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 朝一で、結菜ちゃんと一緒に情報を集めた。そのかいあってか、目的は達成できた。


 まず、鈍器装備を持っている人を見つけた。小降りのハンマーだが、無いよりはましだろう。

 また、僕らが天狗を引きつけている間、社側で何が起こっていたかも聞けた。これで僕の理論の正しさが証明された。


「集まって頂いてすいません」


 僕は旅館の一番広いであろう部屋、俗に言う宴会場の中心に立ってしゃべっていた。

 室内にいるのは十五人。女中さんを含めた旅館にいる全ての人だった。その中には秋の姿もある。こっちを鋭い視線で見つめている。


「集まってもらったのは、みなさんに助力をこいたいと思ったからです」


 みんな静かに僕の話を聞いている。

 僕は緊張し震える声を隠すように、できるだけ大きい声を出す。


「あれから、鮫島さん達は帰ってきませんでした」


 そう切り出すと目を伏せる人が何人かいた。みんなそのことには触れたくないと言わんばかりだった。それでも僕は話を続ける。


「だから、僕は彼らの安否を確認しに行くことを決意しました。だから、社に一緒に行ってくれる人を募りたいと思ったんです」


 そう言い放つが誰も反応を示さなかった。唯一、秋のおじいさんだけが「いったれ!」と応援のようなヤジを言ってくれる。だが、それだけが部屋に反響し、よりむなしさを増長させる。


「おい、あんた」


 そこで、一人が声をあげる。幻天狗との戦闘に参加していた一人だ。メガネをかけ髭を肥やした中年男性。


「みんなを代表して言わせてもらうけどな。鮫島はもう帰ってこない。分かるだろ? 夜中の視界の悪さでモンスターと戦うのは至難だ。生存する可能性はかなり低い。経験したやつなら分かるはずだ。もし、生きていたとしたら、何故まだ帰ってこない? 何かしら連絡があるだろ。現実を見れないのは分かるが、つまりそういうことだ」

「分かっています。鮫島さんの生きてる可能性がゼロに近いってことは。それでも、確認しにいくべきです。ゼロでない限り」

「なら一人で行け。俺たちを巻き込むな」

「正直、僕も悩みました。でも、幻天狗の事で分かったことがありまして。うまいことやれれば、あの化け物を倒すこともできると。そう思ったんです」

「おいおい、ちょっと待て。社を見に行くだけじゃなくて、あの化け物を倒すだって? 百歩譲って、近くまで捜索するってんなら分かるが。あいつを倒す? 何の意味がある? 確認しにいくだけなら、わざわざ戦う必要ないだろ」

「社の中に取り残された人たちがいます。彼女達を見殺しにはできません」

「それは、俺たちの仕事か? それこそ救助が来るのを待つべきだろ。こんな大規模なテロ、国が長いこと放置しておく訳がない。そいつらは救助を待てばいい。俺たちが危険を犯すことはないだろ。実際、俺たちは今まで出過ぎた真似をしたんだ。だから、死ぬ羽目になった。最初から旅館に隠れとけばよかったんだ」

「僕は……嫌です。来るかも分からない救助を待って、苦しんでいる彼女達を放置しておくことはできません」


 そこで彼は鋭い剣幕で僕を見た。


「お前、舐めてんのか? これは子供の遊びじゃない。生死がかかってるんだ。正義の味方ごっこはな、それこそゲームだけにしとけ。今起こっていることはゲームじゃない。ただのテロ行為なんだ」


 ほぼ怒鳴るように発せられた言葉だった。だが、僕はそれでも怯まなかった。そう言われることは、よく分かっていたからだ。だから僕は続ける。彼らに僕の案が、どれだけ可能性があるか考えて貰う。幻天狗の攻略法を聞いてもらうまでは、折れるつもりはない。


「あなたのおっしゃる通りです。僕は自分の正義を貫きたいだけ。自分勝手で偽善極まりないことをしていると、僕は分かっています」

「なら引っ込んでろ」

「それでも、僕は諦めたくないんです」

 僕は語気を強め言い放った。それから、深呼吸をしてから話しだす。

「僕たちは、普通の日常を過ごしていたはずです。ご飯を食べ、仕事をし、床につく。ごくありふれたことです。それは誰にも犯すことのできない幸せのはずです」


 僕は一度言葉を切り、そして一気に話す。


「でも、今はそれが犯されています。普通に暮らすことすら、ままならない状況に追い込まれています。僕はこのままそれを、見過ごすことはできません。僕たちには普通の日常を謳歌する権利がある。それを享受する理由がある。誰にそれを邪魔する権利がありますか? 誰にそれを奪う権利がありますか? そんなものありません!」


 僕は訴える。心の底にたまった怒りを、悲しみを、みんなにぶつける。 


「僕が求めているのは尊大な野望でも、高尚な理想でもない。みんなに等しく与えられるべき、ささやかな幸せ。それを取り戻したい。そんな、ごくありふれた願いだけです。ここで立ち止まることはそれこそ、テロ行為に屈したことになる。僕はそれだけはできません。みんなの日常を奪った、この醜悪なゲームにだけは屈したくないんです。――絶対に」


 僕は室内の人の顔を見渡す。いつの間にか、みんなが僕の方を見てくれていた。


「それに、みなさんに一緒に死んでくれと頼んでいるわけではありません。それなりのリスクは伴いますが高い勝率を見込めたからこそ、進言しようと思い至ったんです。今から、幻天狗の攻略法について話しますので、聞いて下さい」


 そして、僕は語った。幻天狗の隠された秘密とそれの対処法。状況に応じた複数の作戦と、どの程度のリスクが伴うかを。余すことなく全て話した。


「僕は無理強いするつもりは毛頭ありません。今の話を聞いて、もし手伝ってくれるなら、ここに残って下さい。お願いします」


 そして僕は頭を下げた。それからすぐに、立ち去る音が聞こえ始める。数分経ってから僕は顔をあげた。

 すると七人の人間がそこに残っていた。

 全体の半数も残ってくれた。そこには秋、おじいさん、結菜ちゃん、そしてさきほどの中年男性もいた。


「みなさん、ありがとうございます!」


 僕は再度頭を下げる。

 すると、中年男性が太った腹をさすりながら話しかけてくる。


「結局、お前の考えた作戦は、幻天狗と正面からやり合えるほどの、玄人プレイヤーが必要じゃねぇか。まったく、なんてザルな作戦だ。六人以上の近距離戦特化のプレイヤーがいねぇと厳しいぞ」


 そう嫌みを言いながらも彼は笑っていた。


「俺の名前は加藤言造。よろしくな」

「はい!」


 すると今度は二人が立ち上がった。二人の顔はうり二つだ。双子というやつだろう。年は僕より三つほど上ぐらいだろうか。


「僕らは鮫島さんと一緒のギルドにいたんだ」

「だから、君に誘われるまでもなく、探しに行くつもりだったよ」


 僕は彼らを見上げながら言う。


「助かります!」

「助けになるといいけど」

「さっきの話、格好良かったよ」


 そういって、二人は手を出してきた。僕は二人と握手する。


「俺は朝倉健太」

「俺は朝倉幸太よろしく!」


 それから、最後に女中さんが前に出てくる。女中さんの中でも、かなり目立っていた人だ。年齢を重ねながらも、透き通るような肌の綺麗な人だ。


「三田静子です。ARはたしなむ程度ですので、役にたつかわかりませんが。どうかよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる。


「ああ、こちらこそお願いします」


 僕も慌てて頭を下げる。


「ふふ、そんな畏まらないで」


 彼女は僕をからかっていたのか、小悪魔的な笑いを浮かべる。


「は、はい」

「よろしくね?」

「よろしくお願いします!」


 そして、最後に秋が僕に近寄ってきた。僕は身構える。


「快斗、無茶しないって言ったよね?」


 彼女の視線が僕を射抜く。だが、僕は彼女から視線を反らさず見つめ返す。


「うん」

「まあ、それはいいわ。聞いた限り、確かに無謀な作戦ではなさそうだから。ただ、それでも確率は五分って感じだけど」

「そう、だね」

「それはいいの。ただ、一つ確認したいんだけど。お母さんの事はいいの? あなたは一刻も早くお母さんを探したいんじゃないの?」


 さすがだった。僕の弱点を正確に突いてくる。僕が揺らぐか確認しているのだろう。だが、僕の腹は決まっていた。


「母さんは……自分が信じた道を行けって、そう言うと思うんだ。誰かを見捨てて、母さんの所に行っても、母さんは悲しむと思う。だから、これでいいんだ」

「そう。分かった。もうその話はしないわ。さっきの、ちょっとぐっときたよ」


 最後に笑顔で彼女は僕を許してくれた。 


「すっごい感動しましたぁ」

「わしもじゃぁ」


 すると、秋の言葉に合わせて、結菜ちゃんと秋のおじいさんが目を赤く腫らしながらやってくる。


「みなさんが優しくって良かったです」

「わしもじゃぁ」


 と二人で妙な所で意気投合していた。今から泣き始める勢いだ。

 そこで、言造さんが割って入ってくる。


「泣くのはいいが、早く始めないか? このメンバーで、もう一度作戦を立て直す必要があんだろ?」

「そうですね! 分かりました。じゃあみなさんの割り振りを考えましょう!」


 そして、より完璧な作戦を立てるため、話し合いを始めた。

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