第27話 姫騎士の行軍
季節は白嶺。粉雪の降りしきる街道に赤いマントが翻る。教会騎士の身分を示すもので、金縁に真紅という華やかさが人目をひいた。すれ違う人々は道の脇に避けるものの、その態度は畏怖より親しみの方が濃い。
「おや、こんな所に騎士様とは珍しいな。討伐か?」
「見ろよ先頭を。ありゃ姫騎士様だぞ」
そんな言葉が10騎ほどの一団に投げかけられた。通行人には目もくれない騎馬隊は、一心不乱に駆け去っていく。先頭で率いる女騎士の苛立ちを現すかのようだ。
(いまだに姫騎士呼ばわりか……!)
部隊を率いるのは団長のオクトビア。彼女は怒鳴るかわりに馬を急き立てた。焦りで手汗がしめり、視界が狭まる。今、心にあるのはただ1つ。誰にも先を越されてはならない事。
するとそこへ、オクトビアの隣に1人の青年騎士が並走した。彼はオクトビアの手綱を横から奪い、握りしめた。副団長のアルバーノだ。
「なにを!」反射的にオクトビアが叫ぶ。すると、彼は柔らかく微笑んだ。
「夜明けから駆け通しですよ団長。休みが必要なのは、人も馬も同じですってば」
「分かっている。しかし――」
「ならば話は早い。全軍止まれ! ここで小休止!」
オクトビアの代わりに号令が出た。もちろん彼女は食ってかかるのだが、アルバーノは両手を挙げて謝った。
「すんません。でもね、考えてくださいよ。ここは街から離れた辺鄙なド田舎でして、馬を潰したら一大事ですよ。換え馬をもらおうにも半日はかかりますので」
もっともな言い分だった。だからこそオクトビアは余計に腹立たしく、休息を追認する時もしかめ面になった。
団員たちは円座を組んで焚き火を起こした。火にかざす彼らの手は、所々が赤く腫れていた。
「ねぇ団長。そろそろ通常任務に戻りませんか?」
アルバーノが口を開いた。他の騎士たちは声を出さないまでも、期待の眼差しで成り行きを見守っている。
オクトビアは立ったままで言い放った。
「バカをいうな。ウェルヘイムが魔族に襲われたのだぞ。ここで戦わずして何が騎士か! 貴様の剣は飾り物か!?」
「いやいや、民の危急には駆けつけるってのは、騎士の崇高なるお役目ですよ。それは分かっていますがね」
「何が不服だ」
「僕らは教会付属ですから。正騎士とはちょっと領分が違うじゃないかなって。豊作祈願とか、厄除けとかそういうの」
「だから民を見捨てると? 魔族どもに踏みにじられるのを、黙って見ていろとでも?」
「そこまで言いませんけどね。でも『叡智の書』を探す任務も大切じゃないですか。もしも悪人の手に渡ってしまえば、世界は、嗚呼……!」
「わかっている。任務を忘れてなどいない」
「だったらもう王都に戻りませんか。ほら、明日は礼拝日でもあるわけですし」
「軟弱者! 我が身が可愛いだけだろう!」
オクトビアは剣を鞘ごと腰から抜いた。そしてアルバーノの額に打ち込んだが、手甲でたやすく弾かれた。
「あいたた。勘弁してくださいよ。ここは理知的にいきましょうよ」
「二度は言わん。何を差し置いてでも救援は必ず成し遂げる。不服なら貴様らはここで引き返せ。私1人でも行くぞ」
「いやいやそんな。僕らも行かないとは言ってないわけで」
「ならば余計な口をきくな。じきに発つぞ」
アルバーノは剣の腕が立つ。弁も立てば機転も利く。無骨者のオクトビアにとって、事務方までこなせるのは助かる。騎士と言えども政治力は必要で、特に予算の交渉にアルバーノの弁舌は役に立った。最年少でも部隊の要と呼べる存在になっている。
だがオクトビアは彼を毛嫌いしている。気質がまったく合わない、水と油なのだ。特に、彼女が何かやる気を見せるたびに、それとなく反対するのは腹立たしかった。
「進発」オクトビアが命じた頃、人も馬も多少は活力を取り戻していた。街道を征く足並みも速かった。
「団長、このペースなら日暮れにはウェルヘイムだと思いますけど……本当にやるんです?」
「大魔族エビルプラントに蹂躙されていると聞いた。あそこには民が多い。戦うすべを知らん者たちだ」
「あの、さすがに前線には出ませんよね? 郊外で避難民を受け入れるとか、後方支援に――」
「状況次第だ」
オクトビアは馬を走らせた。とにかく勲功が欲しい――その一心である。
大貴族のご令嬢たるオクトビア・カーソン・デルミッドには、常にデルミッド一族の威光がつきまとった。父は国でも有力な伯爵で、次代の公爵との呼び声も高い。その権勢は強大であり、知らぬものは居ないといえるほどだ。
オクトビアが生きた18年もの間、その威光に守られ続けた――ひどく迷惑に感じていた。
たとえば剣技を磨いても、試合相手は必ず手を抜いた。学業も馬術、絵画など芸事も同じで、必ずオクトビアが最優秀者に祭り上げられてしまう。
――さすがはオクトビア様、栄光のデルミッド!
白々しい賛辞。感情のない、張り付いたような笑顔。それらを受け止めても、何ら喜びはなく、誇らしさを感じようもない。煮え湯を飲まされている気分だった。そんな張り合いのない環境で育ち、15歳を迎えた日に、父から婚約を強いられた。
許嫁はアルバーノ、今も隣を走る副団長が婚約相手である。婚姻から逃げたオクトビアは、駆け込むようにして騎士になった。軍属になれば手出しは出来ないと踏んだのだが――許婚までも同じ部隊に配属されてしまった。さらに、オクトビアたちは前線で戦う正騎士ではなく、教会の私設騎士を任じられたのだ。それらは考えるまでもなく、父の差し金だった。
やられた――。オクトビアは当時、怒り狂ったものだ。しかし父も結婚という目論見を外されたので、両者痛み分けの形だった。いや、アルバーノが付きっきりという時点で、父の方が上手か。
(軍功さえあれば。私が強いと知られれば、正騎士の道も開けるはずだ)
その想いが彼女を戦場にいざなった。凄まじい戦火に見舞われたウェルヘイムで活躍したならば、あるいは――。
(正騎士になれば父も私を見捨てよう。血まみれの花嫁だなんて皆が逃げだす。そんな娘に利用価値など見いだしようがない。男というものは皆が皆、従順で愛らしい女を好むものだしな)
オクトビアはちらりと横を見た。そこにはやはり見飽きた顔がある。
「なんですか? 頼れる相棒ならいつでも隣に!」
「無駄口を叩くなと言ったろう」
優男アルバーノ、剣よりも書物の似合いそうな顔だち。女たちから黄色い声援を受ける事も少なくない、美男子らしい。しかしオクトビアは嫌悪しかなかった。この男は没落騎士とも、平民騎士とも聞いている。おおかた、デルミッドとの繋がりが欲しくて堪らないのだろう――薄ら笑いに性根を垣間見た気分になり、オクトビアは横を向いた。
それとなく馬を急かした。ひづめが、降り積もった雪を蹴散らしていく。早くウェルヘイムに着いてくれと願いながら。
「えっ、もう終わった……?」
日暮れ前、ウェルヘイムに到着したオクトビアたちは呆然とした。確かに街の城壁は崩れており、激しい戦闘を思わせる。襲撃はあったのだろう。しかし商人の荷車が往来し、子どもたちが元気に駆け回っている様から、とても戦時とは思えなかった。
道行く人々に問いただしてみるも「討伐は終わった」との返事だけがあった。
「すぐに確認しろアルバーノ!」
これには消極的な彼も素早く動いた。好奇心からか、不敵な笑みを浮かべている。
オクトビアは部下を派遣し終えると、街の郊外にキャンプを張った。調査を待つ間、火の傍で仮眠をとった。深くは眠れず、浅い眠りに包まれた。
それからアルバーノを始めとした手下たちが戻ったのは、翌朝だった。酒場に潜り込んだらしい数名からは、強い酒の匂いがする。
「わかりましたよ団長。結論、魔族は退治されたようです」
「そんな馬鹿な! 一体誰が? 黒騎士団か、それとも赤備の――」
他の騎士団に先を越されたと直感したが、可能性は低いとも思う。上層部は腰が重く、まだ軍議さえ開いてはいない。自分のように独断専行する騎士が果たしてどれだけいるか――。自分は稀有な部類だと自覚している。
アルバーノの返答が、オクトビアの予想を裏付けた。
「たまたま居合わせた魔術師、だそうです。それもたった1人の」
「なんだと? 1人?」
「僕も、さすがに盛ってると思いました。だからね、何とか本音を引き出そうとして、肉も酒もふんだんに奢ったんですが――」
「その代金は貴様の給金から引いておく。それで?」
「街を救った魔術師ドーティーには、仲間らしきものは居なかったと。いつも1人だったそうです。顔見知りくらいは居たようですがね」
「1人で大魔族を……。その男は正騎士の一小隊と同等の力があるとでも言うのか?」
「僕もにわかに信じられませんよ。でも皆が口を揃えて言うんです。我らが英雄、魔術師ドーティーが救ってくれたと」
「男の名はドーティーという?」
「愛称ですよ。なのでその、あまり連呼されないほうが。できれば声を落として」
「忌むべき名か?」
「そんなところです。特に女性にとって、あまり好ましい言葉ではなく……」
「怪しいやつだなドーティーは。かくなる上は徹底的に調べ上げろ、私も出るぞ。そのドーティーとかいうヤツを丸裸にしてやれ!」
「だから、あんま言わないで!」
こうしてオクトビアたちは、謎の魔術師の調査を始めた。街の者たちから統治者バンスネルに至るまで、草の根を分ける想いで聞き込みを繰り返す。しかし、魔術師を深く知る者はいなかった。誰もが断片的にしか接点がないらしい。
キャンプ地に戻った騎士団は、誰もが浮かない顔をしていた。
「団長、魔術師ギルドは空振りでしたね。登録がありません。冒険者登録はしていたようですが、Dランクとのことです」
「Dごときが単身で大魔族を? 夢の世界でも不可能だな」
「しかし、背格好や年齢と照らし合わせると、その者としか思えませんね。Dランクで学位を持たぬ野良魔術師、名をアーセルという中年男」
「まるでわけが分からん……」
キャンプ地で、知り得た情報を精査する。やはりオクトビアたちは困惑しきりだ。
領主バンスネルは『一切の報酬を受け取らなかった聖人』と褒め称えた一方、酒に酔って夜中に徘徊する変人と語るものも少なからずいた。「オレは童貞だ!」などと叫んでいたとの証言もある。
「そんな事を叫んで何になる?」オクトビアが尋ねてみるも、アルバーノに分かるはずもない。「さぁ」と言って頭を振った。
他にも雑多な情報が集まる。炎で敵を撃退して、石化も治した凄腕。そう褒めたかと思えば、別の者は「いやらしい眼でジットリ見られた」とか「小さな女の子にまとわりついていた特殊性癖」とけなす声も聞かれた。
「わけがわからんな」オクトビアはこめかみを押さえて呻いた。
「なんだか、凄いような、手遅れのド変態のような奴ですね。本当に同一人物ですか?」
「魔術師アーセルは2人いる?」
「そう考える方が自然ですよ」
「どちらかというと珍しい名だぞ」
「それでも、たまたま名前が被ったんですよ。じゃなきゃおかしいでしょう? Dランクごときがデモノイドウェーブを撃退して、大魔族を倒すなんて有りえません。領主の報酬は突っぱねるのに、物欲しそうに女を眺めたりする。普通、高潔と下衆は同居しないものですよ」
「では英雄アーセルと低俗アーセルが同時期にウェルヘイムに滞在し、いずれも同じ容姿をしていて、旅までも共にしていると?」
「僕だって無茶な論理だとは思いますよ。でもね、そうでなきゃ辻褄があわないでしょう」
「まぁな」
「ともかく、ウェルヘイムは無事でしたね。用件もなくなった事だし」
アルバーノは王都に帰還を促した。これにはオクトビアも反論はできず、容認するしかない。
武勲の全てがさらわれた今、選択肢はない。そもそも無断でウェルヘイムまで突出していること事態がリスクである。教会に告げ口されれば、叱責だけでは済まないだろう。
だから帰るべき――。しかしオクトビアの心には解けない何かが沈み込んでいた。それが帰還しようとする身体を留めている。
「なぜだろう。何か引っかかるものが……」
「気にしすぎですよ団長。ともかく王都に戻りましょう。引き続き、叡智の書を探す任務に――」
「待て!」
オクトビアはアルバーノに掴みかかった。
「今なんと言った!?」
「いや、だから、王都に戻っていつもの任務に……」
「叡智の書だ! そのアーセルという男が持っているに違いない!」
「えっ、そんなまさか!?」
「騎士小隊と同等の力を持つ男が、中年までDランクでいられるか? その実力があっても引き立てられることなく、名も知られず、四十路までノンキに闊歩できるか? 異才というものは必ず誰かの目に止まるものだ、しかしアーセルとやらは無名のままじゃないか」
「つまり、それって……」
「ウェルヘイムの件は、アーセルにとって唐突な活躍だったはずだ。いきなり魔術を扱えるようになり、ここで披露してみせた。叡智の書が持つ特別な力を使ってな」
「確かに、謎多き書物だと聞いてますが、そんな事が出来ます?」
「さも別人かと思うほど、明暗分かれる人格。おそらくは叡智の書の影響じゃないのか。別人格が生まれるだとか、意識を乗っ取られるとか、そういう効果があるとしたら筋が通る」
反論の言葉はなかった。アルバーノは目を細めて考えている。熟考する時の癖で、たいていは鋭い意見が飛び出すものだ。
「その男、本当に乗っ取られてるとしたら危険ですね。管理不能な不穏分子です。どこぞの街で暴発でもしたら、いったいどれだけの犠牲を出すか……」
「追うぞ。事情を聞かねばならない。ことと次第によっては、大魔族よりも倒すべき存在ということになる」
オクトビアはひらりと愛馬に飛び乗り、走らせた。遅れてアルバーノも進発を命じた。止めるつもりはないらしい。
アーセルの後を追うことは難しくなかった。街道沿いに進んでいるようで、目撃情報に困ることもない。相手は徒歩、こちらは騎馬。容易く追いつけるに違いないと思われた。
しかし、そんな期待を裏切られたのは、雪国の入口に差し掛かったときだ。豪雪地帯と平原の境目にある街フエルブールにて、オクトビアは声を裏返してまで驚いた。
「何だと!? 雪支度もせずに北岸ルートを!?」
話に応じたフエルブールの顔役は、眉を潜めた。
「私も止めたんですがね。王都に急ぎたいと言って飛び出しましたよ。ほら、東回りは大河の橋が壊れて、通行止めでしょう?」
「だからと言って、雪原馬も借りずに雪道を? 自殺行為だ」
「死にに行くようなもんだと言いましたがね。ロクに聞いちゃくれませんでしたよ」
それからオクトビアは、顔役の男に金貨を握らせた。数体の雪原馬と防寒具を買い求めたのだ。男は終始機嫌が良く、それら全てを用意してくれた。
「魔術師ドーティー。その無謀は自信の現れか。 そうでなければ、国宝級のバカという事だぞ」
オクトビアは北の大地に目を向けた。今年も冷え込みは厳しいと聞いており、平原は全て雪に埋もれていた。舗装された街道も、アーセルが残したはずの足跡も見当たらない。
「必ず見つけ出して見せる。もし叡智の書を持っていたなら、その時は――」
オクトビアは右手を硬く握りしめた。その拍子に、腰から提げた剣がカタリと鳴った。




