって、それが心臓や肺の血管に詰まることで死ぬと言ってた」

「なるほど。つまり、『v-gel』が死の原因なんですね」

「そう。それ以外、考えられないらしい」

「でも、こればっかりは確認しようが無いです。私たちは専門家じゃないから、その事実が正しいか判断できません」

「そうだね。死亡するまで時間が掛かるからだって、鮫島さんは言ってた。けど、根拠にしては甘すぎる」

「死ぬのに、どれくらいかかるんですか?」

「八時間から十時間って言ってたな」

「そういえば、その間は昏睡状態なんですよね? その時に昏睡状態を保つには『v-gel』は必要なんですか?」

「必要だろうね。脳の信号をシャットダウンするために、最低限の『v-gel』だけは稼働してると思う」


 僕は推測に推測を重ねた答えを、結菜ちゃんに話す。明確な情報がほとんどない。でも、今は話をすすめるしかない。


「じゃあ、もう一つ質問なんですけど。夜の二十三時にプレイヤーとして死んだ場合、二十四時を過ぎても昏睡状態なだけで、生きてるってことですか?」

「そういう事かな。多分、ゲームとして死んでいることが、透明化の条件だと思う。あくまで個人的な意見だけど」

「じゃあ、快斗さんは透明化していても、生きている人間がいるって判断したんですね」

「うん。僕はそう考えてる。でも、その条件が成立するのは、長くて朝の十時ぐらいまでだよ。今はもう十八時を過ぎてる。透明化した時は生きていたとしても、もう死んでいるよ」

 僕らは必死に考えを出し合う。解決の糸口がないか、話し合う。

「質問ばかりで申し訳ないですけど。『v-gel』って常に体内を循環してるんですか?」

「結菜ちゃんは記憶がないから、知らないかもしれないけど。『v-gel』は劣化するから、時間を経るごとに、少しづつ数は減少していくんだ」

「それじゃあ、時間が経てば『v-memory』が使えなくなるんですか?」

「そういうことになるね。だから、定期的に『v-gel』を注入する必要があるんだ。とは言っても、完全に『v-gel』が抜けきるまでに四年は掛かる」

「そうですか……」


 彼女は真剣な表情で考え込み、ぼそりと呟いた。


「もし、相当ずぼらな人がいたら、生きてるのかもしれないですね」

「どういうこと?」

「死ぬには『v-gel』が一定量必要なんですよね? つまり『v-gel』の注入を怠っている人がいたら、その人は死に至れる量の『v-gel』が、体内にないかもしれないです」


 その時、彼方に埋没していた記憶が蘇った。



『定期注射に行ってないから、当分できないとか言ってなかったっけ?』

『いいや、昨日試してみたんだが、余裕だったよ。だから、行こうぜ!』



「結菜ちゃん! 救えるかもしれない人がいる!」


 僕は興奮しながら叫ぶ。


「本当ですか!」

「でも、一刻を争う! 今すぐ行こう!」


 ついに見つけた。救える可能性のある人間を。生きているかもしれない人間を。

 なりふり構わず、僕達は走り出した。

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