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第3話 血まみれの書物

 肩を落として村をさすらうアーセル。自分の尻を手のひらでさするのは、摘み出された時、地面に強打したせいだ。レックスは見かけどおりの力自慢だった。


「クソッ。あの頑固爺め」


 ギルドマスターは「危ないから」という理由で資格を寄越さなかった。アーセルも工夫はこらして、雑談や昔話を交えつつ説得の糸口を探した。雑多な情報が手に入っただけだった。


「セフィラは今、ゴブリン討伐にでてるらしい……」


 彼女たち一団の足取りは掴めた。詳細までは不明が、現在は「依頼を遂行中」とだけ教えてくれた。この村での案件は1つしかないので、自ずと行方は明らかになった。


 村郊外にある天然の洞窟――彼女はそこにいるのだ。そう思えば、今すぐ駆けつけたくなるが、あいにくの丸腰。このままでは殺されにいくようなものだ。


「それにな、仮に会えたとしてどうすんだって。また哀れみの眼で見られるだけじゃ……」


 その時だ。アーセルの脳裏にアイディアが舞い降りた。それはギルドマスターの、50年ほど前の昔話。苔むしたような古い物語だ。


――ワシもかつてはうだつの上がらん冒険者での。その時は好いた女がおって、まぁワシの婆さんな。これが腕っぷしも強けりゃ気も強い女で、こっぴどく振られたもんじゃ。だが彼女がバケモノに襲われてるところを颯爽と救ってな。それでもうメロメロよ。


 そういうことか。アーセルはこの世の真理を覗き見た気分になる。


「そうだよ。別に肩書とかいらねぇんだ。単純にセフィラの窮地を救えば、オレに惚れるんだ!」


 討伐に苦戦するセフィラ、間一髪の危機、彼女を華麗に救出するアーセル。感激したセフィラは言うだろう「なんて強い人なの、ステキ! おっぱい吸って良いよ!」


 見えた、成功への道筋がはっきりと。閃いたならウカウカしていられない、一刻も早く武力を手に入れなければと、胸が弾んだ。


「じいさんの旅の道具を片っ端からいただくぜ。使える武器の1つくらいあるだろ」


 アーセルは一日千秋の想いで夜を待った。そして時は進み、迎えた深夜。寝静まった孤児院のなか、忍び足になって廊下を歩くアーセル。目指すは倉庫部屋だった。


「みんなスヤスヤ寝てるようだな、えっへっへ」


 下卑た笑みを浮かべながら慎重に、自室を出て階段を降りた右手すぐ。孤児院の倉庫部屋がそこにある。

 

 部屋に施錠はされていなかったのは幸いで、クラッセンの人の良さが窺えた。罪悪感が込み上げる。しかし引くつもりのないアーセルは、そっと扉を押し開けた。


「久しぶりだよな、倉庫なんて」


 風通しが悪くカビ臭い。陰鬱で、薄気味悪く、踏み込むのがためらわれた。だが家探しを開始。30年以上暮らしているだけあって、手際は良かった。


「祭事の飾り、じいさんの正装……そういうのは求めてねぇし」


 タンスや木箱には様々なものが丁寧に分類され、まとめられていた。儀式用の法衣に法具、麻布の端切れ、壊れかけた椅子。壁際の本棚には宗教史や郷土史、精神世界の書籍が所狭しと並ぶ。そして真新しい革袋には――銀貨と銅貨が詰まっていた。


「これは生活費か――流石にマズイな」袋の口を縛って戻しておく。


 粗方探し終えたのだが、まともな武具が見つからない事に焦りだす。せめてナイフの1本くらいはと、目を皿にして探し続けた。すると、部屋の片隅に見慣れない木箱を見つけた。大きな箱の裏にひっそりと、さも隠すかのように。


「なんだコレ。めちゃくちゃ古いが」


 それは片手で持ち運べるほどに小さく、また腐食した角が脆くなっていた。年代物だと考えた瞬間、アーセルはほくそ笑む。目当てのものを見つけたに違いないと、ほくそ笑んではフタを外した。


 なにがしかの武具、できれば曰く付きの逸品を期待したのだが――。


「本が1冊だけ……!? 期待外れかよクソが!」


 立派な装丁の本で、手に取るとズシリと重い。

だからといって役には立たないだろう。そう思った矢先の事だ、アーセルの身体に異変が起きた。


 突然、眉間に差し込むような熱を感じた。耳元には金属をこするような異音も聞こえてくる。


「えっ、何が起きて……!?」


 辺りを見渡しても何も見当たらない。それなのに、痛みも異音も収まるどころか、激しさを増してゆく。


「まさか、こいつが原因か……!」


 手にした本を見て気付く。裏表紙には、赤黒い塗料が塗り込まれていた。下半分の大半と、上半分には飛沫がかけられたよう。それは例えば、大量の血でも浴びたかのような。


 次の瞬間には本を投げ捨てた。


「血まみれの本!? じいさん、なんでそんなものを……聖職者だろうがよ!」


 考えようとして、何もまとまらない。額を貫く痛みがアーセルを苛む。やがて本を手放しては石床を転げ回った。頭が割れるほどの苦しみに、脂汗が流れて止まらなかった。


 やがて脳裏に鋭い音が鳴り響いた。さながらガラスの割れたような音。それが何を意味するか知らないのだが、痛みも異音も消え去った。それは素直に喜んだ。


「今のは、何だったんだよ……」 

  

 だが異変は終わってなどいない。今度は床に投げ捨てた赤黒い書物だ。風もないのに、自ずとページがまくれていった。


「今度は何だよ!」


 アーセルは喚いたものの、心のどこかで直感する。自分は何かとてつもない物に触れたことを。だがそれが秘境の奥底や古めかしい神殿ではなく、実家の倉庫で起きたことが不条理だった。長年住み続けて、これほど厄介な代物があるとは知らなかったのだ。


 やがて書物の真上に、ほの赤い何かが浮かびあがった。それはどう見てもトカゲそのもので、翼もないのに宙に滞空していた。


「なんだ、お前はいったい……」


 アーセルが呟くと、すかさず怒鳴り声が響いた。


「ったく、何年閉じ込めんだよこの野郎! おかげでグッスリ快眠して調子良いじゃねぇかコラ!」


 それは確かに喋った、しかも人語を操った。現実と受け止められないアーセルは、茫然自失になってしまう。


 血塗られた書物に謎生物、これらの出会いがアーセルの人生を大きく、そして激しく変えてゆくことになる。しかし当事者の彼は、まだ知る由もなかった。


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