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第19話 真相の崩落地

 アーセルが向かうはウェルヘイム南部――そこはすでに彼自身の手で焼き払ったため、大地には生々しい焼け跡を残していた。一面が漆黒に炭化していて焦げ臭い。


「たしか崩落地って所から雑魚が出てきたんだよな?」


「そのようだな。ほら、薬草がたくさん生えてた場所があったろ。あの辺りは寒気がするほどの波動が漂ってたぜ」


「採集任務……そんなこともあったな」


 薬草の群生地は、グラムスに立ち入りを禁じられ、挙句の果てに追い回された場所だったと記憶している。数多のツタが張り巡らされ、薬草が豊かという印象があるだけだ。


 そのグラムスの監視が無い今は、探索する自由があった。起伏の激しい南部の森は、幸いにもアーセルの魔術を免れていた。今も豊かさは保たれている。そのせいか、ひっきりなしにプラントウォークが攻め寄せてきた。焦れたアーセルは強烈な炎を浴びせて撃退した。


「邪魔すんな、クズども!」


 立ち上る火柱に、爆発して舞い上がる土煙。遠くからも視認できるほど、派手な戦闘シーンになった。敵に居場所を知らせるようなものだが、新手と接敵するなり焼き払い、淡々と道を切り開いていく。


「あんまり飛ばすなよ。バテたらお終い、魔族に食われるエンドだからな」


「いらん気遣いだ。力なら溢れて止まらんくらいだぞ」アーセルの全身に宿る激情のアニマは、今も妖しく輝いている。


「だったら良いけどよ」 


 長引く探索に陽が沈みだした頃、彼らは不自然な窪地を見つけた。中心に開いた大穴からは幾本ものツタが這い出ている。相当に深いようで、奥まで見通すことは出来ない。


「もしかして、ここか?」


「有り得そうだな。本体に繋がってるかもしれねぇ」サラマンドが言うと、アーセルはためらいもせず、闇の中に飛び込んだ。


 降り立つとそこは天然の洞窟で、厚い岩盤が続いていた。ただし壁や天井にはツタが張り巡らされており、どこまで続いているか想像もできない。さながら巨大生物の血脈であるかのようだった。


「うかつに刺激すんなよアーセル。こんな狭いところで霧を浴びたら避けようがねぇ」


「分かってる」


 洞窟は湿気が強くカビ臭い。鼻で吸い込むと、喉に絡みつくような感触と、胸の奥が冷えていく気がした。口で呼吸すると、多少マシかと思う。マントで口元を覆いながら、狭い道を進んでいった。


 やがて視界がひらけたかと思うと、広大な空間に出た。村のひとつもスッポリ入りそうな場所だった。天井から吊り下がる鍾乳石に、岩の塊が点在する中、アーセルは思わず足を止めた。


 辺りに数え切れないほどの人影を見たせいだ。ただしそれら全てが、不自然なほどに動かない。


「石像がこんなにも……これはもしかして」


 目を見開いたアーセルにサラマンドも同意した。


「間違いねぇな。これは彫刻なんかじゃねぇ。全部が石化した人間だぞ」


 その数には驚かされた。20ほど数えたところで諦める。冒険者の姿が多く見られるが、一般人の女性の姿もあり、経緯がわからなくなる。いずれも整然とはしておらず、乱雑に放置されたようにしか見えない。姿勢も驚愕して立ち尽くすとか、倒れ込んだりとまちまちだが、苦悶の表情だけは一致していた。


 どれもが恐怖と、苦痛に歪んでいるのが見て取れた。物言わぬ石像が饒舌に語るようだ――人間が死の淵に経った瞬間の絶望を。


「妙だな。魔族がうろつくような場所に、丸腰の女が来るか?」


 サラマンドが石化した町娘の傍で首を傾げる。


 その間にアーセルはというと、身を低くして這いつくばった。そして像の股下まで這いずっては、スカートの中を覗こうとして――相棒が怒鳴った。「お前何してんの!?」


「いや、本当に丸腰かなと思ってな。内ももにナイフくらいありそうだし」


「嘘つけ。正直に言え」


「生尻の形がどんなもんか知りたかった」


「マジで死ねよそろそろ」


「それにしても、お前の言うとおりだサラマンド。確かに顔ぶれがおかしい気がする」


「グラムスのおっさんが言うには、エビルプラントの事を冒険者たちで必死に抑え込んでたんだよな? 素人は立入禁止だとか言って」


「管理してた割には、一般人がやたら紛れ込んでるが――」


 その時だ。奥から甲高い奇声が響いた。耳障りで、アーセルも咄嗟に身構えた。


「おいサラマンド。考察してる暇はありそうか?」


「後回しだな。見ろよ、敵さんもウズウズしてやがる」


 鍾乳石に絡みついたツタに力が宿り、石が砕けて落ちた。アーセルの存在に気づいている。


「行くぞ、バケモノをブッ倒せば石化が解けるんだろ? 事情は本人から聞けば分かるってもんだ!」


 アーセルが奥に向かって駆け出す。発光するサラマンドとともに闇を切り開いて進むのだが、歩を進めるほどに気配が濃くなっていく。四方に向けて伸ばされたツタも、その根元は一点に集約されていくようだった。


「こいつが、本体か……?」


 洞窟の奥にそれは居た。巨大な球根が岩盤に張り付いている。球根の裂けた天辺からは、野太いツタが無数に生えており、繊維質なものが軋む音がした。おぞましさに硬直しかけるが、ぼんやり眺めるだけの猶予はない。


 エビルプラントが吠えた。アニマの波動が衝撃波となって伝わり、アーセルの肌が激しく震えた。


「来るぞアーセル! 構えろ!」


 球根の頭が更に左右へ開かれた。瑞々しい液体が飛び散ったかと思うと、新たに複数本のツタが生えた。それがアーセルに勢いよく伸ばされた。


「あぶねぇ!」のけぞってツタを避けた。その背後で岩の塊が粉砕して飛び散った。直撃を許せば命はない。アーセルの背筋に冷たいものが走った。


「やられる前にやるぞ!」


 突き出した右手に渾身のアニマを込める――激情のアニマは赤く煌めき、暴風のごとき波動を生み出した。するとツタが怯み、宙をさまよった。


「炎の精霊サラマンドよ! 真価を示せ!」


 放たれた火球ファイヤーキャノンは、エビルプラントの胴体に直撃した。球根の膨らみ部分で激しく爆発し、粉々に飛び散った外皮は力なく燃え尽きてゆく。そして胴体で発火した火柱も高く伸びて、天井を焦がすほどになる。


 悶え苦しむエビルプラントは、もはやアーセルなど忘れたようになり、ツタを丸めて本体をかばった。


「縮こまったな、あとは魔術をぶっ放すだけて倒せるぞ!」


 サラマンドが上機嫌に言い、アーセルも射撃体勢に入る。


 だが、ここで不思議に思う。このエビルプラントという魔族は弱すぎはしないかと。何十人もの冒険者で討伐できず、抑え込むだけでやっとという噂のバケモノにしては、ずいぶんと呆気ない。


 何かウラがあるのでは。それは何が、誰の差し金か。グラムスはなぜ停滞を維持しようとしたのか。討伐のための重税と大弱りになる領主は、他の手立てを考えなかったのか。旅立った薬師ランドの行方、そして洞窟でひしめく石像たち――。


 脳裏で何かが結びつきそうになり、アーセルの手が止まる。すると耳元で怒鳴られた。


「ボサッとすんな! このままだと回復されちまうぞ!」


 エビルプラントの本体は、今も先端から液体を撒き散らしている。それが燃え盛る炎を消し止めようとしていた。胴体の欠けた箇所からも、繊維質な紐が無数に生まれては、新たな外皮を作ろうとする。時間を与えるのは悪手のように思う。


「わかってる! ちょっと考え事しただけだろうが」


 改めてアーセルは構える。エビルプラントの弱さは考えまい、自分が規格外に強すぎるせいだ。ここでトドメを刺せば全部解決、石化も解けてハッピーエンド――そう思い込もうとした。手のひらにアニマを込めてゆく。


 そこへ声がひとつ響いた。


「待て、やめろ!」


 咄嗟に振り向こうとするアーセル。だがそれより早く、脇腹に衝撃を覚えては吹き飛ばされた。強烈な蹴りを浴びせられた事で、硬い岩盤を滑るようにして転がされていった。


「いったい、誰だ……!?」


 アーセルは起き上がろうとして、激痛に顔を歪めた。脇腹が火を吹きそうなほどに痛んだ。


 どうにか膝をついて身を起こし、顔を持ち上げた。かすむ視線の先に見たのは、虎髭の剣士グラムスだ。駆け通しだったのか息は荒く、呟く言葉も喘ぐようだった。


「危なかった。間一髪ってやつか」


 それから彼は、エビルプラントの方には目もくれず、倒れたままのアーセルに歩み寄った。そして、手のひらを差し出す代わりに突きつけたのは――彼の剣だった。


 冷たい切先が、アーセルの鼻先で止まる。


「余計な真似をするな。そう警告したはずだぞ、四十路ルーキー」


 グラムスの瞳に色は見えなかった。ただ、羽虫に向けるような視線で、アーセルを見下ろしていた。 


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