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「はぁ~まったく、もう」
広間で椅子に腰を掛け、昼食をとり終えた後、私はテーブルにあるティーカップの紅茶を啜る。向かい合うように座り同じく紅茶を啜る先生の姿。
「痛いなぁ~エルムちゃん」
「先生が悪いんじゃないんですか、いきなり胸を触るんだから!」
「いや、あれはその。そう、僕の世界での挨拶何だよ」
「本当ですか?」
私は白々しい目で先生のことを見る。
「嘘に決まっているじゃ無いか」
ティーカップを持ちながら満面の笑みを浮かべる先生。思わず私は無意識に立ち上がり右手を握り締める。わかっていたことだけど、この人の言うことはもう信じないようにしよう。
「暴力は行けないよ、暴力は」
「はぁ、もういいです――」
ため息をつき、椅子へと再び腰を掛ける。先生とのこう言ったやりとりはいつものことだ。一種のコミュニケーションとなっている。
そんなやりとりをしながら私たちはティータイムを過ごす。
「ふぅ~」
紅茶を飲み干し、先生が何もない手の平から突如二つのものを取り出す。片方はライターと言う物らしく、私も魔法が使えないので火をつけるのによく使っている。もう一つはタバコと言う物、何がおいしいのかわからないけど先生は起きている時はよく吸っている姿を見る。
これら二つの物は先生の世界の物だそうだ。先ほどの話にも出ていたけれど先生は異世界から来たといっている。
よく嘘をつくので本当か疑わしいものだ。それに何も教えてくれないし、唯一わかったのは「フルイ ワカト」と言う名前だけ。
それと、先生の突然、物を出す能力は望めば何でも出せる能力らしい。何でも神様にもらったとか。それこそかなり疑わしいというか絶対にありえない。
まぁ先生はその力を、日常に必要なものを出すことにしかその力使っていないのだけれど。何と言うか屋敷でほとんどを過ごしていた私にとって、先生は本当に規格外の人だ。
「ふぅ~さて寝るかな」
「またですか?!」
ティーカップを片付けていると、先生が立ち上がりそう言い出す。もう半日近く寝ているはずなのに。
「もう、たまには夕飯の支度とか家事とか手伝ってくださいよー」
「ええ~エルムちゃん元メイド何でしょ? それぐらい任せてもいいもの何じゃないのかな?」
「確かにそうですけど、たまには自分で動いてください」
頭をかきあきらかにめんどくさそうな顔をする先生。まったく、もうこの人は子供っぽいと言うか何と言うか。
その時、家の玄関の前でバタリと言う音が聞こえる。
「何の音でしょうか?」
私は調理場で食器を洗っていた手を止め、玄関の方へと足を運ぶ。
扉を開けると、そこには血だらけのボロボロの布切れをまとっている紫色の髪をした幼い少女。
その背中には紫色の翼が生えている。人じゃないのだろうか? って観察している場合じゃない。速くどうにかしないと!。
「先生~! 大変ですよ~! 怪我をしている子が~!」
「ん?」
その気絶している子を胸元で両手で抱え、広間でタバコを吸う先生の手前へと走りよる。
「これは酷い怪我だな」
慌てふためく私とは違い、落ち着いた様子の先生。その目はいつに無く真剣だ。
先生が私の抱えている少女へと手をかざす。かざされた先生の右手が光を発し少女の傷を徐々に治していく。べったりとついていた血も消え、綺麗な肌色の肌が露出する。
先生の手から光が消え、かざしたその手でそのまま私の胸を触ろうとする。私は左手で少女を抱え、その手を右手で叩き落す。
「あだっ!」
「どさくさにまぎれて何しようとしているんですか!」
まったくこの人は油断も隙もないんだから。
「それにしても先生の力すごいですねー。それは魔法ですか?」
「ん~ちょっと違うかなぁ。僕もよくわかんないやアハハ」
先生が笑ってごまかす。本当に何者なんだろう。何はともあれこれで一安し――。
「ここかーーー!」
まだ問題は終わってないみたいだ……。家の木の扉が私たちの目の前へと吹き飛んでくる。
無くなった玄関の扉の先には銀色の鎧と兜を着け槍を持った、三、四人ほどの男達。
「先生何か悪いことしたんですかー?! したならおとなしく捕まってくださいよー」
「それはどういうことかな。どうして僕を疑うのかなエルムちゃん……」
「だって先生、街に可愛い子がいたら、辺りかまわず触りそうじゃないですか」
「ん~否定はできないけど」
先生が顎に手を載せ、上を見上げ考えてそう言う。この人にやる気があれば犯罪者で捕まっていそうだ。
「何の話をしてるんだ! そこの魔族を差し出せ!」
すっかり蚊帳の外になっていた、騎士のような男の一人が叫び声を上げる。どうやら私が抱きかかえている羽の生えたこの子を捕まえにきたらしい。
何でこんな小さな子を狙うんだろう……。もしかしたらこの人たちも先生と同じ変態なのかしら。
「先生! どうしましょう?!」
「この子も病み上がりのことだし、お引取り願えないでしょうか?」
「駄目だ! その子を連れて帰るように我らは命じられている。もし渡さぬと言うなら力ずくでも奪い取るまでだ」
先生が鎧を着た男へと静かにそう言うものの、男達はまったくもって帰る気がないようだ。
「はぁ~仕方ない」
先生が鎧姿の男達の間を通り抜け、外へと出て行く。食事すら起こさなければとりそうも無い先生が、みずから動く姿を見るのは私でも初めてだ。感銘を受けそうなほどである。けど先生って戦えるのかしら? 見た感じは普通の中年のおじさんであるのに。
先生の後ろから騎士達も後を追いかけるように外へと出る。私も少女を抱え、家の入り口の前に立ち見守ることにする。
木々に囲まれた家の前の少しばかりの拓けた平原。そこで先生と騎士の人々が向き合う。
「舐めやがってーーー!」
騎士の一人が鉄の槍をまっすぐに構え、先生へと突っ込んでいく。当たったらひとたまりも無いだろう。
その一撃を先生はいつもののらりくらりとした様な動きで紙一重でかわす。
「くっ! この!」
「お~恐い恐い」
再び槍を何度も突き出す男の攻撃を、先生は意図も簡単にかわし続ける。その表情は少し笑っており、こんな状況なのにどこか楽しそうだ。
しばらくの後、飽きたのか先生が男の槍を片手であっさりとつかむ。
「なっ?!」
男が驚き、振り放そうとするも動かないみたいだ。不意に先生が男の槍を放し、くるりと綺麗に一回転する。
その刹那、男が吹っ飛び木の幹へと叩きつけられる。気絶する男。鎧にはなぜかひびが入っていた。
私には何が起きたかわからないが、もしかしたら先生が蹴り飛ばしたのかもしれない。けど人間にそんなことが可能なのか。本当にあの人は何者なんだろう。私の疑念は深まっていく。
「ありゃ、やりすぎちゃったかな」
「ひぃ! 何だこの化け物は! お、覚えてろ!」
固唾を呑んで見守っていた兵士達が気絶した男を担いで、慌てて走り去っていく。ひとまずのトラブルは過ぎ去ったみたいだ。
「先生凄いじゃないですか! ただの変態じゃなかったんですね。もしかして元冒険者ですか?」
「冒険者? 何かなそれ。先生は医者だよ。元だけどね」
「へぇ~」
駆け寄る私に先生はいつもの調子でそう返す。
「けどよかったんですか? あれ多分、どこかの国の兵士ですよ?」
「え? そうなの? それって大変なことなのかな?」
「大変なことですよー! 先生にとってベッドが無くなるくらい大変なことですよー!」
どうやら先生は気づかずにあんな事をしてしまったらしい。言わなかった私も悪いのかもしれないけど。何という人なんだろう……。
「ん~それはかなり深刻だなあ……」
顎に手をやりいつも考えている時のポーズをする。ベッドに例えたのが効いたのかいつもより長く深く考える先生。
「まぁ~いいんじゃない。過ぎてしまったことは仕方ないよ。うん」
先生が納得したかのようにそう頷きながら家の中へ戻ろうとする。その何も考えてない言葉に思わずこけそうになる。
「まぁ先生がそれでいいならそれでいいですけど……」
「あ、そうだ! 扉直しといてくださいね。ドロボウは来ないと思いますけど、風通しがよすぎますから。私はこの子を奥の部屋へと運んできます」
「仕方ないなあ」
めんどくさそうに修理用具を取り出す先生。私はその横を通り抜け、今だ意識を取り戻さない少女を奥の部屋へと抱え込み運ぶことにする。
誤字脱字ありましたら申し訳ないです。