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第22話 守ってくれる大人

 痛む足を急かすアーセルは、焦りで胸が黒く染まった。エビルプラントのツタは今も暴れ狂っているが、檻の形にはなろうとしない。ただ手当たり次第に人間を巻き取っては、その身体を物言わぬ石に変えていた。


「ありゃ興奮状態だぞアーセル。薬が効いてるせいだろうよ」


 サラマンドは平坦な声で言った。その呑気さが腹立たしく思う。「それくらい見たら分かる!」こみ上げてくる怒りは抑えきれず、口から漏れた。


「そんなカッカすんなよ。お前にとって所詮は他人だろ。それともウェルヘイムに住み着くつもりか?」


「そうじゃねぇよ、留まるつもりなんて、別に」


 アーセルは言葉尻を濁しつつ、1人の女性を思い出していた。金色の美しき髪を持つ女剣士セフィラ、運命を授けてくれた人――その姿を脳裏に浮かべるだけで、今も胸は熱くなる。


 だがそれとは別にミリアムの姿もよぎる。暗がりで、1人寂しく泣きはらす少女。その情景が浮かぶと、胸に深く突き刺さるようで、鈍い痛みを生んだ。セフィラに早く会いたい、しかしウェルヘイムは危機の真っ只中――心が真逆を見ているようで定まらず、それが冷静さを奪ってゆく。


「ゴチャゴチャ言うなよサラマンド、鬱陶しい」


「ふぅん。意外にも優しい所あるよな、お前って。普段はそこそこヤバいけど」


「黙ってろ」


 森のキャンプ地が近づくにつれ、向かいから押し寄せる人波と遭遇した。必死の形相で逃げ惑う彼らに対して逆走する形になる。アーセルはもみくちゃにされながらも、あらん限りの声で名を呼んだ。


「ミリアム! コーウェン、おばさん! どこだ!?」


 呼び声は悲鳴にかき消された。ツタは今も人々を蹂躙し続ける。


 半ば錯乱状態のエビルプラントの攻撃は不正確だ。振り払われるツタは、避難民に当たらず空を裂いた。その拍子に大木を叩き、幹を力任せにへし折ってしまう。あまりの威力には多くが恐怖にかられてしまい、我先にと逃げ出した。


「他の冒険者たちはどうした! 戦いもせずに逃げやがって!」


「おいアーセル! あれ、コーウェンじゃないか!?」


 持ち上げられたツタが、1人の男を捕らえていた。ヒゲ面に禿げ頭、コーウェンだった。アーセルは「今助ける!」と、救援を試みるが一足遅かった。全身を硬直させたコーウェンが地面に打ち捨てられてしまった。さながら果物の皮でも放り投げるかのように。


 たまらずアーセルが駆け寄った。その時にはすでに死の気配が感じられた。血の気を失ったコーウェンの肌がそう思わせるのだ。


「おい、しっかりしろ!」


「アーセル、嫁とミリアムを……2人は北に」


「喋るな、今治療を」


 そう言いかけてアーセルは口をつぐんだ。治す手段など知らない。「治療を」と再び呟くが、手元には薬の1つもなかった。無力な拳を固く握りしめるばかりだ。


 その間にもコーウェンの石化は進む。身体が胸から指先へと、音もなく灰色に染まってゆく。


「気をしっかり持て! お前にも守るものがあるだろ!」アーセルは叫びながらその手を握ろうとする。だがコーウェンは、辛うじて動く頭を横に振った。


「オレはもうダメだ。代わりに、妻とミリアムを、農園の方……」


 彼の言葉は言い切る前に途切れた。首から頭頂までが侵食されてゆき、やがて動かなくなった。


「コーウェン。すまない……!」


 仲間との別れ――冷酷な現実がアーセルの胸を激しく打ちのめす。しかし別れを惜しむ時は許されなかった。新たに地面を突き破ったツタが、1人きり膝をつくアーセルに迫った。ムチをしならせるような、痛めつける動きだった。


 アーセルはツタに向けて手のひらを掲げた。真価を示せ――!


 炎の爆発で迎撃する。ツタは大部分が消し飛び、力なく地面に横たわった。痙攣して動かなくなる。


 すると茂みから数名の避難民が飛び出してきた。逃げ遅れていたらしい。彼らは腰が抜けており、這いつくばるようになった。それでも懸命にキャンプ地から遠ざかろうとする。


「お前ら急げ! オレが援護してやる!」


 アーセルは急かしつつ、視線を逆の方へ向けた。ミリアムの農園、位置は理解している。


「とにかく逃げろ! 全力だからな!」


 生存者に押し寄せる数多のツタを、炎で討ち果たしてゆく。ツタは傷つくと霧を吐くが、同時に攻撃も止まる。1本迎撃しては距離をとり、また戦う。それを5回繰り返して、ようやく辺りは静まり返った。


「はぁ、はぁ、付近のは粗方、ぶっ倒したか……?」


「アーセル、お前やばいぞ。アニマがもう無いんだろ。実際、一撃で倒しきれてねぇ。これ以上の連戦は無茶だと思うがな」


「言ってる場合か」


 サラマンドの指摘は正しい。足を怪我している上に疲労も激しく、目眩と吐き気に襲われている。意識しないと直立する事すら怪しいくらいだ。


 ならば逃げるか。それはできない。アーセルは戦う理由を理解せず、しかし心の奥深くから吹き出す衝動に突き動かされていた。まもなく森を突っ切った。向かうのは農園だった。


「ここにもエビルプラントが……いい加減ウンザリするぞ」


 視界に平原が広がる。そこで待ち受けるように現れたツタも、魔術で焼いた。ツタを燃やす炎が辺りを明るく照らしだす。夜闇に浮かぶのは丘の上の一軒家、ミリアムの家。ここまで来たならば農園まで目と鼻の先だった。


 だが、駆けつける前に足が止まる。道に打ち捨てられた石像を見たせいだ。変わり果てたコーウェン夫人だった。


「おい、大丈夫か!?」


 抱き起こそうとして、言葉を失った。恐怖に引きつった顔のままで石化していたからだ。


 知った人間が襲われる。物言わぬ石像になる。みんな居なくなる。せっかく打ち解けたのに――後悔と憤激が混ざり合い、アーセルの胸をしめつけた。気づけば、握りしめた拳を地面に叩きつけていた。


「オレがもう少しだけ、早く駆けつけていたら……!」


 その時、近くで声がした。「やめて!」幼くも聞き覚えのある声だった。


「今のは、ミリアムか!」


 アーセルは家の裏手に回った。すると、農地に1人立ち尽くすミリアムの姿があった。その小さな身体は、右半身が石化しており、2本の足で立つだけでもやっとだった。それでも勇敢に立ち向かい、荒れ狂うツタを睨みつけていた。


「やめて! パパの畑に悪さしないで!」


 ツタが闇夜の空に浮かんでは、ミリアムを捉えようとする。アーセルは走り出した。「ミリアム、さがれ!」しかし彼女の元へ駆けつける事はできなかった。草花に潜んでいたツタがアーセルに襲いかかり、彼の胴体に巻き付いたせいだ。


 宙に持ち上げられて動きを封じられた。トゲが身体に食い込み、皮膚を破って、熱い血を奪い去ってゆく。その血と入れ替わるようにして、何か冷たいものが体内に侵入してきた。


 痛みはあった。しかし、それも静かに消えてゆく。その感覚が恐ろしく思えた。


「精霊よ、真価を……」


 とにかく脱出しなくてはならない。アーセルは、自分ごとツタを焼き払おうとした。それでも魔術は起こせなかった。全身は凄まじい脱力感に見舞われており、首から下の感覚をなくしていた。


「クソッ、ここまで来て……」


 それと同時にミリアムにも脅威が迫る。別のツタが彼女に襲いかかろうとしていた。それは巻き付くのではなく、叩き潰す動きだった。この少女を刈り取る獲物ではなく、邪魔な生き物と判断したためだ。


 この様子では石化するだけでは済まない。攻撃を受けた幼い身体は、その衝撃に堪えきれず――。


「やめろ! やめてくれ!!」

 

 アーセルは叫んだ刹那、1つの光景を脳裏に見た。それは幼い頃の自分。ロックヒルの住民からは目の敵にされて、冷たく扱われた記憶だった。


(誰も守ってくれない。大人は、この世界は、僕が憎くてしかたないんだ……!)


 孤独と不安に苛まれていた自分を受け入れてくれたのは、養父クラッセンだ。彼は温かな笑みとともに、アーセルを迎え入れてくれた。「あなたが望むなら、私と家族になりませんか」その時、何か大切なことを教わったような気がする。


 その幼い自分の顔が、ミリアムのものと重なった。かと思えば、次の瞬間には消えてしまった。


「なんで、今さら思い出したんだ……」


 意識が混濁する中、現実が彼の瞳に飛び込んできた。振り上げられたツタ、それはミリアムにめがけて一直線に叩きつけられようとする。


 アーセルは自らの歯で唇を噛んだ。かすかに過ぎる痛みが、彼を正気に戻した。しかし石化まで猶予は残されていない。これが最期の一手になる。


 その力を何に使うか――考える前にアーセルは叫んだ。


「精霊よ真価を示せ! ミリアムを守れ!」


 言葉に呼応して精霊が現れる、しかしサラマンドではなかった。


 地面からは突然、草の茎が伸びた。それは天高く伸びたかと思えば、エビルプラントのツタに絡みつき、激しく締め上げた。見るからに苦しそうなツタは、しばらく抵抗を見せた後に、大地に縛り付けられてしまう。アーセルもツタからこぼれ落ちては虚空に放り出されて、農地に落下した。


「いったい、何が?」


 アーセルが視線を彷徨わせると、虚空に1人の女が降りてきた。エメラルド色に発光する精霊だった。


「なんと素晴らしい。アーセル様、あなたの魂の輝きを疑ったこと、深くお詫びいたします」 


 新緑を思わせる緑色の長い髪に花飾りのサークレット。大きな瞳は黒目がち、草編みのドレスは腰を植物のツルで細く絞っている。この見目麗しき精霊には見覚えがあった。


「お前は土精霊の、ノエイラ……」


「失礼ながら、あなたの言動をつぶさに拝見しておりました。か弱きものに寄り添い、力を尽くすこと。それは共存共栄の精神に通じるものと言えましょう。その美徳には私も強く共感します」


「もしかして、力を貸してくれるのか?」


「非才ではございますが、今後ともよしなに」


「わかった。じゃあさっそくお前の力を見せてくれ。このエビルプラントというバケモノが厄介で」


「ご心配に及びません。アーセル様の『守れ』というご指示のもと、全て整えてございます」


「何を?」


 問いかける最中、それは起きた。エビルプラントのツタを締め付ける草の茎が、さらに締め上げていく。外皮が割れて中から光るものが吹き出す。しかしそれは呪いを意味する霧状ではなく、光の粒子だった。


 細かな光の粒は月明かりを浴びながら、静かに虚空へと浮かんで消えた。


「敵からアニマを放出させました。この街で奪ったもの全てです。これにより、再度入れ替わりが起こるでしょう」


「アニマが入れ替わるって、それがどうなる……」


「論より証拠、というものでございます」


 ノエイラは、口元に指先を触れながら微笑んだ。最初は理解ができなかったアーセルだが、自分の手足を眺めるうちに体感した。手足の感覚が戻った。身体が自由自在に動くだけでなく、足の傷さえ塞がっていった。


「そうだ、ミリアムは!」


 アーセルは、畑の真ん中で倒れ伏すミリアムに駆け寄った。彼女は瞳を閉じているが、気絶しているだけだった。


「お前、身体が……!」


 年相応に小さな手が、小さな指先が、そこにはあった。柔らかで血色も良く、健康的なそれだった。触れてみると温かい。石化の冷たさなど欠片さえも感じ取れなかった。


 その指の傍を、光の粒子が静かに舞う。さながら夜光虫が戯れるようだと思った。 


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