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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

護美集積所

作者: 藤華

静かに眠りにつく住宅街の道路を道路清掃の車が水を掛けつつブラシを回転させゆっくりと通る。

運転席ではゴツイ顔つきの男がボリュームを絞ったラジオに合わせて鼻歌を小さく歌いながら車を操作している。


シャアシャアという道路にブラシの擦れる音とエンジン音が真夜中の街に遠く近く聞こえている。


小さなゴミや木の葉を巻き込み時に散らしながら進む車の運転席で、ふと路面を見た男の眉間に皺が寄る。


「ったく、何かの液体垂らしながらゴミか何か運びやがったな。道が汚れてんじゃねぇか。ま、俺が通った後は綺麗になるけどな。」


車高の高い運転席の男の視界には、車のライトと街灯に照らされた道路脇の所々に黒っぽい茶色の液体が点々と付いているのが見える。


シャアと車体の下で水を掛けられブラシで擦られた点が、赤味を増したのはすでに男の視界からは確認出来ない位置に有る時であった。



その車のずっと前方に一人の女が何かを抱きかかえながらゆっくりと歩いていた。

微かな声で子守唄を歌いながら、抱きかかえたものをポンポンと宥めるようにリズムを取る。


「ん……グ…ゲェ…シュー…カハッ…くぉうぃお……」


徐々に不鮮明になって行く歌詞と呂律。そして混じる水音と空気の漏れる音。


ポタリ ヌチャリ ガリ ポタリ ヌチャリ ブツリ ヌチャリ ガリ ポタリ…


ポタリと液体が道路に落ちる。

ヌチャリと音がすると液体は止まる。

遥か後方の車の音が徐々に近づいてくる。


共同住宅のゴミ集積所の横に来たちょうどその時、

ガブリブツリボキンッ

女の歩みが止まると同時にクタリと腹であった場所を頂点にして背中を二つ折りにした身体が、幾つかすでにあった大きなゴミ袋の間に崩れる。


女のコートの内側に護られる様に抱えられていた何かがひらりと飛び出すと、女からコートのみ脱がせ、脇に退けると崩れた女だった身体に乗り出す。

ガリヌチャリムグブツリヌチャリボキンブツリヌチャリムグガリヌチャリビリズルガブリブツリヌチャリボキンブツリヌチャリムグブツリヌチャリボキンブツリボキンブツリヌチャリムグブツリヌチャリ…

先程までよりも早いペースで聞こえる音。

そして程なくしてかつて女だった身体はそこからは消えていた。


そこには、女に面差しが似た、しかし女には無かった美と妖艶さを持った何かが立っていた。二本の足で立ったそれは、脇に退けて置いたコートを羽織るとポツリと呟く。


「タリナイ」


消えた女は小柄で、痩身だった。痩せて美しくなるという強迫観念からほぼ骨と皮と言っていい身体だった。


何かは、ふと顔を上げた。聞こえた音にニヤリとした後、静かに集積所の傍に膝を抱えて座り込む。



「んもう、あのおっさんに見つからないうちにゴミ出しとこ。朝起きられないから前の夜に出すのに、決まりがどーの、カラスがどーの、うるさいっての!しかも、アタシだけじゃないじゃないの。管理組合とか何とか言ってるけどお、女に声掛ける口実にしたってお粗末じゃない?まぁ、アタシは、はなからあんなジジイお断り~つうか、話掛けんなっつうことよね~」


部屋着姿の若い女が、豊満な胸を揺らしながら、大きなゴミ袋をぶら下げ階段を降りる。何やらブツブツと言いながらゴミ集積所に近づく。


ボスッっとゴミ袋を投げるとクルリと踵を返した若い女に


「アノ…」


暗がりから声が掛かる。


「ひっ…」


ギョッと振り返る若い女の視界には、ゆっくりと光の中に出てくるコートを羽織った少年の姿があった。


(ちょっ…何この美少年!え?少年よね?女物のコートみたいだけど。しっろ、肌キレ~つうか、顔すっごい好み~。女顔っぽい男の子って好きなのよね~。やだ、なんか熱っぽい目だわ。引き込まれそう。ていうか、この子裸足?コートの下も見た感じ着てない?え?)


「どうしたの?この辺の子?」


「ン…オカアサンニネ、オイダサレチャッテ、コマッテル…オネイサン、タスケテ…」


(お持ち帰りしてくださいってことよね?でも知らない子だし~)


若い女は、少年が嘘をついているか悩みながら、マジマジと顔を見ている。その顔に半分見惚れながら。


少年が、悲しげな顔をしながら一歩、自分に近づいたのに若い女は気づかない。

ゆらりと上がった少年の手が若い女の手にそっと触れて


「オネイサン、ダメ?」


トロリと若い女の目が変化した。

「良いよ。その代わり、おネーサンの遊びに付き合って貰うね。んふ」

ゆるりと繋ぐ女の掌を少年の親指が撫でる。だんだんと熱っぽい目になっていく若い女の上気した顔にニヤリと少年は嗤うとヒョイっと若い女が出したゴミ袋を掴み、若い女の部屋に移動する。


部屋から響く水音と嬌声。


 最後に悲鳴の様な嬌声が上がった後、

「オネイサン?ネチャッタ?…ジャア、イタダキマス…コハイラナイカラ、スグタベテヨイヨネ?…ハンショクタイチイサスギテ、タリナカッタシ…」


ガブリガリヌチャリムグブツリヌチャリボキンブツリヌチャリムグガリヌチャリビリズルガブリブツリヌチャリボキンブツリヌチャリムグブツリヌチャリボキンブツリボキンブツリヌチャリムグブツリヌチャリ…ムグガリヌチャリムグブツリヌチャリボキンブツリヌチャリムグガリヌチャリビリズルガブリブツリヌチャリボキンブツリヌチャリムグブツリヌチャリボキンブツリボキンブツリヌチャリムグブツリヌチャリ…


翌朝、妖艶な雰囲気を纏った若い女がゴミ袋を持って、ゴミ集積所にやって来た。


「今日は、時間を守ったんだな」


若い女の背後に中年太りの男が立ち、眉間の皺を緩めて話かけた。


「オハヨウゴザイマス。ハンセイシタノ。アラ?…ナニカツイテマスヨ」


女の指が男の首元に触れる。

トロリと目が変化した男に


「アア、トレマシタ。ソウダ、クミアイチョウサンニ、ソウダンシタイコトガアルノデ、オヘヤ二コレカラウカガッテモイイデスカ?」


ゆったりと笑いかける女。

白い指が男の首の頸動脈の辺りを撫でると、男は弛んだ腹をぶるりとして熱っぽい目で女を見ながら


「ああ、じゃあ…」


と踵を返した。


翌朝、スラリとした身体の組合長が、ゴミ集積所で不燃物の整理をしている所へ近所の主婦がやって来る。


「おはようございます。いつもありがとうございます。」


「アア、オハヨウゴザイマス。キョウハヨイオテンキニナリソウデスネ。」


「…何か、組合長さん、カッコ良くなりました?…ジムでも通い始めたんですか?」


「ハハ、チョットガンバッタンデスヨ」


しばらく弾んだ会話をした後、熱っぽい目の主婦と消えていく男。


そのあとのゴミ集積所に妖艶な若い女が現れると、ちょうどそこに来た他の部屋の猫背の男に挨拶をした。







「 ねえねえ、知ってる?あの街ってすっごい美形比率が高いって言うの。何かもう、人外の域の人もいるし、道で井戸端会議してるおばちゃん達まで綺麗なんだって~。」


「 え~。またまた~。ガセでしょ。そんな街有るわけないじゃん!」


「 え~、でも気にならない?今度の休日行って見ない?」


「 出た!自他ともに認める面食い。どっちみち、その日は用事があって無理~。」


「 え、デートでしょう?良いよねえ、美人さんは。じゃあ、独り寂しく美形鑑賞して来るもん!」





「 あ、この間、行ったの?どうだった?」


「 ン~。ケッコウビケイゾロイダッタヨ~。カレシトカデキナカッタケド~。」


「 ていうか、あんたも何か痩せて綺麗になった?ちょっと見ないうちに肌も髪も綺麗だし、姿勢も良くなっているんじゃない?」


「 ソウオ?アノマチデビケイイッパイミタシ、オトモダチニナッタヒトモイルカラカナア?」


「 何それ?へー、今度暇な時に行ってみようかなあ?あ、彼氏来た。じゃあ、またね。」


「ン~。バイバイ~」



「ちょっとお、遅いよう。友達と話して時間潰してたんだよ~。」


「ゴメンゴメン。チョットデガケニヨウジデキチャッテ。ゴハンオイシイトコニツレテイクカラサ~」


いつもに増してカッコ良く見える彼氏にニッコリ笑いかける彼女の手が彼氏の手に包まれると、彼女の目がトロリとして……


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