ランドルト環・武器商人・発光
――ダァンッ! とけたたましい音が響いた。銀色の銃身が跳ね上がり、少し遅れてから遠くの方で煙が上がる。
「……チッ」
伏射姿勢でライフルを構えていた男は、スコープから目を離し、顔を顰めて舌打ちした。
「大したライフルだなあ。ええ? おい!」
「おやおや、これはこれは」
気楽そうな声で笑ったのは、恰幅の良い男性。彼は双眼鏡から目を離し、不機嫌そうな顔でライフルを抱いていた男を見下ろす。
「20発撃って全弾外れるとは。大した腕でございますなあ」
「俺のせいじゃねえ! このライフルの性能が悪いんだろうが! 絶対! 絶対に照準がずれてやがる!」
「しかしこのアサルトライフルの有効射程は300m。その距離で外れるなどということはないのですが」
「現に外れてんだろうが! お前、こんなポンコツ売りつけて、それでも商売やる気あんのかよ!」
「おやおやこれは手厳しい」
男性はたるんだ大きな腹をゆすってからからと笑った。彼は、武器商人だった。
「しかし、夜間射撃では、これもいたしかたがないのでしょうか」
「んだよ、できるかできないかどっちなんだよ!」
時刻は夕方。そろそろ陽は沈もうとしていた。空は深い紺色に染まり、遠く離れた的は、肉眼では視認することも難しい。
「少し、いいですかな?」
商人は男の手からライフルをもぎ取り、無造作にスコープを覗き込んだ。
「おやおや、これはいけませんなあ。……ここをポチッと」
商人はスコープの脇にある小さなボタンを押すと、男に返した。
「ん? 何をした? ……っておお!」
再びスコープを覗いた男は、歓声を上げた。スコープには、さっきまで見えなかった十字の照準線が発光し、クッキリと見える。
「……ライティングレクティルです。ご存じありませんかな?」
「ほう、そんなものがあったのか!」
「むしろそんなものも知らずに撃っていたのですか……」
「よし、もう一度撃ってみるぜ!」
そして、二十分後。
「なぜだ……なぜ当たらない」
「まあ夜間射撃は難しいですからなあ」
商人は言った。
「スターライトスコープでもあればもうちょっと撃ちやすいのですが」
「とにかく暗いのが悪い! おい、あの的も発光しねえのか!?」
「……普通、敵は自分から光を発しはしないと思いますが」
「ぐっ……」
男は一瞬言葉を詰まらせたあと、ふと思い出したように言った。
「いや! そう言えば敵は、赤外線スコープを持っていないんだった! だから大丈夫だ、夜間戦闘はマグライトの発光で敵の位置が分かる!」
「なるほど、では――」
商人はパチンと指を鳴らした。その途端、200メートルほど先で新たなマンシルエットがせり上がってくる。それは、全身がグリーンに光る、丸みを帯びた奇妙な形をしたものだった。
「すげえぜ! よくこんなものを用意したな!」
「これは、藁人形に蛍光塗料を塗っただけですがね」
「よし、試してみるか」
男は再びライフルを構えた。その表情は、自信に満ちていた。
二十分後。
「な、なぜだ……。やっぱり、このライフルが……!」
「いやいや、このライフルはの照準がズレているということはありますまい」
男が撃った弾は、全弾外れてた。蛍光塗料でテカテカと光る藁人形に、掠りもしなかった。
「それにしても不思議ですねえ。あなたの構えはそれなりに様になっているのに、その命中率はド素人並みに酷い。どうしてでしょうかねえ? スコープの調整はちゃんとしておりますか?」
「そりゃしてるけどよ……。なんつってもアレなんだよな。なかなかピントが合わないっていうか……。いっぱいいっぱいまで回しても、クッキリとはいかねえんだよなあ……」
「…………は?」
「いやね、俺がスコープ付きのライフル使ってるのは、なんつーか眼鏡の代わりなんだよなあ。俺、ちょっと視力悪いし」
ポカンとした商人を差し置いて、男は言う。
「まあ近い距離だったらさ、多少ボヤけてても問題ないわけよ。拳銃で胴体らへんをテキトーに撃っときゃ何とかなるわけだし。でもライフルってのはなあ……」
「ほう、ではぜひこのライフルを!」
「……は?」
「いやあ、スコープを新型に差し替えて良かった。実はこれ、視力を良くする機能があるのです」
「何!? 本当か!?」
「はい、努力すれば必ず!」
「………………努力すれば?」
十分後。
「……下」
「不正解です。はい次」
「……右」
「不正解です」
「ち……これも見えてねえってのか。…………って何でライフルのスコープにランドルト環が!?」
スコープには、発光するランドルト環が表示されていた。商人がリモコンのスイッチを押すと、次々と表示が切り替わり、次第その直径が大きくなっていく。
「射撃に視力は重要ですからね。いつでも測定できるように、と」
「だいたいこれじゃ測定はできたって良くはならねえぞ」
「そこは視力回復トレーニングで地道に」
「本当に地道だなおい!」
まさに視力想定の機械そのものだった。スコープと視力測定器の機能の両立はすばらしい技術だと思うが、使いどころを間違っているのではないかと男は思う。
「……ところで、俺の視力はいくらだったんだ?」
「少なくとも0.1は切っていますね。よくこれで傭兵なんてできたものです」
「だから最近行き詰ってるんだよなあ。つーわけでこれ却下ね」
「何をおっしゃいます。ランドルトでは不足ですか」
「不足すぎるわ。今すぐ俺の視力をマサイ族並みにしてくれるって言うなら考えてもいいけどな」
「……では今度はスコープに超音波治療装置を取り付けましょう」
「いらねえよ! てかそんなん付けたら的が見えねえよ!」