Ⅰ
「おい。起きろ!」
野太い声で目が覚めた。
髭面の顔が視界いっぱいに広がる。
「うわぁ!」
ぼくは思わず叫び声を上げた。
「失礼だな人の顔見て」
言造さんは眉をつり上げながら、冗談混じりに呟く。
「仕方ないですよ。あなたのような強面の方が迫ってきたら、誰だって驚きます」
「あなたも大概だなぁ」
言造さんに諭すように話す相手は、巫女装束に身を包んだ年寄りの女の人。秋のおばあさんだった。
「無事だったんですね!」
「おかげさまでねぇ。ありがとう」
おばあさんは笑顔で言った。
「良かった! 他の子達は?」
僕は周囲を見渡すと、始めてそこが社の中だと気づく。
「大丈夫だよぉ。ここから出られて少し元気になったみたい」
おばさんは落ち着いた様子でそう告げた。言われてみれば微かに外から、子供の声が聞こえてくる。確かに、元気そうだ。
「他の旅館のメンバーは無事ですか」
言造さんに聞くと、全員無事だと教えてくれる。誰一人欠ける事無く、彼女達を助けることができた。本当に良かった。
言造さんはいつもより、穏やかな視線を僕に向ける。
「あのクエスト完了のアナウンスの後、この社は安全地帯に設定されてな。だからここはもう安心だ。あと、お前に見せたい物がある。立てるか?」
僕はそう促されたので、立ち上がろうとする。だが、思うように足に力が入らない。そのため、前のめりに倒れてしまう。
「無理するな。ほれ、肩を借してやる」
「すみません」
軽く会釈し、言造さんに掴まって歩く。
彼に連れられ、着いたのは社の本堂だった。
そこには、静子さんと秋のおじいさんがいた。
「起きられたんですね。お体は?」
静子さんが顔をのぞき込んでくる。
「だ、大丈夫です!」
「坊主なら問題ないわい! なあ!」
僕の肩を叩きながら、おじいさんは自信満々に僕の安全を保証してくれる。いったいどんな根拠があるのだろうと、心の中で呟く。
その様子を見かねたのか、秋のおばあさんが介入してくる。
「おじいさん! 興奮するのはその辺にしときな。快斗ちゃんが困ってる」
「おぉ。そうさな」
と急にしおらしくなるおじいさん。
おじいさんは、おばあさんに弱い。これは十六夜神社の関係者なら、誰でも知っていることだ。
そこで言造さんが業を煮やしたのか、唐突に声を荒げる。
「話はいいか? 今すぐ確認したいことがあるんで、ちっと通してもらえるか」
それでみんなが気づいた様に、道を空けてくれた。
本堂の中心には台座があった。言造さんから離れ、自分でその前に立つ。
「どうやらクエストの報酬らしい」
僕は言造さんに促されるまま、台座の上にあるアイテムに触った。
『復魂の水』と『魂の鍵』。
二つのアイテムがそこにあった。『復魂の水』の効果は対象者の魂を復活させるというものだ。だが、その代わりにもう一人対象となる人間を選択し、その人の魂の一部を生け贄とするとも書いてあった。
『魂の鍵』に関しては何の記述も無い。
「これの意味、分かんだろ? これはプレイヤーとして死んだ人間を、生き返えさせることができるアイテムだ。それでも奇跡にも近いアイテムだが、現状では最も危険なアイテムとも言える。言ってること分かるか?」
「はい」
僕は直感でも理性でも気づいた。このアイテムは危険極まりないと。
現在、人が簡単に死んでしまう世界になった。死と隣り合わせの世界。そこへ、人を生き返えさせる力が投入されればどうなるか。それは火を見るより明らかだ。
みんな自分や身内の命が大切だ。このアイテムを喉から手が出るほど欲するはずだ。
魂の一部を生け贄にするという一文が、抑止力にはなるかもしれない。それでも、人間を狂気へと駆り立てるには十分だろう。強奪、闘争、果ては殺人まで犯すことになる。それは何としてでも防がなければならない。
そこで真剣な声色で言造さんが話す。
「みんなで話して決めたんだが。今回の件はお前がいなかったら、そもそも実現しなかった。だから、このアイテムをどう処理するかを決める権利はお前にある。そういう結論になった。使うなり、捨てるなり、その結果に俺たちは文句を言わない。そういう取り決めでな」
断固とした眼差しで、彼は言い放つ。他の面々も、僕を見つめる。
僕の脳に母の姿が過ぎる。これを使えば、母さんを救えるかもしれない。
そこで僕は頭を振る。まだ、母さんが死んだと決まった訳ではない。死んだと決めつけるには早い。
僕はそう自分に言い聞かせてから、みんなの視線に答える。
「分かりました。でも、結論はもう少し待って頂けますか? どうするかじっくり考えたいんです」
「ゆっくり考えりゃええ!」
いつも通りまったく空気を読まず、おじいさんが大声をだした。
それに言造さんが反応する。
「このじいさんはちと脳天気だな。俺はできるだけ、早く処理するべきだと思うがな」
それに対し、今度は静子さんが反応する。
「私たちは快斗さんに一任したんだから、文句を言うの筋違いですよ。それに、快斗さんに任せるべきだって言い始めたのは、言造さんじゃないですか」
「ま、まあそうだが」
小悪魔的な笑みを浮かべる静子さんに、言造さんは返す言葉が見つからないようだった。
なんだか珍しい物を見て、特をした気分になっていると、社の正面扉からぞろぞろと人が入ってきた。
「快斗さん!」
一際明るい声で結菜ちゃんが走ってきた。その後ろを秋や朝倉兄弟、巫女姿の少女達が着いてくる。
「もう起きて平気なんですか?」
ぴょんぴょん飛び跳ねていると錯覚するほど、元気に結菜ちゃんが聞いてきた。
「うん。大きなダメージだった訳じゃないし。疲れが取れれば、この通り!」
と言ったそばから、僕の足は脱力し、前のめりに倒れてしまう。すると、結菜ちゃんが僕に抱きつく形で支えてくれた。彼女の肩の上に僕の顔が乗る。
「わぁ! もう危ないですよ!」
彼女は顔を赤くしながら、僕の胸を両手で押して、僕を立ち上がらせる。それで僕は体勢を立て直した。少しだけ、彼女の温もりと甘い香りに、甘えてしまいたくなったのは僕だけの秘密だ。
「今のわざとじゃなぁい?」
と案の定、秋がふざけて言いがかりをつけてきた。
「いやあ、たまたまだったら、ラッキーだね」
「グッジョブ」
と朝倉兄弟も僕をいじってきた。
すると、今度は巫女姿の少女達が僕を指さして言ってくる。
「うわぁ。快斗さんってそんな人なんだ」
「聞いてたのと違う」
小学四年生くらいから中学一年生くらいの女児達が、僕を蔑みの目で見てくる。
えっと、僕は悪いことでもしただろうか。ちょっとぐらい良い思いしても、罰は当たらないと思うのだけど。それに故意ではないし。そう自分の中で言い訳する。
すると秋がみんなに向かって言う。
「みんな! あれがさも偶然かのように装って、実は計算してやってる、薄汚いセクハラ人間よ」
「違うよ!」
僕は秋の暴挙を見ていられず、遂に声を荒げてしまった。
「お前等、元気だな」
言造さんの冷めた言葉がその場に響きわたって、僕に対するいじりは終わった。そう思うことにした。




