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第20話 地底の企み

 グラムスによって捕縛されたアーセルは、後ろ手に縛られてしまった。そして冷たい岩盤の上に投げ出される。衝撃で右の脇腹が火を吹いたように痛み、思わずうめき声が漏れた。


「まったく、手間をかけさせやがる。あやうく計画が狂うところだったぞ」


 グラムスはエビルプラントに目を向けていたが、身構えはしない。むしろ気遣うかのように覗き込んでは、傷の回復を眺めるようだった。討伐のチャンスであるにも関わらず。


 その場にグラムスの手下2人も居合わせたが、様子は似たようなものだ。そちらも武器は構えておらず、麻袋を片手に駆け回っている。やはり戦う意思は見られない。


 理解の及ばぬアーセルに、グラムスがせせらわらった。

 

「間一髪だったぞ四十路ルーキーさんよ。プルルを倒すほどの魔術師なら、万が一とは見てたが、ここまで大胆にやらかすとはな」


 アーセルは感情に任せて怒鳴った。脇腹の痛みで脂汗を滲ませながら。


「なんなんだ、お前。こいつを倒すための冒険者だろうがよ!」


「駆け出しのお前にはわからんか。飯の種を取られちゃ敵わねぇって話だよ」


「どういうことだ……」


「察しが悪いな。オレたち冒険者が稼ぐには、こいつみたいなバケモノが必要って事だ」


 グラムスが笑う。声の響きが濁っているように思えて、アーセルは眉を潜めた。


「わざとか? 敢えてエビルプラントを倒さなかった?」


「そういう事だよ。仕事をしてる『ふり』だけで金が貰えるんだ。なるべく引き伸ばして搾り取るのが最適解だろ。だいぶ楽をさせてもらったぜ。金は入るし女にはモテるし、良い『休暇』だったさ」


 雄弁に語るグラムスのもとへ、手下の2人が駆け戻った。「全部終わりましたぜ!」1人が薬瓶を見せつけながら言った。中身は赤みを帯びる液体で、見覚えのあるものだった。


 だが、それは些末な事だった。グラムスの明かした罪が、腹立たしくて仕方ない。

 

「正気かお前! 石化するバケモノをのさばらせるなんて、どうかしてるぞ! その結果ウェルへイムが!」


「何を正義漢ぶってんだ。別に赤の他人がどうなろうと、痛くも痒くもない。そういうものだろ」


 グラムスは、傍の石像に歩み寄ると、その肩を馴れ馴れしく抱きかかえた。その像は壮年の男で、厳しい顔をしていた。


「便利だぞ、エビルプラントってやつは。何せ気に入らないやつを簡単に石化させられる。死体の処理を考える必要がない。ここに放置するだけで良いんだからな」


「おい、まさかお前」アーセルの痛む脇腹だけ残して、腹の奥が冷えていく感覚を覚えた。「ここの石化した連中は、まさか……」


 グラムスの顔が大きく歪んだ。


「お察しの通り。ここに居るのは邪魔だった奴らだよ。エビルプラントの討伐を強行しようとしたやつ、オレたちの不正を暴こうとしたやつ。あぁ、夜の相手が下手くそな女も居たかな」グラムスが弾けたように笑う。手下たちも頬を歪めて汚らしく笑った。


「なんて奴らだ、そこまでするか普通……!」


 アーセルが歯を剥いて睨んだ。縛られた手首の方から、縄の軋む音がする。自由になる感覚は遠い。


「綺麗事をぬかすな。人間ってのは自分が一番可愛いんだ。楽して生きようとするのは当たり前のことだろ」


「どこまで性根が腐ってやがる!」


「うるさいな。お前は自分の立場が分かっているのか?」


 再び歩み寄ったグラムスが、剣の切先をアーセルに向けた。


「オレはいつでもお前を殺せる」


 冷たい光が静かに迫る。切先は、鼻頭から頬に移された。そして肌にそっと触れる。かすかな痛み。薄皮が斬られて1本の赤い筋が出来た。頬を滴る血が岩盤を濡らす。


 そこで、グラムスの剣は一度引き戻された。


「だが、お前の魔術は惜しい。オレの手下になるというなら、命は助けてやろう。いやそれどころか、少しくらいは良い暮らしもさせてやる」


「オレは叶うことなら、お前を焼き殺してやりたい」


「ハァ……正義に酔いしれたバカ野郎。まるでいつぞやの薬師みたいだな」


「薬師……?」アーセルの胸がズキリと痛む。ほんのひととき呼吸を忘れて、息が荒くなった。「それはウェルヘイムの薬師ランドの事か!?」


「あぁ、そんな名前だったな。だいぶ前に石になったが、この通り」


 グラムスが気安く石像の肩を抱いた。それは威厳を感じさせる中年男の像で、粗末だが剣と革鎧で武装していた。彼は何かを叫ぶかのような表情のままで石化していた。その表情から読み取れるのは恐怖ではない――驚愕と、そして怒りだった。


「そいつがランド……ミリアムの親父……」


「こいつも面倒なやつだった。薬の力で街を救うと息巻いててなぁ。せっかくの魔族を殺したらもったいないと説得したんだが……。結局は石になってもらった」 

 

 アーセルは鬼の形相で睨みつけた。


 脳裏には今もミリアムの姿がある。あの小さな体で孤独を受け入れ、苦労にも堪え続けた。父親と会える日を待ちわびながら。


 その親子を引き裂いた張本人はグラムス――この男さえいなければ、まともに討伐していれば、避けられた悲劇だ。


「お前が、ランドを手にかけたんだな?」


「オレの言うことを聞かなかったからな、仕方ない。まぁこいつには世話になったよ。バケモノの注意を惹きつけたり、眠らせる薬を教えてもらった。だいぶ活用したもんだよ」


「フザけるな! お前の身勝手で、どれだけの人間が苦しんだと思う!」


「それがどうした。弱けりゃ這いつくばり、強けりゃ奪いとる。世の中ってのはそう出来てる」


 悪びれもしない顔、それを殴り飛ばしてやりたい。この両手さえ自由になれば――縛めを破ろうとアーセルは力を込めた。だが、彼にそこまでの腕力はなかった。


 唸ってまで足掻いていると、突然、辺りが激しく揺れた。頭上から小砂利が降り注いでくる。慌てて左右を見渡した。だがグラムスは予見していたように、まったく驚いたようではない。這いつくばるアーセルの傍で、ゆっくりと腰を降ろした。


「そろそろ折れたらどうだ。何に義理立てしてるかは知らんが、無駄骨になるんじゃないか?」


「何が言いたい」


「ウェルヘイムの奴らを気にしてるなら、無意味だって言ってるんだよ」


 グラムスは、小瓶を手にとり見せつけてきた。アーセルは見覚えがある。キャンプ地に逃げ込んだ時、支給品として配られたものと酷似していた。


「それは、傷薬?」


「そう。ただし特別性だ。エビルプラントは、人間が感知できないほどの臭いも嗅ぎ分けるそうだ。それで獲物や外敵を感じ取ってるらしい。例の薬師が教えてくれたよ」


 グラムスが、小瓶を天井に向けて投げ上げた。蓋は開かれており、宙空で口から液剤が飛び出そうとした。すると次の瞬間、野太いツタが素早く伸びてきた。的確に小瓶を巻き取ったかと思うと、ガラスの弾ける音がした。とぐろを巻いたツタからは、ガラスの破片が粉雪のように降り注いだ。


「誘引剤を傷薬に混ぜておいた。臭いに惹きつけられたバケモノは、ウェルヘイムの生存者どもを襲うだろう」


「なんだと!?」キャンプ地がエビルプラントに襲われたら、ひとたまりもない。ミリアムも、コーウェン夫妻も、他の避難民も全てが――。


「今すぐ止めろ! 街の人に何の罪があるっていうんだ!」


「ありていに言えば口封じだよ。どこから『オレの稼ぎ方』が漏れるか分からないだろ? 全滅してもらわないと、枕を高くして眠れなくなる」


「全部、お前の都合か! お前のためにみんなが!」


「青臭いことを言う年頃でもないだろ、おっさん。オレよか8つも歳食ってんのに」


 そういいつつ、グラムスは口調を和らげた。さも子供に言い聞かせるかのようだ。


「悪いことはいわん、オレの手下になれ。いいもんだぞ、美味いメシに酒、そして女。何もかもが思いのままになる」


 その言葉に、アーセルの中で何かが切れた。脳裏で木霊するのは「女」という言葉だ。メシや酒などは早々に落っこちて聞こえなくなる。ウェルヘイムの事情も一旦は頭の外にこぼれ落ちた。


 女が思いのまま――それが不可能であることはアーセルも理解している。たちまち魔術が使えなくなり、もとの惨めな暮らしに逆戻りしてしまうだろう。


 アーセルは奥歯を強く噛み締めた。こんな外道でも女遊びが許されているのに、なぜオレは――。脳内が白く染まるほどの憤激が、彼に大いなる力と勇気を与えた。なかば八つ当たりの形だが、それはともかく、力がみなぎっていく。


 童貞を嘲笑う者を生かしてなるものかと、魂が猛り、憤るのだ。


「真価を示せサラマンド!!」


 アーセルは縛られたままで叫んだ。とたんに彼の全身は炎の渦に飲み込まれてゆく。


「なっ、こいつ! 自分に魔術を!?」


 飛び退ったグラムスが呆然となる。配下の2人も並んで成り行きを眺めていた。


 だが次の瞬間、炎は虚空に吸い込まれるようにして消え去った。岩の足場が焦げる中、そこに立つアーセルは、両足で立ち上がっていた。あれほどの火焔に飲まれても、かすかに燻る程度で済んだ。そして手首からは、炭化した縄が音もなく崩れ落ちた。


「許さんぞ、貴様ら……」


 アーセルの瞳に憎悪の炎が灯る。全身も激情のアニマにより赤く光り輝いていた。


「生きて帰れると思うな! お前ら全員を絶望の淵に突き落として、死にたくなるほど後悔させてやる!」


 両手の自由を取り戻し、ようやく戦闘態勢を取ることができた。復活のキッカケがミリアムの窮地ではなければ、ウェルヘイムの悲劇でもなく、童貞の身の上を刺激されたせいだ――というのは実に彼らしい。


 それを全くもって恥とは思わないアーセルは、力強く身構えた。

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