ねるまえの話
お母さんは、きょうもねるまえの話をしてくれる。
パジャマ、歯みがき、明日の用意。
ぜんぶ終わってから。
わたしとお母さんは寝転がる。
「むかしね」
と、お母さんは言った。
むかし、はだいたい
お姫さまとか、くまさんとかだ。
「むかし、わたしは――」
そこで、お母さんが変な顔をした。
「……あ」
と言って、口を手でふさいだ。
ん?
「……ちがうちがう」
なにが?
「ごめん、今のはナシ」
ナシって言われても、
もう聞いた。
「むかし、わたしはね、えーと……」
天井を見る。
カーテンを見る。
わたしを見る。
「……前の、えー……」
前の?
「……えっと……」
お母さんは、あきらめた。
「前の人生でね」
言った。
言っちゃった。
わたしは、ちょっと起き上がった。
「え?」
「え、じゃない」
「前の人生ってなに?」
お母さんは、目を閉じた。
これは、あとで怒られる顔だ。
「ちがうの、これは、その……」
説明がはじまりそうだったけど、
途中でやめた。
「……忘れて」
「なんで?」
「大人のミス」
大人って、ずるい。
「お母さん、前の人生でなにしてたの?」
お母さんは、しばらく考えてから言った。
「……たぶん、すごくどうでもいい役」
「お姫様じゃないの?」
「ちがう」
「魔法使い?」
「ちがう」
「じゃあ、なに?」
お母さんは、ふとんを直しながら言った。
「ですわって言って、たまに隠れて屋台に並んでいる人」
それ、最近アニメで見た。
お忍び令嬢なの?
「……でね」
お母さんは急に声を小さくした。
「そのままの話、信じなくていいから」
「うん」
「でも、もしね」
もし?
「変な夢を見ても、
お母さんのせいじゃないから」
それ、言われるとこわい。
「じゃあね」
電気が消えた。
暗い。
しばらくしてから、
お母さんがドアのところで止まった。
「……今の話、学校で言わないで」
「なんで?」
「お母さんが困る」
それは、ちょっとおもしろい。
「わかった」
ドアが閉まる。
わたしは、天井を見る。
さっきより暗い。
前の人生って、なんだろう。
まあいいや。
ねむくなってきた。
でも、もし
お母さんが前に並んでた屋台があったら、
わたしもいっしょに並ぶと思う。
そのほうが、楽しそうだから。




