Ⅰ
想像できただろうか。僕が大勢を率いて戦いに挑む姿を。
予想できただろうか。僕が陣頭をきって化け物と戦う姿を。
僕を知る人物なら、誰もが驚くだろう。誰もが考えられなかっただろう。
だが、僕はここにいる。みんなを引き連れ、この復魂の社の入り口に立っている。
帰ってきた。昨日、絶望に突き落とされた場所へ。捕らわれた人を置いて逃げ去ったこの場所へ。
階段を上った先は昨日と変わらない景色だった。死体があるかもしれないと恐れていた。だが、それに類する物はまったく見られなかった。
それだけで、僕たちは安堵する。鮫島さん達が生きている保証にはならないが、少なからず希望を抱ける。ここからは逃げたのだと。
僕たちは天狗の石像の前で立ち止まる。ここから先に進入すれば、天狗が襲ってくる。ここに踏み込めば戦いが始まる。
石像の隣に立つ意味深な立て札を前にして、僕はみんなに思考を飛ばした。
『みんな準備は大丈夫?』
『問題ない』
と言造さん。
『『行こう!』』
と朝倉兄弟。
『あたしはオッケーよ』
と静子さん。
『行くぞい!』
とおじいさん。
『準備万端よ』
と秋。そして……
『みんながいれば絶対勝てます』
『そうだね』
結菜ちゃんは僕の不安を察してか、僕の代わりにはっきりと勝つと明言してくれる。
『結菜ちゃんは怖くない?』
『怖くないって言ったら嘘になりますけど。大丈夫です。一人じゃないですから』
彼女は力強く宣言し、社を見る。
『それに今も、怖い思いをしてる人がいるのに、弱音なんて吐いてられません!』
その姿は一昨日からは想像できないほど、活力に満ちていた。
僕はそんな彼女に安堵し、同時に心強いと感じる。
『うん。分かった』
そして、僕はみんなに宣言する。
『このゲームに、勝ちましょう!』
その言葉を皮切りに、僕は踏み出した。幻天狗の領域へ。
僕に続き続々と、みんなが戦場へと踏み込んでいく。
『警戒態勢を維持しながら正面に移動』
四人一組で死角が無くなるように、背を付け合って移動する。幻天狗は死角から攻撃してくるため、死角を絞れば対処しやすい。
ゆっくりと社の方に向かっていく。だが、未だ幻天狗が現れる様子はない。
昨日は社を守るように、社の正面扉前に仁王立ちしていた。昨日と状況が同じなら、同じ場所に現れてもおかしくないはずだが。
『様子が変だ!』
言造さんが苛立って思考をぶつけてくる。僕たちは社と天狗の像を挟んで、丁度中央あたりまで進んでいた。ここまで接近して、未だに姿を表さないのは不穏すぎる。
他の面々も不安の色を浮かべている。
『警戒状態で、停止』
僕は手振りを加えながら、そう伝える。全体が一同に歩みを止めた。事前に簡単な命令は、どう伝えるか決めてある。そのため、素早くかつ正確に情報を伝えられる。
僕は考える。何故、天狗が現れないのか。何故、攻撃してこないのか。
いや、むしろすでに現れているのでは……
そう思い至った瞬間、僕は高速で思考を飛ばした。
『天空よりスキル攻撃! 緊急避難!』
その思考が伝わった途端、全員が脱兎の如き勢いで散開し、道の両端にある石柱に隠れた。
僕を含め、みんなが石柱の陰に隠れたか隠れないかの瀬戸際で、上空から奴が落下してきた。
爆発音かと思うような衝撃が響くと、それに続いて強烈な突風が吹き荒れた。
まともに受ければ、立っていられないだろう。だが、今は背にある石柱が全て受け止めてくれている。それはガタガタと音をたてながらも、頼りになる重量感でそこに鎮座し続ける。
『全員、無事ですか?』
僕が思考を飛ばすと、『大丈夫!』、『問題ないわ!』と七人分の思考が飛んできたため、ひとまず安心する。
初めから、『天墜撃』が放たれた場合、石柱に隠れる作戦だった。事前に決めていたおかげで、無事に幻天狗の攻撃を避けれたようだ。
『風圧が消えしだい、突撃します。飛び出したらすぐに戦闘態勢の構築を優先して下さい!』
『『了解』』
出鼻を挫かれたが、作戦に大きな狂いはない。計画通り進めるだけだ。
今回の作戦は、針の穴に糸を通すような根気のいる作業だ。それができるまで、繰り返し同じ作業を行う必要がある。しかし、針を通すまでは、危険を伴わないだろう。
風が止み始め、次第に周囲が静かになる。そろそろ頃合いだ。
『突撃!』
僕は思考を放ち、石柱から飛び出す。
そして、中心にいるだろう幻天狗に対して戦闘態勢を組む……つもりだった。
幻天狗は道の中心に立っていなかった。僕の目の前にいた。
『快斗!』
誰かの叫びが聞こえる。すでに、幻天狗はその銀に輝く剣をもって、僕を切りつけようとしていた。僕は瞬時に思考を飛ばす。
『戦闘態勢の構築優先!』
幻天狗を攻撃してしまえば、スキルで消えていなくなる可能性が高い。それは非常に危険だ。今回の攻略においては出来るだけ、奴の居場所を把握することに意味がある。重要な局面以外は、攻撃する事を避けるべきだ。
それに、こんな状況は作戦の範疇だ。攻撃するまでもない。
そして事前の作戦通り、耳をつんざく高音が響いた。幻天狗は音の発信源に目を向ける。
秋がスキルを発動していた。スキル『喚き』だ。それにつられて、幻天狗の攻撃対象が僕から秋に切り替わった。僕はその隙に奴の脇を走り抜け、奴の刃圏から逃れる。そのまま回り込むようにみんなと合流した。
幻天狗は恐ろしい気迫を放ちながら、秋に切りかかる。しかし、その剣は朝倉兄弟と言造さんによって阻まれる。
戦闘形態は四人が扇状に並び、三人が四人に背を向けて立つという型だ。正面からの攻撃は四人で受ける防御スタイル。防御のみに徹すれば、貫かれることはない。
そして僕が中心に加わり形態が完成する。
『ひやひやしたわい』
『心臓に悪いわよ、これ!』
とおじいさんと秋が嘆く。
『でも、おかげで順調だよ』
僕はそう言い放ち、右手を掲げる。
オレンジの綱を纏った、漆黒の天狗は僕を睨みつける。
『出現場所を九時方向に制限』
僕の指示で、後衛の三人が三時方向にずれる。
『攻撃!』
そう思考するのと同時に、僕は炎を天狗に向けて射出した。そして、予想通りスキル名が表示されることなく、幻天狗は消え去った。
『回転!』
全員が僕を中心に左方向へ回転する。すると、紅い綱を纏った幻天狗が僕たちの丁度正面に現れるところだった。
幻天狗が『絶幻』を使用してから出現する場所には法則がある。奴は必ず僕らの視野の外、つまり死角に現れる。
そこで僕らはそれを逆手に取り、自分たちの死角を狭めることで、出現する場所を制限することを思いついた。
全員の視野をコントロールできるように、みんなを配置する。この戦闘形態をとり続ければ奴の居場所を常に把握することができる。
そして、おじいさんや結菜ちゃんのように戦闘を行えない人でも、後衛で死角を潰す役を担ってもらっている。
『前衛、喚き発動。後衛離脱』
作戦通り、前衛が幻天狗の攻撃を一挙に受け、その間に後衛の三人が幻天狗の背後に回る。
幻天狗を倒す重要な一手。幻天狗の剣と曲玉の破壊。どちらが【絶幻】のスキルと対応しているかは分からない。だが、【絶幻】を封じるためには、それぞれ破壊していく必要がある。
作戦は奴の死角から【鬼岩槌】を叩きつけ、その隙に武器を破壊する事。そのために、後衛の結菜ちゃん、おじいさん、静子さんの三人は、幻天狗の背後に回っている。
前衛は漆黒の化け物の猛攻を必死に受け続ける。防御し続けさえいれば、奴はスキルを発動することはない。
そして、結菜ちゃん達が幻天狗の死角にたどり着く。三人で背を付け合い、いざという時のために死角をなくす。
『鬼岩槌、発射!』
僕の指示が飛ぶと、静子さんがハンマーを地面に叩きつけた。
スキルが発動し衝撃が地面を伝う。地面は浜辺に波打つ海のように、大きくうねりながら幻天狗に迫る。そして、目前の敵に集中していた漆黒の巨人は、その衝撃をまともに受けた。
「ガッ」
黒い巨体が膝を付く。口を空けたまま、身体を痙攣させている。
「やった!」
「きたぞ!」
歓喜でみんなが叫ぶ。僕はそんな彼らに間髪入れず指示を飛ばす。
『前衛、曲玉へ全力攻撃。後衛は合流!』
秋の槍が白く光る。言造さんの剣が輝く。朝倉兄弟の刀が青い冷気を帯びる。僕の右手に深紅の炎玉が宿る。
直後、それぞれの全力の一撃が放たれ、幻天狗の胸元にある曲玉へと殺到した。
裂き、貫き、燃える。曲玉のゲージが表示され、それが驚くべき速度で減っていく。
幻天狗は抵抗することも出来ずに、されるがままその場で震え続けている。
そんな天狗の姿を確認し全員がここぞとばかりに二撃目をぶつける。二巡目の攻撃が終わった頃には、曲玉のゲージは残り数ドットまで削れていた。あと、誰かの一撃だけで破壊できる。そんな時だった。
幻天狗の震えが止まった。
『全員攻撃止め!』
僕の指示が全員に伝わる。あと少しだが、欲張ってはならない。ここで攻を焦れば、取り返しのつかない事になりかねない。
『くっ、あとちょっとだってのに』
『ちっ』
みんな口々に悔しいと嘆きながらも、素早く身を引き瞬時に元の戦闘態勢を形作る。
眼前の天狗は、ゆっくりと立ち上がり眉間に皺をよせ睨みつける。それから、【絶幻】と奴の頭上に表示され、奴は空気に埋もれ霧散した。
『全員反転!』
僕の指示で、再度全体が大きく回転する。
幻天狗はすでに朝倉兄弟の真横に出現していた。間一髪で言造さんが銀に輝く剣を遮る。
『もう一度、同じ手順で! あと一度で破壊できる!』
そう思考を飛ばして、僕は天狗に炎を放った。




