Ⅰ
早朝、僕らは重い瞼を擦りながら、道具の整理をしていた。
「目標は学校。避難所として思いつく一番近い場所だ。そこなら生存者が多数いるかもしれない。一様、その道すがら十六夜神社に立ち寄るつもりだ。君たちも付いてきてくれると助かるんだが」
そう鮫島さんから報告を受け、僕らは二つ返事で承諾した。
学校は近いとはいえ、直線距離で十キロは離れている。普通なら徒歩で二時間だ。魔物との戦闘を強いられる以上、もっとかかるだろう。
だが、母が生きているとすれば、そこにいる可能性が高い。なら、そこへ向かうしかない。僕らの村は山に囲まれ、目立った人工物はほとんどない。避難所として有力な場所は学校以外にはそれこそ十六夜神社くらいしかない。
「おい、快斗」
隣に座る悠は、僕を呼ぶとレジストリーからアイテムを視覚化させた。巻物のようなアイテムだ。
「なにこれ?」
「何だと思う?」
悠は不適な笑みを浮かべながら、僕をからかうように見てくる。
「ほれ」
悠がそれを僕に渡すと、アイテムの名前が表示される。
【鬼岩槌】
「えっ! これって」
「あいつを倒したらドロップしたんだ」
紅鬼の固有スキル。広範囲に衝撃波を発生させ、触れた相手を痺れさせる恐ろしいスキルだ。直に味わったからこそ、その脅威を理解できる。
そして、同時に僕は一つの事実に始めて気づいた。悠達は紅鬼を倒したのだ。
「紅鬼を倒したの? 僕はてっきり逃げたのかと」
「鮫島さん達が来てくれたからな。それに奴の攻略法を分かったってのもある」
「攻略法?」
「ああ、それが分かったのは、快斗のおかげなんだぜ?」
悠は上機嫌に僕の肩を叩く。
「え? 僕の?」
「ありがとうな」
そう感謝されても今一ピンとこない。自分は子鬼と戦い気絶していたはずだが。
そこで困惑している僕に快斗が解説する。
「部位破壊に気づいただろ?」
「うん、そうだね」
「それさ、実は部位破壊の判定は武器にも有効だったんだなぁ」
そこで、合点がいった。武器を破壊すればやつの攻撃手段を封じることができる。
「武器にHPゲージが出てるのを秋が気づいて、それで武器を破壊したって訳さ。それから奴はスキルを発動させる様子もなかったからな。苦労することなく倒せたぜ」
悠は自慢げに僕に語ってみせる。悠はやはり戦闘が好きなのだろうと、しみじみ思った。
「多分、固有スキルは、そのモンスターを倒せば貰えるんだろうな。俺はいらないから、快斗にあげるわ」
「え、こんなすごいスキル貰えないよ」
「いいんだ。それ、鈍器を装備してることが発動条件だから、俺は使えないし」
言われてアイテムの説明項を見ると、確かに鈍器装備必須と書かれている。
「でも、それじゃあ、僕も使えない」
「いいや、快斗は武器を何も装備してないだろ? これから鈍器がドロップしたら、使えばいいさ。俺は今更、装備を変える気にならないしな」
「でも、なんだか申し訳ないな」
「なにしてんの?」
そこで、明るい声が割り込んできた。
秋が部屋に入ってくる。後ろには結菜ちゃんもいた。僕を見つけて少しひきつった笑顔を向ける。僕も思わず苦笑いをする。やはり昨日、変な事を言ってしまったためか妙に気まずい。
そんな僕と結菜ちゃんの関係は知らずに、悠が秋に答える。
「紅鬼のドロップ、快斗に渡してたとこだよ」
「そうなの? そろそろ出発するらしいけど」
「いいさ。もう終わった」
悠は立ち上がり、大きく伸びをする。
「というか、鈍器なんてドロップするのかねぇ」
そこで結菜ちゃんが悠に質問する。
「鈍器ってハンマーみたいなものですよね?」
「そうだ。でも、今の所、ドロップしたの見たことなくてな」
「私もないなぁ」
「僕もない」
と悠に秋と僕が続く。そもそも僕は今のところ、モンスターから武器をドロップしていない。
そこで悠が結菜ちゃんに聞く。
「結菜ちゃんは見た記憶ある?」
「えっと、私はそもそも、魔物と戦ってないから分からないんです」
「そっか。そうだよなぁ」
悠は残念そうに呟くと再度結菜ちゃんに視線を向けた。
「そういえば、結菜ちゃんは初期スキル、何選んだんだ?」
「初期スキル……ですか?」
結菜ちゃんは何故か一瞬びくっと身体を硬直させ、急に緊張した面持ちで答えた。
「ゲーム開始時に選んだスキルがあったと思うんだが」
「それは……」
結菜ちゃんは目を泳がせながら、少し戸惑っている。そこですかさず、結菜ちゃんに代わって秋が答える。
「私と同じ【刺突】よ。ね?」
「そ、そうでした!」
「選んだ時の記憶が無いんだもん。聞かれると焦せるわよ」
悠は顎をさすりながら頷く。
「そっか」
「は、はい」
彼女は自信なく返事をする。さっきから彼女は何か動揺しているように見える。そんな様子を見かねて僕は言う。
「記憶があっても、ゲームをあんまりやってない人は、スキルって言われても分からないさ。僕もゲーム用語はほとんど分かんないし」
「そうなの?」
と結菜ちゃんは言ってから、慌てたように言い直す。
「そうなんですか?」
気にすることはないのにと、僕は内心で思う。彼女の年は『v-memory』に情報が無かったが、僕と対して変わらないだろう。だから、わざわざ敬語で話す必要はない。
それから、僕たちは部屋を出て歩き出した。
「結菜ちゃんも行くの?」
その質問に対し、結菜ちゃんは申し訳なさそうに答える。
「私も、みなさんの力になりたかったんですけど……まだ少し怖くて」
すると、すかさず秋が悠を小突く。
「当たり前でしょ。昨日の今日で、外に出れる訳ないじゃない」
「それも、そうだな」
悠は深く頷く。その隣で、どんどん結菜ちゃんは萎縮していく。
「気弱ですみません」
「結菜ちゃんと同じ状況なら、みんな誰でもそうなるわよ」
秋の言うとおり、記憶喪失のまま魔物に追われ続ければ誰でもトラウマになるだろう。むしろ、彼女は明るくみんなと話せている。その分、常人より心が強いかもしれない。
「それに、結菜ちゃんは女中さんのお手伝いするんだから。私たちより大変かもよ」
秋がいつもの調子で、にやにやしながら結菜ちゃんをからかう。
「えっと、頑張ります」
困ったように結菜ちゃんは言った。
それから結菜ちゃんに見送られ、僕たちは探索へと向かった。