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 旅館に帰った僕たちは、秋のおじいさんを客間の一つに運び込んだ。彼は大量の汗をかきながら、うめき声をあげてうなされている。


 おじいさんの身に何があったかは分からない。だが、神社におばあさんと子供たちがいることと、おじいさんがそれを決死の覚悟で僕たちに伝えに来たことは分かっている。

 おじいさんの思いに答え、一刻も早く彼らを助けに行きたい。僕はそんな衝動にかられていた。

 そこへ、探索から戻ってきた秋が血相を変えて飛び込んできた。


「おじいちゃん!」


 寝ているそばに駆けよる。今まで、ずっと心配していたのだろう。秋は少し涙ぐみながらおじいさんの手をとる。


「おじいちゃんは無事ですか? 死ぬなんて事、無いですよね?」


 悲痛な声で、秋が嘆く。


「気絶しているだけで、HPは残ってる。HPがゼロにならなければ死ぬことは無いよ」


 鮫島さんは秋を落ち着かせようと穏やかな口調で話す。しかし、不安を拭えないのか、秋はおじいさんから視線を外すことなくじっと見つめていた。同時に、僕も彼がこのまま目を覚まさないかもしれないという不安に襲われた。


 そこでふと、僕は根本的な疑問を覚える。HPがゼロになったとして、人はどのようにして死に至るのだろうか。『v-memory』は安全だからこそ広く普及した。人を殺せる機能がついている訳がない。


「僕たちは外に出よう。ここにいてもやれることは無い」


 鮫島さんはそう言って部屋を出る。秋は僕たちには見向きもせず、そのままおじいさんの手を握っている。

 僕は後ろ髪を引かれつつも、鮫島さんに続いて退出した。


「三十分後に、探索を再開する。秋ちゃんのおじいさんが話していた事も気になる。予定通り午後は十六夜神社を目標に探索しよう」


 それから、その場にいた面々はそれぞれ散っていく。

 僕はそこで、歩き去ろうとする鮫島さんを引き留めるように思考を飛ばした。


『鮫島さん、聞きたいことがあります』

『ん? 何だい? 穏やかじゃないね』


 僕の真剣さに不穏な雰囲気を感じ取ったのか、彼は怪訝そうに返した。


『おじいさんは本当に、死ぬことは無いんですか?』


 僕は疑っていた。HPが無くなる事以外にゲームによって死ぬことがあるのではないかと。


『その質問か』


 彼は僕の質問を予期していたのか、さほど驚く様子はなく、むしろ納得するように話し始める。


『結論から言えば、可能性はある……と思う。魔物からの攻撃は老人には強すぎる刺激だ。過度な攻撃に晒されればショック死してもおかしくは無いだろう。確かにさっきは無責任な発言をした。確証のないことは言わないようにしようと思ってね……』


『いえ……鮫島さんを責めるつもりはないんです。僕は、ゲームのシステムを詳しく知っておきたい。ただ、それだけです。もしよろしければ、ゲームによる死について、知っている事を教えていただけますか?』

『なるほど。まあ、僕もそんなに詳しい訳じゃないけど』


 そう僕に断ってから、鮫島さんは話し始めた。

 話によると、ゲームによる死はすぐに訪れる訳ではないらしい。HPが無くなくなると、まず昏睡状態になるそうだ。そこからは、個人差があるらしいけれど、八時間から十時間後に心肺が停止して死に至るらしい。


『随分、時間差がありますね』

『そう、不思議な事にね。でも実は、それについて、一つ思いあたることがある』

『何ですか?』

『――『v-gel』だ』


『v-gel』は『v-memory』が発する信号を脳へと送信する、言わば中継器のような存在だ。

『v-memory』を利用する場合は、必ず『v-gel』を血中に注射しなけらばならない。注射器一本で四年は持つと言われており、『v-memory』利用者は二年に一回注射することを推奨されている。


『僕は『v-gel』が一度に機能を停止してしまうことで、人を死に至らしめていると思う』


 なんでも、『v-gel』は微細な電子部品のようなもので、それは劣化すると磁力を帯びるらしい。劣化した『v-gel』はそれ同士がくっつき塊になるそうだ。

 この現象は体内で常に起きているらしいが、一日に発生する量は微量なため、基本的に体外へすぐ排出できるそうだ。


『だけど、身体の全ての『v-gel』が一度に劣化したら話しは別だ。『v-gel』の塊は無視できない大きさまで膨れ上がって、しまいには肺の血管を詰まらせてしまう。つまり、心肺停止というやつだ』


 話の出所は彼がフェンシングをやっていた頃の専属医だそうだ。その医者は当時しきりにその話をしていたらしい。


『時間を経てから死ぬってところが、可能性をより確かにしてる。長時間かけないと、血管に詰まるほど『v-gel』が大きくならないはずだからね。信憑性があると思わないかい?』

『確かにそうですね』


 話は非常に説得力がある。鮫島さんの意見は真実にかなり近い気がする。


「ありがとうございます! ものすごく重要な事を聞けました」


 僕は思考での会話を止め、肉声で話す。


「それなら良かった。でも、あくまで僕の推測でしかないから。そこは気をつけて」


 鮫島さんは笑顔で僕を見る。しかし、僕の背後に視線を移した途端に、真剣な表情になった。

 振り返ると秋が歩いていた。こちらに近寄ってくる。僕は思わず話しかける。


「どうしたの?」


 上の空だったのか僕に遅れて反応する。


「ああ、快斗。おじいちゃんの隣に座ってても意味ないなぁって。だから、探索の準備にね」


 無理矢理笑顔を作りながら答える。僕たちに自分が大丈夫だと伝えたいようだが、逆にその姿が痛々しく見え、僕は余計に心配になった。

 鮫島さんも心配になったのか秋に問いかける。


「探索に行くつもりかい。人数は足りているから、秋ちゃんは来なくてもいいんだよ?」

「いえ、行きたいんです」


 間髪いれず答える。その返答には有無を言わせぬ迫力があった。


「じゃあ私は準備があるんで」


 そして、歩き去っていった。


『快斗くん』


 鮫島さんが思念を送る。


『はい』

『彼女から目を離さないでほしい。あの様子だと、探索中に暴走しかねない』

『分かりました』


 僕は遠ざかる彼女を見つめながら答えた。彼女の背中からいつもの明るさは、微塵も感じられなかった。

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