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 僕は数時間前の光景を思い出す。


「二体だと!」


 旅館の一室に言造さんの叫び声が響いた。僕の言葉が信じられないと言わんばかりだ。

 そして彼だけでなく、僕の目の前にいる旅館の人間十四人が例外なく目を剥く。


「僕がこの事実に至ったのは、結菜ちゃんの言葉がきっかけです」


 僕は解説を始める。まず、結菜ちゃんが幻天狗を見て、バラモンだと言った事について話した。


「彼女の観察眼には脱帽でした。百人に聞いて、百人が気づかないことに気づいたんです」

「しかし、その、なんだ。スキルの発動前後で色が違うっていうだけで、幻天狗が二体いる理由にはならないんじゃないか?」

「色の違いだけでは、確かにそうです。しかし、それを示唆する証拠が三つありました」


 と言ってから、僕は幻天狗との戦闘が収められた動画をみんなに見せる。


「まず一つに、スキル名が交互に表示されることです。幻天狗が二体いると考えると、これは納得できます。スキル名の表示されている方が、【絶幻】を使用していると考えられます」

「いや、待て。つまり、【絶幻】というスキルは瞬時に移動するスキルじゃなく、二体の天狗を交互に隠すスキルってことか?」

「その通りです。奴らは片方が消え片方が姿を現す。そうすることで、さも瞬間的に移動しているように見せていただけです。それはこの掛け軸にも、示されています」


 僕は掛け軸の画像を表示し、それに書かれた内容が幻天狗の特徴を示唆する物だと説明する。


「まやかしの人形、玉と剣という記述。それらはこの掛け軸に記述されていることの、信憑性を物語っています。でも、一つ分からないことがありました。それはこの一文です」


 僕が一つの文を指し示す。


『されど、法師はどこぞの狗に銘々受け渡し、己はその栄華を破棄せんとす』

「何がおかしいんじゃ? わしには皆目、見当もつかん」


 とおじいさんは首を傾げる。


「僕が疑問に思ったのは『銘々受け渡し』の部分です。『銘々』とは『それぞれ』という意味です。ここに書いてあることを簡単にすると『重宝を狗にそれぞれ渡した』ということになります。それはおかしいんです。狗が重宝と同じ数、つまり二体いないと文の意味が通らないんです。『狗』は先ほども話した通り、天狗を指すと考えられます。つまり、この掛け軸は幻天狗が二体いると暗に示しています」


 僕は画像の表示されたウィンドウを消す。


「そしてこの考えの決め手になったのが、言造さん達の話です」

「俺か?」


 言造さんはまさか、自分が指名指名されるとは思わなかったのか、狼狽した表情を見せる。


「僕や悠、秋の三人は、他の人たちが逃げる時間を稼ぐため、幻天狗を引きつけていました。その結果、幻天狗に僕たちは追いつかれ襲われました。ですが、社にいた人たちの話を聞くと、どうもおかしいんです。同時期に言造さん達も幻天狗に襲われていたというんです。

 森と社。その両方の距離はかなり離れています。その距離を瞬間移動できると言われればそれまでですが、普通ならわざわざ両者を行き来せず、片方を倒すことに執着するはずです。だが、そうはならなかった。それは社側に一体、僕たちを追う側に一体、幻天狗がいたからと考えると自然です。以上が僕が幻天狗が二体いると、考えた経緯です」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 数時間前の記憶から戻り、僕は遂に現れた二体目の幻天狗を見る。

 二体目の存在を知る前は、【絶幻】を封じるためには曲玉と剣を破壊すればいいと、簡単に考えていた。だが実際は、【絶幻】を使用している幻天狗の重宝を破壊する必要があった。


 動画から、二体の天狗のどちらがどのスキルを使用しているかは特定できた。赤が【絶幻】でオレンジが【天墜撃】。後は交互に出現する習性を利用し、赤い方の幻天狗をあぶり出せばいい。作戦は最小の被害で成功した。

 だが、問題はここからだ。【絶幻】を封じたとはいえ、純粋に二体の天狗を相手にしなければならなくなった。これから先は全員のプレイヤースキルに依ることになる。


「離れろ!」


 秋が僕を突き刺す剣を外そうと、赤の幻天狗に槍を突き立てる。奴は剣を抜き去ると、上空に飛び上がった。


『快斗! 立てる?』

『うん。そこまでダメージはもらわなかった』


 僕のHPは五分の一だけ削れていただけだった。


『各個撃破開始! 赤天狗は僕、秋、言造さん、おじいさん。それ以外はオレンジ天狗に対応。双方、翼の破壊を優先!』


 みんなが『オッケー』『分かった』と返事をする。心なしか全員の思考が明るい。幻天狗の撃破も近いと期待しているおかもしれない。僕もそう確信している。

 静子さんは初撃から容赦なく【鬼岩槌】を発動。オレンジの天狗はなすすべなく麻痺する。

 そこへ、朝倉兄弟が切りかかる。

 その様子を端に捉えながら、僕は赤の幻天狗に向け【炎球】を発射。奴の頭部に直撃し、黒い顔から煙があがる。

 すると奴は顔を歪め怒りを表し、僕に狙いを定め降下してくる。

 だが、落下してきた天狗は、光る刀剣の猛襲に晒される。


『こっちだ!』

『おりゃ、おりゃぁぁぁ!』


 秋と言造さんは嬉々として戦う。これまで、かなりのストレスを感じていたのだろう。攻撃できないという縛りから解放された二人は、上空から攻撃される不利な状況を諸ともせずにいる。


『わしもいるわい!』


 とかなり緩慢な動きだが、おじいさんが幻天狗の背後から切りつける。それに反応し奴は振り向く。


『ひぃ!』


 変な声を上げて、おじいさんがたじろぐ。 

 だが、幻天狗がよそ見をした瞬間、炎と剣と槍が容赦なく奴の身体を抉り、HPを着実に削る。


『おじいちゃんは無理しないで』

『お、おう』


 秋の忠告を素直におじいさんは聞き、僕らの後方に下がる。

 それから、僕らは順調に幻天狗達のHPを削っていった。

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