ポニーさんと仔馬
この物語は実在の人物・企業・その他諸々と全く関係がございません。
ポニー、ポニー、ポニー、ポニー。昔そう言う話があったもんだ。牧場で育てられたポニーさんが悪魔に連れ去られたと言う話さ。ハッ。どうして笑っているかって。笑っていられるからさ。ポニーさんは悪魔に連れ去られて、ギンギラまんまるういお月さまに魅せられたって言う訳さ。ポニーさん、ポニーさん。あぁ、そうだったね。確か、そう言う話だったのかもしれない。そう言う出だしだったのかもしれない。男はポロロン、と壊れたギターを弾いた。いや、音楽に詳しくない自分から見て、もしかしたらそれは間違っているのかもしれない。フォークを手に持つ男は考えた。男はギターと言うには小さすぎる弦楽器を片手に抱いて、大事そうに弦を弾いた。ポニーさん、ポニーさん。男は口ずさむ。
そのポニーさんは、まんまるい大きな緑で一杯な牧場で育ったもんだ。そして、沢山のお馬さんに囲まれた訳だ。男はポロロン、とまた壊れた弦楽器を弾く。男の干からびた大地の指が不器用に弾く。男は話を続けた。フォークを片手に持った男は口を動かしながら、干からびた大地の肌を持つ男を眺めた。男は大きな大きな帽子で自身の顔を隠していた。フォークを片手に持つ男には、オアシスが干からびた唇しか見えない。
ポニーさん、ポニーさん。沢山の馬に囲まれて暮らしていたのを、悪魔はひっそりと眺めていたのさ。人さまの目につかないようにね。鬱蒼と生い茂った森の木の裏に隠れてね。男は哀愁を込めたように目を細めたような気がした。伏せたような気がした。男の歪で干からびた指がまた壊れた弦楽器を弾く。男はどっしりと厚いポンチョで覆われた上に、これまたどっしりと干からびて古びた丸椅子に腰を下ろして座っていた。軽く男は脚を組んだ。組んだ脚の内側に、壊れた弦楽器の丸い部分を乗せた。ポニーさん、ポニーさん。男は唄う。男は意味が分からなかった。フォークを片手に持った男は追加の注文を頼んだ。ポニーさん、ポニーさん。男は唄う。
さて、あくる日、ポニーさんははぐれたものだ。迷子になったもんだ。男の干からびた溝の深い指が壊れた弦楽器をまた叩いた。牧場主がさ、今日は盛大に馬達を放そうとしたもんでさ。元来負けん気が強くて好奇心の大きいポニーさんは森の深い深い所までと迷いこんじまったもんさ。男は口の中で笑いを含む。男はフォークを片手に持ったまま、口を閉ざして笑う男の様子を見た。男は口を手の甲で覆って隠していた。ポニーさんは元来小さくてね。すうぐ他の馬達に隠れちまうもんでさ。それを見つけるには一体どう苦労の要る事か!男は感極まったかのように、壊れた弦楽器の腹を叩いた。ポロロロン、と悲しそうに弦楽器が鳴いた。ポニーさん、ポニーさん。男は干からびた指で弦楽器の腹を撫でた。男の干からびた溝の深い肌は、断崖絶壁の崖を思い出す。いいや、ロックウォーだったかな。男の中で、ロッククライミングをしている男の姿を思い浮かべた。青空はすがすがしい。分厚い厚手のポンチョに覆われて、帽子を被る男はポロロンとまた弦楽器を弾いた。男は悩んだ。どうして店の主人はこんな物を置いておくのだろうか、と。男はもぐもぐと口を動かした。ポニーさん、ポニーさん。とまた男は唄う。唄った。
泣きベソ掻いてその上雨が降るなんて、どう思うよ、貴様。俺は思ったね、絶好のチャンスだ、絶好の機会だ、って。男の口が急に悪くなった言葉を聞いて、男はフォークを肩手に持ったまま、顰め面を浮かべて男を見る。しかし、肌が断崖絶壁の溝が深い干からびた男の肌は無く、瑞々しい若者の白い肌そのものを浮かべていた。男は白い彩りを添えた料理を口に運びながら、驚いた様子で男を見た。目深い帽子を更に目深に被り、男は断崖絶壁に人を陥れる笑みを口に浮かべた。男は口元に浮かべた様子を見て、口を閉ざす。
男は壊れた弦楽器を片手に抱いたまま、男に向かって両手を広げた。俺も、ポニーさんに向かってこう言ったもんだ。さぁ、おいて。ポニーさん。一緒に暖かな藁で作った寝床に行こう、って。ポニーさんは俺の腹の中に入ったけれどな。男は分厚い厚手のポンチョの腹を広げたまま、言った。男の口元には笑みが浮かべられており、フォークを持つ男の手にはフォークが握られている。利き手にはナイフである。男はモグモグと口を動かしながら、悪魔の笑みを持つ男を眺めた。そしてまた、彩色彩られた料理に手を伸ばした。
果たしてどうするべきか。男は考える。男は悪魔の情報を少ない量で考えた。男にとって、悪魔や神がどうとか、と言う事は知った事では無い。ただ単純に、己の腹を満たす事だけに欲を使いたかった。男は考える。彩色豊かな料理は白い皿から消え去ろうとしていた。男はふと、ポニーさんについて考えた。先程から、干からびた肌を持つ男が話していた事だ。男は残り少ない料理に手を付けながら、もぐもぐと口を動かして食べる。あぁ、パンが欲しい。けれども、きっと悪魔の事だ。パンが欲しい、なんて口に出したら最後でさ、きっと俺の魂を根こそぎ奪い取っちまうつもりなんだろう。男は残り少ない菜食に手を付けて、名残惜しそうに胃に運んだ。
「ところで。」
「あぁ、なんだい?さっさとアンタも腹の中へ飛び込んでくれば良いものを。」
「ポニーさんとやらは、成人していたのかい?それとも子どもだったのかい?」
「成人してたさ。いいや、婆さんにまではまだなってなかったけどな。」
「じゃぁ、丁度いいや。俺も、ポニーさんを食べたかった所なんだ。馬のね、婆さん肉を食いたかった所なんだ。確かに、仔馬の時が一番美味しいだろうけどね、あの固い干からびた肉を味付けて、ワインを押しこんで流し込んで食べると言うのも、一興あるもんだ。」
男は黙った。フォークを片手に持った男は、フォークをテーブルの上に置き、ワインに手を伸ばして一口飲んだ。椅子から腰を上げた男の腹はぷっくり丸々と太っていた。
「ポニーさんポニーさんと言うようだがね、もう食いあきたんだよ。ピッツァは後何枚出てくるって言うんだ。一層の事、リピッツァ牧場に行って平らげた方が早いじゃぁないか。」
「いいや、お前は何を言っている。ピッツァだって?俺はそんなの出していない。」
「そうか、お前が料理長か。ならそれでいい。俺はもうピッツァを食いあきた。そろそろ他の味が恋しくなるってもんだ。なぁ、お前。折角だから仔馬のポニーが成人して、年老いて干からびた肉を出せ。俺はお前の肌を見ていたら、無性に食いたくなったんだ。」
「誰がそんな物。」
「そうか。お代は代金で、だったか?お前にとっては、人の金は一文にもなるのか。」
「いいや、違うさ。ならないさ。」
「そうか。」
丸々太った男は自分の体を引き摺りながら店を出て行こうとした。壊れた弦楽器を両手に胸に抱いた男は、おそるおそる男を見た。丸々と太って丸めた男の背を見た。その尻に垂れ下がる情けない尻尾を男は無性に腹立たしくなった腹癒せに引っ張って貶めてやろうかと考えたが、後の事が怖くて止めた。男は半べそを掻いて大事な大事な弦楽器を大字章に胸で抱えた。身を丸めた。丸々と太って腹を膨らませた男は、溜まった物をいかに解消すべきか、と頭を悩ませた。