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 結局、あれからしばらく秋にいじり倒されて、僕はへとへとになった。


「まだ、足取りはつかめてないわ」


 秋は残念そうに呟く。

 僕が一時間近く気絶している間に、秋達は悠の捜索を行っていたらしい。結菜ちゃんが悠のものらしき武器を所持していたため、それを見つけた場所の近辺を朝倉兄弟と共に探していたそうだ。

 秋は地団駄を踏みながら叫ぶ。


「どこにもいない。どういうことよ!」

「みんな、どこにいったんでしょう?」


 結菜ちゃんは寂しそうに呟いた。それに秋が返す。


「分からないわ。でも、欠片でも痕跡があったなら、探す価値はある」


 覇気に満ちた瞳で、彼女は言い放った。昨夜なら考えられないほど、前向きな発言だった。いや、むしろ僕のよく知る秋に、戻ったのかもしれない。元々、彼女は前向きな性格だ。

 話し合いながら、僕ら三人は森を歩く。僕らは悠を見つけようと、社に隣接する森の中を捜索している最中だ。


「あ! 思い出した!」


 唐突に秋が声を上げた。何かいやな予感がする。僕はそう直感した。


「巫女装束を着る約束。まだ有効よね?」


 秋が口元を歪めながら、性根の悪い笑顔で僕を見る。

 やっぱり。できれば忘れてくれと願ってやまなかったが、どうやら思い出してしまったらしい。


「なんですかそれ?」

「ふふん。それはねぇ」

「僕は聞きたくない。聞きたくないぞ!」


 僕は耳を塞ぎ必死に抵抗するも、秋は結菜ちゃんに全て話してしまう。


「えっ! 秋さんの代わりにお祭りで、巫女役を引き受ける! 快斗さん、よく了承しましたね?」

「僕も後悔してる」


 遡ること四日前。祭りの準備している時、巫女姿になる事を心底嫌がっていた彼女を不憫に思い。僕はいつものお人好しを炸裂させ、何でもすると言ってしまった。まさか、女子の代役で僕が巫女役をやらされるとは、思いもよらなかった。

 始めは冗談で済まされると期待した。秋のおじいさん達が止めてくれると思っていた。だが、むしろおじいさんはノリノリで、僕は完全に退路を絶たれていたのだ。


「約束は約束だからねぇ?」

「結菜ちゃん助けてくれ!」


 僕は秋の魔の手から救いを求める。だけど……


「私も……ちょっと見たいです」


 終わった。見えていた最後の希望すら奪われた。現実は無情だ。


「そうとなったら早速、着てもらわなきゃ! 森の捜索が終わったら、社から余ってる巫女装束を持ってこよう。たぶん、倉庫にあるはず!」

「そうですね!」

「そうとなったら、早く悠を見つけて帰ろう! みんなにも快斗の巫女姿、見せなくちゃ!」


 女性陣は快活に進んでいく。僕は先に行く彼女達に進言する。


「待って! まだ、足が疲れてるんだ。もっとゆっくり進んでほしい!」

「えっ? もうしょうがないなぁ」


 そう言って秋は歩みを遅くしてくれる。その優しさをもっと違う方向に向けてくれれば、僕は巫女服を着ることにはならなかっただろう。

 それから僕たちは、集中して捜索し続けた。森の半分を捜索し終わる頃には、空に闇の帳が掛かり始めていた。


「全然いない。本当に、どこいったんだろ」


 死体も何も見つからない。悠以外にも旅館のメンバーは、五人近く行方不明だ。全員が死んでいるとは言わないが、死体が一つも見つからない事はあるのだろうか。

 そこでふと、僕はある事実に気づいた。そういえば、僕は旅館の裏手にある離れの家以外で一度も死体を見ていない。ゲームが始まって四日目。よく考えれば妙だ。


「そう言えば、結菜ちゃん。あのスキルの事、快斗には?」

「言いましたよぉ」


 そこで、秋が僕を見る。それに僕は答える。


「聞いてるよ」


 結菜ちゃんの持っていた謎の初期スキル。昨夜は幻天狗の事で、その事は後回しになっていた。


「そう! なら話が早い。そのスキルの事、ずっと考えてたんだけど。もしかしたら探索系じゃないかと思ってたの」

「探索系ですか?」


 結菜ちゃんはクエスチョンマークを飛ばしている。僕もそれに関してはよく知らない。


「探索系ってのはね。罠を見つけたり、宝箱を即座に発見したりとか、ダンジョンとかを探索するのにすごい活躍するスキルなの。それで、その中にはプレイヤーの位置を特定するスキルもあったりするから、もしかしたら悠達を見つけるのに、活躍するかもと思って」

「確かに、そう……ですね」


 そこで、僕は口を挟む。


「でも、どうして秋はそう思ったの?」

「だって結菜ちゃんのスキルの名前、『心眼』って言うんだよ。それっぽくない?」

「そうかなぁ? どちらかと言えば、敵のパラメーターとかを調べるタイプな気がするなぁ」


 僕は名前のイメージからそう思った。

 そこで結菜ちゃんが補足する。


「スキルの詳細には、世界の本質を見るって書いてあります」


 秋は結菜ちゃんを見る。


「どっちにしろ、確認してみない? 丁度、ここなら誰にも見られないし」


 ここは森の中。確かに僕ら以外、誰もいない。他の人間にばれないようにするには、ここで確認したほうがいいかもしれない。


「分かりました。やって……みます」


 結菜ちゃんは口では肯定しているようだが、どうも落ち着かない様子だ。乗り気ではないのだろうか。

 そこで彼女が戸惑っている事に秋は気づき、言葉をかける。


「大丈夫? 何か嫌な事でもある?」

「いいえ。いつか確認しとかないと、いけない事ですから。それに、みなさんの役に立つかもしれないなら、頑張ります」


 そう言って結菜ちゃんはウィンドウを操作する。その手は見て分かるほど震えていた。


「本当に大丈夫?」


 秋が結菜ちゃんの手を掴む。


「大丈夫です。発動してみますね」


 それだけ言って、彼女はスキルを発動した。彼女の頭上にスキル名が表示される。

 僕らが見る限り、何かが変化している様子はない。だが、スキル名が表示されている以上、発動はしているのだろう。

 彼女はそのままゆっくりと、周囲を見る。頭上に浮かぶスキル名は、消える様子がない。発動し続けているようだ。

 そこで、ほっとしたように結菜ちゃんは、胸をなで下ろした。


「どう?」


 秋が恐る恐る聞いた。すると、明るく結菜ちゃんが答える。


「特に何もないです」

「何か、アイコンが出るとか様子が違うとかは?」

「えっとぉ」


 そこで結菜ちゃんは僕を見る。


「快斗さんが着てる服。学生服に見えます」


 学生服はゲームが始まる前に着ていた服だ。いや、正確には現在着ている学生服が、袴に見えているだけだ。ということは……


「結菜ちゃん! 秋はどう見える?」

「えっと、秋さんも学生服です」


 すると秋が呟く。


「それって、つまり……」


 秋も気づいたようだ。これは予想以上に重大な事が発覚した。


「結菜ちゃん、空を見て。いつもの赤みがかった空に見える?」

「あ、見えません。夕暮れですけど、いつもの不気味さが無くなってて綺麗ですね」

「やっぱり。そのスキルは現実の世界を見ることのできるスキルなんだ」

「現実の世界、ですか?」

「そうさ。今、視覚情報は歪められて、ゲームの世界観に合わせるように、僕たちの服装や物の外見は変更させられている。だけど、そのスキルを使えば、結菜ちゃんは本来の物の姿を見れるんだ」

「なるほど!」

 と結菜ちゃんは納得した。そんな様子を尻目に、秋が残念そうにため息をついた。

「そかぁ。でも、探索には使えないね」

「ご、ごめんなさい」

「い、いや。謝らないで。私が勝手に期待したのが悪かったから」


 それから僕たちは一度社に戻ろうと、来た道を戻り始めた。そこで、秋は先ほどから気になっていたのか、結菜ちゃんに質問をする。


「それにしても、なんであんなにスキルを使うの怖がってたの?」

「お化けです」

「お化け?」

「私、一度だけ自分で調べてみようと思って、一昨日の夜、スキルを発動してみたんです。そしたら、今にして思えば勘違いだったんですけど、お化けが見えてしまって。だから、発動させたら、またお化けが見えたらどうしようって思って、怖かったんです」

「そっかぁ。あれは、そういうことだったのね。可愛いなぁ結菜ちゃんは」


 そう言って、秋は結菜ちゃんの頭をくりくりと触る。結菜ちゃんは照れながら、秋にされるがままだ。

 そんな微笑ましい光景を見ながら、僕は結菜ちゃんの恐怖の原因が、お化け事件だった事にほっとした。失った記憶に関係する事かと勘ぐったが、思い過ごしだったようだ。結末がお化けを見たという、可愛らしい些細な事で良かった。


 そう、本当に良かった……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………



 良かったのか?



 強烈な焦燥感が僕を襲う。なんだ、このあらがいようのない不快感は。

 幻天狗を撃破し、おばあちゃんも助かった。それで、みんな心なしか明るくなっていた。だからこそ、目の前でじゃれ合う二人のように、僕も楽しい気持ちでいれるはず。だが、まるでそんな気分になれない。僕は今の現状を手放しに喜べない。


 お化け騒動は、取るに足らない事だと一蹴できるような代物ではない。そう僕の頭が警鐘を鳴らしている。

 お化け。それに違和感がある。それも生半可な違和感じゃない。一歩踏み出せば、深淵に踏み込んでしまいそうな、そんな取り返しのつかなさがある。


 今、ここで踏み込めば元の世界には帰れない。でも、僕はそれを見て見ぬ振りはできない。どんなに直視することが苦痛を伴おうと、その結果で地獄を見ようと、僕はそれを正視する。それが僕の信条だ。

 考えろ。何が違和感なのか。

 彼女は現実を見ることができる。その瞬間に現れたお化け。唐突にお化けらしきものが現れた。

 いやそもそも、お化けだと思ったのは彼女であって、本当は違うかもしれない。

 もしそれが、お化けでなく人間とすれば……

 その時、僕の脳内に今までの情報が乱雑に去来した。


「ゲームでの死は、リアルでの死を意味する。小説やファンタジーじゃなく、これは本当のデスゲームなんだ」

「あそこに、お化けがいて……私、目が合ってそれで……」

「二四時になると、環境の映像が更新されるそうですよ」

「そのスキルを使えば、結菜ちゃんは本来の物の姿を見れるんだ」


 そして最後にある言葉が蘇った。それは彼の残した最後の言葉だった。

 


『老婆心ながら言わせてもらうけど。救いたい、助けたい。そう思ったころには物事は、手遅れであることが多い。もし、誰かを救いたいと思うなら、常により多くの可能性を考慮しておかなければならない。そうでなければ、僅かな救いすら取りこぼす羽目になる』



 この言葉の通りだ。もう、とっくに手遅れだったのかもしれない。鮫島さんも悠も、そして母さんも。


「結菜ちゃん。それに秋」


 楽しそうにしている二人に向け僕は、真剣な声色でまくしたてる。


「どうしたの、快斗。そんな怖い顔して」

「今すぐに、頼みたい事があるだ」


 僕の頼みを彼女達に告げると同時に、彼女達の顔色が一瞬で青ざめていく。

 そして僕らは、急いで社に戻った。地獄の入り口へ向かうために。

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