Ⅲ
秋たちとの会話をすませた僕は、豪勢な客間に帰ろうとしたところで悠と会った。
「お帰り!」
「快斗!」
悠は走って駆け寄ってくる。
「大丈夫なのか? 生きてるか?」
「慌てすぎだよ。僕は特に問題ないよ?」
「そうか、そうか!」
正面から僕の肩を掴みながら、何度も納得するように頷く。よほど僕の事が心配だったのだろう。
「お前、全く目を覚ます様子が無くて、かなり不安だったんだぞ」
そう言われて、僕は初めて自分が長時間眠っていた事に気づいた。僕が紅鬼に遭遇したのが、昼あたりだった事を考えると、六時間以上は寝ていた事になる。
「心配かけたみたいで、ごめん」
「いや、いいんだよ。無事なんだからな!」
相当嬉しいのか、何度も僕の肩を叩く。
「しかしなぁ、お前が目を覚まさなくても焦るのは俺ばっかりで。秋は大丈夫だって言って、根拠も無く落ち着いてるんだよ。どう思うよ? 俺はいてもたってもいられなくて、外へ飛び出したってのに」
落ち着き無くうろうろと歩き回っている悠と、静かに座っている秋の姿が目に浮かぶ。
「秋も内心は焦ってたと思うよ? ただ表に出してないだけで」
「そうか? 快斗が言うなら、そうかもしれないが……あいつ、快斗の寝てる姿を見て、ずっとむすっとしてたから、俺には何考えてるか全く分かんないぞ」
両手を広げて、お手上げだと主張する。
「実は、悠より秋の方が心配してそうだなぁ」
そう考えると、申し訳なくなってくる。二人には随分心配をかけてしまったようだ。
「立ち話もあれだ。旅館の人がご飯を用意してくれるらしいから、食いに行こうぜ」
そう言いだすと、悠は僕を促すように歩き出した。
「そういえば、外に出て、悠は何してたの?」
「ああ、旅館の人と一緒に、調査へ行ってたんだ」
聞けば、警察などの公的機関がどの程度機能してるかや、ライフラインの確認をしていたそうだ。
交番はもぬけの殻、消防署も同様だったそうだ。そもそも山に囲まれた田舎だ。多くの警官や消防員が駐屯している訳ではない。
また、水道や電力は問題ないようだが、テレビ回線は死んでいるらしい。加えてネットの閲覧はできず、メールや電話も近場でない限り、つながらないそうだ。むろん、ラジオの電波もキャッチできない。
つまり、国からの発表は僕たちに届かないし、こちらから発信することもできない。この唐突に始まったゲームが、いったいどの程度の規模なのかも把握できない。
「すまん」
そこで悠が唐突に謝る。
「快斗の家に行ったんだ……」
心臓が一気に跳ね上がる。僕の家に行ってどうしたのか。
「誰も居なかった。快斗の母さんは居なかったよ。周囲を探しても見つからなかった。快斗は知ってるのか?」
「いや、僕も母さんの事を探してたんだ」
死体があった、と言われる気がしてならなかったけど、どうやら思い過ごしだったようだ。母は、少なくとも自宅からは逃げたようだ。
僕は悠に、かいつまんで昨日の経緯を話した。
「そうか……快斗の母さんの事だ。何事もなく、ひょっこりでてくるさ」
「そうだと、いいけど」
悠と僕はお互い元気なく会話する。
「悠の、家族は?」
「俺の家族は、このゲームが始まる前に、遠出しててな。親父は出張、母ちゃんは友達と旅行に行ってる。家に居たのは俺だけだ。だから、家族がどうなってるかは分からん」
悠は小さくため息をつく。
「俺よりも秋の方が心配だ。あいつ、祖父祖母と暮らしてただろ? 秋は自宅に居たらしいが、じいさんとばあさんは祭りの準備で神社の社に残ってたそうなんだ。だから、二人がどうしているか、分からないらしい」
さっきの秋の姿を見ると、そんな様子は微塵も感じなかった。秋のあの楽しそうな振る舞いは、無理をしている裏返しだったのかもしれない。
「悠くん、快斗くん!」
そこで、僕たちを誰かが呼び止めた。
振り返ると、鮫島さんが小走りで近づいてきた。
「どうしたんですか?」
悠が聞く。
「今から、これからの事を話し合うんだけど、二人も来ないかい?」
「俺ら、今から飯に行くとこだったですが……」
「ご飯なら、一緒に食べよう。女中には二人の分を、僕の部屋に運ぶよう伝えとく」
「そういうことなら……」
悠はちらっと僕を見る。僕はすぐに頷いた。
「行きます!」
悠はそう返事する。
「決まりだね。この廊下の奥が僕の部屋なんだ。付いてきて」
こうして、僕らは鮫島さんに促され、一際大きい部屋に通された。
部屋にはすでに何人かが座っていた。長テーブルに座して、各々雑談をしている。
見る限り、年齢や性別はばらばらだった。初老のおじさんや三十代ぐらいの主婦など。だが、僕らのような高校生はほとんどいない。
「こちら悠くんと快斗くんだ」
みんな、快く挨拶してくれる。多分この人たちが、僕たちを助けてくれた人たちなのだろう。僕は恐縮しながら頭を下げる。
「これから、お世話になります。自分も微力ながら、色々と手伝わせて頂きたいと思います」
「俺もお願いします」
悠も僕に続いて頭を下げる。
みんな口々に丁寧だなぁとか、そんな気にするなと声をかけてくれる。
「さあさあ、座って」
「失礼します」
僕は手頃な場所へ、悠と共に腰を降ろす。
鮫島さんは僕たちが座ったことを確認して、口を開いた。
「一応みんなに言っておくと、悠くんは『ZO』プレイヤーだからね。彼はある程度、話が分かると思うよ」
室内がざわつく。『ZO』は悠がはまっていたARゲームだ。
「快斗くんはみんなと初対面だから説明するけど。ここにいる人は、一度は『ZO』を経験した人たちなんだ。因みに僕も『ZO』をやってる」
「『ZO』を?」
周囲の人たちを見渡す。
僕は『ZO』を若者のゲームと思いこんでいたが、どうやら認識を改めないといけないらしい。
「今、僕たちがプレイする事を強いられている『RWO』が、ARゲームの一種であろう事は、みんな気づいていると思う。だからこそ、ARゲームを経験したことのある人達から、話を伺いたくてね。こうして集まってもらった」
話によると、この部屋にいる大半の人間は、最近になって建てられたゲームセンターが目当てで、この旅館に泊まりにきたらしい。
都会のゲームセンターは常に飽和状態で、まともに遊べないという。だから、わざわざこんな田舎まで足を運んだらしい。
「それじゃあ、さっそく本題に入るけど。昨日の二十二時頃、『v-memory』に『RWO』なるゲームがダウンロードされた。それから、十九時間が経過した訳だけど、現状が回復する兆しがない。そこで、これから僕たちはどう対応していくべきなのか、話したいと思う」
その鮫島さんの言葉で話し合いが始まった。
国の対応や、電力の問題、このゲームがいつまで続くのかなど、様々な話題について議論が交わされる。
「そもそも、このゲームの意図はなんだ」
一人が疑問を投げかける。
それは僕も疑問だった。何故こんな意味の分からない事を強制させるのか。実行者の考えがいまいち分からない。
経済的な理由や、他国からのテロ攻撃ではないかなど、複数の憶測も飛び交うが、どれも根拠がないものばかりだった。
そんな中、鮫島さんが言い放つ。
「一つ言える事がある」
みんなが一斉に彼を見る。
「このゲームはゼドンに似すぎている。『ZO』の運営が関与しているかもしれない」
そこで僕以外の人間が深く頷いた。僕は周囲が何故納得しているか疑問に思いつつ、黙って話しを聞く。
「これを見てくれ」
鮫島さんはゲームウィンドウを何度か操作し、二〇センチ四方の透明な画像板をストレージから取り出し、テーブルの上に置いた。
そこにはドラゴンと戦っている、戦士の姿が写っていた。それぞれの上部にはHPゲージが表示されている。
「これは僕の視覚映像だ。『ZO』をプレイしている時に、キャプチャーしたものなんだけど」
『v-memory』は自分の視覚情報を保存しておくことができる。彼はゲーム中に自分の見たものを保存しおいたのだろう。
「確認してほしいのはこのHPゲージ。デザインは微妙に異なるが、ゲージの減少演出が『RWO』に酷似してないかい?」
みんな画像を見て納得している。僕は目を凝らして見るがまるで分からなかった。
僕は隣に座る友人に、そっと訪ねた。
「分かる?」
「ああ、何となくだけどな」
そんなやりとりをしていると、周囲の人たちは、似ている箇所を複数指摘し始めた。
どれも、僕には分からないことばかりだったが、中には理解できることもあった。
「システムも、アクション部分はほぼ同じだな。ただ、レベルの概念だけが無い」
僕は深く納得する。今まで、複数の魔物を倒してきたが、レベルなどの単語が出てきた事は無い。加えてステータス画面を見ても、レベルを表す項目が無かった。
一通り意見が出尽くした所で、鮫島さんが話をまとめる。
「ここまで似ているとなると、同じゲームエンジンを使っているのは確実だろうね。『ZO』運営が『RWO』に関係していることは疑いようがない。順当に考えれば『ZO』のゲームシステムがテロ組織のような団体に奪われてしまったといくことだけど。もししかしたら、始めから運営が協力していたのかもしれない。今は推測の域をでないけど」
そこから、それぞれ考え込むように沈黙する。
僕はそこで、今まで疑問に思っていたことを質問した。
「あの、レベルというシステムが無い以上、このゲームで生き残るには、強い武器やスキルを手に入れるのが一番なんでしょうか?」
僕がそう質問すると、鮫島さんが返答してくれる。
「快斗くん、良い着眼点だね。僕もそう思うよ。ただ、このゲームが『ZO』と似ているとすると、スキルは敵からしか手に入らない」
鮫島さんが言うには『ZO』には店舗やクエストなどの機能はほとんど無かったそうだ。
結果、スキルや武器は完全にモンスターのドロップに頼るしかなく、強力な物を手に入れたければ、強力なモンスターを倒すしか術がないそうだ。
「よく、モンスターの攻略方が思いつかなくてね。レベルを上げてごり押ししたもんだよ。でも、この『RWO』ではそれができない。だから、初期スキルを含めた、七つのスキルの組み合わせが非常に重要になってくる。正直、かなりシビアなゲームシステムさ」
参ったと鮫島さんは肩を竦める。
このゲームは、ARゲーム経験者に難易度が高いと言わせるほど難しいらしい。僕のような素人でこの先、やっていけるか不安になる。
そう悲観していると、背後から襖を叩く音が聞こえた。振り向くと、襖が開き、何人かの女中さん達が中に入ってきた。
僕たちの前に食事が運ばれてくる。
「話し合いの途中で悪いが、食事が来たようだ。さあ、遠慮せず食べてくれ」
鮫島さんに言われ、僕は目の前の御膳から、一品をつまむ。
魚の切り身を口に入れたその時、予想外の味が僕の口に広がった。魚と思って食べたはずのそれは、どういう訳か鶏肉のような味がする。美味しいには美味しいのだが……
よくよく考えれば、味もまたゲームの仕様で書き換えられている、という事だろうか。
いやそもそも、視覚情報を上書きされている以上、これが本当に魚という保証すらない。
「驚いたかい? 意外な味がしたんじゃないかな?」
いたずらが成功した、というような顔で鮫島さんは僕を見る。
他の人もちらほら、首を傾げている。悠は……気にする様子がない。うまいと言って、怒濤の勢いで食べている。よほど空腹だったようだ。
「失礼ですが……本当に食べれるもの……なんでしょうか?」
僕が気にしているのはそこだった。魚だと思わされているだけで、実際は虫の死骸だったら恐怖でしかない。
「その心配も、ごもっともだ。でも、これは歴とした食べ物だから安心してくれ」
聞けば、冷蔵庫や冷凍庫に入っている物を使用しているから、そんな間違いは起きないらしい。加えて、『v-memory』が食べれる物かどうかの判定と、それの調理法まで丁寧に情報開示してくれるらしく、そこは安心していいという話だ。
と、言われても納得しがたい物がある。実際に実物を確認してみない事には安心できない。
そんな、僕の心配とは裏腹に、隣の友人は三杯目のおかわりを宣言していた。