目薬・ルービックキューブ・大海原
なかなか難題で……
先生「鑑真を知っていますか?」
生徒A「ガンジーですか?」
先生「いいえ、カンジーではありません。鑑真です」
生徒B「鑑真は日本に仏教を教えて下さるために幾多の渡海で失敗しながらも、ついに日本にたどり着いたと聞いています」
先生「はいその通りです。しかし、日本にたどり着いた時、鑑真失明してしまったのです」
出版社のわからない歴史の資料集より抜粋
「つまりだ、オレ様は鑑真並みの偉業を成し遂げたというわけだ!」
管狐八五郎はニューヨークのアパートの一室でそう叫んだ。
「オレ様は幼い頃からルービックキューブが好きだった。ずっとずっとルービックキューブを愛し続けて、世界大会に出ることを夢見ていた。だから俺は、ずっと己を鍛錬し続け、ついに! 高校卒業後、大海原を渡り! ルービックキューブの本場、アメリカ大陸までやって来たのだ!」
「アメリカに渡航するのは簡単なことじゃなかった! たくさんの苦労があった! だが、何があっても俺は挫けなかった! 失敗してはまた繰チャレンジを繰り返し! そして俺は今、アメリカにいる!」
「だが……代償は大きかった。かの鑑真和上は、日本に渡航するまで幾度となく失敗し、その厳しい船旅によってついに視力を失ったと聞く。そしてオレも……オレ様もまた、大切なものを失った!」
管狐は悲劇的な口調で語り終えた。それ以上は何も語ることはない、といわんばかりの顔だった。
「――そうとも」
だが……言葉は続いた。彼ではない、何者かの口によって。
「キミは、大切なモノを失った。それは金か? 恋人か? あるいは家族?」
それは、少女の声だった。管狐の部屋に我が物顔で座っている、十六歳頃の少女は、綺麗な黒髪に青い目を持っていた。彼女は日本人の血とともにアメリカ人の血も受け継ぐ混血だった。
「いいや、違う。だが一方で、それらのものに繋がるほど、大切なモノ。それを得るためにはたくさんの犠牲を払わなければならないが、努力さえすれば手に入れるのは決して困難なモノではない」
そして、少女は言う。
「――だけど、キミは捨てたんだ」
ぞっとするほど酷薄な口調で、少女は告げる。
「キミは、捨てたんだ。――大学の単位を!」
「オウ、マイガ――ッ!」
管狐は頭を抱えた。
「だが、仕方がなかったんだ! 俺は、俺は、ルービックキューブを愛しすぎた! ルービックキューブを見つめて、教科書を見ていなかった! だけど仕方が無かったんだ! ニッポンの大学は難しすぎる!」
「――なァ~にがムズカシスギル、だ!」
少女はキレた。
「日本の大学なんてヌルゲーそのものじゃないか! アメリカの大学はもっと厳しい! 入学するのは簡単でも卒業するのは死ぬほど難しいんだぞ!」
「うるせー! High School Studentのくせに知ったクチを!」
管狐はアタマを掻き毟った。
「それでも頑張ったんだ! ルービックキューブに覚えるべきことを書いて、毎朝トイレでガチャガチャやったんだ!」
「それこそ『二階から目薬』というやつだ!」
少女は呆れた風に叫んだ。
「キミは自分のことをガンジンに喩えていたが、目の悪さだけは確かに一致してるな!」
「目薬と盲目をかけて上手いこと言ったつもりか!」
管狐は叫んだ。
「だけどオレ様はな、何かを成し遂げるには何かを犠牲にしなければならないと気付いたんだ! 俺が盲目的にルービックキューブを愛するのも仕方ない! だってそれこそが、愛の証だから! 鑑真もなあ、仏教のために目を犠牲にしたんだ!」
「タワゴトはもうやめてくれ……」
少女は
「いつまでイトコの家にイソーロ―する気だ。通訳だって私に頼んでるくせに」
「むっ……」
それまでやかましかった管狐が、突然黙った。額からは汗が流れている。
「だいたい着の身着のままでニューヨークをほっつき歩いてたバカを拾ってやったのはこの私だろ。私がいなかったらどうするつもりだったんだ」
「むぅう……」
何も言い返せない管狐。それを見て従妹の少女はやれやれと首を振って溜息を吐いた。
「悪いことは言わないからさっさと日本に帰れバカ。いまなら留学してきましたで済むぞ」
「だが……鑑真は……」
「あ、そうそう」
少女は思い出したように言った。
「鑑真が失明した原因って――」
生徒B「失明してしまうほど、鑑真の船旅は厳しいものだったのですね」
先生「そう言われていますが、どうやら違うようだ、という説もあります」
生徒A「ではどうして失明したのですか? 深夜アニメの見すぎですか?」
先生「あなたは黙ってなさいA。鑑真が失明した原因は――
――ただの白内障だと言われています。
オチが微妙。反省。
【報告】
旅行に出かけるため執筆が難しくなるので、二月中の更新は一時停止させていただきます。三月から再開します。