表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/28

第8話 童貞の呪い

 迎えた翌朝――。晴れ渡る空の下、少し肌寒い陽気。旅装に着替えたアーセルは比較的厚着をしており、むしろ快適なくらいだった。それが旅立ちの朝となれば格別にさえ思う。


「じゃあ行ってくるよ」


 孤児院の軒先に全員が顔を揃えた。アーセルが告げると、まずクラッセンがうなずいた。


「魔術や術師に関する事は、やはり王都で調べるのが最善かと思います。道中には何かと危険が伴いますので、くれぐれもお気をつけて」


「わかってるよ」


「かつて私が使用した装備ですが、今も問題なく使えるか怪しいです。いくらか銅貨を包みましたので、これで買い足すなどしてください。あとは――」


「わかってるって」


 アーセルの装いは一新していた。厚手のマントに麻を重ねた丈夫なチュニック、皮のブーツ。頭頂で結んだボサボサヘアーだけがもとのままだが、割と気に入っていた。


「それじゃあマリー。じいさんをよろしくな」


「おじさん、ちゃんと気をつけて、色々観察して。お腹が減っても野生のキノコは食べないように、食用じゃないと危ないからね。それと生水。変なものが浮いてたり臭いが悪いのはダメ。沸騰させてよお腹を壊すことがあるし、他にも――」


「わかったから。2人して心配症かよ」


 アーセルは最後にジャクソンを見た。こちらは口数が少ない。


「それじゃあジャクソン。みんなと仲良くな」


「うん、バイバイ」


 ジャクソンは両手でチュニックの裾を強く掴んだ。その手は震えていると、アーセルの位置からでも見えた。


「絶対、また会いに来てね! みんなここに居るから。絶対だよ!」


 アーセルはジャクソンの反応に驚きつつも、その頭をクシャクシャと撫でてやった。


「もちろんだ。面白い話に豪華な土産をもって帰るから。楽しみにしてな」


 手厚い見送りののちにアーセルは立ち去った。それからロックヒル村に立ち寄るのだが、村人たちの様子はよそよそしかった。


「やぁアーセル、今日はいい天気だねぇ」とか「どっかに出かけるの? 気をつけて」と優しい言葉をかけてくれる。だが顔はたいてい引きつっていた。上っ面だけ整えた台詞と、涼しい顔で聞き流した。


「何事だよこれ。皆の反応がキモいんだが」そうアーセルが呟くと、肩に座るサラマンドが笑った。


「そらそうよ。お前は洞窟を吹っ飛ばした――かもしれない男だぞ。怒らせるわけにいかねぇ。腫れ物扱いってやつだ」


「あっそ。まぁどうでも良いけどな」


「そんでどこへ向かう? 王都に向かって一直線か?」


「いや、その前に落とし前をつけないとな」


 アーセルは足早に村の中を行く。遠巻きに避ける村人たちは無視して、訪れたのは冒険者ギルドだ。扉を叩き割るつもりで押し開いた。


「おうおうおう、よくも騙しやがったな! セフィラはゴブリン洞窟にいなかったぞ!」


 怒鳴り込む。ギルド内はほぼ無人で、カウンターにレックスがいるだけだった。父親のギルドマスターさえ今ばかりは姿が見えない。


「やはり来たかアーセル」


「来たかじゃ無いんですレックスさんよぉ? オレは1杯食わされちまって、頭に来ちゃってるよオウ? セフィラはどこに居るんだって」


「別に誰も『ロックヒルの案件』を請けたとは言ってないぞ。ギルドはここ以外にも、王都やら、そこかしこに腐るほどある」


「減らず口を……今どこに居るんだよ?」


「登録情報だ。部外者には言えないね」


 レックスは腕組みしながら睨みつけてきた。丸太並の太い腕に城壁のような胸板――以前ならひと睨みされただけで震え上がったものだ。しかし今は真っ向から睨み返した。それだけ胆力が短期間で鍛えられていたのだ。


「それよりアーセル、噂は本当か?」


「どんな噂だよ」


「とぼけんな。夜中に火山噴火みてぇな騒ぎが起きた。件の場所はバカでかい穴が空いていた。まるで地の底から魔神でも蘇ったかのような」


「へぇ、そんな感じだったのか。大変っすね」


「あの晩、洞窟にいたのはお前とゴブリンだけだったはずだ。そうなるとお前が何かやらかしたと考えるべきだ。それも非現実的だが、精霊が見えていたお前ならば……」


 レックスが前のめりになるので、アーセルは咳払いしてから、静かに返した。


「魔術だよ。それでオレは強くなった」


 アーセルの手のひらを突き出すと、その上にサラマンドが乗った。それからは小馬鹿にした態度で踊りだす。『や〜〜い脳みそ筋肉』と罵った。だがレックスの顔色は変わらず、かすかな反応さえ見せない。


「精霊なんて……本当にいるのか?」


「ほとんどの奴は見えないし感じないそうだ」実際、レックスにはサラマンドが見えていない。今も鼻先で踊る姿が、全く目に入っていないのだから。


「なるほどな。よく分からねぇが、お前さんは魔術師になったんだな」


「後悔したか。オレを門前払いにしたことを」


「そのとおりだ。見る目が無かったことを謝る」


「えっ?」


 レックスが素直に頭を下げたことで、アーセルは困惑した。それから差し出された羊皮紙には、さらに驚かされてしまう。


「なんだこれ、紹介状……?」


「よそに持っていけ。うちじゃ親父の印がないと登録できないが、他のギルドなら問題なく冒険者になれるはずだ」


「いいのか?」


「ここいらは平穏でも、山を降りれば色々と忙しない。実力者なら引く手あまたのはずだ。お前もセフィラを探すなら、ギルドには足を運ぶんだろ?」


「そういうことなら、もらっとくか。かさばるモンじゃねぇし」


「人探しなら王都を目指したほうが良い。腕に覚えのある冒険者が集まるからな」


 アーセルは去り際に「親父殿によろしく」と告げては後にした。その足取りは軽く、誰にも遮られることもなく、村の郊外までやって来た。


「いよいよロックヒルともお別れだな……」


 丘の上に立ち、村を眺める。村内の市場は往来が多く、呼び込みの声もここまで届きそうだ。郊外に広がる農地は稲刈りの最中で、野良仕事する男たちの姿もある。さらに遠くを見れば孤児院――今ごろは洗濯に掃除と忙しくしているかもしれない。


 その光景を無言で眺めるアーセル。その肩の上で、サラマンドが声をかけた。


「おっと、さすがのお前も湿っぽくなったかぁ? どうよ、生まれ育った村を出ていく気分は。やっぱり寂しい?」


「そういうんじゃない」


「その割にはお前、後ろ髪ひかれるような顔してんぞ?」


「いや、村の女たちは寄り付きもしなかったなと思って。てっきりモテモテになれるかと……半裸の女たちが詰め寄ってきて『私をもらって!』みたいな展開がさ」


「まぁ大体が避けてたよな。あれは完全にビビってた」


「おかげで謎も解けなかったし」


「謎って何だよ。昔に逃げてきた騎士のことか?」


「いや、おっぱいの味……」


 つぶやきは風にさらわれて消えた。舞い散る枯れ葉を我が身と重ねる。心のなかに寒風が吹き込むようで、瞳を伏せた。


 だが、これからは自由だ。どこへでも行ける。つまりはまだ見ぬ女、未知のボディラインを知ることが出来るチャンスなのだ。そう思い直しては力強く前を向いた。


「やっぱりここは王都を目指そうか。セフィラの足取りを調べたり、それに美人も多いはず」


「良いんじゃね、お前の親父も調べられるだろうしな」


「それは割とどうでもいい。過去よりも未来だろ」


「もっともらしく言うな。単に女好きなだけじゃねぇかよ」


「だってオレはもう昔のオレじゃないんだぞ? 女なんていくらでも手に入るだろ。これから冒険者になって暴れまっくて荒稼ぎ、そんで、ゆくゆくは……」


 セフィラを手に入れる。さらに王都に豪奢な宮殿を建てて、この世の贅沢を味わい尽くすのだ――。


 美食や美酒、金銀珠玉をあつらえた調度品に囲まれる。バルコニーから望む庭園は楽園のごとし。従える召使はもちろん絶世の美女だらけで、細身からぽっちゃりまで幅広く。ついでに制服はゆるゆるの紐で編んだものにする。姿勢によってはポロリする造りだ。彼女たちは言うだろう「お目汚しを申し訳ありません旦那様」と、恥辱にあふれた台詞を――。


 夜になればおたのしみ。囲った女たちにスナック感覚で手をだす。今日は細身、明日はぽっちゃりと取っ替え引っ替え。ちなみにメインのお相手はセフィラ確定で、毎晩一日も欠かさずに滅茶苦茶する。


 そんな夢想がアーセルに力を授けた。つま先の先端まで熱い血潮が巡っていくようだ。


「やるぜサラマンド。オレはこれから手に入れてやる! 金も地位も名誉も女も、何もかも!」


「あっ。そういう感じ? たぶんダメだな」


「何でだよ。あんなに強くなったんだぞ? 大暴れのついでに金も稼ぎまくって――」


「言っとくが、童貞を捨てたら魔術も使えなくなるからな」


「えっ、聞いてねぇが!?」


「体がけがれると、精霊と対話できなくなるだろ。つまり魔術発動のサポートもナシ。そしたらお前はふつ〜〜のオッサンに逆戻りだよな」


 アーセルは絶望に頭を殴られた気分になる。これほど強くなり、ようやく自由気ままに暮らせる――だが童貞を捨てる事は許されない。


 仮に捨てたなら、同時に力も失う事に直結する。もちろん困窮まっしぐら。生々しい未来が見えたことで、アーセルの心は深く傷つけられた。


「無理なの? マジで? オレってば。この先も清らかな体のまま……」


「そうヘコむなよ。お前が童貞を貫いたお陰で、今があるんじゃねえか。妄想癖で想像力イマジネーションも鍛えられたわけだしな」


「嘘だろ……」


 衝撃の事実に思わず膝を屈しかける。一方で眼前を飛び回るサラマンドは笑っていた。


「あらかじめ知って良かったじゃん。それとも何か? 童貞を捨てた瞬間、いきなり魔術を失ったほうが良かったのか?」


「いや、そうなるくらいなら、事前に分かってたほうが……」


「だろ? 生きるうえで『知ること』はすげぇ大事なんだよ。お前も『魔術を知った』から、こうして女のケツを追いかけるチャンスが手に入ったんだぞ。知らなきゃ今も村でくすぶってたんだ。ナンボか夢に近づいたじゃねぇか」


「それは、まぁ、そうだよな」


「だったらシャッキリしろ。ボヤいてても始まらねぇぞ」


 丸め込まれた感はあるものの、アーセルはロックヒルに背を向けて歩き出した。受け入れがたい制約はいったん脇におき、まずはセフィラを探さなくてはならない。遥か遠くの王都を目指して、山道を降っていった。


 サラマンドが語ったように『知ること』はとても重要だ。そしてアーセルは、早くも翌日には新たな知見を得ることになる。


 この世界は驚きと新鮮味にあふれ、同時に危険である――と。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ