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夜になっても依然、羽の生えた少女は目を覚まさない。
「中々起きないですね~先生」
「そうだね。傷は治ったといっても衰弱が激しいからね」
明かりの点った空き部屋のベッドで横たわる少女を私と先生は見下ろす。
「それにしても可愛い子だな」
「そうですね~先生が言うと怖いですけどね~」
「失礼だな。さすがの僕もこんな幼い子に手は出さないよ。十年たったらわからないけどね」
「へぇ~もう私に近づかないでもらえますか?」
「冗談だよ! 冗談!」
慌てて苦笑いをする先生を私は白い目で見る。冗談と言っているが多少の本心が混じっているはずだ。間違いなく。
「あっ! 起きたみたいですよ」
私たちが騒がしかったのか、少女が毛布を跳ね除け身を起こす。キョトンと、目をパチクリさせる少女。やっぱり可愛い、本当に可愛い。
今度は私たちに気がついたのか、私たちの顔を見上げる。けど少女が突如泣き顔になり、泣き声が辺りに室内に響き渡る。
「ど、どうしたんでしょうか! 先生!」
「ん~もしかしたら僕達のことが怖いのかもね」
「そ、そんな~!」
確かに私がこの子を見つけたときは傷だらけだったから、もしかしたらこの子に何かあったのかもしれない。人間に酷い目にあったりとか。
「ほら、私たちは怖くないですよ~。ね?」
私は笑顔を浮かべ、泣き叫ぶ少女の頭を真上から見下ろし優しくなでる。だが少女は泣き止まない、それどころかいっそう泣き叫ぶ声は強くなっていく。
ど、どうしよう! 子供をあやす経験なんて私にとって初めてのことだ。思わずうろたえてしまう。
そんな中、私たちの家が突如揺れを起こす。地震……? いや少し違うみたい。泣き叫ぶ少女から物凄い力みたいなのを感じる。もしかしたらこの子なのかしら? 何なんだろうこの感じ……魔力と言うやつなのだろうか? 私でもわかってしまうほどの。と言うより命の危険すらうかがえる……。
「ど、どうしましょう?! 先生。何か、とてつもなく命に危険を感じますよ!」
「うん、そうだね……」
どうやら、先生もわかっているみたい。顎に手を載せ、めずらしく冷や汗を浮かべている。
「ほ~ら、お嬢ちゃん。飴やチョコのお菓子だよ~。それと可愛い衣服もあるよ~」
「それは先生の趣味でしょ!」
手の中から色々なお菓子を出し、少女へと手渡す先生。ほんとうにびっくり人間だ。
それとは別に先生の趣味と思われる、小さなナース服やメイド服などの衣装が床へと落ちていた。
手渡されたお菓子から、少女は棒のついた飴を両手に取り、珍しそうに眺め、泣きやんで黙り込む。
「お、泣きやんだね。いい子だね、飴が気に入ってくれたのかな?」
先生はしゃがみ込み少女の頭を優しく撫でる。意外にも子供に接しなれているみたい。どうしてか先生に聞きたいところだけど、怖いので今は私の心の中にそっとしまっておこう。
「それで、君の名前は何て言うのかな?」
「……ミティア」
「そうミティアちゃんって言うのか。僕たちを怖がっていたようだけど、何かあったのかな?」
ミティアちゃんに率直に聞く先生。その問いに何かを思い出したのか、また泣き顔になる。
「無、無理に話さなくていいからね! 先生はこんな顔をしているけど悪い人ではないからね! 私も何もしないからね?」
「うん……」
「……私の母さんとお父さんが人間に……」
ポツリとうつむいてミティアちゃんは一言だけそう言う。それだけでも大体何があったのか伝わり、その場の空気がかなり重くなる。
「そうか……ミティアちゃんはとってもつらいことがあったんだね。行くとこがないのならよかったら僕たちの家に住むかい? 確かに君から見たら僕たち人間は怖いかもしれない。けど純粋に一人の人として君の事を助けたいんだ」
「いいの?……」
「ああ、もちろんだよ。エルムちゃんもいいよね?」
「あ、はいっ! もちろんですよ。よろしくね、ミティアちゃん!」
先生が再び笑みを浮かべてミティアちゃんの頭を優しく撫でる。そんな先生がさっきの言葉と言い、少しだけかっこよく見えてしまう。普段の怠けている姿のイメージが強いので今だけだと思うけど……。
何はともあれ、こうして私たちの生活に新しい一人の同居人が増えることになった。