表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/34


 その後、救助を待つか外へ探索に出るかが討論の軸になった。ARゲームに慣れているプレイヤーが多いためか、結論は探索の続行と決断された。そして、探索範囲を広げる事で話が決まり、解散となった。

 話し合いに参加していた人たちは、ぞくぞくと部屋を出て行く。僕も彼らに続こうとするが、隣の親友を見て思いとどまった。


 彼は寝息をたてながら熟睡していた。テーブルに突っ伏し、その無防備に弛緩した寝顔を僕に向けている。


「相当、疲れたんだろうね。……無理もない」


 鮫島さんは静かに立ち上がると、押入から毛布を取り出し、悠にそっと被せる。


「昨日から一睡もしないで、走り回っていたらしいから」

「今まで寝ずに……ですか?」


 僕は隣で眠る親友を見つめる。彼がそれほど疲れているとは気づかなかった。いや、僕に気づかれないよう、振る舞っていたのかもしれない。


「君や秋ちゃんが心配で、一晩中探したそうだよ。運良く秋ちゃんとは合流できたらしいけど、君が一向に見つからなくて、君の行きそうなところを繰り返し、探していたらしい」


 一晩中、魔物が徘徊する闇の中を、一人で捜索していたという事だろうか。

 ARゲーム経験者とはいえ、暗闇の中で魔物と遭遇する事は危険極まりない。そのリスクが分からない悠では無いはずだ。彼は命を危険に晒してまで、僕や秋を探してくれていた。


 僕が紅鬼に襲われているところへ悠が駆けつけてくれた時。少なからず、自分は運が良いと思った。だが、それは断じて違う。僕が助かったのは運でもなんでもない。彼の友を思う気持ち――それがもたらした結果だ。


「快斗くん。君は本当に良い友達を持っている。彼を……大切にするんだよ」


 鮫島さんが暖かい眼差しで彼を見る。


「はい」


 三人を残して誰もいない部屋で、僕は深く頷いた。

 少しの間だけ沈黙が続いた後、鮫島さんは少し躊躇いがちに口を開いた。


「君には、話すべき……だよな」


 自分に言い聞かせるように呟くと、今度は迷いない視線を僕に向ける。


「僕は君に伝えないといけないことがある。それは探し人のいる君にとって、知らねばならない事なんだ」


 僕は彼の真剣な雰囲気から、その事実の深刻さを察する。


「母に、関わることですか?」

「君のお母さんだけに関わることでは無いよ。今、このゲームに関わる人、全ての人間に関わることさ。とにかく見てもらうしかない。行こう。付いてきて」


 そう告げて、鮫島さんは静かに立ち上がり、部屋を出る。

 そう言われれば付いていく他にない。僕は彼に続く。

 部屋を出る直前、振り返り、眠り続ける悠を見た。彼は未だ深い眠りに落ちている。起きる様子はない。

 僕の中で、彼に付いてきてほしいという甘えが芽生える。しかし、それを何とか振り払い、鮫島さんの後を追った。


 廊下に進むにつれ、空気が僕の肌に冷たく刺さる。悪い妄想が僕の頭を埋め尽していく。

 鮫島さんは旅館の裏口から外に出た。裏庭を抜けると、離れにある一軒家に着く。鮫島さんは鍵を取り出し、解錠するとドアを引く。


「ここは僕が許可した人以外、近づかないよう言ってある。さあ、上がって」


 心なしか気落ちしている鮫島さんに従い、僕は家の中に入った。室内にも関わらず、異様な暗さに満ちている。


「ここは昔、僕の家族が住んでいた場所なんだけど、今はある物を置いておくために使ってる」


 鮫島さんは話ながら廊下を歩み進める。

 そして、一つの部屋の前で立ち止まった。


「見てもらいたいものは、この部屋にある」


 そう言って、彼は襖を空けた。

 目に入ったのは予想より広い部屋。室内には布団が複数並べられている。それぞれ誰かが寝ているのか、ふっくらとした膨らみがあった。しかし、不自然にも顔に当たる位置に、全てタオルが被せられている。


「あっ……」


 僕はそこで察する。

 どうやら、僕の悪い妄想の一つが、当たってしまったようだ。

 ここに安置されているのは……死体だ。人間の死体に違いない。


「住宅街を探索していたら、倒れている人達を複数人見つけてね。今朝方、この旅館に運んできた。だけど、みんな夕方頃には死んでしまったよ……」


 僕が母を探しに家へ戻った頃には、すでに旅館の人たちがあの周辺を探索済みだったということだ。つまり、妙に人の気配が無かったのも、すでに旅館へ避難、もしくはここに連れてこられていたからだろう。


「ゲームでの死は、リアルでの死を意味する。小説やファンタジーじゃなく、これは本当のデスゲームなんだ」


 そう僕に告げる鮫島さんは、部屋の暗さではっきりとは見えないが、悲しげな表情を浮かべている気がした。


「女中さんから、君がお母さんを探してる事を聞いたとき。ここの事を話さない訳にはいかないと思ってね」


 それから、僕の方を向く。


「画像があれば、僕が確認するけど……」


 それまで、呆然としていた僕は、その言葉で我に返る。彼は母がこの中にいるかもしれない。そう言っているのだ。

 心臓の鼓動が急速に高まる。

 手が振るえ、身体が一気に緊張する。

 だが、僕は拳を強く握り、はっきりと言葉を紡いだ。


「いえ、僕自身で確認します」


 大丈夫かいと、鮫島さんは心配してくれるが、僕は大丈夫ですと言って部屋の中に入った。

 明かりを付けると、一気に実感が沸いた。死体の妙な生々しさが、リアルに伝わってくる。


 心臓の高鳴りを無視して、僕は死体の前に立った。鮫島さんが女性の死体を教えてくれるので、一つ一つ確認していく。

 死体は予想より綺麗だった。まだ死んで、それほど経っていないのだろう。だが、人間特有の暖かさは、まるで感じられなかった。


 三つ目の死体を確認すると、それが知り合いだと気づいた。 

 近所の家に住む、おばあちゃん。僕がここに越してきて間もない頃、この近辺について丁寧に教えてくれた。僕を息子に似ていると、よく可愛がってくれていた。いつも登下校のたびに話しかけてきてくれた。

 彼女は、親切で世話焼きで、とても心優しい人だった。


 どうして、彼女が死ぬはめになったのか……

 こんな唐突に死ななくてはならないのか……


 狂ってる。今のこの状況は狂ってる。

 彼女の日常を奪う権利が、いったい誰にあるというんだ。こんなのは絶対に間違ってる。


 ふつふつと僕の中に、怒りがこみ上げてくる。それは灼熱の業火の如く、僕の心でうねり始める。今までの人生、これほどまでに感情が高ぶったことは無い。 


 僕は高ぶる感情を抱いたまま、坦々と死体を確認していく。

 六人目の死体を前にしたところで、鮫島さんが口を開く。


「女性の死体はこれで最後だ」


 僕はそれに小さく頷く。

 ゆっくり、死体の顔に被せられたタオルを取る。

 綺麗な女性の素顔が現れる。


「どうだい?」


 静かに鮫島さんが聞く。


「……違います」


 僕は呟くように言った。

 安堵と不安が同時に押し寄せる。母はいなかった。少なくともここにはいない。本当に母はどこに行ったんだ……


「そうか……。分かった。じゃあ、戻ろうか」


 鮫島さんの後を、僕は軽い放心状態で付いていく。色々と声をかけてくれるが、頭に入らない。様々な感情が、濁流となって僕の中で渦巻いている。考えがまるでまとまらない。

 そんな状態だったためか、自身が旅館内に戻ったことに気づいたのは、自分の部屋の前に着いた時だった。

 しきりに鮫島さんが心配していたが、僕はただ生返事をするしかなかい。

 その時だ。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 旅館に女性の悲鳴が響きわたった。

 僕の意識は現実に戻る。続けざまに母の姿がフラッシュバックした。

 僕は本能の赴くまま、悲鳴のする方へ走り出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ