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第21話 地の底で盛りあえ

 拘束から解き放たれて立ち上がったアーセル、それと向かい合うのはグラムスたち3人だ。彼らの手には上等な剣と弓がある。しかし1人として本気の構えは見せていない。数の利があるせいか、いずれも侮蔑のような表情を浮かべていた。


「ずいぶんと勇ましいな。お前が守ろうとしてる奴らは、もうじき石になっちまうのに」


 グラムスがせせら笑うと、頭上から小砂利が降って来た。エビルプラントは地上を蹂躙しようとし、ツタを目まぐるしく動かしては天井を突き破ろうと目論む。


 残された時間は少ない――そう見積もるアーセルは拳を強く握りしめた。


「お前たちを皆殺しにして、ミリアムたちを助けに行く。簡単な話だ」


「ほう? 大きく出たな。やってみろルーキー」


 言われるまでもないとばかりに、アーセルは右手を突き出した――真価を示せ。すると暴力的な熱が生まれては火球を型作り、虚空を飛翔する。狙うはグラムスたちで、行く手を阻むものはなにもない。 


 まとまって立つ3人、火焔は全てを飲み込むだろう。そう思われたのだが。


「なめるなよ素人が!」


 グラムスは、頭上に構えた剣を素早く振り下ろした。まさしく一刀両断。2つに分かたれた火球は方や天井に、方や岩盤に激突しては、地底を揺るがすほどの爆発を起こした。火柱が出来たもののいずれも遠い。グラムスたちに火の手は届かなかった。


「なっ! オレの魔術が!?」


「見通しが甘かったなルーキー。冒険者はBクラスにもなれば装備を整える金がある。魔術対策も万全なんだ」


 グラムスが見せつけるように掲げた諸刃の長剣は、柄に宝石が埋め込まれていた。何か仕掛けがあるらしく、石の傍で細かな文字が浮かんでは消えた。


「だったら、2つならどうだ!」


 アーセルは左右の手に火球を生み出しては、時間差で投げつけた。剣撃で無効化されたとしても片方は被弾するはず――そう見込んでいた。


 今度はグラムスも剣を構えず、刃を盾のようにして前に押し出した。手下たちも同じ動きだ。やがて1つ、2つと火球が直撃すると、爆裂とともに火柱が巻き起こった。3人は獄炎に飲み込まれた。


「死ね! このまま焼け死んでしまえ!」


 半ば祈る気持ちで叫ぶアーセル。その胸のうちは、得も言われぬ焦燥感が支配していた。


 その得も言われぬ不安は顕在化し、火焔の中で人影が身じろぐ。そして閃光がきらめくと、炎はまたたく間に消失してしまった。グラムスたちの被害は皆無で、かすかにマントが焦げ付いた程度である。彼らの武器に埋め込まれた宝石が光輝いた――足掻く姿を嘲笑うかのように。


「そんな、まさか。オレの魔術がこうもあっさりと……!」


「終わったな。何か言い残す事はあるか?」


「嘘だ、こんなのあり得ない……!」


「もう少し気の利いた台詞を残したら良かったのにな」


 グラムスは剣を腰だめに構えた。そして勢いよく真横に振り抜く。互いの距離は離れており、素振りのようにも見えた。しかし頭が白むほどの殺気が、猛然と迫るのは感じた。「このままじゃ死ぬ」


 反射的に頭を抱えて伏せると、頭上に風が鋭く突き抜けていった。まもなく、背後で鍾乳石が両断された。剣圧だけで切り倒したことが、驚くとともに恐ろしく思う。


「ほう、今のを避けたか。勘は悪くないんだな」


「今のは、いったい……!」


「剣術にも遠距離攻撃があるんだ。冥土の土産に覚えておけ」


 グラムスが身構えようとするのを、アーセルは背を向けて駆け出した。このままじゃ殺される、態勢を立て直せ――。


 すると膝に鋭い痛みが走り、その場で転んだ。ズボンの裾が切れて赤く濡れている。


「逃げるなよ、手間をかけさせるな」


 手下の1人が弓を手にしていた、射たれたのだと気付く。矢は外れていたが、矢傷で足が燃えるように痛みだす。


 その場で尻をついたアーセルは、逃げ去る事もできず、敵を睨みつけた。グラムスたちは悠々と歩み寄るばかりだ。


(ヤバい、ヤバすぎる! 何か一発逆転の秘策は……)


 その時、岩盤をなぞる指先が裂け目に触れた。指を這わせると、先が分からないほどに深いように思う。こころなしか、風の流れさえ感じられた。


 下もまた空洞かもしれない。そう感じた瞬間、脳裏に電撃的なアイディアが閃いた。確実なプロセスは何か、グラムスたちの顔色はどうか。まばたきの間に目まぐるしく計算を重ねた末に、彼がとった行動とは――。


「やめろ、来るな! あっちにいけよ!」


 手に触れるものをグラムスたちに投げつけた。それらは小砂利ばかりで、足止めにもならない。マントをかざすだけで防がれてしまう。


「良かったのは威勢だけ、これが最期か。醜態をさらすくらいなら、始めから意地を通そうとするなよ」


 グラムスたちは顔を歪めては、ゆっくりと歩み寄った。いたぶるような、静かな足取りだ。彼らにすれば愉悦の瞬間なのだろう。歩を進めるごとに暗い快感がこみあげる、とでも言いたげな表情をしていた。


(かかったなバカどもめ)


 アーセルは極力無様に見えるよう徹した。連中に警戒されないよう、おめおめと近づいてくれることを期待して。その狙いは完璧に的中した。グラムスたちはロクに構えもせず、アーセルの傍まで歩み寄った。


「あばよ、四十路ルーキー。次に生まれ変わったら従順になりやがれ」


 高く掲げられた剣は逆手持ちだ。切先がアーセルの頭上で冷たく光る。「終わりだ」その言葉とともに振り下ろされた。


 だがその瞬間、アーセルは地面を蹴ってその場から遠のいた。そしてすかさず唱える。


「精霊サラマンドよ、真価を示せ!」


 放たれた火球、グラムスはそれを迎え撃とうとする。だが炎の狙いは低く逸れて、彼らの足元にぶつかった。


「ちっ、小癪な!」


 グラムスたちは爆風を浴びながらも堪えた。武器に埋め込まれた宝石が模様を吐き出しては、妖しく光る。火焔と爆風によるダメージを最小限に抑えた。魔術による攻撃はまたもや失敗に終わった――かに見えた。


「知恵を絞ったつもりのようだが、アテが外れたな、ルーキー」


「へっ。そこじゃねぇんだよ、ポイントは」


「何だと……?」


 次の瞬間、グラムスたちの足元が消えた。アーセルの魔術は岩盤の亀裂を正確に射ち、爆撃する事に成功していた。


 脆くなった足場は耐久限界を超えて、跡形もなく砕けて落ちた。そこはもはや奈落へ続く大穴となっていた。耳をつんざくような悲鳴とともに、グラムスたちがさらなる地底へと落下していった。


 最後の声は地中で反響しては遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


「うわぁ……めっちゃクソ深いなこれ。落ちたらお終いだろ」


 アーセルは覗き込んでみた所、大穴は想像したよりも深く、底が知れないほどだと分かる。眺めるだけで股間がヒュンと縮こまるようだった。その感覚は、勝利を確信させてもくれた。


「へっ、ざまあ見やがれ! 男3人で仲良く盛ってろやボケ!」


 思わず高笑いしたくなる。しかし、事態の収拾は先だった。活気づいたエビルプラントが、ツタで天井を突き破り、地上を蹂躙しようとしていた。


 暗い天井に開いた穴から赤黒い空が見えた。外に通じたことは疑いようもなかった。


「そうだ、街のやつらを助けないと……!」


 アーセルは遠くから漏れ伝わる悲鳴を聞いた。その中に、聞き間違いでなければ、ミリアムを呼ぶ声も混じっている。


「今のはコーウェンの声か!? 急がねぇと!」


 ためらわずにツタに飛びついた。地上を蹂躙するための穴は、同時に、最短の脱出路もかねている。野太いロープにしがみつくつもりで、よじ登っていく。


「いてて。トゲさえ無ければ最高なのに」


 苦戦しながらも洞窟を脱した先は、ウェルヘイムの街郊外だ。傍にそびえる城壁は半壊と言えるほど、被害の凄まじさを語るようだった。街を覆うツタの檻も健在だ。


 だが感傷に浸るだけの猶予はない。ツタが避難民キャンプに襲いかかっているのだ。その光景を蒼い月が照らしていた。悲鳴と怒号が間断無く夕空に響き渡っていく。


「みんな、ちゃんと逃げ切れよ!」


 アーセルは痛む足に鞭打って、覚束ない足取りで急いだ。確かにミリアムを呼ぶ声が聞こえた。一刻の猶予さえない、そんな気がしていた。

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