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第31話 お仲間はバーサーカー

 明け方。空が暗いうちにアーセルたちは村の外へやって来た。それは叡智の書の捜索なのだが、逃げ出すような格好だった。


「騎士団は、来てませんね」


 村を離れてから、時折リオンが後ろを振り返った。ノゼレンシー村には、未明のうちに、オクトビア騎士団が再来したのだ。改めてアーセルを捕縛するためだと、話し声が聞こえた。


 異変を察知して目覚めたリオンが、裏口から逃げる事を提案した。そして今、郊外までやって来たのだ。


「連中はどうやら、オレのことがよっぽど気になるらしいな」


 さすがにアーセルも苦笑を漏らした。捕らえるなら昨日のうちに出来たはずだ。それを今朝になって実行するとは二度手間でしかない。オクトビアは頭に血が昇りやすいタイプかもしれず、付け入る隙も多いように思えた。


「急ぎましょうアーセルさん。雪にかくれるために。行方が知られてしまえば、それも意味を為しませんので」


「足跡が見つけられそうだが」


「歩いた跡の溝なら簡単に見つからないと思います。ともかく身を潜めることを優先しましょう」


 辺りは下り坂で、腿まで埋まる積雪だ。かき分けるようにして進むので、人の通った跡は大きく残ってしまう。それでも風が強く吹き付けると、大地の粉雪が舞い上がって霧のようになる。これならば、よほど足跡に近寄らない限り見つからないだろう。その跡もやがて雪が埋めてくれる。


「リオン、今はどこに向かってるんだ」


「叡智の書を探しましょう。まずはアーセルさんを拾った崖の方へ」


「それほど遠くないと言ってたよな。どれくらいだ?」


「眼の前の森を大回りした所です」


 リオンは先導しつつも、時々足を止めた。そして四方に目を凝らしては、再び歩き出す。位置を確かめているのだという。それも納得のことで、アーセルには似たような光景としか思えない。全てが雪に埋もれている上に、風が吹けば白くぼやける。


「流石は地元民だな。オレにはさっぱり分からねぇ」


「アーセルさん、静かに」


 リオンがその場でしゃがんだ。アーセルもあわせる。そうして押し黙っていると、雪の中で何かが動いた。


 それは氷の塊をつなぎ合わせたような生物だった。二足歩行の巨人で見上げるほどに大きい。それは一歩踏み出すだけでも、地面を響かせ、辺りの粉雪を高く巻き上げた。


「おい、こいつは魔族じゃないのか!」アーセルが叫びかけた瞬間、リオンが制止する仕草を見せた。


「落ち着いて。気づかれなければ安全ですから」


「安全ってお前……」


 のそりと巨大な氷塊が通り過ぎていく。アーセルたちを無視するかのように、地響きとともに遠のいていった。足音が聞こえなくなってからリオンが息を吐いた。


「ふぅ、もう大丈夫ですよ」


「今のは何だ」


「氷の魔神様の手下で、氷河巨人アイスマンと呼ばれてます。刺激しなければ襲われる事も無いんです」


 リオンは「行きましょう」と告げては歩き出した。魔族と遭遇したことなど意に介さないようだった。北国育ちは南部人より肝が座ってるのだろうかと、アーセルは思う。


(気を抜いたら凍死する村と、ボンヤリと女のケツを眺め放題のロックヒル生まれじゃ、根性が違って当然か)


 先行するリオンが斜面を登り始め、アーセルがあとを続く。自然と下半身を眺める角度になり、ふと、故郷の女たちを思い返した。どの下半身も個人差があり、そこがまた良いと思う。


「ここです。アーセルさんを拾い上げたのは」


 リオンが告げたのは、ちょうど切り立った崖の谷底でのことだ。思ったより高さはなく、雪のクッションにも助けられたことで、外傷はほとんどなかった。だが辺鄙な場所でもあった。兄を探す理由でもなければまず人目にはつかない。


 皮肉にも、リオンが兄と生き別れたがために、アーセルは命を救ったことになる。


「さて、叡智の書を探さねぇと……」


 アーセルは、今も深く残る窪みを覗き込んだ。その大穴には見覚えのある木の板が突き立っていた。落下寸前まで乗っていたものだ。


 だが見かけたのはそれだけだ。叡智の書も、そしてサラマンドたちの気配もない。


「なぁリオン、本当に魔術書を見かけなかったのか?」


「はい。もっとも救助を優先しましたから、くまなく探したりしませんでしたが」


「風にでも飛ばされたか。あるいはオクトビアたちが先に見つけた? どっちにしろ厄介だぞ」


 アーセルが四方を見渡すと、不意に不思議なものを見た。この谷底には小高い山が出来ており、トゲのような氷柱が空に向かって伸びていた。そのうちの一柱が妙に暗い。光の加減とも思えず、眺めていると、それが書物だと気づいた。


「あれじゃねぇか!」


 丘の斜面を這って登ると、いよいよ分かる。氷柱から伸びた細かな枝に、叡智の書は引っかかっていたのだ。「さすがに焦ったぞオイ」アーセルが半分も登った所で、突然、外套に圧力を感じた。そして引っ張られるまま雪原に落下した。


「おいリオン、なにをする」


「静かに!」


 今度は頭を掴まれて、雪の中に顔を突っ込まれた。「そろそろ怒るぞ」と言いかけた刹那、辺りに轟音が轟いた。巨獣の鳴く声。肌が震えるほどの咆哮が雪原を駆け巡った。


 アーセルは雪の中からその姿を盗み見た。丘と思われたのは巨獣の外皮で、背中の柱も角の一部だった。それは渾然一体となって、左右にうねりながら移動していった。


「青大蛇です。気性も荒くて、見つかったら丸呑みですよ」


「お前、村の周辺は安全じゃなかったのか?」


「死ななければ安全ですから」


「最初に知っておきたかったよ。魔族の分布も、お前の腹が据わり方も!」

 

 幸いにも青大蛇はアーセルたちに気づいていない。だが、魔術書を取るには、巨獣の身体を登らなくてはならない。それはリオンも危険だと言い、不必要に近寄ろうとはしなかった。


「まいったな。このままじゃ手が出せない。かと言ってボンヤリしてりゃ、どこかに行っちまいそうだし」


「囮がいれば違うと思います。注意をひいた瞬間に登るとか」


「そんなもんが居たら楽だろうがな」


「私が引き受けます。土地勘もありますし、アーセルさんより身軽に動けます」


「お前の勇気はバーサーカー並かよ。ダメに決まってんだろ」


「でもこのままでは」


「わかってるよ。バケモノを見失う前に、どうにかケリをつけないと……。お、あれは?」


 アーセルは遠くに気配を感じた。低いいななき、馬蹄の音。目をこらすと雪原馬にまたがる騎士団だった。数騎があたりを探索してるようだった。


「クソッ。厄介な奴らまで現れやがって」


「どうしましょう。ここは一旦、様子を窺いますか?」


「いや、下手したら、連中に叡智の書を取られる。それも避けたいし」


 そこでアーセルは閃いた。すぐに足元の雪を蹴散らしては探す。そうして掘り当てたのは、抱きかかえるほどに大きな岩だった。それをどうにか持ち運び、青大蛇の傍まで歩み寄った。ちょうど脇腹の位置だった。


「さぁ頼むぞ。うまいこと潰しあえ!」


 アーセルが岩を脇腹に叩きつけた。グチャリと嫌な音を聞いたのち、蛇は鎌首を持ち上げて叫んだ。


 その声は高く、そして雪崩のように雪を被らされた。身体をさらしたのは巨大な蛇だった。それは攻撃を仕向けたものを探す。しかしその時、アーセル達は雪を被っており、絶妙に隠れていた。


 そうなると目立つのは騎士たちだった。そちらも、突然に魔族が現れたことで、大きく動揺した。


「魔族だ、迎え撃て!」


 騎士たちは手元の指輪を光らせると、素早く矢をつがえて、放った。火矢だった。それは青大蛇の首元に突き立つと、一時だけ、激しく燃え盛った。雪に隠れたアーセルに熱気をあてる程に強かった。


 やはり青大蛇の怒りを買った。激しく吠えては身体をくねらせた。


「よしよし、想定以上!」


 激しい動きのおかげで、氷柱から叡智の書が落下――それをアーセルは掴んだ。すると肩に気配が感じられ、懐かしさすら覚える。


「お戻りを心よりお待ちしていました」恭しく告げたのはノエイラだった。


「悪かった。諸事情でな。お前たちを野ざらしにしちまったよ」


「お気遣いなく。我ら精霊は容易に死にません。たとえ雪山に放り出されて数日経とうとも、大きな問題はないのです」


「もしかして怒ってる?」


「いえ、どちらかと言えば、不快感ですね。延々と弱音を聞かされて、いささか辟易としておりました」


 右の肩を見れば、サラマンドの陰があった。ただし弱々しい。「マヂ無理、モウ無理」と力なく繰り返す。これならば病人の方が精力的だと思う。


 だが気遣うだけの余裕はなかった。リオンが悲鳴混じりに叫んだ。


「早く逃げましょう、ここはもう危険です!」


 戦場そのものだった。青大蛇が暴れて雪を巻き上げた。騎士団も発火する矢を放ち続け、辺りに激しい炎をもたらした。留まるだけ危険だった。


「それなら良いものがあるぞリオン!」


 アーセルは窪みに腕を突っ込んで、木の板を引きずりあげた。そして躊躇なくまたがった。


「お前も乗れ!」


 うながすと、リオンも弾かれたように乗り込んだ。アーセルの後ろ側に座る形だ。


「よし行くぞ!」


 アーセルは、激戦地から板に乗って逃げ出した。斜面を降るほどにみるみるうちに速度を増した。


「どうだリオン、これなら簡単に逃げられるぞ!」


 今度はアーセルの高笑いが響く番だった。それが間もなく絶叫に変わるのだが、この時ばかりは余裕綽々だった。叡智の書を再び手にした事が、彼の気を大きくしていた。

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